異聞火星物語 〜ドワーフの闇〜
●第一話●
『偶然と運命は同じものだ、と言ったのは……誰だっけ?』
一
洞窟特有のコケの匂いが僕の鼻をくすぐる。
僕はやっと洞窟を抜け出した。
目の前には光。 でも太陽じゃないんだ。 電灯でもない。
地上のヒト達はヒカリゴケって呼んでる。
天の大地のすき間から漏れる光が無くなる頃、それがこの大地が一番きれいな時間。
「よかった。間に合った」
僕は体中についた埃をはらう。
「やっと出てきたか」
洞窟の出口で洞窟守のじいさんに話しかけられる。
「うん、今日はちょっと奥の方まで行ってたんだ。 すごいんだよ。
大きな泉があって、それで、それで……」
僕が続けようとすると、パッとじいさんに手で止められる。
「ほらほら、もうすぐこの光も無くなるんだ。 村に帰れなくなるぞ。
話は明日にして、帰った帰った」
いつもこう。 僕は話し出すと止まらないから先手をとって止められてしまう。
「分かったよ。 またね、じいさん」
二
僕の住んでいる村は『サン』。 そして僕はアルト。 この村で生まれ育ったんだ。
12歳のときに長老様からアルトという名前をもらった。
火星の人間はみんな12歳の誕生日までは A B C といった呼び方をされている。
なんでも神様が「名前は、自分というものがわかり始めてからつければいい」とか
難しいこと言って決めた、って長老様は言ってた。
神様が最初につけた名前は『アンサー』なんだって。
「おかえり。今日は遅かったわね」
「うん」
母さんだ。 匂いをたどるとシチューを作ってるらしい。
「遊ぶのは良いけど、あんまり奥まで行っちゃダメよ。
地上に出て良いのは新月の日だけだし、それに上なんて行くようなところじゃないし……」
「分かってるよ」
母さんは僕が洞窟で遊んでるのがあんまりいいとは思ってないんだ。
それに、友達もいなくて、いつも一人で遊んでるのも。
「父さんはまだ帰れないの?」
「ええ、まだ王都での作業が残ってるんですって。
何かずいぶん大きなもの作ってるみたいだけど……」
父さんは技術士。 建物や大きなモニュメントを造ったりしてる。
今の仕事の前は、どこかで小さな風でも動く風車を造ってた。
「ご飯できたわ。それじゃ食べましょ」
「うん。いただきます」
三
「また行ってくるね」
「ああ、気ィつけてな」
しゃがれた声で洞窟守のじいさんが僕を通してくれる。
村の大人達はみんな入るな、と言うけれど、この人は許してくれる。
だから大好きだ。
このあいだ付けた目印の通りに進むと泉のある広場に出る。
「今日はもっと奥まで行こう。新月だし、地上まで行けるかなぁ」
理由も教えずに地上に行くなって言う大人達への反発と、
それよりもちょびっと大きな好奇心で地上を目指す。
洞窟はけっこう長い。 それに地上に向かっているから時々登らなきゃいけない。
思ったより整備されてて、昔は地上に行く人が多かったのが分かる。
「何で、誰も行かなくなっちゃったんだろう」
ふと思いつつ、答えのない問いかけをする。
「ひい、ふう、はぁ」
いい加減上り坂に嫌気がさしてきたころ、ずうっと先にぼんやり光が見えていた。
四
「外かな?」
疲れた体を引きずって光を目指す。
ぱぁっと視界がひろがる。
目の前はどうやらライ麦畑のようだ。
何かまわりを高い塀で囲まれているけれど。
樹の根元にある穴(ここが洞窟の出口らしい)からはい出て、
きょろきょろしていると、いきなり声をかけられる。
「あら、あなた、こんなところで何してるの?」
かわいらしい声。 新月の夜なのではっきりとは見えないけれど、顔もかわいい。
年は僕より上だけど。
「君は誰だい」
答えるよりも先に彼女の名前を聞いてしまった。
言って気づき、顔が熱くなるのを感じる。
「くすくす。 私はシャルよ。 あなたは?」
「僕はアルト。下から来たんだ」
「そう、で、どうするの」
下から来た、ということに驚きもせず、聞いてくる。
「分からないよ、来たかっただけなんだから」
「じゃ、私と遊びましょ」
「えっ?」
戸惑う間もなく手を引かれていく。
友達ができたことがうれしくて、心臓がどきどきする。
五
東の空が白けてきた。
「もうすぐ夜明けね」
「じゃあ、そろそろ帰らなくっちゃ」
「そうなの、どうして?」
好奇心に満ちた、やさしい目で覗き込んでくる。
「そういう決まりなんだもの。長老様も新月の夜だけだって……」
「残念ね……。じゃあ、こうしましょ」
「えっ?」
ライ麦畑に風が吹く。
花粉が飛んで、そこは一つの空間。
時が止まったようで……。
「ちゅっ」
「え、え、え〜〜〜っ?」
事態が分からずうろたえる僕。
「また逢えるためのおまじないよ、アルト。 次の新月の日にまたここで逢いましょ。 いい?」
「う、うん……」
「よし、いい子ね。 またね、バイバイ」
手を振って、ライ麦畑の向こうの大きな建物に向かって走っていくシャル。
僕はまだ、呆然としていた。
「ちゅっ……て…」
火星にまた風が吹く。
想いを乗せて、
記憶を乗せて、
そして希望を乗せて。
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第一話あとがき
連載一回目です。キスはお約束ですね。この出会いがアルトにとって何を意味するのか、私も楽しみです。
さて、ちょっとネタばらし。
舞台設定は地下を除けば、ラジオドラマに準じています。でも、話の都合で勝手に変えている部分もあります。「神様」ですね。
いくつか謎があります。
まず「新月」という設定。地下の世界は電灯もありますが、基本的にはたいまつやロウソク、と天井の大地から漏れてくる太陽の光とヒカリゴケの明るさだけの世界です。そうした世界では、強い光には耐えられないような目になってしまっていますので、月の光のない新月の夜のみ、地上に出て良い、ということになっています。
一応、星明かりはありますので、相手の顔や周りの景色は見えます。
「アルト」という名は、火星物語のキャッチフレーズ「少年Aから始めよう」というものに則してAで始まる名前を考えました。
Alter 少しずつ変化していく、という意味をこめています。
ちなみに(西洋史で)中世の終わり頃、東欧のどこかをモチーフにしています。
その割に電気文明があったりと結構いい加減です。
声はもちろん、横山智佐さん、千葉繁さん、豊口めぐみさんを想定しています。
つまらない文章で勝手に失礼な話ですが。
次回以降は、多分二人がローラルの町で遊ぶ話になっていくと思います。(06-01-01)