uso.











外形から与えられる振動で歩行を続ける、
―私、という、骨。


窪んだ眼窩には何もない。
それでも目の前に流れていく美しい人を映している。
映しているのは迫る、薄いガラスの枠。


肋骨のなかでからから鳴る心臓。
―乾いて、ひび割れそうな心臓。
揺すられるたびにからから、からから。

笑っているの、泣いているの。


煙があがるたびに、ふと思い出す食欲。
下顎を動かして風を食む。
―きいきい、きいきい。
私に肉はつくのだろうか。
かち、と合っては左右にずれる歯。
誰も対象にならない静かな肉。


私、は、輸送されている。
どこへ。
新しい家へ、部屋へ、机へ。
林へ、森へ、土へ。
海、は、嫌だな。

―拡散する骨。
―凝縮する思考。



放たれた扉の先に、逆光で染まった私の肉の先に、
木が一本建っている。
周りにざわつく草。
周りに暖かそうな土。
木が一本建っている。
―臆することなく年月を重ねながら。


嘗て読んだ論文に書いてあった、思考する木。

【 酩酊する憧憬 】 111114


























白黒も、識別できない無風の部屋のなかに今います。
ここはどこなんでしょう。
ここはなんなんでしょう。

 思い返してみれば、 常時全裸なのに気づいたのが、たぶん2年半くらいまえ。 どこか戻っても前にしか進めないし、前に進んでもよくわからないことや、 進むのにかなりの体力が要ることをやっと認識できたのも2年半くらいまえ。
 そこで。 だらだら歩行してるうちに、この部屋の色や匂いや音がわからないと最近ふと思い出しました。



部屋。



 隣室には誰がいるのだろうか、いま何時か季節はどこか、 外の様子は、どうなっているのだろうか。 この部屋はとてつもなく縦に長い。いや横かも知れない。 とにかく私はだらだら歩行をやめない。 そうやってだらだら歩きをしているうちに、 あったはずのドアも知らない出口も遠ざかっていく。 いや、出口は歩けば近づくのが本当だ。 だから近づくはずだが、廊下はずっと縦か横かに伸びている。
 とにかく引き返せない。 だから私は歩きながらでも、辺りに声をかけてみようと思ったのです。 私は大きく口を開いて腹の底から声を出したのです。



隣室。



 レストラン、ルージュという看板が架かっている。 なぜかレストランと書いてあるのに、ここにはいつも匂いがない。 先ほどけらけら笑いながら、女が何か頻りに頷きながら出て行った。 ウェイターらしい2人が怪訝そうな顔で、忙しく顔を見合わせたり後ろ姿を追ったりしている。
 奥にテーブルに雑然と散らかっている無数のクロシュと白磁の皿が見える。 見かねたシェフがため息混じりに錆びた銀の匙を拾う。 その時、近くで強く火が燃えるような音がした。 二つ折りになっていたシェフが、慌てて腰をさすりながら厨房へ走っていく。 まだテーブルは散らかっている。



外。



 へらへらと笑いながら、女は隣の家へ入っていく。 レストランであれだけ散らかしておきながら、まだ腹を空かせているのか、 頻りに凹んだ腹を擦りながら本を読みはじめる。 規則正しく並んだ活字を目が追うはずなのに、 なぜか女は上の空のようでばらんばらんに目玉を動かす。 この女が本を手にして間もなく、網戸にした窓から電車が走る音がした。 女は思い出したかのように、素早く立ち上がり、洗濯物を取りこみに行く。
 外はよく晴れ、赤く焼けていた。 日が傾くころにはもう冷たい風が吹き出した。 ああもうこんな時間、一度身を震わせ、女は部屋に戻る。



部屋。



 なんということでしょう。 私は2年半前に気づいて、2年半のあいだ全裸であると思っていたのです。 恐らく暗くてよく見えなかったのです。 おおいと呼ぶ声は、人の言葉ではなく獣のようなそれでした! 恐らく私には人の声を出す器官がないのです。

それでも私は歩くのをやめられません。

 私は着るものをなくし、今肉をも失いかけているのです。 一つ叫んでみて、なんだか歩き続けるこの足も、 べちゃりべちゃりと爛れた肉を引きずっているようにも、 かしゃりがしゃりとむき出しの骨で歩行を続けているようにさえ思えてきました。 そうです!肉を失いつつある今、それを完全に失うことも考えておかねばなりません!

それでも私は歩くのをやめられません。

 ああなんてことでしょう。 この部屋はなぜこんなにも暗く不明瞭だったのか、 それは私がとうに何も観ることができなかったということなのです。 ああ!私の体はどこへ行ってしまうというのですか。 泣きたい気持ちですが、涙さえ出ているかもわかりません。

それでも私は歩くのをやめられません。

でも、私は今とても悲しいのです。
だから、私は今とても憤っているのです。
だって、私は今とても虚しいのですから!

それでも私は歩くのをやめられません。

それでも私は歩くのをやめられません。

それでも私は歩くのをやめられません。

 ああ!こんなことって!
 終に私は剥がれ落ちた足の筋に足下を絡めとられ、地に倒れ伏してしまったのです!

それでも私は思うのをやめられないのです!



(暗転、)



 町はとても静まり返っている。 レストランには鍵がかかり、皆帰宅したようだ。 隣の家のベッドで豆球を点して女が寝ているのが、閉め忘れたレースのカーテン越しに見える。
 誰も知らないあいだに夜の色は深くなり、誰も知らないあいだにいつの間にか明けてゆく。 そのタイムラグを誰も知らない。 誰も知らないタイムラグに町は快復し、朝を迎える支度を整える。
 夜の眠る音がひたすらに響いている。

 ついに私は白骨と化したようだった。 むき出しの骨にあたる床の感触が鋭く私を痛めつける。
 痛みのなかで、ふと疑問に思いはじめる。 私は本当に歩いていたのだろうか。わからない。 しかし、私は歩いていたと今信じている。 信じている。今。今。今。
 今、私は思っている。それは、たぶん夜が明けても変わらない。



(暗転、暗転、)



 ガラスケースに収められた無数の標本が微かに揺れた。 その片隅で、宙ぶらりんに吊られた人体標本の足が空を蹴って、 乾いた軽い音を立てながら揺れている。

  白いパーカーを羽織った人間が、 ××引越社と大きく書かれたトラックの荷台の扉を開ける。

【 標本の歩行運動 】 111104















(ああなんて美しい風景)
(ああなんてふくよかな果実)
(ああなんて淫らな裸)


吸い込まれる。
あなたに、
君に、
お前に、
吸い込まれてる。
吸い込まれたあと、吸い込むの。

本当は。
私が。私が。私が。
本当はね。


これは死者の肉。
これは亡者の布。
これは私の心。


継いで剥いで、剥いで接いで注いで、剥いで告いで、
―告いで、自分の口で。
―告いで、絶えた息の隙間から。



でもさよならはまだ言わない。
帰ってやらないし、帰れない。

【 パーティ終わってるのに 】 111104