義足とリハビリ
沼田の病院には約1ヶ月半入院していましたが、やっぱり義足の製作とリハビリは地元の
病院で行なうことにしました。
神奈川県茅ヶ崎市にある、
湘南東部総合病院
にて、リハビリ及び義足の製作を行いました。
病院としてのリハビリテーションでは、かなり力が入っています。OT・PT・STの先生方も熱心で、
患者に対しては殆どマンツーマンで根気良く接してくれます。
病室フロアから見える、リハビリROOM
さて自分がまず最初に始めた事と言えば、すっかり落ちてしまった筋肉のトレーニングです。
まだ、手術の傷が充分に治っていないために、義足の製作は1ヶ月後になってしまいました。
それまではひたすら落ちてしまった体の筋肉を復活させる事がメインでした。
☆いよいよ義足製作
義足の選択時、当然歩く事が目的なので歩行練習のしやすい義足を選定するらしいのだが・・・
自分の場合、歩く事は当然だが、とにかくバイクに乗りたい!(これは義足初心者には無茶
苦茶)ボーリングやバドミントンなどのスポーツがしたい!自転車に乗りたい!等などの希望を
言ったのでした。装具屋も、主治医、リハの先生も、これには呆れた事と思います。
結局エネルギー蓄積型というタイプに決定したのですが、そんなに甘いものではなかったです。
☆義足完成
義足が出来あがって初めて履いて見る!脚の切断面が義足に当たっているのと、違和感で
少し痛い!でも2ヶ月振りに二本の足で立てた喜びは忘れられない。最初は歩けませんよと
言われていたけどその気になれば結構歩ける!やった〜!嬉しくて少し歩き廻ってしまった
のですが・・・
あまりにも調子にのって無理をしすぎたので、夜には脚がパンパンに腫れ上がってしまいました。
翌朝、あまりの痛みで義足が履けない!履こうとするのですが激痛が襲ってくる!これでは歩
くどころではありません。この日のリハビリは、筋肉トレーニングと歩行訓練だったのですが
一歩踏み出すにも顔が歪む程に痛く、しばらくは毎日激痛との戦いでした。しかし・・・
リハビリには、脳梗塞などによって手足があっても、半身麻痺の患者も多く、自分にとっても
負けられないと思いました。
義足を履く感覚とは・・・スキーをする方なら解ると思いますが、スキーでかなりの距離を滑って
あ〜!もうスキーブーツを脱ぎたいという感覚が、義足を履いた瞬間から始まるのです。
YOSSYが初めて作った仮義足
☆自由にならない
10日もすると、次第に痛みの感覚にも慣れはじめ、色々な動きが出来るようになりました!
決して痛みが無くなった訳ではありませんが・・・
階段を昇る時など、膝間接が90度も曲がらない為、左右の足で交互に昇れない!幼児の
様に一段づつしか上がれないのです。これにはショックを受けました。
なぜ90度しか曲がらないか・・・切断部が直接義足に当たらないように、膝で体重を支える為
膝裏まで、義足のソケットがあたっているのです。歩行訓練が目的なので、最初はしょうがない
事です。ちなみに今は110度位まで曲がりますけどね!
☆リハビリでの応用
リハビリが進むと、軽い運動がメニューに加わり、バドミントン、キャッチボール、ボール蹴り、
などをするようになりました。これで、一段とリハビリが楽しくなったわけですが、終わった後は
必ず足が腫れていました。義足製作から約3週間目に、外泊で家に戻り、自転車に乗ってみ
たのですが、やっぱりペダルをこぐ角度がきつくて、思うようには乗れませんでした。踵でこぐと
多少は角度が甘くなり、なんとかなりそうでしたが、それでも脚の負担は大きかったです。
実は、車も運転したのですが、これは全然問題無かったですね!足首でアクセルが踏めない分
膝の動きでアクセルを調整するのですが、思っていたより簡単でした。
バイクはこの時の義足では膝が曲がらずに、スッテプに足を掛ける事が出来ませんでした。
☆義足歴3ヶ月(切断後5ヶ月)
楽しい?(辛いこともあったよ)リハビリと、病院の先生方、スタッフのみなさんのおかげで、
自分の目標(バイクに乗りたい、自転車に乗りたい、義足で走りたい)は、ほぼクリアー出来ました。
装具屋(
東名ブレース
の山下様)にも、毎回無理な注文ばかり、お願いして本当にあり難かったです。
現在はちょとした階段は左右交互で、2段づつ昇れるようになりました。
走行とは言っても小走りですが、2000M/20分の走行が出来るようになりました。
まだまだ、全てが始まったばかりですが、義足だからと言って諦めないで、やりたい事には
どんどんチャレンジしていきたいと思っています。
なんと再手術の巻き