生まれたての詩.8
| 饒舌な夜明け | 春の塔 | 不器用な小石 | 夏を | |||||||||||
| 刻印 | ゼロの静けさ | 秋の耳 | 狭間 | |||||||||||
| 窓を | 愚かな時間 | 唐突に | 断片 | |||||||||||
| 或いは | 深い夜に | 結構な日々 | 振動 | |||||||||||
| 潜んでいるもの | 残り雨 | 門 | 空へ | |||||||||||
| ふたつの答え | 待つ | ドミノ倒し | 空は | |||||||||||
| 水の呼吸 | 晒される森 | 水の道 | 逆行 | |||||||||||
| 風の旅 | 帳消しに | 水底 | 封鎖 | |||||||||||
| 光 | 漂白のとき | 翼に | 意志 | |||||||||||
| 定型の朝 | 圧縮 | かたくなに | 同化 | |||||||||||
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| 饒舌な夜明け |
| 思いつめていることや |
| あふれるほどの想いを |
| 夢にみることは滅多にない |
| めざめているあいだに |
| もえつきてしまうのだろうか |
| 否 もえつづけているのだろうか |
| いっしゅん通りすぎていったもの |
| かすめていった思い |
| 無意識という意識 |
| 思ってもいなかったこと などが |
| 夢のなかで仁王だちになる |
| 〈私をみとめて〉 |
| 〈私をわすれないで〉 |
| 明けがた会った仁王さまは |
| なぜか饒舌だった |
| 04/03/20 |
| 刻印 |
| じぶんじしんの記憶は |
| 〈思いださない〉ことで |
| 色あせることがあるけれど |
| 〈思いださない〉ように意識すると |
| かえって鮮やかに思いだされたりする |
| 記憶は |
| 気むずかしがりやで気まぐれで |
| ときには はにかむことさえある |
| 私が ひとに刻印してしまった記憶は |
| ひらひらしたものだろうか |
| ふかく重いものだろうか |
| リモコンで操作するように |
| 自在に動かすことができない難物を |
| 左右に持ちかえてみる |
| 04/03/13 |
| 窓を |
| 穴のあくほど |
| あなたの顔をみつめたら |
| ほんとうに穴があいた |
| 窓のように くっきりと |
| 季節が行きかう窓 |
| 冬から冬へ |
| 春から春へ |
| 風が通りすぎる |
| あなたの声がこだまする |
| 私は日がないちにち |
| 窓を行き来している |
| 04/03/06 |
| 或いは |
| あなたのせいじゃないわ |
| 小指が痛いのは |
| 紙に噛まれたせいよ |
| あっというまに |
| 血が一文字に滲みでて |
| いつまでも疼く |
| しずかな紙も |
| ときには牙をむくのね |
| ひょっとして人も |
| 牙を研いでいるのかもしれないわね |
| わけもなく |
| 或いは なにかのために |
| 04/02/28 |
| 潜んでいるもの |
| 〈影も形もない〉 |
| とは よく言ったものね |
| 影すらないのだから |
| 形まで辿りつきようがないわ |
| 道すがら |
| ちいさく風がふき |
| かすかな気配がやってきた |
| 形への道標のように |
| 気配は今日も |
| ひそやかに私を支配する |
| 04/02/21 |
| ふたつの答え |
| 思い出が そちこちにいる |
| 節分の日にまいた豆のように |
| 芽ぶきはじめた芝の上や |
| テーブルの下や |
| こたつのまわりや |
| 部屋のかたすみで |
| かろやかに踊っている |
| 主張している |
| そして重く しずんでいる |
| 思い出は |
| めしのたねになりうるか |
| ちからになってくれるか |
| 伴走してくれるか |
| 思い出に聞いてみると |
| 否定と肯定が交錯する答えが |
| かえってきた |
| 04/02/14 |
| 水の呼吸 |
| 雨は人をエゴイストにする |
| 湿度20%台という日々は |
| ひたすら雨を乞う |
| 乾ききった地面や草木や |
| 女の肌をなぞりながら |
| つかのまの雨は |
| 疎んじられる長雨と違って |
| お湿りとして快くむかえられ |
| ほほえみ まどろむ |
| 水の呼吸をはじめた地面も |
| いっせいに目覚めた草木も |
| うるおう肌も |
| ひそやかに 夜半に降った雨の |
| わずかな痕跡だ |
| 04/02/07 |
| 風の旅 |
| その日 駿河湾の波は |
| 鋭角に尖がっていた |
| 強風にあおられ |
| 停泊したままの船が |
| 宿の窓から何艘も見えた |
| 通りに人の気配はなく |
| ただ風だけが吹きすさんでいた |
| 海峡ではないのに |
| なぜか海峡の街 |
| と呼びたかった寂れた海辺の街に |
| 寒風は似合っていた |
| 次の朝は |
| 凪いでいたけれど |
| 叫ぶような波の音を私は懐かしんだ |
| もう訪れることはない部屋に |
| さよならをした |
| いつもの旅に習って |
| 04/01/31 |
| 光 |
| 不安の的中なんて |
| さまにならないわ |
| たちこめる暗雲 |
| 目のまえを塞ぐ巨大な岩石には |
| けっして的を絞らず |
| わずかに的をはずすことね |
| ほら 少し すきまがあるでしょう |
| すきまから射しこむ光を辿ってゆくのも |
| 悪くはないわね |
| 光はいつも |
| 愚直で美しい直線 |
| 04/01/23 |
| 定型の朝 |
| 午前6時30分 |
| 今朝も気ぜわしく |
| ヒールの音をたてて走っていくひとがいる |
| 朝の風物詩のように |
| もっと早く家をでればいいのに |
| もう少し早くおきればいいのに |
| などと 無用なお節介をしながら |
| ぬくぬくと布団のなかで靴音を聞く |
| それぞれの生活のパターン |
| それぞれのリズム |
| 今朝もパターンが固形物になって |
| リズムが音符になって |
| 春まだ浅い冷気のなかを |
| ダッシュしてゆく |
| 04/01/17 |
| 春の塔 |
| 年をとる |
| 年を重ねる |
| 年をとるということは |
| 取ってしまうことでもなく |
| 盗ってしまうことでもなく |
| もともとあった年が減ってゆき |
| 消滅してしまうことでもない |
| とっては重ね |
| ちぎっては重ね |
| せめぎあいながら |
| 高い塔になってゆくことなのだろう |
| 頂に届く |
| ねこやなぎが芽ぶく音 |
| ふきのとうが土を割る音 |
| 沈丁花の香り |
| あなたの口笛 |
| 04/01/10 |
| ゼロの静けさ |
| いいこともあって |
| わるいこともあって |
| 人生はプラスマイナスだ と |
| わかいきみは言ったよね |
| 老成した人のように |
| ゼロっていうこと? |
| プラスマイナスプラスじゃないといやだわ と |
| ごうつくばった私が言ったの覚えてる? |
| ほんとうに年老いたとき |
| きみは同じことを言っているのかしら |
| そうして ゼロの静けさのなかで |
| おだやかに微笑んでいるのかしら |
| 03/12/27 |
| 愚かな時間 |
| 小さなものをよく失くす |
| たとえば 姫フォーク |
| たとえば 小さなスプーン |
| きのう使ったはずなのに |
| きょうは みあたらない |
| 大切なものも |
| さほど大切でないものも |
| 無意味なものも |
| そしらぬ顔できえてゆく |
| いとおしい時間をけずり |
| うしなっていくこと |
| それはきっと |
| 愚かで美しいことに違いない |
| 03/12/20 |
| 深い夜に |
| ♪ あんたがたどこさ |
| ひごさ |
| ひごどこさ |
| くまもとさ |
| くまもとどこさ |
| せんばさ |
| せんばやまには たぬきがおってさ。。。。 |
| 浴そうのなかで |
| 女がひとり まりつきをしている |
| 柚子を手に |
| 香りの湯気で顔をほてらせながら |
| 力をこめて なんどでもついていくと |
| 柚子は ふんわりと浮いてきて |
| 女の手のひらに戻ってくる |
| そして母胎に帰ってゆく |
| ♪ 〈註〉・・・わらべうた「あんたがたどこさ」引用 |
| 03/12/13 |
| 残り雨 |
| 地上や食物や岩石や |
| 空気中から受ける放射線 |
| 治療の場でもあびる放射線 |
| 一生にあびる量は上限があり |
| 4Sv(シーベルト)という数値は |
| NASAが定めた安全性のガイドラインだという |
| 一生に流す涙の量にも |
| 上限があるのだろうか |
| 涙たちは |
| 頬にきざまれた涙道を通ってゆく |
| こぬか雨のおだやかさで |
| 氷雨や みぞれや |
| たたきつける吹雪のはげしさで |
| 私のなかの涙は |
| あと どれほど残っているのだろう |
| どれほど流れていったのだろう |
| いま どこにいるのだろう |
| 03/12/06 |
| 待つ |
| かなしみは |
| くちにだしてはいけないよ |
| さみしさを |
| だれかにつげてはいけないよ |
| さよならを |
| いってはいけないよ |
| 待つひとがいて |
| 待っていてくれるひとがいること |
| それが いちばんしあわせなことって |
| あなたはしってる? |
| 03/11/29 |
| 晒される森 |
| くさいものには蓋をする |
| と先人は言った |
| 賢い人の処世訓にあえて背き |
| 私は蓋をあける |
| なかには深い森が広がっていて |
| 落ち葉が堆積している |
| それらをかきわける作業の意味を |
| よく知っているのに |
| 自虐的ですらあるその作業を |
| 私はつづける |
| いれものをひっくり返してまで |
| たどりつくのは |
| きまって虚しさの残渣や狂気 |
| 悟りきったような暗い森が |
| 太陽に晒されている |
| 03/11/22 |
| 帳消しに |
| こころが萎えた一日だった |
| 細胞たちが無気力な一日だった |
| 夕餉のあと |
| 惰性のようにパソコンの電源を入れたとき |
| 唐突に せつない香りがやってきた |
| えっ 何? と問うまもなく |
| 月下美人の香りだと気づいた |
| 時節はずれの思いがけない贈り物に |
| 無為な一日が帳消しになった |
| 土間の片隅にいた月下美人を忘れていた |
| 一輪だけで咲くために耐えた蕾の時間に |
| あふれる思いに |
| 私は気づかないでいた |
| ふくよかな香りが目にしみる |
| 03/11/08 |
| 漂白のとき |
| エプロンについたシミが |
| 数時間 漂白剤につけておいたら |
| きれいにおちた |
| シミ 紙魚 沁み 凍み 染み 滲み 衣魚 |
| と豊かに変換される「しみ」 |
| 古書を食う昆虫が紙魚 |
| 凍みは 凍ること 凍えること |
| 染みは 液状のものからしみでたよごれ |
| 顔のシミは |
| さだめし 染み 滲みかしら |
| 心や体の奥深くについたシミは |
| 凍み かもしれないわね |
| それらや 刷りこまれた記憶を消すことに |
| すこしも効きめがない漂白剤が |
| わけしり顔をして棚の上に並んでいる |
| 03/10/25 |
| 圧縮 |
| 記憶をプレスしたら |
| うすく たいらに固まった |
| 圧縮袋のなかに布団や衣類を入れ |
| 掃除機で空気を吸いこんだあとのように |
| コンパクトに密閉されて |
| それも つかのま |
| 記憶はミクロの穴からぬけだし |
| 夜な夜な立ちあがってくる |
| 変形した文字になって |
| 雪虫のように目のまえを飛びかう |
| 私のなかの記憶がさまよう |
| 記憶のなかの私がさまよう |
| 夜明けのためにある闇が |
| ガラス戸ごしに部屋を染める |
| 03/10/18 |
| 不器用な小石 |
| 生家の前には |
| 子どもでも飛びこえられるほどの |
| せまい堀があった |
| 水底は浅く |
| 小石が見えかくれしていた |
| 幼い遊びだったのか |
| いとおしさの表現だったのか |
| 私たちより小さな子を抱っこし |
| むかい側の子に手渡そうとしたとき |
| 渡しきれずに堀に落としてしまった |
| 私はそのまま逃げ帰って |
| ふとんをかぶっていた |
| つげるべき言葉がみつけられず |
| くらやみの中で目をらんらんと見開き |
| おびえていたに違いない |
| 今も 心の堀には |
| 小石がざわざわと転がっている |
| 03/10/11 |
| 秋の耳 |
| 日が暮れると |
| 草むらでは虫たちの宴がはじまる |
| さらに夜がふけると |
| いっそう華やぎ |
| 夜どおしの饗宴となる |
| リーンリーン リーリー |
| スイーッチョン と今を鳴く |
| 童謡「七つの子」では |
| 烏なぜ啼くの |
| 烏は山に |
| 可愛い七つの子があるからよ |
| と歌われているけれど |
| スズムシ マツムシ コオロギ |
| ウマオイ クツワムシはなぜ鳴くの? |
| 耳には |
| たくさんの秋がはりついているから |
| なぜともなく私は |
| 明日 泣いた |
| 03/10/4 |
| 唐突に |
| 雲母のように |
| 細胞がきらきら光っている |
| 薄い皮膜を剥がしてゆくと |
| 記憶がいた |
| おぼろげな愛もいた |
| 移り気な細胞は |
| 眠りから覚め |
| 唐突にざわめき始める |
| 招かれざる客になり |
| かぎりなく増殖しながら |
| 客をよそ目に |
| 私は細胞を剥ぎつづける |
| たどりつけるところまで |
| 03/9/27 |
| 結構な日々 |
| 黄昏どきの電話の着信音は |
| やるせない吐息 |
| しのびなき |
| 哀愁が定番の演歌調だ |
| 女は気だるげに髪をかきあげながら |
| 受話器をとる |
| 株の話には |
| 「蕪は買ったばかりよ」と答え |
| 生命保険の勧誘や |
| 墓地のご案内とやらには |
| 「結構です」と冷ややかに |
| 黄昏どきを裂く |
| 結構ですは |
| 問答無用の切捨てごめん |
| 結構なお品を......は |
| 媚びをふくんだお礼の言葉 |
| 双方がシーソーのように行き来する |
| 本日は まことに結構なお日柄で |
| 03/9/20 |
| 門 |
| 緑のトンネルを作るのは |
| やわらかな新緑ではなく |
| 成熟した木の葉たちだ |
| おくれてやってきた夏に |
| 蝉しぐれが降る |
| 車が通るトンネルには |
| 優しく調整された照明が点いているけれど |
| 心のトンネルは闇だから |
| 手は空(くう)を泳ぐ |
| 通りぬける風に触れているだけで |
| なにも見ることができない |
| 門は乳飲み子を抱くように |
| 小さな音を抱いている |
| それを闇というのなら |
| 門をくぐり 耳をそばだて |
| 私はそれを聞くだろう |
| 闇から抜け出すことができた日の私は |
| 見知らぬ風景の一点になる |
| 03/9/13 |
| ドミノ倒し |
| 親亀がこけると |
| 子亀もこける らしい |
| バスに ではなく |
| バスが 遅れたので |
| 電車が ではなく |
| 電車に 乗り遅れた |
| 交差点では |
| ひとつめの信号も |
| ふたつめの信号も |
| まっかな顔をして湯気を立てている |
| ついてないわ と呟きながら |
| 忙しげに足ぶみをする |
| なにが功を奏するかわからない |
| というあなたの口癖が |
| 目の前をひらひらと舞う |
| かたわらを |
| 1秒で1m進むというドミノ牌が蛇行し |
| ゴールをめざしている |
| スタート地点など忘れて |
| 03/9/6 |
| 水の道 |
| はげしく静かな復讐のように |
| 雨が降る |
| 幾何学模様の線が |
| 断続的な滴が |
| 木々をたたき |
| 花びらを散らし |
| 地面を刺す |
| 石畳が水の道になる |
| 雨にぬれた私は |
| すこし貧しく |
| 羽ばたきをする |
| 水しぶきが |
| 星屑になって弾ける |
| 今日が洗われてゆく |
| 03/8/30 |
| 水底 |
| 夏が深海の底にいる |
| 太陽も沈んだままだ |
| 魚たちは音もなく泳ぐ |
| 私も深海の中にいる |
| 泳げない私は |
| ひがな 海の草にしがみつき |
| 小さな泡とたわむれる |
| 季節の移ろいに追いつこうと |
| 水面に浮かびあがった夏と私は |
| ふうっと息をする |
| 蝉しぐれも聞こえないこの夏に |
| 浜辺では |
| 終わりの夏を拾う人がいた |
| 03/8/23 |
翼に |
| 純白の翼をひろげて |
| 鷺草が咲いた |
| 飛ぶ姿勢で |
| 静かに何日も咲いている |
| 花言葉は〈芯の強さ〉 |
| * |
| 戦国時代 |
| 世田谷城で助けを求めるお姫さまが |
| 鷺に託した手紙は |
| あえなく途中で射ち落とされ |
| その跡に鷺草が咲いたという |
| もう飛べるね |
| 小さな宇宙から |
| 私は 翼になにを託そうか |
| 03/8/16 |
| * http://www.hana300.com 「季節の花 300」参照 |
| かたくなに |
| つい深爪にする |
| 爪と指のわずかな隙間に |
| 生活が入りこむのを拒んで |
| 白魚のような指と |
| マニキュアに彩られた爪に |
| あこがれ |
| 羨望しながら深爪にする |
| 艶のない爪の中には |
| 私や |
| 悔いがいるから |
| 切っても切っても |
| 私の内側から |
| 私や |
| 悔いが生えてくる |
| 習いのように |
| 今日も |
| 03/8/9 |
| 夏を |
| 不慣れな手つきで |
| レシピ通りに梅干を漬けた |
| 弁当や おむすびの真ん中にいて |
| 「この梅干が目に入らぬか」 |
| と 印籠のように睨みをきかせ |
| 放射状に隅々まで目を光らせ |
| 腐食の見張り役をする梅干 |
| 今年の梅雨は長く |
| 土用はとうに過ぎたけれど |
| 先人の教えどおりに |
| さあ 三日間の土用干し |
| ぽっちゃりした真っ赤な顔が |
| 竹の笊を 夕陽の色に染める |
| 夏を伴走する |
| 03/8/2 |
| 狭間 |
| 奇跡が微笑んだから |
| 私も微笑みかえした |
| 童(わらし)の頃の話や |
| 夢の話や |
| 明日の話や |
| ずっと先の話をしながら |
| いっしょに歩いた |
| 奇跡は |
| 砂糖菓子のように |
| さらさらと音をたて |
| 日々の狭間を行き来する |
| 03/7/26 |
| 断片 |
| 脈絡もなく |
| とつぜん思い出すことがある |
| ストーリーのない写真 |
| 色あせた寂寥にも似て |
| なんの感慨もなく |
| 明りとりの窓からさしこむ |
| いくすじもの光 |
| 屏風に描かれた水墨画に分けいって |
| 眠った日々 |
| 西日がさす部屋のカーテンの模様 |
| 墓地で鳴く蝉の声 |
| 草いきれのする山の道 |
| 垣根ごしに咲くおしろいばな |
| 目や耳への |
| 記憶の背景は忘れ |
| 断片だけが |
| 意味もなく浮かんでは消える |
| 03/7/19 |
| 振動 |
| 初めて電動歯ブラシを買った |
| スイッチオフにするまで |
| 歯と歯の間まで |
| 懸命に磨きあげてくれる |
| テレビを見ているだけの私に |
| もんくも言わずに |
| ショートカットの髪を |
| 小刻みに震わせながら |
| 唯一の使命のように |
| 生きがいのように |
| ひたすら振動するブラシに |
| ゆだねられた歯たち |
| 夜のとばりがおりてきた |
| 今日も一日おつかれさま |
| さあ 充電食をどうぞ |
| 03/7/12 |
| 空へ |
| どこへ行ったのだろう |
| みにくいアヒルの子のように |
| 仲間はずれのように |
| 皆と離れていた〈私の〉ツバメ |
| 巣立ちのあとの |
| 飛ぶ練習に余念のない4羽が |
| 電線を揺らす |
| 怯えるようにしがみついて |
| 動けなかったT羽 |
| 飛べなかった〈私の〉ツバメは |
| いつの間にか視界から消え |
| 次の日も戻ってはこなかった |
| 短いツバメ服を着た4羽は |
| 同じ方向を向きながら |
| 電線に並んでいた |
| 03/7/5 |
| 空は |
| ガラス細工の |
| 地雷を踏んだ |
| 破片が飛び散り |
| 手足や心に突き刺さる |
| 一片を手にして |
| 息を吹きかけると |
| つばさが生え |
| 保護色になって |
| 空に飛んでいった |
| 空は何事もなかったかのように |
| ひょうひょうとしている |
| 梅雨空の顔をしたり |
| 晴れまをのぞかせたりしながら |
| 寂しさを溶かしている |
| 03/6/28 |
| 逆行 |
| あなたがツーと言ったので |
| 私はカーと答えた |
| ツーと言わなかった私に |
| あなたはカーと答えた |
| そして一日が暮れた |
| 過ぎてしまった一日は |
| 過去ではなく |
| 愛しい現在 |
| そして 未来へと |
| 逆行してゆく |
| 親ツバメは |
| まだ飛べない雛に |
| 黙って餌を運び続ける |
| 雛はピッピッと応える |
| 夕闇がせまるまで |
| 過ぎてしまった一日は |
| 過去ではなく |
| 巣立ちのための未来 |
| 03/6/21 |
| 封鎖 |
| 夜のしじまに無言の電話 |
| 私は みずからを名乗らない |
| わずかな音も |
| 息づかいも聞こえないのに |
| はるかかなたに |
| すぐそばに |
| 人の気配がする |
| 沈黙の闇と |
| ふしぎな静寂が |
| 私の心を |
| 部屋を封鎖する |
| 名前のないあなたと |
| 名前のない私とを |
| いっしゅん |
| 定めのように回線が結ぶ |
| 03/6/14 |
| 意志 |
| 茶のみ茶碗のふちが欠けた |
| わずか1ミリほどの傷 |
| 避けることもできるのに |
| なぜか傷のところに |
| くちびるがあたる |
| 触れたがる |
| 痛みを確かめるかのように |
| あなたを好きだと言ったときも |
| 夢を語ったときも |
| くちびるは動いた |
| 顔のなかで |
| いちばん柔らかなのに |
| 激しい心を宿しているように |
| 生きもののように |
| 青ざめることも |
| くれないに染まることも |
| 紙の白さになることも |
| 傷に惹かれるのも |
| くちびるの意志 |
| 03/6/7 |
| 同化 |
| 本棚に根が生えた |
| 十数年間おなじ所にいたので |
| 違う場所に植えかえた |
| 主をなくしたその場所は |
| 色あせることもなく |
| 在った形のまま窪んでいる |
| さみしい秘密のように |
| 本の背表紙たちが |
| いっせいに私を見ている |
| 本棚や本が妙に眩しく |
| 人見知りをするように |
| なじめない |
| 違和感が空気に変る日 |
| 私も空気に同化できるかもしれない |
| 03/5/31 |