目次 書体―各論―活字書体―明朝体
●起源
「明朝体の成立」といった場合、漢字書体の成立もさることながら、漢字に適合した片仮名と平仮名の成立と発展を抜きにして語る訳にはいかない。また、漢字の字体も日本独自の発達をして、現在の明朝体が完成している。明朝体について記述している成書でも、[B-2],
[B-5], [B-14]などでは漢字活字の日本伝来から平仮名の開発、漢字の改良などについて中心的に記述されており、漢字明朝書体そのものの出現に関する記述は少ない。だが、その中で、竹村真一:著「明朝体の歴史」[B-7]は版本の歴史を中心に置くことで漢字書体の発達について記述してあり、資料として有用であった(*)。以下は[B-7]に記載の事項のみに拠るところが大きい。
明朝体のデザインを最終的に完成させたのはイギリス人との説があるが、版本の書体を元に作成されたと考えられ、版本の書体発展とともに筆記体にも明朝体に類似したものがあったと指摘されている。木板に文字を彫刻して印刷する版本は、1400年代(明代前半)までは楷書を版下として彫刻されていた。いつ頃からかは不明であるが、出版(開版)点数の増加に伴い彫刻の分業化が起こり、縦画と横画を別
の刻工が彫るなどされるようになり、楷書の筆遣いが単純化されて彫刻されるようになった。また、版下を書く側にも版下独特の筆法が生まれ(竹村はこれを『明朝体楷書』と呼ぶ([B-7],
p104))、これが明朝体になっていったと考えられる。1500年代(明代中期)からは、いわゆる明朝体に近い書体の版本が数多く出現する。
例えば、楷書の横画終端の膨らみを様式化したと述べられることがある「ウロコ」であるが、竹村[B-7]によれば、これは横画の終筆を跳ね上げる(または上に抜く)筆法から生じたもので、単に楷書を様式化したものではない。彼は版本におけるウロコの形体を9つに分類しており([B-7],
p178)、その基礎になっているのが『明朝体楷書』の存在である。
福建省出身の中国僧・隠元(1592-1672)は1654年に来日し、禅宗の一派である黄檗宗を広め、同時期に渡来した僧と共に芸術・文化に大きな影響力を持っていた。彼が建てた黄檗山万福寺には開山当時の黄檗僧の墨跡が数多く伝えられているが、その中に『明朝体楷書』が多数存在する。これは当時の中国の状況を直接反映しているものとみなすことができる。版本は圧倒的に宗教関係のものが多く、また、当時は宗教すなわち学問でもあったので、僧の字体は版本全体の字体の形成に非常に強い影響力を持ったと思われる。
以下に同書p107から写真を引用する。
![]() |
fig1-1 木庵60歳の寿章(万寿院蔵) |
![]() |
fig1-2 隠元70歳の本山両序の寿章(文華殿蔵)の中の月潭の書 隠元(1592-1672)の生没年からみて1660年頃のものと考えられる。 |
![]() |
fig1-3 同上寿章の中の大眉の書 |
これらの写真に現れた文字を見ると、いくつかのことに気付く。
唐代には既に楷書は書体として確立し、しんにょうや示へんの形(「ネ」形)もほぼ確立していたが、その後の版本の発達過程で楷書に隷書の字形が取り入れられ明朝体が生じて行ったと考えられる。これはしんにょうについては楷書の彫刻しにくい不安定な形から、直線的で単純な形へとの変化であろう。示へんの「ネ」から「示」への変化は「正しい字形はかくあるべき」といったドグマチックなものであったかもしれない。あるいは、版本の版下となる書体が楷書である必然性はなく、隷書であってもかまわなかった訳で、これらの僧は、無論のこと楷書・行書・草書・隷書に通 じていたであろうから、水平・垂直の線の多い隷書を取り入れつつ新しい書体を創作していったのかもしれない。禺の足の形の変化は、単に彫刻の手間を省くためだけだったのではないかと想像する。様々な思惑が交錯し書体が引き継がれて行く間に徐々に明朝体が形成されていったが、その中心にあるのが版本と仏教であろう。
●特徴
デザイン的には以下の特徴を備えている。いずれも楷書を様式化したものとする考えが主流であるが、明朝体楷書の存在を指摘するものがある(竹村[B-7])ことは前に述べた通りである。
さらに、楷書との字形の差を特徴として捉えるものもいるが、ここではそれは「特徴」としては扱わず、「楷書と明朝体の字形差」として扱う。
筆押さえ
いわゆる「筆押さえ」は活字の細い部分にデザイン的な重みを与え、太い部分とバランスを取ることのみならず、物理的な補強の意味もあって導入されたものではないかと思う。「入」「八」では短い横画であるが、「文」「父」「えんにょう」など文字の左側から始まる右払いでは小さい三角形である。旧字体では「全」や「内」の山形は「入」であったため頂点に筆押さえがあったが、新字体になって字形が変更されたため筆押さえはなくなった。
明朝かなの特徴
明朝体に付属するカナ書体は筆記文字をベースにデザインされており、漢字字体の特徴を引き継いでいない。またフォント間でのバリエーションが大きい。ひらがなの字形が漢字と異なるのと対照的に、漢字に似たエレメントを持つカタカナでは、漢字書体と一致させたデザインコンセプトのもの、筆書の形を残したものなど、デザインコンセプトは様々である。また、時代による変遷もあり、ひらがなでは「と」、カタカナでは「ヲ」が時代とともに大きく変化している。デザイン上の相違としてはひらがなの「お」「な」「ふ」に揺れが見られる。カタカナの「ヲ」の変化は、筆順まで変化している。
●例
本や新聞の本文など最も一般的に使用されている活字体。康煕字典の本文もこの種の活字で組まれている。