このやっかいな天からの使者は、Coilの『Music To Play In The Dark vol.2』の二番目の曲、「Tiny Golden Books」に記録されている。私個人は、幸いにもダンス・フロアが降臨の場所になるなどの恐怖体験をしたことはないのが。ナイト・ライフに現れる天使達?これがCoilなのだ。やはり(after all)。
最近、Coil---すなわちBalanceと長年のパートナーPeter Christopherson、そして入れ替わりする共犯者たち---は、ロンドンの死にかけたディスコ・センターを後にし、自然の残る海辺の田舎に移り住んだ。そして彼らの新しい音楽は、彼らの家のあるウェセックスの丘陵で作られている。長年のスピード、クラッシュ、コカイン、ハッパなどの摂取に変わって、今は空と静けさが糧だ。瞑想的な曲「Paranoid Inlay」でBalanceが言っているように:「親愛なる日記どの。僕は何を止めなければならないのか?透明な梯子…光るもの…ミラー・ボール」。CoilはCCTVのネクロポリスを離れ、水辺の地へと高飛びした。大空を見つめ、石のテープに耳を傾け、潮の満ち干きに心奪われる。真夜中の太陽を探し、その中の金を探し求める。BalanceとChristophersonが引越してから一年ほどになる。そして、この引越しはCoilの新しい側面のポジティヴな黙示録として記録されることとなった。つまり、四つのシングルス『Solstice/Equinox』、二つのアルバム『Musick To Play In The Dark』、催眠術的な『Astral Disaster』、復活したTime Maschineプロジェクトのライブ作品である。Coilは、境界の一瞬、すなわち昔の手法と新しい環境の狭間に照らし出されたグレイ・ゾーンに、我々を誘ってくれる。これがCoilだ。闇の後(after dark)。
潮の流れは遠い記憶であり、空は灰色がかった青だった。私はBalanceに話を聞くため、ウエスト・カントリーの丘---彼らの家庭でありスタジオでもある---を訪れた。Christopherson(愛称Sleazy)はその日、別のウエスト・コースト、ロザンゼルスに出掛けていた。ビデオのディレクターズ・ハットをかぶって。つまり、金になる副業だ。それは皮肉にも、Coilがポップの資本に組せずにいられるということを保障している。「By working the soil, you cultivate the Sky(泥にまみれ、天を耕す)」:苛酷な取引で得られるバランスだ。(Henry Rollinsのためにカルカッタでビデオを撮ることは、金稼ぎにはもってこいだ。)
Balance(バランス)を造るには二つの側面が必要だ……彼は、ヴァンパイアのごとき「昔の」Johnを否定しようとしない。しかし、我々の目の前にいるBalanceは、新しい家と庭の静けさを最高の宝物だと思っている。この頑強な聖域は、崖の淵の紛れもなく風光明媚な場所に建っており、海岸と支流の中間に、宙に浮くかのように、樫の木に隣接して建っている。正に、尖端の家(threshold house:レーベル名)だ。Balanceは「鳥の議会」(彼はそう呼ぶ)を賛美する。木々をぐるりと囲み、気取り歩きをしてはおしゃべりをし、徹夜で用心棒を巡回させる鳥たち。「まるでギャングの抗争だよ---裏のカラスはテリトリーを持っていて、ビジネスをしている。カモメを追いやるんだ…」。家の中には、バロウズの声によるニュー・タイトルやオルタナ・カルチャーのカタログがある。その傍には『Silva:The Tree In Britain』とJulian Copeの『The Modern Antiquarian』もある。Coilのチャクラは一部まだ裏町にあるのかもしれないが、Balanceの心は川の支流、海岸、沈む夕陽の中に、裸のまま震えている。これが境界線の彼(liminal him: lymnal hymn)だ。
始まりはまた終わりでもある。そして、Coilの新旧の間にも完全な断絶があるわけでもないのだろう。むしろ、「circular and spiral course(円環と螺旋状の道程)」だ。過去に立ち戻る永遠の時間のねじれ、新しいエネルギーをもって古い地点に戻ること。彼らの「新しい」サウンドは、酩酊物というよりもバルサムの香りだ---雲の中の目の音楽---Balanceいわく、それはすでに「『Scatology』の中にも見出せるもの」だったそうだが、ここ3年ほどの間にずいぶんと明白になってきたものだ。
Coilのヘルメス的な魂の音楽は、形式的なエレクトロニカの中の異端分子として存在する。Coilのあらゆる「チャンネル」は開かれている…夜中の囁きを捕らえ、死んだ少年の亡霊を捕らえ、エーテルで麻酔をかけられた魂を捕らえる。これはドラッグに代わる音楽(musick to play in place of drugs)だ。エーテルで震えるエッシャーの絵、「MU-UR」におけるトマス・ド・クインシーの潜水艦漂流、『Time Machine』の垂直発射、正体不明の『Musick...2』の悲鳴((s)cry)。この一番目の作品『Musick ...1』は、彼らの新しい「家庭内」スタジオでレコーディングされたものだ。ここに引っ越したことで、彼らの作業は早まったのだろうか?