Navel Software 『Shuffle!』
 Another Story for King of Gods & King of Devils
   『PARTNER』 ユーストマ&フォーベシィ編


■ 序章

「…で、まー坊。ネリっ子もそうしたいって言ってんのか?」
「そう。こちらも親としては可愛い娘の希望は叶えてあげたいんだけど…神ちゃんはどう思う?」
「ん。俺はまぁ、あいつらの文句を抑える材料さえありゃ、構わんさ」
「っふふ、神ちゃんの家臣団はマジメなのが多いからね」
「俺は俺で助かってるけどな」
「こっちも似たようなものだよ。で、その材料のことだけど…」
時は今から数ヶ月前。
場所は魔界の最深部、魔王フォーベシィの宮殿。
そんなところに護衛もつけずに現れる神界の覇者・ユーストマもどうかと思われるが、
史上最高の魔術師と呼ばれたフォーベシィも、そんなことは意にも解してない様子だった。
親友がお喋りをしにきた、それだけのようにふるまっている。
もっとも、そのお喋りも内容が他に伝われば神界・魔界そして人界の三世界を巻き込む大事になるほどのものだったが。
「色々準備しなきゃいけないだろうから…人界でいえば6月ごろに編入って形で良いかな?」
「そうだな。どうせやるなら、派手にいこうぜ。そのほうが婿殿も驚くってもんだろ」
「あっ、ずるいよ、神ちゃん。まだ彼がシアちゃんのお婿さんになるって決まったわけじゃないんだからね」
「まー坊こそ、もう婚約の儀の準備始めてるとか聞いたぞ。ネリっ子にはまだ早いんじゃねえか?」
「そんなこと無いよ。ウチのネリネちゃんなら…」
「いや、むしろウチのシアこそ…」
娘のことに話が及ぶ度に、二人の親バカの話は脱線していく。
2時間ほどして、酒もつまみも切れた頃、じれたように禁兵が影から手を伸ばしてきた。
「おやおや…」
差し出された紙切れを読んでフォーベシィは思わず苦笑をもらした。
「どうした」
「いや…神ちゃんの部下のね…ふふっ」
笑いをこらえながら紙切れをユーストマに手渡す。
「んー、何々…い゛っ!!」
訝しげにそれを受け取った彼の顔色が一瞬で変わった。
「早く戻ったほうが良いんじゃないかな?」
「そうするっ!」
蒼い顔をして立ち上がった神王はブワン、と言う音を残しながら去っていった。
瞬間転移の神術の名残が残ったままの宮殿で魔王はまだ笑っている。
「神ちゃんも大変だね。ああ、君。大使館で騒いでるっていう女神君に、そろそろ戻るだろうって伝えてあげてくれないかな?」
先ほど手を伸ばしてきた禁兵が音も無く立ち去る。
立ち去ったのが受命の合図だ。
そして、その向かった先は神界にある魔界の大使館。
書置きを残して朝議をサボったユーストマの理不尽さに、幕僚の女神が怒鳴り込んできたらしい。
神王も禁兵も立ち去った誰もいない玉座の間で、フォーベシィは頬杖をつきながら笑いをかみ殺した。

―――ユーストマ、か。ずっと変わらないな…初めて会ったときから。

彼らが初めて出会ったとき、二人は神王でも魔王でもなかった。
ユーストマは神界に開いた『穴』を使って魔界に乗り込んできた一人の武神。
フォーベシィは時の魔王から嫌気され、今の王宮とは違う小世界に逃れていた一人の魔術師。
部下も無く、権力も無く…あるのは若さとその内に秘めた巨大な神力・魔力…そして唯一つの理想。
だが、二人が出会ったことで、世界は大きく変わることになる。

それは運命の三女神が『開門』を予知してから数年後。
リシアンサスも、ネリネも、そして土見稟もまだ生まれていない時代。
まだ人間が神族も魔族も知らない頃。
今から20年以上も前のことだった。

■ 本編

(一)

「ったく…この小世界に来たとたんにこれかよ」
ブツブツ言いながらボサボサ頭を掻いてるのは旅装の神族だった。
彼が神界に開いた『穴』を使って魔界に来てから早10年がたっていた。
魔界特有の小世界から小世界への旅。
求める人物のアテも無く…ただひたすら、己の信念のみに従って彼は歩き続けていた。
ある小世界では、川の渡し賃を渡そうにも路銀を切らしてツケにしてもらっていた。
別の小世界では、『兇王の試練場』に突入してしまい、危うくゾンビにされるところだった。
神族というだけで襲いかかってくる魔族もいた。
魔界独自の法『契約』によって殺された者も見た。
時には絶望も感じたが、それでも彼…武神ユーストマは理想を信じた。

―――きっと魔界にも俺の心を分かってくれる野郎が一人くらいいるはずだ

そんな頑強な信念を持った彼も目の前の状況にはゲンナリしていた。
『は、放してください…お兄様のお使いの途中なんですっ』
『お嬢様、ワガママおっしゃらないで下さい。従って頂けないと我々の首が飛んでしまいます』
『そんなに強くつかまれたら痛いです…』
『やむを得ませんな、こうなれば力づくでも』

―――あーっ、もうっ!! なんて野郎だっ!

かなり離れた位置から見ていたユーストマだったが、取り囲んだ魔族たちの一人が少女の腕を掴んだところで忍耐の緒が切れた。
彼はフェミニストではなかったが、少なくとも女性に手を上げる男を許せるほどロクデナシでも無かった。
そして、それは相手が神族であろうと魔族であろうと関係はない。
一気に大手通のど真ん中に飛び出した。
「やいやいやいっ、てめえらっ!!」
「なっ、なんだっ、お前はっ!」
「悪党に名乗る名なんぞねえよっ」
魔族だから最初から悪魔かもしれないが、と彼は思ったがとりあえず頭の隅においておいた。
もともと、彼は頭ではなく体が先に動くほうだ。主に拳が。
叫ぶが早いか、ユーストマの渾身の一撃が少女の腕を掴んでいた魔族の顔にヒットする。
神界でも最高レベルのパワーを持つ軍神と呼ばれた彼だ。
殴られた魔族は小世界を囲んだ城壁を跳び越して消えていった。
「きっ、貴様っ」
他の魔族たちが、彼と少女を取り囲むように散らばっていく。
すぐに攻撃を仕掛けてこない辺り、先ほどの一撃を警戒しているのだろう。
「流れ者の神族か? 無関係な話に首を突っ込むとロクなことにならんぞ」
「うるせえっ」
「てめえらこそなんだっ。か弱い女の子を大勢でよってたかって囲みやがって」
「漢《おとこ》の風上にも置けねぇ!! 魔族の男ってのはそんなに腐ってやがんのかよっ!?」
ユーストマの侮蔑の言葉に魔族たちが少なからず怒りの色を表し始めた。
「たとえ、今の神王や魔王が許しても、この俺がゆるさねぇっ!!」
猛り狂った彼の声が市中を圧していく。
まるで街全体がビリビリ震えるかのようで、大手通にいたはずの人々はすでにいなかった。
「くっ…」
しばらく彼と魔族たちはジリジリと睨みあい続けていたが、形勢不利と見たリーダー格の魔族が撤収をかけた。

「ふぅ…大丈夫か、嬢ちゃん?」
魔族たちが完全に立ち去ったのを確認して、一息ついてから後ろにへたり込んでいた少女に振り返った。
「あ…はい…すみません」
「っと…」
見上げた顔を見てユーストマは少なからず驚いていた。
幼げな声はともかく、目の前の魔族の少女はそれなりに成長した女性だった。
印象的な鮮やかさをもった赤い瞳と、その色を映したような長い髪…そして、整った顔立ち。
彼より若干年下だが、長じればかなりの美人になるだろう。
「あの…どうしました?」
座り込んだまま、ユーストマを見上げて不思議そうな顔をしていた。
「おっと…悪い悪い。立てるか?」
一瞬、見とれていたのを隠すように首を振って、少女に手を差し出した。
ユーストマのゴツゴツした手に白く細い指の手が添えられて、彼は少女を引き起こした。
綿毛を拾うようなもんだな…彼がそう思ったのも無理はない。
少女は魔族としてもかなり小柄な体格をしていた。
「それにしても何なんだ、今の奴らは。この小世界は王族が治めてるって聞いてた割には随分物騒だな」
「いえ、その…」
「んー、まぁ言いたくないんなら構わんが」
「そう言うわけじゃ…っ、ふっ、伏せて下さいっ!!」
「なにっ!!」
振り返る間もなく少女に突き飛ばされる。
倒れる寸前に見上げた彼が見たのは眼前に迫ってくる魔力の塊、黒い龍だった。
「光の妖精の楯《レイ・シールド》!!」
黒龍が届くか、というときに少女の展開した光のシールドが二人を覆ってさえぎった。
「くぅっ!!」
「な、なんて魔力だ…それに、この嬢ちゃんも」
黒龍はかなりの魔力によって作り出されていた。
そしてそれがユーストマにも察知できないほどのスピードで近づいてきたのである。
つまり…ユーストマが神界でも出会ったことのないレベルの魔術師がいる、ということである。
そして、その魔力に耐え続けている少女の魔力も予想外のものだった。
光幕防御呪文は元来、神術のはずである。
その神術(この場合は魔術だろう)を魔族が展開し、なおかつ黒龍を押さえ込んでいる。
そのことに、彼は驚きつつも素直に、この少女もとてつもない魔術師だということを認識していた。
「えっと…すみません、余計なことに巻き込んでしまって…」
黒龍の襲ってくる方角に目を向けたまま、少女がユーストマに謝ってきていた。
「んなこたぁ、いいんだ。それよりも、この状態をどうにかしないとな」
突き飛ばされた状態から、ユーストマは何とか立ち上がってポリポリと頭を掻いていた。
シールドで抑えているが、黒龍はいまだに襲いかかってきている。
「私は大丈夫ですから、逃げてください」
「んなこと、漢に出来るか。まぁ、俺に任せておけ」
「で、でも…」
「いいから任せろって。3・2・1で合図したらシールドを外してくれ」
「えっ」
「いくぞ…」
ゆっくりとユーストマは右の拳を脇に構えた。
物事は単純なほうがいい。そして、攻撃もシンプルなほど効果がある。
彼の攻撃の型は唯一つ『拳』の一撃だった。
全身の神力を拳に集中させていく。
「3」
「ええっ…」
「2」
「……」
「1」
「………っ!!」
閉じていた目を見開く
シールドが外され、黒龍が迫ってくる。
恐ろしいまでの魔力。なのにどこか、ユーストマは安心していた。
激しく猛っている黒龍に込められた怒りが不思議と分かるような気がして…。
勢い込んで右の拳を前に繰り出す。
「うおぉりゃぁあああぁっっっーーーー!!」
黒龍はユーストマにぶつかる寸前、神力と気力の融合した拳に弾かれ、轟音と共に消えていった。

(二)

「あっはっはっ、私の黒龍を拳で粉砕するとは、非常識な神族もいたもんだねぇ」
「笑いごっちゃねえっ、おかげで俺もお前の妹さんもボロボロじゃねえかっ!?」
「いやー、お恥ずかしい。まさかお客人にまで怪我をさせるつもりはなかったんだけどねぇ」
「あの…本当にすみません」
「嬢ちゃんのせいじゃねえよ。あのとんでもない兄貴のせいだ」
「あっはっは、まったくだね。うんうん」
「分かってるのか…?」
「…くすくす」
あれから、なぜかユーストマは少女と黒龍を放った張本人に連れられて竜宮…ではなく小世界でも一番の高台にある豪邸に案内されていた。
そしてようやく気づいたことがあった。
「あんたがこの小世界を治めている王族って奴か…とんでもない魔力だったな」
壁の向こうから陽気な声が返ってくる。
「ふふ…お客人こそ、大した力だよ」
ちなみに、少女がシールドで押さえ込みユーストマが粉砕したとはいえ魔力の残滓だけでも膨大な破壊力になり、彼のいた街は壊滅状態と化していた。
「ところでだ…」
同じテーブルの反対側に座っている先ほどの少女、壁の向こうの魔族にとっては妹になるらしい、に目を向けた。
「何であの男が給仕なんかやってるんだ? そもそも王族ならそれなりの使用人くらいいるだろう?」
「その…お兄様は…」
「気にしなくても大丈夫♪」
そうにこやかに言いながら、ティーセットを魔族が運んできた。
長身痩躯に長い黒髪。
そして、その体の内からは絶えず巨大な魔力が感じられていた。
「私の趣味は家事でね。むしろ大好きなのだよ」
そういいながら、テキパキとテーブルの上をセッティングしていく。
「そういうことなんです…」
少し恥ずかしそうにしながら、目の前の少女が呟いていた。
なんとなくユーストマは思わざるをえなかった。

―――こういう兄貴をもった妹っていうのも大変そうだな

「さて、先ほどは本当にすまなかった」
食卓の準備をすべて終えて、魔族もテーブルの一角に座る。
彼は最初に頭を下げてから、色々と理由を説明し始めた。
ユーストマは目の前に出されたケーキをつまみながら聞いている。
ついでに言えば、このケーキも魔族のお手製らしい。
ユーストマも料理が出来ないわけではないが、菓子作りまではしない。
そんなことに半ば呆れつつ、魔族の話は続いていた。
「まぁ…今更あの街で妹に手を出そうとする奴はいないと思って、任せたんだけどね」
見た目も身分も良い彼女に手を出そうとする輩は支配地とはいえ、かなりいるらしい。
禁忌以外は基本的に許される、という魔界の特性でもあるのだが。
今、目の前にいる魔族は、少女に手を出してきたものをことごとく地獄に送り込んできた。
そして、最近はそういうこともなく安心していた矢先…
「父上が妹を引き戻しに来たみたいでね、先ほどお客人がぶっ飛ばしたのはその手下だったというわけだ」
「私も妹の魔力のぶれを感じて屋敷を飛び出したんだが、見える位置についてみれば彼らはいない。妹のそばにいたのは君だった」
「そんなわけで、妹を襲ったのがお客人だと勘違いしてしまってね。あっはっは、本当に失礼した」
なるほどな、とユーストマは思った。
あの時、膨大な魔力の中に感じた想いは彼が妹を大切に思っていたが故の怒りの感情だったのだ。
「いや…もう、いいさ。あんたが妹さん思いなのは十分に分かったんだ」
「あの…恥ずかしいです……」
テーブルの向こう側では相変わらず、少女が縮こまっていた。
さっき分かったが、この少女は笑うととても可愛いのだが、基本的には人見知りするらしく、ユーストマの前ではいつも恥ずかしそうにしていた。
「さて、馳走になったな」
ティーカップに残った最後の紅茶を飲み干してからユーストマは立ち上がろうとした。
長居しても迷惑がかかる。
それに、自分にはやらねばならないことがある。
運命の女神たちが予知した『開門』までそう時間はないのだ。
「あ…」
腰を上げた彼を少女がためらいがちな声で引きとめようとする。
「もう少しくらい…話をしていってもいいんじゃないかな、ユーストマ?」
先程までの、にこやかな彼からは想像できないほどの低い声で、魔族が立ち上がるのを遮った。
このまま立ち上がるのは許さない。
それでも立ち上がれば…
歴戦のユーストマにすらそんな恐れを抱かせるような声だった。
「……お前…」
「なぜ、自分の名前を知っている? そう聞きたそうな顔だね♪」
再び口を開いた魔族は元のにこやかで人懐っこい表情に戻っていた。

―――もしかして、この冷たい声がこいつの本性なんじゃないのか?

そんなユーストマの予感はその後、半分当たり半分外れることになる。

(三)

「流れ者の神族が小世界を渡り歩いているということはもう魔界中に知れ渡っているんだ」
「その名が"ユーストマ"。調べてみて驚いたよ。神界でも最高の実力を持つ武神でありながら、今の神王と対立して、挙句、自分から魔界の穴に飛び込んだんだって?」
「そして、噂を聞いてさらに驚いた。渡し場のガロンも『兇王の試練場』のワーグナーもその神族を"認めた"というじゃないか」
「徹底的な神族嫌いの彼らがどうして…という不思議さもあって、君には一度会ってみたかったんだ」
渡し場・兇王の試練場…どちらもユーストマが潜り抜けてきた地点だった。
問題なのはどちらもそこを通らなければ次の小世界には行けず、そこの管理をする魔族が認めなければ通ることすら出来ないというものだった。
「さて…率直に聞こうか。どうしてわざわざ魔界に来たんだい?」
「………」
ユーストマは迷った。
この男は悪い男ではなさそうだが、自分の理想を話していいものか、と。
ガロンにもワーグナーにも理想を語り共感してもらったからこそ、ここまで来たというのも事実だ。
だが、彼らはすでに老齢であり、共感は出来ても理想を共有し共に行動できる相手ではない。
黙ったままの相手を見たまま、目の前の魔族は冷ややかに言った。
「理想を語る勇気がないなら、今、この場で消してあげてもいいんだ」
「お、お兄様っ!?」
「………なるほどな」
にこやかに応対しているように見せかけて、実は罠に落ちていた、ということだ。
つまり、魔族の言葉は本気の脅しである。
ただ、ユーストマにとってはそうした魔族の態度は気分の良いものだった。
彼自身の実力を相手は知っている。
それでも脅しをかけてきたのは、それなりの理由があるからだ。
ユーストマに返り討ちにされる覚悟をもつだけの理由が。
「まぁ、今アンタに殺される気はないがな」
「それじゃあ、話すぜ。耳の穴かっぽじって聞きやがれ」
「ふふ…そうするよ」
何度目だろう。魔族の声はまた穏やかな声に戻っていた。
どうやらこの魔族は意識的にこういう演技をしているらしい。
「『開門』のことは知っているか…?」
「少しはね。ここ10年の神界のゴタゴタはその予知が原因だってことぐらいは」
王族関係者だ。それくらいのことは知っているだろう。
ユーストマの予感は当たっていた。
「あと10年もしたら三世界が数千年来の結びつきを取り戻す」
「人界はともかく、神界と魔界は大戦争になる…そう思ってすでに恐慌状態さ」
彼の言うとおり、神界の中はかなり混乱していた。
開門を機に魔族を一気に殲滅、魔界をも神界に取り込もうとする者。
魔族の脅威に恐れおののき、身の安寧だけを望む者。
そして…
「俺はそんなバカバカしい戦争なんて起こさせねぇ」
「神魔共存…夢みてえな話だが、神界にも共感してくれる奴らはいる」
そして、三世界の融和を信じて、魔族との共存を願う者達。
ユーストマはそんな彼らの代表格だった。
「だから、俺は魔界の中にこの理想を共有してくれる奴をさがしに来た」
神界を神魔共存でまとめようとしても、一時的に弱体化するのは免れない。
そこを魔界の者達に攻め込まれたら、結局ユーストマの理想は崩れることになる。
だから、神界と時を同じくして、神魔共存の方向に魔界をまとめてくれる魔族が必要だった。
「それが、俺の旅の目的だ。なんか文句はあるか?」
最後に言い切って、ドカッと椅子の背もたれに背を預けた。
目の前の魔族はしばらく目を閉じていた。
何かを考え込む様で…
「あ、あの…ユーストマ…さん」
「ん、なんだ、嬢ちゃん?」
恐る恐る、という感じで少女が話しかけてきた。
「お話…とても感動しました」
「神界にもそう考える人がいるんだなぁ、って…」
「まぁ…なかなか難しい理想だろうけどな」
「そこなんだ」
「ん?」
今まで口を閉ざしていた魔族がようやく話し出す。
「君は自分の理想をどこまで信じているんだい? 神魔共存…響きはいいかもしれないが実現性は皆無だ」
「大体、神魔の抗争が何年続いたと思っているんだい。万年に及んでいるんだよ」
「神界は伝統と原理に凝り固まった古い名家が支配権を握っている」
「そして…魔界は不信の権化と化した魔王が恐怖政治を布いている。君も見たろう…今の魔界がどうなっているか」
「魔界全土が魔王の監視網の中にある。一言でも神界との融和を口にしようものなら即殺される」
「そんな中で、君と理想を共にする者をさがそうだって?」
「無駄骨もいいところだね」
「お兄様っ…!」
はん、と鼻で笑おうとする兄を妹がたしなめようとする。
そんな彼女をユーストマはゆっくりと制した。
「ユーストマさん」
「嬢ちゃんは口出しをしなくていい」
「そして、アンタもだ」
立ち上がったユーストマは座っている魔族を見下ろして睨みつけた。
「無駄骨結構。だが、俺はあきらめねぇぞ。絶対に理想を共にしてくれる奴を見つけてみせる」
「あんな凝り固まったジジイどものせいで戦争なんか起こさせてたまるかってんだ」
「アンタみたいにこんな屋敷に引っ込んで安穏と暮らしてる奴にはわからねぇだろうさ」
「王族だってんなら、命張って魔王を動かして見せろってんだ」
「ワーグナーの爺さんが泣いてたぜ。今の魔王の治世は悲しみに満ちてるって」
「今のまま神界との戦争になったら、両世界とも死の世界になる、とな」
「だから、おれは絶対にこの世界で友を見つけてみせる」
「俺と同じように命をかけて、未来を作れる奴をな」
最後の言葉を魔族に叩きつけるように吐き出して、ユーストマは扉に向かって歩き出した。

「ふふ…ふふふっ…あっはっは…っ!!」
ユーストマの背中めがけて魔族の笑い声が聞こえてきた。
先ほどまでの嘲りにも似た口調ではない。
聞く者を爽快な気分にさせてくれる笑い声だった。
「済まなかった。重ね重ね失礼だとは思ったけど、君を試させてもらったんだ」
「ほう…」
ゆっくりとユーストマは振り返った。
その視線の先には立ち上がっている魔族がいた。そして、少女もその隣に立っている。
「改めて自己紹介をしよう。私はフォーベシィ。今の魔王の長子であり、王位継承予定者だ」
そして、この娘は私の妹だ、と告げると少女は深々と頭を下げた。
つまり嬢ちゃんは魔界のプリンセスってわけか…ユーストマはぼんやりとそんなことを考えた。
「まず疑問に答えよう。王位継承者がなぜこんなところにいるか、だ」
「神界のゴタゴタが伝わってきて、魔界の王宮も騒然とした」
「重臣たちが揉める中で、魔王は神界に攻め込むことを独断で決定しようとした」
「随分極端だな」
「ああ、まったくだ。あの人は他人を信じてないからね。自分の考えですべて通そうとするんだ」
「だが、そうはさせじと或る一人の王位継承者が反対した」
「争いではなく共存を目指すべきだ、と」
「彼は現在の魔王をも凌ぐ魔力を持っていてね。実際にぶつかれば、魔界の大陸が一つ吹っ飛んだだろうね」
「さすがに魔王もそれは嫌だったらしい。息子と喧嘩した挙句、支配地が無くなったら身も蓋もない」
「神界侵攻をやめた魔王はその代わり、反逆した息子を僻地に飛ばした…と言うわけさ」
「それがお前か…」
ああ、その通りだ、とフォーベシィは頷く。
「単刀直入に聞こう。ユーストマ、私と手を組まないかい?」
真剣な顔でフォーベシィは問うている。
「さっきの演技は君の覚悟を試していたんだ」
「理想を追い求めた挙句、魔界でのたれ死んでも構わないのか。それとも雑草を喰らってでも生き延びて理想を実現しようとする意思があるか」
「君は私の問いに見事に答えてくれた」
「強固な意志、それを裏付ける力、周りに共感者を作っていける能力…どれも私の追い求めていた友の姿に一致した」
「君となら新しい神界と魔界の関係を作っていけると確信した」
そして、フォーベシィは再び問うた。
我と手を組む気はないか、と。
「そこで、俺が素直に『はい、そうですね』と言うと思っているのか?」
「うん、そりゃあそうだよね」
ユーストマの皮肉っぽい言葉に納得したように、ウンウンと頷いていた。
「なんだったら君が納得するまでいくらでも私を試してくれて構わない」
「共に命を懸けるんだからそれくらいは当然だ」
ユーストマは相手を見据えた。
張り詰めた空気が食堂に流れ続けた。
先ほどからフォーベシィが付け続けているエプロンが場違いな気がするが、そんなことは二人にはどうでもいいことだった。
そして、緊張感が顔から抜けたのはユーストマが先だった。
「ふっ」
「……ふむ?」
「いや、すまねぇ。こっちも試してたんだ」
「ほう」
「アンタのことはあの二人の爺さんに聞いてた。もし、理想をともに歩む者をさがすなら、まず"フォーベシィ"をさがすといい、ってな」
「爺さんたちが同じように言ってたんだから信用できるのは最初から分かってたんだ」
「あとはお前さんに会って、俺が納得できるかどうか、さ」
さっきまでは、目の前の魔族が彼らの言っていたフォーベシィだという確証はなかった。
だが、先ほどの魔術や今も感じられる雰囲気…そして、必要とあらばそれに見合うだけのことをする行動力。
これまでの会話で、そうしたことがすべて目の前の魔術師を“フォーベシィ”だと証明していた。
「で、どうだい。納得できたかな?」

「ああ」
「それはよかった」
ゆっくりと二人は歩み寄っていく。
食堂の中央でがっちりと二人の手が握り合わされた。
「俺たちの先は結構厳しいぜ?」
「もちろん、分かってるさ。でも、神界だって似たようなもんだろう?」
「どうにかするさ」
「うん、こっちもどうにかしてみようか」
「ははっ」
「ふふっ」
食堂に二人の笑い声がこだましていた。
これが後にクーデターを成し遂げ、共に両世界の王位に付いた二人の邂逅だったのである。

(四)

「それにしても、さっきの黒龍な…ありゃ、まずいぞ」
「ん?」
再び席についたユーストマはフォーベシィの出した紅茶をすすりながら、多少非難がましく文句を言い出した。
「ヘタすりゃ妹さんまで巻き添えになって死んでたんだからな」
チラッとユーストマは少女のほうを見た。
少女はさっき以上に恥ずかしそうに縮こまっている。
ユーストマにしてみれば、こうした仕草に扱いにくさを感じつつも、その初々しさが好ましく思えるようになっていた。
ただ、その『鮮血の赤《ブラッディ・レッド》』の瞳を見たその時既に彼女に惹かれていたことは、彼自身ずっとあとになって気づくのだが。
「あぁ、それは大丈夫」
「どういうことだ?」
「妹の防御魔術は見たんだよね。あれって、私や父上…魔王の攻撃呪文でも弾き返してしまうんだ」
「なにぃっ」
「妹は攻撃力はあまり無いんだけど、防御魔法だけはどうやら父上の才能を受け継いでいるみたいでね」
「ひどい魔術になると周囲一キロに存在する者をすべて消滅させる結界呪法まであるんだよ」
「そいつぁ、恐ろしいな」
「だろう? ふふっ」
そういいながらニヤニヤとフォーベシィは笑っていた。
「で、お前さんは何が言いたい?」
「うん、君は勘がいいね。そうだな…一人、魔族のお嫁さんをもらってみる気は無いかい?」
「何だとっ?」
「お兄様!?」
「魔法の才能はちゃんとある。器量もいいし、料理も出来る。まぁ…ちょっと恥ずかしがり屋だけど、そこも愛嬌だろう」
「あ、何なら抱き枕の替わりでもいいよ♪」
「あのなぁ…俺が神界の王族だっての忘れてないか?」
「もちろん。妹と君が結婚すれば、場合によっては魔界が神界に降伏した証になるだろうね」
「……っ!」
場合によっては、というのは彼らが王位に付いたときのことを言っているのだろう。
ただ、ユーストマには解せない点があった。
フォーベシィのような男が魔界を貶めるようなことを軽々しく行うはずはないし、何より妹想いの強さは先ほどの黒龍でわかっている。
「私はね…そんな一時的な魔界と神界の優劣にこだわる気は無いんだ」
「神魔両界の融合…これにはやっぱり血の結びつきが一番手っ取り早いんだよ」
血の契約が最も重んじられる魔界では或る意味、決定的とも言えることだ。
王族の血筋が神界にいる、ともなればいきなり神界に攻め込むことも出来ないだろう。
「フォーベシィ…一応言っておくが、嬢ちゃんの意思ってものもあるだろう?」
「ああ、それなら問題ないよ」
「へ?」
「ウチの妹はどうやら君に一目惚れしてしまったようでね。兄としてはちょっと淋しい部分もあるが、妹の幸せのためだ」
「涙をのんで妹を君に進呈しよう」
「はぁっ!?」
ユーストマはあわてて少女のほうを見返してみる。
視線の先には、相変わらず真っ赤な顔をした彼女がいた。
心なしか、顔から湯気が立っているような気がするが。
「んな、馬鹿な…」
「君が王位に付いたらで構わない。それに…正妃が魔族というのは無理だろう。第二…もしくは第三妃でもいいと思う」
「だから、もし…君が受け入れてくれるなら妹を娶ってやってくれないか」
この男にしては不自然なほどの懇願の仕方にユーストマはあるものを感じていた。
「お前…もし自分が死んでも妹さんだけは生かしたい、そう思ってるんじゃないのか?」
「あ、分かっちゃった?」
あっけらかんと、イタズラ坊主がそのイタズラのばれたときに示すような顔でポリポリと頬を掻いていた。
「でも本気さ」
これから魔界はフォーベシィによる王権奪取の戦いが始まる。
その戦いで彼が生き残れると誰が断言できるだろう。
だからこそ、少なくとも妹が逃げられる場所を用意したかったのだ。
裏切り者の妹といえど、神界にいれば魔界も簡単に手出しは出来ない。
そして、仮に神王の嫁ともなれば…。
「そうか…。嬢ちゃん」
「は、はいっ」
「そう言うことになっちまったらしいが…お前さんはいいのか?」
「もっ、もちろんですっ!!」
「やれやれ、変な嬢ちゃんだ」
真剣な顔で頷く彼女を見て、ユーストマは呆れながらも頬は緩んでいた。
それを見ているフォーベシィもニコニコ笑っていた。

■ 終章

―――ったく、まー坊もよくまあ、あそこで妹を嫁にしようなんて思いつくもんだ

神王・ユーストマはゆっくりと開けた娘の部屋の扉からその寝顔を見ていた。
彼の一人娘リシアンサスは第三妃…つまりフォーベシィの妹が生んだのである。
すぅ…すぅ…と静かな寝息を立ててシアは寝ていた。
娘を起こさないように、ゆっくりと扉を閉めて、その前を離れる。
「シアも…ようやく婿殿に会う決心がついたんだな…」
8年前のたった一日の出会い。
その日から彼の一人娘は一日も途切れることなくその胸で恋を温めてきた。
もう許してやってもいいだろう。
彼女も…そしてその想い人も一人前といっていい年齢だ。
そう思うと、彼は歳月の流れを感じざるをえなかった。

フォーベシィとの友情。
神界に帰還したあとのクーデター。
反発する名家たち。
自分を信じてくれる一般神族たち。
父王の説得に成功しなかったら…と思うと今でも身震いがする。
神界全土を巻き込んだ混乱は今でも続いていたのではないか、と。
その引き金を引いた十字架を背負って、生き続けることができたのかどうか…。
そして、予知通りに起きた10年前の『開門』。
人間界も含めてまだまだ三世界は色々とゴタゴタしている。
明日、神王・魔王の両家が人間界に移住する。
名目は両家の娘が共に恋する男のそばに行くことだ。
だが、もちろん王のやることだ。別の目的も存在する。

―――俺たちの時代のゴタゴタをシアたちの世代に残したくはねぇしな

反対勢力の一掃。
これが今後の第一課題になる。
彼の時代と、そのあと数百年に渡る三世界の平和。
そのための基盤作りがこれからの彼らの仕事だ。
そう思うと、沸々と昔のようにやる気が湧いてきた。
いや、困難の程度は昔以上かもしれない。
それでもユーストマには力がみなぎっていた。

『どうにかするまでさ。ね、神ちゃん』

頼もしい友の声が脳裏に響いてきた。
そうだな、と苦笑しつつ、彼も思念を返した。
『また、明日会おうぜ、親友』…と。


       終幕