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CLARENCE "GATEMOUTH" BROWN
クラレンス“ゲイトマウス”ブラウン
1924年4月18日、ルイジアナ州ヴィントン生まれ
2005年9月10日、テキサス州オレンジにて逝去
2004年夏、肺ガンであることが発覚し闘病中だったゲイトマウスは、9月10日の朝、亡くなりました。8月末アメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナでスライデル(ニューオリンズからポンチャトレーン湖を渡った北東にあります)の自宅が全壊し、テキサス州オレンジに住む姪の家に身を寄せていましたが、その避難先で亡くなったということです。
肺ガン発覚時は余命は6ヶ月ほどと診断され、ファンに衝撃を与えましたが、その後も弱る体にむちを打つようにライブ活動を続け、2005年4月には誰もが出演は無理だと思っていたニューオリンズ・ジャズフェスのステージもこなしました。その後ツアーに復帰する意向も示していたそうですし、実際ジャズフェス以降もライブはやっていたようですが、さすがに病魔には勝てず残念な結果となりました。ハリケーンが直撃する前に無事避難こそできましたが、自宅の全壊は病に侵された身には相当精神的にもこたえたのでしょう。
来日は計5回。2003年12月のパークタワー公演が最後となりました。あのときも以前より老け込んだ印象はありましたが、ギターを弾くとさすがと思わせるものがまだまだありました。
ブルースの枠にはめられることを嫌い、ケイジャン、ジャズ、ザディコ、カントリーなどの要素を織り交ぜたサウンドを展開してきたゲイトマウス。その存在は特異なものに映ることもありましたが、やはりその独創性は、大物と呼ぶに相応しいものだったと思います。
ゲイトマウスは"Born In Louisiana"の中で「おれはルイジアナ州で生まれ、テキサス州の側で育った」と歌っています。彼が最期を迎えたテキサス州オレンジは、彼が育った故郷の街です。スライデルの自宅に戻れなかったのは残念ですが、昔懐かしい街で最期を迎えたのはせめてもの救いだろうと思います。
つつしんでご冥福をお祈りいたします。
2005.9.11 陶守正寛

  
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