森を彷徨するカメラマン
鈴木澄雄
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1951年8月31日生まれ、団塊のシッポ世代。東京高専・工業化学科卒業後、化学会社に5年半勤務。
それ以後はフリーターのはしりとなって、山の写真に取り組む。南アルプスの北岳山荘でアルバイト
中に、今はなき山岳写真家の尾白明夫さんと知り合い、主に冬山の登山技術を学ぶ。 富士山や尾瀬、白馬岳などの有名な山は撮影者があふれ、手垢がつきすぎているようで、撮影する 気になれなかった。私はあちこちの山へ出かけて写すよりも、ひとつの山をより深く見極めたいとい う性格なので、落ち着いて取り組める山を物色していたら、丹沢が浮かび上がってきた。 丹沢は樹林におおわれた丸い山容なので、写真的じゃないといわれ、ほとんど写す人がいなかった。 首都圏近郊の山だけれど、写真的には未開の地だった。丹沢で新しい写真が撮れそうだ!という希望 が持てた。 丹沢に足繁く通うようになったら、尾根歩き、沢登りともに変化があり、丹沢の山歩きの魅力に引か れていった。被写体としての魅力というより、山歩きのフィールドとしての魅力がおおきかった。いい 景色よりも、山歩きの楽しさが写せそうな気がしてきた。時間をかけて取り組めば、そんな丹沢の魅力 が写せそうだ。ヨーシ、それならば、ライフワークとして取り組んでみよう。 と、さらに丹沢の自然をよく見ながら歩くようになったら、稜線のブナの立ち枯れが目につき始めた。 1980年終わり頃から、急激に立ち枯れが進み、見晴しがよくなっていったように思う。丹沢の自然のお おもとはブナ林なので、ブナが枯れてしまうと、丹沢の魅力がなくなってしまう。地球温暖化、大気汚 染などが影響しているらしいが、最近は丹沢を歩くと、なぜかオロオロしてしまう。 ブナの立ち枯れが進む丹沢から飛び出して、各地の山を歩いてみたら、日本海側のブナの森は勢いが あったけれど、太平洋側のブナ林は青息吐息状態に見受けられた。日本海側の山では、南会津の山が、 古きよき丹沢という印象で妙に気に入ってしまった。自然豊かな南会津の山では、自然の不思議に心と きめかせる山歩きが楽しめる。この国の本来の自然の姿−わずらわしいけれど、暮らしと人生に潤いを 与えてくれる自然−が撮れそうなので、これからは南会津の山を撮影フィールドにしたいと思っている。 |
| ・・・【著書など】・・・ |
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『さらば丹沢』 (1988.8 山と渓谷社) 絶版 丹沢に集中しすぎて、頭がおかしくなりそうな頃に出た本なので、こんな書名になりました。 斬新なレイアウトが評判になったはず。お世話になった編集の阿部正恒さんは、ポカラ出版を 立ち上げ新しいスタイルの雑誌を出版されています。 |
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『丹沢を楽しむ』 (1993.7 夢工房) 写真を満載した丹沢のガイドブックです。今でもこの本の内容について問い合せがあるほど、 丹沢好きの人に受け入れられています。ありがたいことです。夢工房の片桐務さんは、丹沢 山麓秦野の文化活動も担っています。 |
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『心が豊かになる山歩き術』 (1997.10 山海堂) 本作りに関しては、あまりいい思い出がない本です。 |
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『みんなで楽しむ丹沢』(1999.4 自由国民社) 4人で作った本なので、たくさん売れないと困るのですが、売れ行き不振のようです。 何とかならないものかと思案中。 |