ひいなのこと

「ひいな」探し

私が我が家に迎えるべく新しい女の子「ひいな」を探し始めたのは2001年の夏でした。
当時すでに何匹かのペットうさぎを飼っていましたが1匹だけ、純血ネザーの男の子がいました。
その男の子に純血のお嫁さんを、と思ったのです。
その時繁殖を望んでいたペットの女の子にはなかなか子どもができず
さらに不正こう合を患ってしまったため、なおさら新しい女の子への思いが増したのです。
「ひいな」という名前はもう決めていました。「雛」という語の語源だそうで
ちいさくかわいいもの、またはその様子を意味します。
頭に思い描くかわいい「ひいな」を探すため、うさぎ専門店を回ったりネットでもベビーのチェックを
していたところ、友人が、あるうさぎ専門店で素敵なショータイプのペアを交配したばかりだから
きっととてもかわいい子が生まれるよ、と教えてくれたのです。
さっそくそのショップに出向き、店頭でお父さんうさぎを見せていただきました。
そのお父さんの素敵なことといったら!サイアミーズスモークパールで頭が大きく体が丸く
シャンと立つ姿は、まるでサッカーボールが置いてあるみたいだ!
と思ったものです。 お母さんうさぎの出産予定日を教えていただき、性別がメスだったら店頭に出す前に連絡を
いただけるようにお願いをして帰ってきました。


ひいなのお父さん

この子が「ひいな」!

出産予定日を2日過ぎた2001年10月13日、いてもたってもいられない私に、ショップの奥さんから
1匹だけ生まれましたという嬉しい連絡が入りました。
3週間後、ベビーを見せていただくためショップに出向きました。
サイアミーズスモークパールが欲しいと伝えてあった私に、奥さんが申し訳なさそうに
「ヒマラヤンだったんですよ〜」とおっしゃいました。
でも奥さんが連れてきたその小さなヒマラヤンの子を見て、私に衝撃が走ったのです。
「この子がひいなでなかったら、どの子もひいなじゃない!」
漂白したように白く輝く小さなヒマラヤンの子は、やわらかく脱力しきっていて
私のひざの上でくたりと寝そべったまま、時々「くふぅ」と深呼吸をするときだけ
小さな手足に きゅ と力を入れるのです。
帰りの道中繰り返し繰り返し思いました。「あの子がひいな!」
それから毎日私は祈りました。「どうかあの子が女の子でありますように!」

ひいながやってきた

  

2001年11月16日、待望の女の子、ヒマヤンのひいなが我が家へやってきました。
260gでした。あまりに小さくて、私の大きな手ではどうやって持ったらいいかわかりません。
それよりも、この小さな子をしばらくの間観察していて感じたことがあります。
その時の日記に書きとめたひいなの印象は、今考えてもひいなの性格を1番に言い表してるように思います。
「おっとりしてるのかな、元気いっぱいってカンジじゃない
立ち上がって上の方を見たりはしてるけど動作はニブイ・・・
というかのんびりしてるのかな?」
ひいなはうさぎじゃないみたいだ、と思いました。今でこそそんなひいなには慣れましたが
その頃は1日に何度も、「こんなうさぎ見たことがない、犬かネコみたいだ」と思ったものです。
ひいなは眠ってるとき、普通のうさぎは嫌がるお尻や後ろ肢をナデても
驚いて起き上がるようなことはありません。
じゅうたんの上で寝そべっていびきをかいて熟睡しているそばを、人間が行き来しても起きないし
ひざの上に乗せたまま、パソコンのキーボードを打ってる間も ネコのように眠りつづけます。
それから、こればっかりは「あたり」だったなぁと思うのは、トイレのことです。
部屋に設置した猫用のトイレを使用して、お部屋では1滴も1粒も粗相しないので
ほとんど半放し飼いのようにしてます。部屋を汚すということがないのですから。
名前を呼べば一目散に走りよってきて「なぁに?」と鼻を突き出し
腕に頭を乗せてやれば目を細めて一緒に眠ります。
私自身ひいなを迎えるまでに5匹のうさぎを飼ってましたし、うさぎ友達のうさぎもたくさん
出会いましたが、こんなに「うさぎ離れ」したうさぎは、今でも他に知りません。

永遠の娘

ひいなには子どもができませんでした。
私にとっては2匹続けての不妊のメスです。
2002年、ひいながやってきてはじめての春、ひいなが成熟するはじめての春
私は人生でこれほど、待った春はないと思うほど、この春を待ち焦がれました。
本当に、これ以上ないというくらい、ひいなにお産をさせることを楽しみにしていたのです。
でもひいなは、結局1歳9ヶ月の最後の交配まで、ただの1度も妊娠しませんでした。
あるうさぎ関係のエキスパートの方から「あんまりかわいがりすぎると、うさぎが自分を
ヒトだと思うようになって不妊になることがある」と言われたことがあります。
もちろんひいなのようにどんなにかわいがられたってちゃんとお産をすることができる
うさぎもたくさんいるでしょう。でもひいなに関しては、どうしても
「あたし、うさぎが相手だなんていや!」と言ってるように感じてしまいます。
とにかく自分の娘のようにかわいいひいなの命が
いつかひいな限りで終わってしまうということは私にとっては辛く残念な事実です。
思うだけで涙が浮かぶほど大切はひいなは、いつまで私の娘でいてくれるでしょうか。
ひいな限りのぬくもり、ひいな限りの鼓動、ひいな限りの小さなくすぐったいような呼吸を
いつまでも抱きしめていきたいと思います。

ネザヒマと生きる

交配しても交配しても子どもができないという失意の経験は
ひいなの存在を一層はかなく愛しいものにするには十分でした。
どんなに似ていなくてもいいから、ただの1匹でいいからひいなの血を受け継いだ子が
欲しいという願いも結局かなわなかったのです。
話は少し遡りますが、ひいなを迎えて純血ネザーの交配をしようと思っていた頃から
ショーラビットへの興味は頭のどこかにあったと思います。
でも最初は、純血種を飼っているのならショーに出してみたい、という気軽なものでした。
それから今のようにショーブリードをするようになるまでの間には
たくさんの疑問とわだかまりと対峙し自分の気持ちを整理していく作業が必要でした。
例えば、純血種ってなんなのか、その価値ってなんなのかという疑問を解決するためには
混血ってなんなのかを考える必要がありました。
ペットタイプとショータイプのどちらをしたいのかを考える時には、交配をする目的に
立ち返る必要がありました。それは、探れば探るほど、口で言うこととは違う
自分の心の向こうの欲に気づいて行く工程でもありました。
母うさぎをトラブルで失うかもしれないと思いながら、それでも交配をしたいという自分の欲、
それを、私はどのような言葉で言い表すことができるのだろう?
もっとはっきりと言うなら、母うさぎの命を削ってでもショーブリードをしたいという自分の欲を
私はどうやったら正しいと信じられるだろうか?
それでも何人もの先輩ブリーダーと会い話を聞かせてもらいながら
自分の心の中のわだかまりと疑問をひとつひとつ解決していくたびに
「私のネザーを作りたい!」という思いに駆られるようになったのです。
そういったショーブリードへの熱意までのプロセスを、例えばある山のふもとから頂上に向かって
登って行く列車だとし、山の反対側のふもとから頂上に向かって登って行く列車が
ひいなの不妊をいよいよ受け入れざるを得ない失意までのプロセスでした。
2つの思いが同時に頂上に行き着いたとき、ネザーのヒマラヤンをブリードしつづけ
ひいなを一生そばに感じていきたい!という強い決意が生まれたのです。
カラーバリエーション豊かなネザーの中で、ヒマラヤンにこだわってブリードをしているのは
そういう理由からなのです。
生まれてくるヒマラヤンベビーたちはかわいい。どのように育つのかを見守るのも格別です。
それでも私はいつも思ってます。どんなにベビーがかわいくても、どんなにタイプの良い子に
育ったとしても、ひいなのような子はいません。
ひいなは、一生一生、私にとって特別な、悲しいくらい大切な娘なのですから。

 子宮卵巣摘出手術 
(H17.6.28 ひいな3歳8ヶ月のとき)

術後のひいなは疲れているようにも見えるし、身繕いができないから、
私になでられることで不満を満たしているようでもあるけど、やはりどこか「抜けた」感じ。
それは、いらない臓器を取ってやったという私の慢心が そう思わせているのかもしれないけど、
それでもやはり、 「抜けて」いました。
力が「抜けてる」、殺気が「抜けてる」、イライラが「抜けてる」。
夜になるとエリザベスカーラーをはずしてやり、わずかな時間ひざに抱いてグリーミングと
マッサージをしてやりました。
どこか「抜けた」ひいなとそうして過ごす時間は、たからを生む前の産休に入った頃にタイムスリップします。
こうやって、いちんち過ごしてたなぁ・・・

たからの本をかじったり、壁紙をかじるイタズラは直りませんでした。
それは発情によるものではなかったのだから仕方ありません。
でも攻撃性がなくなったことは、術後すぐに分かりました。
ねぇねぇ、とよく寄って来るようになり、なでても噛まない、なでるのを止めても噛まない。
ダイニングテーブルの下にひいながいるときは、いつも噛まれるのが怖かったけど、
退院後10日も経てば、「あぁ、噛まないんだなぁ」と思えるようになりました。
ふわりと寄ってきてズボンをくぃくぃしたり、ねぇ?と見上げる瞳は
たからを生む前のひいなか、それ以上にトゲの抜けた感じ。

お腹にたからができたときから、このことばかりは、きっとひいなに申し訳ない結果になる、と思っていました。
いつかひいなを失う時、そんな日でも私は子育てにてんてこまいしてるのだろう、と想像したのです。
私が妊娠したこと、これは、ひいなにだけは、悪いことでした。
事実、たからが生まれた翌月、ひいなはご飯を食べなくなりお腹に毛球ができました。
その2ヵ月後にJewelを迎えて子うさぎがワサワサと生まれるように なったのです。
ひいなは私の足元でいつもイライラしていたし、私に噛み付くことばかりを考えているようでした。

子宮卵巣摘出手術、というものに対しては、もともと私は肯定的です。
メスうさぎに多い子宮・卵巣の病気を予防する、という目的とはちょっと違うのですが。
性ホルモンによって促される発情と言うメカニズムが、攻撃性を伴っていることは人間も同じです。
思春期の少年がその時期暴力的な行為を働いたりスポーツに夢中になったり、
食べることで性欲を発散させるのはそのためだと言われます。
話をうさぎに戻したとしても同じことで、交配の予定のないうさぎや飼い主に発情をするうさぎや、
グルーミングのたびに偽妊娠してしまううさぎが、年中ウロウロ、イライラ、カクカクするのは
本人にとってとても辛いこと。
体中の細胞が性ホルモンに翻弄されて困憊しているわけだから、発情期がある限り、
うさぎにストレスを与えつづけることになると、私は思うのです。
だからこそ健康で体力があるうちに、その根源を取り除いてやりたい、
というのが、私にとって無理のない考え方です。

ひいなに手術をしたことは結果的に大正解、大成功だったと思います。
でも私ははっきりと言わなくてはならないのは、ひいなの牙を抜いて大人しくさせるために
したのではない、ということ。
残り4年?5年?それ以上を一緒に過ごすひいなとの年月を、悔いのないものにしたいのです。
できるなら、最後に「ごめんね」と言いたくないのです。
手術をすることが私の愛情深い選択だったとは言え、命を落とすリスクにあえてひいなをさらした
ことへの償いを、これからしていくつもりです。
毎日、できる限り、たっぷりと、ゆっくりとひいなを抱いて。

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