お礼に
砂の 代償
空へ 大地
投網
出発 うたかたの
了解 用件の身にて
逃がした魚 善意
おとぎ話
てがみ
言葉に


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 で
 と 
なににする? と
たがいに聞きあう
ブラックでいい
と あなたは答える
レモンティーがいいわ
と 私は言う
ほんとうはね
どんな時もあなたには
<で>と言ってほしくないの
まにあわせみたいだから
まずしい譲歩みたいだから
さびしい妥協みたいだから
本心はどうなの?
いちばんの望みは何?
なんて聞きたくなる
私は<が>が好き
そのときの最良の選択
真っ向勝負
正直なことばだから
使いかたはかんたんよ
「ブラック<が>いい」
私にたいしては こんなふうにね
「君<が>いい」
あっ よくばりすぎかしら?
            01/8/4

 
 砂の雨
その手紙は
パートナーを亡くした直後の人からだった
闘病のことや お礼などが
冷静に律儀に 
あざやかな筆致で綴られていた
覚悟のあとの達観だったのかもしれない
自分自身を励ましながら
やっとの思いで書いたのかもしれない
なのに私は
その完璧さと手ぎわのよさに
少しさめていた
なぐさめの無意味さを思いながら
ただ傍観していた
砂の雨が
骨の白さで心に降っていた
               01/7/28


 
 空へ
蔦が枝分かれしながら
玄関の壁を這いはじめた
小さな花芯のような吸盤で
足場をつくりながら
するすると伸びてゆく
涼風と一緒に
壁に絵を描きながら
吸盤がなかったら
蔦は宙をさまよったあと
うなだれ地を這っていただろう
やわらかな先端は
水先案内をするように
ひたすら空をめざしている
               01/7/21






 
 鬼
あなたの声を
電話で読む
あなたの心を
メールで聞く
あなたはときどき
メールの行間でかくれんぼするのね
聞こえてくるの
ほろほろとこぼれる言葉が
息づかいが
だからすぐにわかってしまうわ
どの行間にかくれているのか
私はこんども鬼だったわね
            01/7/14







 
 出発
電車の先頭車両に乗り
ガラスばりの乗務員室を見る
あっ 今朝の運転士さんは
前方をきりりと見つめ
腕を思いっきり伸ばし
力一杯ゆびさし確認をしている
ときどき ちらっと右側の
先輩とおぼしき人を見ながら
 そう 新米だったのね
ひと呼吸おいての
先輩の確認の確認は  
力を抜いた無駄のないプロのしぐさだ
どんなときだって 誰だって 
はじめは少々危なっかしく
初々しい新米
赤ちゃんだって新米 
人間のね
田圃では
新しい米が生まれようとしている
             01/7/7

 
 了解
通勤路ですれちがう知人は
「おはようございます」 
と 私が挨拶するたびに
あらぬほうを見ながら返事をする
まじわることのないまなざし
すどおりしてゆく視線が
舗道にかすかな傷をつける
同僚への挨拶は
「オハヨ」「ざいます」
さわやかに あるいは眠そうに
背中や横顔が返事をする
信頼 なれあい 
乾いた友情
ふしぎな絆が許す暗黙の了解
今日も当然のように
あたらしい朝が生まれる
              01/6/30

 
 
  
 
 逃がした魚
寝いりばなに詩の一行が浮かんだ
書きとめておかなければ 
と 心を急かせながら
懸命に目を見開いているつもりだった
なのに睡魔は私の前を行き来しながら
早々とシャッターをおろしてしまったらしい 
うまれたはずの詩の一行は
朝の光がさしこむ部屋にも
体のなかのどこにもみあたらない
ねむりと一緒に溶けてしまったのか
うまれたと思ったのは
願望と錯覚にすぎなかったのか
睡魔しか知らない
  逃した魚は小さかったためしがない
  どんなに大きかったかを
  ひとは両手をいっぱい広げて語る
  その真偽のほどは  
  魚だけが知っている
               01/6/16

 
 おとぎ話
竹林での朗読会に向かう折り
道に迷ってしまった
目印の小学校が見あたらない
ひとっこひとり通らない道を
まっすぐ歩きつづけた
あたりは次第に暗くなってゆく
通りすぎる大型トラック
木々のざわめき
黒々とした林
電話ボックスも人家もない
どれほど歩いただろうか
とつぜん 煌々と輝く建物が見えてきた
狐にばかされるような気持ちで
そろそろと その建物に入った
人間がいる!
久しく人間とは口をきいたことがなかったように
こわぱった口調で道順をたずねた
しわくちゃになった地図を広げながら
ようやく見えてきた竹林の灯り
赤鬼や青鬼が集うおとぎ話のような空間
コンコンと啼きながら
宴の輪のなかに入っていった
火は赤々と燃えていた
              01/6/9

 
 河
お弔い用の黒いストッキングが
引き出しの中で泳いでいる
捨てることができないまま
あたらしいのを履いてしまうから
次第にその数は増えてゆく
私の中を 
私のそばを 
ほほえみながら通りすぎ
戻ってこなかった人の数だけ
幸せでしたか?
  ええ もちろん
楽しかったですか?
  ええ とっても
あなたに問いかけ
あなたに代わって私が答える
きのう ひとりの旅人が
河を渡っていった
               01/6/2

 
 お礼に
たくさんの臓器がひしめきあう繁華街に
巨大都市の風情で
肝臓が どかっと座っている
胃も心臓も胆のうも
叫ぶ術を知っているのに
饒舌なのに
静かな殺し屋
沈黙の臓器
化学工場などの呼称を持つ肝臓は
ただひたすら寡黙だ
1キログラム以上もある大きな図体を
恥じらうかのように
しらぬまに忍びより
ながい年月をかけて
細胞を破滅においやるウイルスから
君を守ってあげたい
解毒はもちろん
さまざまな役目を担って
やすみなく働きつづけている君への
心からのお礼に
           01/5/26


 
 代償
食傷ぎみ
と あなたの頬に
遠慮がちに書かれた小さな文字を
私は読んでしまった
辟易しているようすが 
いっしゅん 瞳に浮かんだのも
見てしまった
あなたも気づいたかしら?
私の あいまいな笑みと
瞳をよぎったものに
それは近づきすぎた代償
ほのかな残り火
傷あとのような温もり
無視は
代償も 思い出も
わずかな灰も残さない
あした私は 
一片の氷になる
             01/5/19

 
 大地
五月の公園に
緑を食みにゆく
こもれびのさす木々のあいだを
自転車で走りぬけると
吸う息も 肺も 細胞も
萌葱色に染まる
幼い子や若者が
スケートボードに熱中しているのを
つつじ すずらん バラ こでまり 
やまぶき などが咲き競うのを
私はながめる
けれど 彼らも 花たちも
けっして私を見ることはない
私は芝生の芝の一本
風に揺れる一枚の木の葉
             01/5/12




 
 投網
過去に決別するのも
恋にさよならするのも
いとも簡単なこと
はじめから形がなかったのだもの
なのに愛着はそうはいかない
オーバーコートの襟が 
ブラウスの胸のあたりが
イヤリングの小さな石が
身のまわりの形のあるものたちが
愛を着てしまっているから
私はただ 
その前で足ぶみするばかり
愛着が投網になって
私をからめとる
             01/5/5






 
 うたかたの
目が冴えて眠れなかったことを
誰かに告げたくなるのはなぜ?
羊の数をかぞえるのは
つまらなくなってしまうし
まぶたを固く閉じても
なにも浮かんではこない
まぶたに浮かぶなんとやらって 
歌詞にはあるのに
再び訪れてはこない 
うたかたのような たったひとつの夜
まぶたの裏側ではネオンが点滅し
瞳に反射しているだけで
一頭の羊も見あたらない
未来も過去も浮かんでこない
涙のような水滴が
窓ガラスにつくる小道を
街路灯のあかりが照らしている
            01/4/28

 
 用件の身にて
「O.Kさん こんばんは」は 「お」で
burikiyaさん こんにちは」は 「ふ」で
CHIKAKOは 「ち」で
メールアドレスは 「め」で
当HPは 「ほ」で 単語登録してから久しい
よ.う.け.ん.の.み.に.て
と 入力したら
「用件の身にて」に変換された
悪くはないわ
あいまいなことや
不要なものは削ぎおとし
情緒のひとひらもない 
殺風景な用件だけの身
今日 私は私を
「よ」で単語登録した
            01/4/21



 
 善意
   <水仙
水仙が咲いた
ベージュのスカーフをして
少しうつむきながら
いっせいに 正面を向いている
波のような耳をかたむけている
おはよう 
おはよう
花の善意が私を見ている
   <
満開の桜は 
風にバトンタッチするときを知っている
生まれる前の風にも
かすかな風にも瞬時に応え
あるいは風がなくとも
見えない合図に応える
あなたの髪に  
私の肩に
ひろげたシートに
桜吹雪が降る
やわらかな善意が降る
            01/4/14

 
 闇
ゆうべ 寝ごとを言ってたね
と 旅の宿であなたは言う
心の闇に気づいてはいた
封印した想い
霧のような不安
無意識の悪意
星くずのような傷
ひょっとしてハイド氏も
混然と紛れこんでいるかもしれない
それらが白日のもとに晒されるとき
私は無力な罪びとになる
旅の朝
私より先に
私の闇を見てしまったひとが
声を聞いてしまったひとが
のどかにお茶をのんでいる
            01/4/7

 
 てがみ
Eメールは
瞬きをひとつするあいだに
宇宙を駆けぬけ
瞬時にあなたのもとへ着いてしまうから
あとを追いようがない
送信したあとの悔いなど
吹きとばされ 
大気中の塵になってしまうのだろう
私の受信トレーは
煙草のけむりでいっぱい
まだ お仕事中ですか?
あっ 旅行中かしら
まさか 病気ではないでしょうね
それとも...
<それとも>に続くことばが
たちあがって 歩いていった
            01/3/31

 
 言葉に
痛みは声をもたない
形もない
体のそちこちに
じっとうずくまっている
無言のまま
やどかりのように
ある日 人は
痛みを音声化し
たったひとつの言葉に変換する
<痛い> と
人と 痛みは
光と影のように暮らしてきた
しくしくした痛みに
激しい痛みに 
よりそいながら
  本当はどうしてほしいの?
  言葉の無力さを知っているのは
  君自身だよね 
            01/3/24
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