空の部屋.1
   この部屋には素顔のCHIKAKOがいて、ああでもない、こうでもないと能書きを
  述べています。メモ、日記、雑感のようなもので一人よがりのものが大半ですの
  で退屈なさるかもしれませんが、気が向いたらお付き合い下さいね。
                                    99/3/10
内緒の話 何かとお世話になります
日が暮れるまで 快適ですか?
2000年への展望 伴走者に乾杯!!!
公開は先に立たず? 優しい人に
にわとりモード そうでない人の戯言
恋人宣言はしたものの わけもなく、なんとなく
防災グッズの備えは? さりげなく
のんびりいこうよ 集い
宇宙人がいた 壁と私
後日談 啼かないで
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 内緒の話
   長男は父親のことを「おとう」、私のことを「おかあ」と呼ぶ。カラスでもないのにきちん
 と返事するところをみると、やはり私は「おかあ」なのだろう。
 ちなみに私は子供の頃、否、大人になっても「とうちゃん」「かぁちゃん」と呼んでいた。
 慣れ親しんだ呼び方が一番ぴったりするように思う。
  ただ、いい歳(悪い歳ってあるんだっけ)をしたタレントと称される人達が、うちのお父さ
 んが、お母さんが、とテレビのトーク番組等で言っているのを聞くとちょっとがっかりする。
 家ではどんな呼び方をしようと勝手だと思うのだけれど、人前では「父」や「母」と言い換
 えて欲しいと思う。そのような思いは時代錯誤も甚だしいということだろうか?
  言葉や言葉遣いというものは、時の流れと共に次々と変わっていくものだから、人前で
 の「お父さん」「お母さん」という言い方も多数決で?すでに市場権を獲得しているのかもし
 れない。拘ったり目くじらを立てたりする方がおかしいのかもしれない。でも私は拘る。
 けれど、拘りつつもそれを頑迷に言い張ることなどしない善良な??小市民の私。おかしい
 と思われるのは心外なので、以上の話は、ここだけの内緒の話にしておこうと思う。
                                            99/12/28


 
 日が暮れるまで
  「世界が広がるよ」と子供に言われて買ったパソコンが、今では生活に潤いを与える
 べく活躍中である。そして今年はインターネットに明け暮れた一年でもあった。
  パソコンを始めたと言うと、私のまわりの人達は「ええっ」と驚くのだ。
 私は人間のうちで最もやりそうにない、出来そうにない人間だと思われているらしい。
 ところがどっこい。人は見かけによらぬもの。ハハハハハハ私だってやるときゃやります
 のだ、と心密かににんまりとしている。
  一生出会う機会もなかったであろう人とのネット上での出会い。みんな優しいのだ。 
 だから私も優しくなれるような気がする。
 そして、とっても素直になれるような気がする。嬉しい時は嬉しい、と思わず拍手をしてし
 まったり、寂しい時はしょんぼりしてしまったり、と。
 どんな感情表現をも許してもらえそうな豊かな世界。面白い遊び場。
 私はこれからもきっと、日が暮れるまで遊びほうけるだろう。
                                      99/12/19記  



 2000年への展望 
 
  タイトル、ちょっとかっこつけすぎじゃないかい?
 つまりは、来年やりたいことは、かくかくしかじか、と言おうとしているだけ。
 或いは願望に終わるかもしれないけれど、「武士に二言(にごん)はない」というフレーズ
 が好きな私だから(武士ではないのに)張り切ってしまいそう。
  それにしても慌ただしく過ぎてしまった一年。もっといろいろなことをしたかったような、
 私のノウリョクではこれが限界だったような、1999年という年。
 そして、過ぎてしまった日々が愛おしくもある今日この頃。
  気分を変えて、気ぜわしい師走に2000年に向けての計を立ててみる。
  1.HPを新鮮なものにする。....少々マンネリ化してきたので。 
  2.第二詩集を出版する。
  3.考え中.....。
 上記の3.がモンダイ。ここにすべてがかかっている?
                                           99/12/12



 公開は先に立たず? 
    ↑ タイトルが意味不明。
  HPを公開してから明日で一年になる。だからといって特に祝賀会を開く予定はない。
 HPは夢のある架空の家のようなもので、そこに帰ればいつも誰かが「お帰り」と迎えて
 くれそうな気のする摩訶不思議な存在だ。
  一年前の公開時のドキドキ感は、ただ事ではなかった。
 始めは試運転のつもりだった転送が、いきなり成功してしまい嬉しいというよりアワアワ
 と慌ててしまった。上手さんに、いの一番に電話をした。
  上手さんは、改行マークの意味さえ知らなかった私に、ことあるごとにきめ細かに教え
 てくれた人だ。操作がうまく出来ないからといって命に別状がある訳ではないのに、もう
 ダメだぁ、と挫折しそうになったことが何度あったろう。そんな時、きまって救いの手をさ
 しのべてくれたのが上手さんだ。必要な時に必要な事だけを教えて頂けるということは
 なんと有り難い事だろう。上手さんには足を向けて眠れないのだけれど、方向音痴の私
 のことだから、或いは足を向けて眠っているかもしれない。
                                         99/11/28  



 にわとりモード
  鶏は<三歩>歩くと前のことは忘れるらしい。
 もっとも鶏本人?に聞いたわけではないので真偽のほどは定かではない。   
 チョコチョコと歩いては、とぼけたような仕草をする鶏。 
  人を揶揄する時や、笑いの場面に「鶏みたいだ」と言っていたように思う。
 いったい誰が最初に唱えた説なのだろう。鶏を飼っている人だろうか?
 はたまた、その道の偉い先生だろうか?
  私の場合、深刻に落ち込んだ時などは<三歩>歩いただけで忘れるという事は出来
 ないけれど、大抵の場合は一夜明けるとすっぱりと立ち直っていることが多い。
 それは長引く程の深刻な事態ではないということなのか、まぁいいや、という諦めの早
 さからくるものなのか、自動的に「にわとりモード」に切り替わっているからなのか私に
 もよく分からない。 
  いずれにしても大抵のことは一件落着という解決の形があるのだし、真っ暗な夜の後
 に訪れる朝はいつも変わらずに輝いているということを信じて、目を瞑ってみよう。
 瞳の奥では今日という日の幕が静かに降りて、元気いっぱいの明日を写しだすために
 真っ白なスクリーンがスタンバイしている筈だから。
  なぁんて、かっこをつけてしまったけれど、これは私自身への応援歌かもしれないね。   
                                             99/11/7



 
 恋人宣言はしたものの
  先日、恒例の「千葉詩人会議」主催の朗読会があった。
 私は当HPに展示してある詩を三編ほど朗読した。
 インターネットは私の恋人、と宣言して始めた「削除」や「コピー」などのパソコン用語を
 使って書いた詩の朗読は、はずかしい反面とても楽しかった。
  二日後、出席した詩友のひとりから嬉しいハガキが届いた。
 詩に対する姿勢が積極的になったのは、インターネットを恋人にしたからかな?と書か
 れていた。自分が書いたものに対して人に何か(厳しい批評は勿論)言って欲しいという
 願望を持つ詩を書く人間として、こんな風に言って頂けるととても嬉しいのだ。
  それにしても、うぅ〜ん。恋人宣言はしたものの、本当は何も分かっていないんだよね。
 氏名、年齢、趣味、信条、思想、宗教等々。
 それに彼(?)は頭脳明晰すぎる人(?)だし、決して妥協を許さない人だからアバウトな
 人生を送っている私には眩しくてとてもとても。
 これって、世にいう片思いっていう状態なの?
                                              99/10/24  



 

 防災グッズの備えは?
  今年の夏は変だった。
 いつもの年なら、朝夕冷え込んでくる10月半ばなっても堂々と夏が居座っていて。
 植物達も変。真夏の宵に咲き終わった筈の月下美人が今また咲こうとしている。
 蕾が5つ、例の鎌首をぐっともたげる姿勢で天を仰いでいる。もう一度花を楽しめるのは
 嬉しいことだけれど、季節を錯覚して咲こうとしている姿が何とも痛々しい。
  人にその話をすると、この異常な暑さは地震でも起こる前兆じゃないの?と言う。
 花の話の後は、災害に備えて準備をしているとか、していないとか至って現実的な話に
 なった。その人は常時、水を入れたペットボトル数本を押入れに保管しているとのこと。
 但し奥の方に入れてあるのでいざという時に役に立つかどうか自信がないという。
 私はといえぱ、通信販売で買った防災ずきんと防災リュックだけはある。
 但し、リュックの中には殆ど何も入っていない。そのうち準備しようと思っているうちに日
 が過ぎてしまって。いざとなったら防火や防水の機能のある銀色のリッパなずきんを被
 って、空っぽのリュックをしょって逃げ出すに違いない。
  備えあれば憂いなし、と昔の人はいいことを言ってくれた。
 備えなくとも憂いなし、などと強がりを言っている私だけれど心を入れ替えて明日こそ備
 えよう。いや明後日でもいいか。いや今月中に実行すればいいか。
 いやいやいやいや、今年中には必ず。 
    この文は10月の連休明けの暑い日に書いたもの。数日前から本物の秋になった。
                                         99/10/17


 
 のんびりいこうよ
  自分はダメ人間だ と言う人がいる。私はその度に返答に困る。
  人はなんらかのいいところを必ず持っている筈だから、ダメ人間などと決めつけて欲し
 くないし卑下もして欲しくないなと思う。
 でも、時にはぎりぎりまで追いつめられ心底自分はダメ人間だと思う時があるのも人間
 だから、そのように言う人を非難するつもりはないし非難されたくもない。
 返答に困りつつも力になれたらなってあげたいものだと思う。私自身落ち込んでいる時
 に受けるさりげない優しさの有り難みを知っているから。
  一方、誰がみても非のうちどころのないような人が自分はダメ人間だ、と言うことがあ
 る。<なぬッ>と一瞬白ける。<これは自慢の裏返しか?>とちょっぴり嫌みな思いに
 かられながらも私は「それはご謙遜でしょう」と、いたってフツウな答え方をする。
 困ったことには、優秀なその人はいかに自分はダメかということを、また強調するのだ。
 私はやれやれと思いつつ、そんなにおっしゃるのなら、そうかもしれないですね。
 と言いたくなる。けれど寅サン流に言うと「それを言っちゃ〜おしめえだよ」ということにな
 りそうだから言えない。
  だが待てよ。その優秀なお人も本当にダメな状態に陥らないとも限らないから、いちが
 いに自慢話だと思いこんだり皮肉ったりすべきではないのかもしれないな、とも思う。
 ああ、人間ってなんて難解な生きものなのだろう。私も人間だから難解な生きものという
 ことになるのか。ムムムム。
                                            99/10/10 

 宇宙人がいた
  珍しい事に出会った。ビデオ屋さんの階段を降りる時のことだ。
 オトウサンとおぼしき人は階段に座り、側には幼い子どもが二人。
 私はといえば、借りた3本のビデオと大きな数個の梨(品種は新高)を持っていた。
 ところが新高が重くてビニール袋の持ち手が切れてしまった。
 アッと思うまもなく、ごろごろと階段を転がっていく梨。
 こともなげにそれを拾ってくれた若いオトウサン。その後が「珍しい事」だった。
 5歳位かと思われる男の子が、その梨を私の手提げに入れてくれようとしているのだ。
 下の子と力をあわせて。けれど、格別に大きな梨なのですんなりとは入らない。
 私も慌てて入れようとすると、その子は、入れやすいように手提げの口を拡げてくれる
 ではないか。そのような心遣いをしてくれる幼い子をいまだかつて見たことがない。
 もちろん私は、ありがとうの連発。
 その後、荷物が多い私を見てのことだろう。その子いわく「大変ですね」
 信じられない言葉を聞いて思わず「ハァ〜何ですと?」状態。この文を読まれた人の中
 に、その子の大人びた口のききかたを可愛くないと思った人がいたかもしれない。
 これまで私も、こまっしゃくれた子どもを好ましいと思った事はない。けれど僅か数分の
 触れ合いだったのに、不思議な親しみと好ましさを感じたのだった。
  どんな風に躾けているのかしら?と、ついオトウサンの顔を見てしまった私。
 彼は至ってのんびりと涼しげな顔。特に子ども達を誉めるでもなく、悠々としている。
 一方子ども達も、大人の顔色を伺うなどというケチな考えはないようで、ごく自然にのび
 やかに振る舞っていた。
  帰り道、理解に苦しむ、と右に左に首をかしげつつも確信したのだった。
 あの親子はきっと宇宙人に違いない、と。
                                       99/9/26


 
 後日談
  
何かとお世話になります 
  分かってしまえば、どうということはないのに、その時は慌てた。
 蹴っ飛ばして壊してしまった部品、モジュラーテレホンコードカプラ(生まれて初めて
 聞いた品名)を買って来て取り替えれば済んだことなのに、そのように簡単なことも
 考えられない私はアホ、というか間抜けというか、それを通り越して天才(?)という
 べきか。モジュラープラグなるものの取り付け方もNTTの人に教えてもらって、初め 
 て知った。なんだかとっても得をしたような利口になったような気分。
 知らないことだらけだから、これからも沢山得をした気分、利口になった気分を味わ
 えることだろう。
 「今後とも何かとお世話になります」。
                                   99/9/19



 何かとお世話になります
   まる一日、電話とパソコンが使えなかった。パソコンから出ている配線のある部分を
 踏んで(本当は蹴っ飛ばして)、要するに壊してしまって。大袈裟かも知れないけれど
 絶海の孤島に取り残されたような気分を味わった。たかが一日のことなのに。
  次の日、NTTの故障係りの人に来てもらった。(外の公衆電話から電話をして)。
 私は専門家をこよなく尊敬するたちだ。案の定ただちに電話は使えるような状態にし
 てもらえた。壊してしまった部品はホームセンターか電気屋さんで買うようにとのこと。
 その後の繋ぎ方も懇切丁寧に教えてくれた。知らないことを教えてもらえるのは本当
 に助かる。
  それぞれの専門家によって社会が成り立っている事を思うと、何故か無闇と胸が熱
 くなる。何かがある度にその感を強くする。
                                            
                                                    99/9/12 



 快適ですか?
    もしも菅直人サンが、選挙ポスター風の笑顔を振りまきながら(笑っている場合
  じゃないと思うけど)デパートの階段にぺたっと座っていたら、鳩山由紀夫サンが
  日本の景気が悪いのはボクのせい、とばかりに深刻な面持ちでコンビニの入口
  の前に座っていたらどうだろう。誰が見たってヘンだ、異様だ、似合わないと思う
  だろう。でも中には、「いいんじゃない、とってもよく似合うと思うわ」と言う人がいる
  かもしれないが、それはそれで勿論いい。
   何といっても地べた座りの旬の人達は中高生達だろう。かといって賛成している 
  わけではなく、単に見慣れてしまったというに過ぎない。 
  気がついたら駅の構内やプラットホーム、コンビニの入口付近、、デパートの階段、
  はたまた電車の中などにいつの間にか座っていたという感じだ。
   今日も駅のホームのはずれの所に、試合にでも行くところなのか大きなスポーツ
  パックを傍らに高校生達総勢20人位が地べた座りをしていた。
  まるで自分の家のリビングのフロアでくつろいでいるように。
  それは迷惑というよりも壮観でさえあった。
    先日は教育テレビでも取り上げていて、有識者とおぼしき人が「座らなくてはな
  らないほど今の子ども達が疲れていることが問題だ」と、まことしやかに言ってい
  たけれど私はそうは思わない。ぺたっと座ることがなんとなく心地よくてそうしてい
  るだけで、深い意味はないように思う。
    大抵の事に暗黙のルールがあるように、座る場所というものにも、一定の法則
  があるようだ。概して人通りの多いところ、人の集まる所、但しど真ん中ではない。  
  柱の側とか微妙にずれた場所。
  確かめたわけではないけれど、人が誰もいないところには座わらないのではない
  かと思う。面白くも可笑しくもないだろうから。
  彼らは人という観客がいる場所が好きなのだろうか。心安らぐのだろうか。
   率直な私の思いは、座りたけりゃどうぞ御自由に、但し迷惑をかけない範囲でね。
  ということ。それにしても清潔志向の若者達が誰が歩いたかもしれないいわば清潔
  とはいえない場所に平気で座れるという感覚はいったい何?
   今現在は若者の専売特許ともいうべき行動だけれど、流行というものは不思議な
  ものだから、ひょっとして菅さんや鳩山さんが所構わず座り始めても全く違和感を感
  じなくなる時がくるかもしれないね。
                                           99/9/5 


 
 伴走者に乾杯!!!
  言葉って寂しいものだなと思う時がある。
 どんなに言葉を尽くしても相手に伝わっていないと感じる時や、真剣に話せば話
 すほど、むなしくなる時などがそれである。
  例えば、悩み等をうち明けた時、より一層寂しさが募ったり、悩みが増幅される
 事がある。(あくまでも私側の感じ方のモンダイ)。
 言葉によって悩みの存在が確認、証明され、煽られるのだろうか。 
 そんな時私は、不要な確認(?)をする為に言葉を費やしてしまった事を(あくまで
 も私のケチ)、言葉に甘えてしまった事を単純に後悔する。
  けれど反対に、言葉によって励まされ、癒され、救われることが度々ある。
 励ましの一言、心和む一言によって心模様が一変することも多い。
 言葉というものは、時には招かれざる客であっても、根幹のところでは気は優しく
 て力持ちの素敵な伴走者に違いない。
                                         99/8/29



 優しい人に
  「何かがあった時にこそ、本物の優しさを示せる人になりたい、と近頃の私は
 切に思う」と、確かに昨日この欄に書いた。
 けれど、何のことはない、一夜明けたら気が変わってしまった。   
 そして上記の行だけを残して全文削除した。
  優しさ、というものについて気楽に書いてしまったことがなんとも気恥ずかしく、
 空々しく、軽薄なことのように思えてきたのだ。
 それが願望だとしたら、ことさらこのような場で発表せずに、心密かに自分に誓う    
 ことだって出来る筈だということに気づいたのだ。
  自然に優しく出来る時と、どうしたって優しく出来ない時がある。
 理由は、人間だから。(と、最後は一目散に逃げるCHIKAKOであった!?)   
 
                                          99/8/15



 そうでない人の戯言
  世の中には話の上手な人もいれば、そうでない人もいる。
 私は言うまでもなく、そうでない人の部類だ。
 上手な人は、理路整然と、よどみなく話し続けることができる。そのような人の
 頭の中はいつもきちんと整理整頓されているのだろうな、と只々感心する。
 自分が出来ないことが出来る人には、尊敬の念さえ抱いてしまう。
  但し、上手な話し手の話が必ずしも人の心に残ったり、心に響くとは限らない
 ようにも思う。(これって結構負け惜しみかな?)。
 例えば立て板に水のごとくの雄弁な政治家の話し方はどうだろう。
 熱気溢れる弁舌、時には焦点を巧妙にずらしたりしながらも、よどみなく話す術は、
 さすがプロの技だなぁと感心する。
 けれど、一向に心に届かないのは何故だろう。上手過ぎる人の話は安心してしま
 って、真面目に聞いていないことがあるように思う。
 反対に「そうでない人」の話は、何を話すのだろう、上手く話せるだろうかと気にな
 って、心配にさえなってしまうのだ。それだけに真面目に聞く。
 ということは、私は心配してもらって真面目に聞いてもらえるという特権?を持って
 いるということなのかもしれない。
  下手でも、たどたどしくても、支離滅裂になっても、話し手から一生懸命さや人間
 的な温もりが伝わってくれば、良しとすぺきではないかと思う。
 要は日本語として通じればいいのだから。
 とはいうものの、やはり下手よりは上手の方がいいというのが実は本音。
 ほどほどに上手で、聞き手にちょっぴり気にかけてもらって、味わい深い話し方をす
 ることが出来たら、とつくづく思う。愛しい言葉を駆使しながら。
 けれど、それは遠い夢のような気がしてならない。
                                      99/7/17


  
 わけもなく
なんとなく
  「わけもなく」や「なんとなく」という曖昧さを私は肯定する。  
  お通夜の時のことだ。
 お坊さんのお経を聞きながら俯いて肩をふるわせている参列者がいた。
 ごく自然のことだ。お通夜やお葬式で泣くのは少しも不思議なことではない。
 笑う人がいたらそれこそ変だ。
 ところが.........。
 肩をふるわせていた人は、実は必死に笑いをこらえていたのだった。 
 人は緊張したり、大切な場面に出合ったりすると訳もなく笑ってしまうことがある
 のかもしれない。その人も多分、わけもなく、なんとなく可笑しくなったのだろう。
 分別ある年代の女の人だっただけに本人もさぞかし困ったことだろう。
 分別あり過ぎるおばさま達からは、不謹慎だとお叱りを受けるかもしれない言動
 だったろう。けれど私はその人のことを少しも非難するつもりはない。
 否、むしろ、「よくわかるよ」と言いたいくらいだ。
 きっと、「わけもなく」や「なんとなく」の状況だったに違いないから。
  人は数え上げればきりがない程の沢山の種類の感情を持ち、折々の感情に
 てこずりながら、戸惑いながら一生懸命生きている。(筈だ)
 時には、わけもなく、なんとなく(可笑しい、寂しい、その人に惹かれる、etc)とい
 うことがあってもいいではないかと思う。
 一生懸命さのご褒美として。
                                    99/6/26   


 
 さりげなく
  ありがとうや、すみませんの言葉は心を込めて言いたいものだ。
 ここ一番の時に、或いはありふれた日常に。
 但し、何度でも言えばいいというものではない。度が過ぎると、お互い草臥れて
 しまうからほどほどに。
  さりげなく相手に届くありがとうや、すみませんの言葉は素敵だ。
 いいな、と思う時がある。それは例えば、エレベーターの開閉ボタンの側に立って
 いる人が、ドアを閉める寸前の数秒間、急いでやってくる人を待つ時がある。
 すみません、と言いながら乗ってくる人もいれば、何も言わない人もいる。
 すみませんの一言には、その場にいた人への「ありがとうございます」という優し
 い言葉が含まれているようで心が和む。
  一方、乱れがちなバスの発着時刻。
 正確な発車は乗る方としては大いに助かる。
 けれど、必死で走ってくる人を2,3秒間待ってくれる運転士さんがいる。
 息をきらしながら乗り込む際に思わずでる「すみませ〜ん」の一言が私は好きだ。
 「まにあって良かったね」と声援さえ送りたくなる。
 「すみません」という言葉のお返しに。
  また、電車の中で足を踏まれたとき、直ぐに申し訳なさそうに「すみません」と
 謝る人には相当痛くともやせ我慢して「いいえ」などと答えてしまう。
 反対に、踏んだことを当然気づいている筈なのに、何も言わない人がいる。
 そんな時、私は鬼のような顔をして睨んでしまう。けれど、満員電車の時は間違
 って別な人を睨んでしまっているかもしれない。(失礼!)。
 心に届いた一言に、言葉達がいそいそとお返しに行くっていいなと思う。
                                     99/5/23
 
 集い
  私には懐古趣味なるものがない。友達の消息にもあまり興味がない。   
 世間話というものにも正直ついていけない。
 上記のように、ないないづくしだからクラス会や同窓会などに出席したいという気
 が起こらないのだろう。
 けれど例外もある。小学校の時からのグループの集いだ。
 前回集まったのは、数年前の会津への一泊旅行のときで、今回が二度目。
 それまでは年賀状を出したり出さなかったりの付き合いだったのだけれど、自然
 発生的に前回から「集い」が復活したのだ。
  5月の中旬、そのグループの五人と箱根に行ってきた。
 何年会っていなくとも直ぐに前に戻れる不思議さ。
  家が近くて登校時も遊びも一緒だった幼友達。
 各家の中を傍若無人に走り回ったり(その家の間取りや置物など、お互いに今も
 覚えている可笑しさ)、野山をかけめぐったりしながら遊びに熱中していた日々。
 立ち入るとかいう難しいものではなく、お互いのお家事情など何もかも筒抜けで
 それが普通の事だった。おおらかにお互いを認めあっていた。
  箱根の宿で私達は、その頃の失敗や可笑しかったことを思い出しては話の花 
 を咲かせた。
 友達の消息のことも話題にのぼった。世間話もした。
 あれっ、私ってそれらの話題に無関心じゃなかったっけ??。
 言っている事とやっている事が違うんじゃない?CHIKAKOさん。(←私) 
 まぁまぁ、そうお堅い事はおっしゃらずに、理屈は抜きにして、楽しいが一番!! 
                                      99/5/20
 
 壁と私
  インテリアのセンスがゼロの私が、いま壁紙に凝っている。
 あれこれと考えたり、実際に替えたりするのが楽しいのだ。
 とはいっても現実の家の壁紙ではなく、当HPの部屋の。
  冒頭、センスがゼロと書いたことの証拠ともいうべきものは、ある。
 少しも自慢出来ることではないけれど、ここ十数年間一度も部屋の模様替えを
 していないのだ。家具達は根が生えたようにしっかりと定位置を保ったままだ。
 まして壁紙を替えることなど考えたこともない。
  けれど、HPの壁紙は別だ。剥がしたりする手間も費用もかからず、しかも簡
 単に替えられるというところが気に入っている。
 貼ってみて配色や模様が納得いかなかったら即、替えられるし見飽きてしまっ
 たらその時点で替えればいいと思うと、とっても気が楽だ。
 それに、新しい洋服を着る時のような、ある種のときめきさえある。
  凝り始めると<殆どビョウキ>みたいに凝る方だし、手作りが好きなので壁紙 
 もできるだけ手作りにしたいと思う。
 見栄えが悪くとも、素人っぽさで勝負!!!とばかりに。
 但し、「絵手紙の詩」の部屋では画像が重なり合ってくどくなるので例外。
  スケールの大小で言ったら極めて小さいことかもしれないけれど、壁紙が一瞬
 にして貼り付けられ、それも予想以上に効果的だったりすると、夜の夜中に一人
 にっこりしたり、拍手をしたりする。(これは結構ブキミではある。)
 HPという架空の家には、当分、ブキミな女が住みつきそうである。
                                      99/5/9
 
 啼かないで
  4月のとある五月晴れの日、小石川植物園に「ハンカチの花」を見に行った。
 生まれて初めて見る花をあれこれと想像しながら。
 けれど、ハンカチのイメージにはほど遠く、単に葉っぱを二枚ならべたような形
 をしていただけだった。 笑ってしまう程、拍子抜けをしてしまった友人と私。
  ハンカチの花を見に行った筈なのに、その日、私の心に残ったのは「カラス」
 のほうだった。
 持参の弁当をひろげると、待っていましたとばかりに近寄ってくるカラス。
 二羽のカラスが、ぴったりと私達をマークしている様子。
 不躾に人間に視線を向けることをためらっているかのように素知らぬ振りをして
 真横を向いている。それも私達の背後で。
 しかも、背筋をピシッと伸ばして誇り高く、1メートルほどの至近距離を固守して
 いる。獰猛さを証明している鋭く分厚い嘴。
 こんなに間近にカラスを見たのは初めてだった。
 彼らは人一倍、否、カラス一倍感受性が強く繊細で、人間に嫌われている事等
 とうに自覚しているのかもしれないなと思えた。
  あえて食べ物をあげなかったのは、清々しいような距離を保ちたかったから
 かもしれない。
 或いは単に、嫌われ者の彼らを拒否しただけだったのかもしれない。
 或いは、いっときの情けや優しさは、残酷さにつながることを知っていたからかも
 しれない。そのすべてだったかもしれない。
  弁当を食べ終えベンチを離れたその時だ。
 それまで無関心を装いながらその実、大いに私達をマークしていた彼らが行動
 を開始したのは。私達がいたところにワッと寄ってきた。
 そして、私が置き忘れたティッシュをくわえている。不覚にも胸が痛んだ。
 「嫌われても何でも生きていかなくちゃならなくて、辛い時もあるよね」と言ったら
 彼らはカラカラと豪快に笑いながら林の方へ飛んでいってしまった。
 羽音に哀感を込めながら。
                                      99/4/27
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