自由研究・A「文字」

書体―各論―筆記書体―隷書


2004/02/29-2004/03/10
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目次 書体―各論―筆記書体―隷書


●起源
 秦代に起こったとされる。程{込-入+貌}(バク)という下級官吏が篆書が書きにくいため案出したと言う話が伝わっており、程{込-入+貌}が奴隷の出身であったため隷書と言われるようになったとも、小篆の略体であるから「隷」としたとも言われる[現代書道全書]。しかし、同書も「これらの話は確実な史実ではなく、一種の伝説であって、実際には、一般 の間で自然発生的におこり、徐々に完成されたと考えられる。」としている。

 発生当時の篆書と隷書の中間的な書体を「古隷」と呼ぶことがある。後漢(25〜220)の前期になって完成に向かい、完成したものは「八分(はっぷん)」と呼ばれる。古隷には波磔(後述)がなく、波磔を持ったものは八分もしくは八分隷と呼ばれるが、森郷水:著「楷書の造型論」(1981年、日本教育研究センター)によればBC94年やBC57年に既に立派な波磔を持った八分隷があり、後漢の資料にもめだった波磔をを持たないものがあることから、波磔の有無だけで時代を分けることはできない。八分隷は前漢時代から古隷とともに存在したと考えなければならないという(B107, p27)。

 また、後漢前期には日常の実用書体として「草隷(そうれい)」あるいは「章草(しょうそう)」と呼ばれる書体が流通 していたと見られ、これが後代の草書の起源の一部と考えられている。

●筆法
 筆法として一番目立つのが終筆時のハネである。これは「波磔(はたく)」と呼ばれる。「一字一波」と言われ、1つの文字に波磔は1つである。どの画に波磔を付けるかには厳密な規則はないが、字のバランスから自ずと定まってくる。この波磔が楷書の右ハライに残っていると言われ、楷書1文字の中に右ハライを1つのみにする根拠になっていると考えられる。
 起筆時は逆筆で始める。つまり、横画の起始であれば右から左へ向かって書きはじめ、横画の左端で折り返して右へ向かう。蔵鋒(ぞうほう)とも呼ぶ。画は中筆(筆の先が線の中心を通 る)で書く。波磔を付ける画は少々中高に書く。

 筆順も楷書と異なる。鈎は2画で書き、「口」は4画で書く。「ム」も3画になる。

●例
 少数ではあるが隷書を基にしてデザインされたと考えられる文字もある。「也」や、後に触れる「しんにょう」、さらには(旧字体の)「示へん」である。


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