不思議な呼吸のお話

ー赤ちゃんや子供に泣かれると戸惑ったり怒り出すお母さんのためにー                     

【内容】  ●『泣く』・『怒る』感情を溶かす呼吸のお話
      ●寓話『うさぎとかめのかけっこ』の本当の顛末
      ●誕生・出産から見えてくる人生のリズム
      ●胎児の呼吸と自己呼吸の始まり


 泣いたり怒ったり、感情を表現することを許されないまま大人になったお母さん達は、自分の子どもが泣いたり怒ったりすることが許せません。
かつて、表現することを許してもらえなかった感情たちは、いつの日かリベンジしようと、その機会を狙っています。
『がまん』することを強要されて育った大人達は、『がまん』の使い手としてわがままに思える子供に『がまん』を教えようとするのです。
これは、子供がほんとうの正直な気持ちを表わすきっかけを失うことへつながっていきます。

 何を言っても駄々こねがやまない子供は、すでに何が自分の正直な気持ちなのかがわからなくなってしまっている姿です。
すでに大きな『がまん』を抱えている子供たちは、せっかく泣きたい気持ちや辛い気持ちを押さえ込んだのに、それらをみすみす復活させるわけにはいきませんから、あらぬ要求を次ぎから次ぎへと繰り出すわけです。
でも、どれも本当にかなえたい要求でない場合、満足は得られずに感情がぐるぐると空回りするだけなのです。
 そこに『がまん』の先輩であるお母さんが雷を落とします。
この時、激しく泣き始めたら、実は台風一過のように子供の本心へ到るチャンスなのですが、『泣く』ことをやめさせたり、根負けして仮の見せかけの要求を聞き入れたりして、子供の本心に到るプロセスを潰してしまいます。

 では、どうすれば子供の正直な気持ちも汲んであげながら、お母さんの暴れ出したくなる感情も癒せるのか?『がまん』は赤ちゃんのときから始まっているというお話もしながら、意識的な呼吸を使って、解決できる方法をお話します。

 あなたは、自分の子どもの本来のリズムをが理解できてますか?
 あなたは自分自身の本来のリズムを生きてきましたか?
子供とあなたの両者のリズムが違いすぎるとき、あるいは自分の両親から自分のリズムで生きることを止められた大人達は、子供のリズムを変えようとします。
ここに感情的な葛藤が生まれます。

 落ち着きのない子には「もっと、ゆっくりやりなさい!」ゆっくりな子には「早くしなさい」といいます。
しかし、われわれは自分がタイプとしてウサギとカメのどちらなのか知らない場合も多いのです。
無理してカメになろうしてもウサギはウサギなのですが・・・。お母さん、あなた自身がすでに無理をしているのではありませんか?
 本来のリズムを知る手がかりが、われわれはどうやって誕生してきたのか?我が子はどんな出産を体験したのか?を知ることで、見つかる可能性についてお話しましょう。
 われわれの誕生のプロセスはそれぞれ違います。
そして産道を通るときの体験がそれぞれ違います。この産道を通るときのそれぞれの呼吸のリズムが私達のいろんな人生のタクトを振っています。
 実は今している呼吸と、誕生したときの呼吸のリズムはいまだに繋がっています。
誰かと人生を紡ぐときのリズムや何かを成し遂げるときのテンポややり方が誕生したときに産道を通って来たリズムと響きあっています。

 また、へその緒を切られたタイミングが人生の岐路において物事の終わらせ方と始まり方にどのように影響しているか、その可能性についてを考えてみたいと思います。
 感情と呼吸、誕生・出産と呼吸とその後の人生について、ちょっと不思議な関係について話をしながら、母と子がさらに仲良くなっていく新しい道を考えてみましょう。


『かまってほしい母親達・父親達』

ーリベンジする終わらない感情の主役は誰?ー

 妊娠と出産と子育てを通して母親の気持ちの中で一番強く芽生えるのはなんでしょうか?それはおそらく母性だと答える人が多いことでしょう。
では、父親の気持ちの中で芽生えるのは父性なのでしょうか? 家族が増えてますます包み込むような愛情を示し懐の広さを身につける男性も現れます。
こんな母性と父性に目覚めれば生まれてきた赤ちゃんはなんと幸せなことでしょう。

 しかし、お互いの気持ちがちょっとしたボタンの掛け間違いから育児ノイローゼになったり、夫婦不和になったり、虐待までも引き起こしかねないカップルもいます。
当の本人達もどうしてそのような事態に陥るのかわからないまま、自分自身を責め相手も責め始めます。周囲も母親としての自覚、父親としての自覚が足りないからあるいは命の尊さをしらないから、そのような事態になるのだろうと世代論争にまで発展しかねません。

 格言う私も実は育児ノイローゼと虐体の世界の戸羽口に立った一人です。私の妻もその一人です。その体験から誰にも容易に虐体してしまう可能性があることを知りました。その可能性を特別なこととして扱うのではなく誰にも起きうる事としてお話したいと考えます。
 また意外にわれわれの赤ちゃん返りが様々な『かまってほしい』気持ちから引き起こされている可能性をお話ししようと考えます。

        
【内容】


   子どもの誕生とともに自然と芽生えるのは、母性と父性であるのなら、それを芽生えさせる主役は愛情でしょう。実はこの美しい主役がさまざまな脇役をも揺り動かしてしまうことを考えてみたいと思います。

 わが子をライバルに仕立てて赤ちゃん返りをする若いお父さん、若いお母さんは意外に多いと思います。その姿は両親や兄弟達の間で感じていた愛情の不足感や飢餓感が今になって決着をつけようとしているのです。

 いまだに終わらない感情達は終わらせるチャンスを求めて出口を探します。
赤ちゃん返りをうまく終わらせずに大人になった我々は、自分たちの赤ちゃんができた時や赤ちゃんが生まれた後でもう一度、かつて両親との間で果せなかった愛情確認を夫婦ともども、お互いの両親に見立てて、解決を図ろうとするわけです。

 また、自分が許していない『泣く』感情と出会う瞬間が、赤ん坊が泣き叫ぶ時です。
その時我々はかつて封じこめた『泣く』感情を刺激されます。これは気持ちの悪い瞬間でもあります。一生懸命いい子でいようと努力し泣かない大人になったかつての子供達は、『泣く』わが子を目の前に突然の無力感に襲われてしまうからです。

そして、なす術の無い自分を責めます。このように泣きたい気持ちをうけいれることが難しい場合、『怒り』のエネルギーを使って気持ちの悪さを払拭しようとします。
これが虐待につながる瞬間でもあります。

 実は、このことは自分と自分の母親や父親との間で繰り広げられたエネルギー連鎖が再び浮上しているのです。抱っこ法と呼ばれる赤ちゃんのヒーリングの話しも含めて『泣く』ことの効果についても触れながら、感情に対する理解と世代を超えた感情の連鎖についても話します。

   我々が出会う脇役の中にいまだにこのような傷ついたままの感情達がいます。それは原型を留めていない『いびつ』な姿をしていることもあります。その姿が『いびつ』であればあるほど再会した我々を困惑させるのです。
そこで大切なのは脇役達に主役を食われないようにすることでしょう。
終わらない感情や許さない感情はそれが愛情に関わるドラマから生まれていることを知るチャンスも与えてくれています。
 妊娠と出産と子育て期間を通して、かまってほしい気持ちに気づき正直になれれば、かまってほしかったかつての自分自身を癒す手がかりを得ることにもなるわけです。

 子供はわれわれを癒すために訪れた時を越えたヒーラーなのです。 かつては我々も両親の統合と癒しのために登場したヒーラーだったのです。