2005.3.12
『青い山脈』。昭和二十二年に朝日新聞に連載された小説である。新聞小説らしい山あり谷ありの展開で、翌日の続きを心待ちにしていた読者も多かったことだろう。新しき思想をわかりやすく伝えるといった社会的使命を帯びた小説でもある。戦後改心した(?)朝日新聞にふさわしい内容でイメージ向上と共に、売り上げ向上にも貢献したのではないだろうか。新しき思想である民主主義の息吹——というよりも、民主主義を広めようと言う心意気が直接的に伝わってくる作品である。
保守的な風潮・因習が蔓延している学園に革新の火が芽生える。一方には異物は排除すべしとする保守的な生徒たち、そして強硬派の教師やpta。これらに孤軍たちむかうひとりの生徒とひとりの教師。正面から立ち上がったふたりを支援する力強い味方。そして、献身的あるいは脳天気なサポーター。あいだにたって優柔不断、おろおろするばかりの校長やベテラン教師。
悪戦苦闘の末の改革派の一発逆転大勝利。さんざんやきもきさせたあとのこれ以上はないようなハッピーエンド。悪人も改心し、正義の味方と手を取り合う。最高の後味(あとあじ)のよさ。その後の学園ドラマのエッセンスがすべてここに凝縮している。
改革派生徒寺沢新子、改革派女教師島崎雪子。強力な助っ人は校医の沼田玉雄。サポータは金谷六助、富永安吉、笹井和子、そして芸妓の梅太郎。正義の味方たちはがっちりスクラムを組み、旧習=悪に立ち向かう。革新の中身は民主主義、とりわけ新しき時代の自立した女性の生きかた。男尊女卑の古き因習に囚われた「敵」に堂々と闘いを挑む。紆余曲折のすえの逆転大勝利。そして、話の展開に見え隠れする、新子と六助、雪子と沼田の恋。当然これらの恋も新しい時代の恋、男女平等の恋である。
なかなか立派な心がけなのだが、いま読んでみると、その気張り、信念に歯の浮くような恥ずかしさを覚えることもたびたびある。もっとも、当時はそれくらい言わないとなかなか腰の重い大衆のこころをつかむことはできなかったのだろう。時代背景を考えれば頭でっかち、三頭身の思想はいたしかたのないことであろう。ということはわかっているのだが、それでもかつ気恥ずかしさを感じてしまうのが正直なところである。
わたしの気恥ずかしさはともかくとして、『青い山脈』は戦後の民主主義の申し子的な作品である。時代が書かせた作品と言ってもよいだろう。誇張化、典型化しながらも新しい時代の思想を力強く語り続ける。そのこと自体をあとの時代になってどうのこうの言うものではない。
と言いながらも、“今”この作品を読むと、痛快な後味のよさだけに終わってしまうことも否めない。肝心な物語の展開、思想を伝える台詞にはわかってはいても歯が浮いてしまう。だからといって、用が済めばお払い箱の啓蒙書と言い捨てるのは暴言だろう。民主主義に目覚め、そして不完全ながらも民主主義が根付いたいま、正面切って言われると恥ずかしくなるのはある意味喜ばしいことなのかも知れない。そんな当たり前のことに、目くじら立てて戦っていたことがウソのように見える。その変化・普及を素直に喜ぶべきなのかもしれない。そして、『青い山脈』の貢献を素直に讃えるべきなのだろう。
☆
ところで、小説を書くにあたって作者石坂洋次郎の気持ちはどうだったのだろうか。民主主義の普及・啓蒙に対する意気込み・使命感を持ってこの作品を著したのだろうか。こころから、民主主義を信じていたのだろうか。あるいは、民主主義という時代の風潮に乗っかっていた(利用した)だけなのだろうか。なんとなく最後のような気もするのだが、あくまでも「なんとなく」である。本当のところはどうなのだろう。こんな風に見ている識者もいるのだが、さて、
敵味方二組に分れた人物が(中略)いずれもが和解し合う結果は善人が勝って悪人はおのずから消滅するという、健全な大衆心理の理想を具現してみせるのである。実人生の上では、そうした都合のいい解決が容易にあり得ないことは、むろん作者も承知しているのだが、しかも理想は理想としてあくまでも強く押し立てて、その理想を保証する。(平松幹夫「解説」303頁)改めて言うこともないだろうが、この作品は何度も映画化されテレビでも放映されている。一点の曇りもなく明るいばかりのお馴染みの主題歌は、われらが西条八十の詞に奇人服部良一が曲をつけたものである。唄は藤山一郎・奈良光枝。余談になるが、映画を作った今井正監督はこの曲をあまり気に入らなかったようだ。今井正がイメージしていたのは、このような明るく元気いっぱいの曲ではなく、シャンソンの「巴里の屋根の下」のようなしゃれた曲だった、というのをどこかで目にしたことがある。そう言われれば、それも合いそうな気もする。もし、そういう曲が採用されていれば、映画のイメージもかなり変わったことだろう。
石坂洋次郎『青い山脈』(新潮文庫)古書
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