セニョール・デ・ロス・ミラグロス



2009年の実施予定
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セニョール・デ・ロス・ミラグロス

ペルーの宗教的行事の中でも代表的なもののひとつが、セニョール・デ・ロス・ミラグロス( lSen~or de los Milagros)です。
毎年10月18日、19日、28日には、リマのラス・ナサレーナス教会を出発した「奇跡の主」の神輿が街中を練り歩き、盛大に祝う姿が見られます。


さて、セニョール・デ・ロス・ミラグロスとはなんでしょう。
直訳すると「奇跡の主」。
後述する「セニョール・デ・ロス・ミラグロスの起源」によれば、大地震にも崩れなかった・治療不可能の悪性腫瘍が治ったなど、様々な奇跡を起こした「キリストの磔刑図が描かれた壁画」を崇めるようになったのがはじまりといわれています。


セニョール・デ・ロス・ミラグロスの時に街を練り歩く神輿は、リマのラス・ナサレーナス教会に安置されています。
「奇跡の主」の絵が描かれた神輿は金銀で飾られ、高さは4.5メートル、重さは1.8トンといわれています。
ミサが行われた後、神輿は信徒たちで結成されたグループ(クアドリージャ)に担がれてラス・ナサレーナス教会を出発、キリストの受難曲の演奏に合わせて静々と進み(プロセシオンProsecion)、そのあとを信者たちがついていきます。
神輿はあまりにも重いため、クアドリージャは20組ほどあり、交代で担ぎながら街中を進んでいきます。


セニョール・デ・ロス・ミラグロスに参加する人たちは、キリストの受難にちなんだ紫の装束を身につけます。
10月、セニョール・デ・ロス・ミラグロスが行われるこの月が「エル・メス・モラード(El mes morado)」といわれる所以でもあります。


この行事は、ペルー国内だけではなくペルー人の居住する国、たとえばアメリカやスペイン、イタリアさらには日本各地でもみることができます。
日本では兵庫県・滋賀県・神奈川県・静岡県・群馬県、栃木県などで行われ、10月になるとスペイン語新聞や情報誌に「開催の案内」が出ることがあります。
もうすでにご存知の方もたくさんいらっしゃるかもしれませんね。
願い事をかなえてくれるという「奇跡の主」。このチャンスに神輿に触ってご利益を得ようとする人や、抱き上げられて神輿の絵にくっつけられている子供のほほえましい姿を見ることができます。

今年はこの行事に参加してみませんか? (⇒2008年の実施予定






セニョール・デ・ロス・ミラグロスの起源


起源は300年以上昔にさかのぼります。
リマがスペインによる植民地として統治されていた17世紀半ばは、仕事があって儲かるといううわさを聞いたアフリカ系の人たちがたくさん流入してきた時代でした。
彼らは独自の宗教を持っていましたが、この地に馴染むにつれてだんだんキリスト教を信仰するようになってきました。
1650年、奴隷として働いていたアンゴラ出身者たちはパチャカミージャというところに信徒会を結成し、建物を建てました。
しかしその地での生活は、貧困以外のなにものでもなかったのです。
1651年のある日、一人の敬虔なアンゴラ人がこの信徒会の建物の壁にキリストの磔刑図を描き、お祈りをささげるようになりました。
その絵の話を聞いた他のアンゴラ人たちも集まってきて、絵は信仰の対象となったのです。
その後の1655年11月13日、リマとカジャオは大規模な地震に襲われ街は壊滅状態となりました。
何千人もの人が亡くなり、瓦礫の山と化した街中で、パチャカミージャの信徒会の建物のキリストの磔刑図描かれた壁だけは無傷で残っていたのです。
しかしながら地震による荒廃と失意により、アンゴラ人たちはその壁を残して街を去っていったのでした。
壁に描かれた絵が忘れ去られていた1670年、アンドレス・レオンという人がこの絵を見つけ、お祈りをささげるようになりました。
レオンは長年悪性腫瘍を患い、医師にも見放されていました。
しかしこの絵のホコリを払い、花や蝋燭をささげ、壁に屋根をつけて大切にし、熱心に祈りました。
すると少しずつ腫瘍が消え始め、いつの間にか治ってしまったのです。
この話が広まり、多くの信者がこの絵に集まるようになりました。
金曜日には多くの人々が集い、賛歌を歌い、花や蝋燭をささげるようになったのですが、人々は信仰よりもその奇跡という物珍しさ目当てに集まるようになり、その信仰活動がキリスト教を逸脱するようになりました。
教会はこのような行動に危惧を持ち、副王にその絵を消すことを命じました。
しかしながらいざ絵を消そうとすると壁画が揺れたり、絵の色が変わったりと、不思議な力が働いて消すことができなかったのです。
副王はその報告を受け、この絵を消すのではなく、手厚く保護することを命じました。
壁画を保護するために小聖堂を建立し、それが現在のラス・ナサレーナス教会となっています。
その後も1687年10月にリマを大地震が襲い、街は被災しました。
絵を祀った小聖堂は倒壊しましたが、やはり絵は無傷で残っていました。
そしてこの絵は奇跡のシンボルとなり、今後このような悲劇が起こらないように「キリスト磔刑図」を油絵で模写した神輿を担いでパチャカミージャの街中を行進するようになったのです。
のちに起きた1746年の地震の際や、ほかの様々な奇跡のうわさが広まり、セニョール・デ・ロス・ミラグロスの信仰は広がっていきました。
そして現在は10月18日、19日、28日にこの行事が行われるようになったのです。






セニョール・デ・ロス・ミラグロスの歌

   

Sen~or de los Milagros,
A ti venimos en procesion,
Tus fieles devotos,
A implorar tu bendicion

Faro que guia da a nuestras almas
la fe, esperanza, la caridad;
tu amor divino nos ilumine
nos haga dignos de tu bondad

Con paso firme de buen cristiano
Hagamos grande nuestro Peru;
Y unidos todos como una fuerza
Te suplicamos nos des tu luz


  神奈川県愛川町での風景(2003年10月)






2009年の実施予定 (随時更新予定 最終更新:2009.10.06)


■ 静岡県掛川市 10月11日(日) AM10:00より 静岡県掛川市細谷116 


■ 静岡県浜松市 10月18日(日) AM10:00より 浜松市富塚町2662カトリック浜松教会

■ 群馬県伊勢崎市 10月1日(日) AM10:00より 粕川公園 

■ 愛知県名古屋市 10月18日(日) PM14:00より 緑ヶ丘カトリック教会 

■ 神奈川県藤沢市 10月25日(日) AM10:00より 藤沢市みその台 聖園女学院 

■ 栃木県小山市 10月25日(日) AM11:00より カトリック小山教会

■ 兵庫神戸市 10月25日(日) AM10:00より カトリック住吉教会





セニョール・デ・ロス・ミラグロスに関するリンク



Las Nazarenas y Sen~or de Los Milagros (スペイン語)

Peru.com Sen~or de los milagros 2003 (スペイン語) ・・もうすぐ2004年版も出るでしょう。

Peru Top Cities (スペイン語)

Wikipedia (スペイン語)

カトリック住吉教会 (日本語)・・毎年開催。ホームページにて告知しています。

カトリック大和教会 (日本語)・・毎年開催。今年は10月24日(日)に、昨年と同じ愛川町で開催されるそうです。

ペルー談話室・・2003年10月の「一服いかが?」にて、セニョールデ・ロス・ミラグロスを紹介。
    (「十月紫の月」では、Turronの作り方も紹介されています。






セニョール・デ・ロス・ミラグロスとTurron


9月を半ばも過ぎると、日本の南米食料品店の店頭にTurron(トゥロン)というお菓子が並べられます。
このお菓子はセニョール・デ・ロス・ミラグロスにちなんだお菓子です。
日持ちがするお菓子なので、ペルーでは一年中販売していますが、日本ではやはりこの時期になって目にすることが多くなります。

このお菓子を目にすると、「ああ、もう10月。セニョール・デ・ロス・ミラグロスの時期かぁ。」とか、「ああ、もうセニョール・デ・ロス・ミラグロスの季節だ。トゥロンが食べたいなぁ。」などと、在日ペルー人の心には特別な思いが湧きあがっていると思います。

しかし、なぜトゥロンがセニョール・デ・ロス・ミラグロスにちなんだお菓子なのでしょうか。
伝説によれば、昔、ホセファ・マルマニージョという黒人奴隷がカチェーテの谷で働いていました。
ドニャ・ペパ(ドニャは敬称、ペパはホセファの愛称)は手と腕の麻痺を患っていたので、奴隷の身分から解放されました。

その後彼女は、病が良くなるならばセニョール・デ・ロス・ミラグロスの行進に参加することを「奇跡の主」に誓いました。
セニョール・デ・ロス・ミラグロスの日、彼女は病気の治癒を願って行進に参加しました。
行進の列の最後について一日中歩いたところ、行進が終わる頃には手そして腕の麻痺は奇跡的に治っていたのです。

その日の夜、ドニャ・ペパはトゥロンの作り方の夢を見ました。
翌日、夢に出てきたレシピどおりTurronを作り、ラス・ナサレーナスの貧しい人達にそれを配りました。
それ以来、10月のこの時期になると、Turronの香りが町にあふれるようになったのです。


Turronは甘く、素朴なお菓子です。
少し硬いケーキとクッキーの中間のような生地に蜜がかけられ、色とりどりの丸型や星型の砂糖菓子が飾られています。
南米食品店以外にも、セニョール・デ・ロス・ミラグロスの会場でも販売されていると思います。是非味わってみてください。





かたりなの思うこと


セニョール・デ・ロス・ミラグロスは、日本で見ることができる数少ないペルーの行事です。

神輿を担いでキリストの受難曲を流して行進するペルー人の姿に、この行事の意味を知らない日本人は「お葬式?」と尋ねることがあります。
外国人がヘンな音楽を流しながらゾロゾロ歩いているから気持ち悪いとか、うるさいとか、行事が終わった後の道がゴミだらけだとか、路上駐車が多くなって困る・・などの理由でセニョ−ル・デ・ロス・ミラグロスができない地域や、疎外された地域、場所を移動して開催されるところもあります。
私は何年も前からこの行事に参加していますが、もっと日本の人にこの行事の意味をわかってもらいたいと思っています。







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