私の好きなピアノ曲・ピアニスト 

素人ピアニストの独り言。  No.2はこちらです


目次

1.チャイコフスキー作曲 ピアノ協奏曲 第1番
2.ムソルグスキー作曲 「展覧会の絵」
3.ワイマン作曲「銀波」
4.モーツアルト作曲「ピアノソナタへ長調K332」
5.ホロビッツ In Japan
6.ブラームス「間奏曲」(2002.6.30)
7.シューベルト「ピアノソナタイ長調Op120」(2002.7.21)  
8.シューマン「ピアノ協奏曲 イ短調」(2002.7.28)
9.モーツアルト作曲  「交響曲第40番」(2002.9.7)
10.ルビンシュテイン作曲「ヘ調のメロディ」(2002.9.7)
11.グリーク作曲「春に」(2002.10.6)
12.メンデルスゾーン「無言歌集」(2002.10.19)
13.ベートーベン「月光」 (2002.11.3)
14.以降はこちらをごらん下さい(2002.12.7)


13.ベートーベン作曲
 ピアノソナタ第14番 「月光」 Op.27 No.2

 「銀河鉄道999(スリーナイン)」は、何度繰り返し読んでも、(漫画だから「見ても」?)面白いですね。単なる冒険物語としてみても、面白いのですが、哲郎少年を中心にとらえると、1少年の成長物語だし、文明=機械化に対する警鐘、あるいは「生きる」とはどういうことか、様々な主題が入り組んでいる、一大叙事詩のようなものでしょう。

 漫画だけでなく、テレビでも放映されましたし、映画化もされました。映画では、「さよなら銀河鉄道999」という続編まで、出ましたね。「宇宙戦艦ヤマト」とよく対比されますが、個人的には、「999」を上位に置きます。

 「999」は、短いエピソードが多数集まっている、連作長編のようなものです。旅の途中で出会う、その星の住人たちの生き方を通して、哲郎自身も成長していきます。そのエピソードの1つが、「水の国のベートーベン」。いつか、宇宙に名を知られる音楽家になろうとしている青年が作曲したピアノ曲。哲郎がそれを聞いて、「ベートーベンの『月光の曲』に似た曲だね」と、思わず洩らします。

 漫画では、セリフと、音符だけです。幸いなことに、テレビで、このエピソードの場面を見ることができました。(毎週欠かさず見ていた番組というわけではなかったので、まさに偶然の幸運です。)原曲と同じ開始ながら、右手の3連符の上に出てくるメロディが、見事にアレンジされています。このアレンジは、楽譜にもなっています。

 さて、原曲ですが、ベートーベンのピアノソナタの中でも、屈指の有名曲。音楽ファンでなくても、ベートーベンといえば、「運命」か「月光」かというくらいの名曲です。したがって、録音も非常に多い。普段聞いているレコードは、例によって、バックハウスとケンプです。

 第1楽章は,見かけは単純なだけに、ピアニストの個性もあらわれます。テンポの取り方、ダイナミック(強弱)の付け方等、微妙に異なります。NHKのピアノの番組で、中村紘子が、この曲を指導していました。その時の演奏者はアマチュアの人でしたが、とても上手でしたね。第1楽章をロマンチックに弾こうとして、感情込めた演奏でした。それに対し、中村紘子が、自分で弾きながら、「堂々と弾きましょう。」と言っていたのが印象的です。

 我々アマチュアの場合、弾きたいように弾いて許されるわけですが、やはり、プロから教えてほしいことがよくあります。しかし、そんな機会は当然ありません。(少なくともアマチュアの大部分はそうでしょう。)アマチュア向きに、詳しく演奏上の注意が書かれている楽譜もほとんどない状態では、このような番組は、とても役に立ちます。NHKのピアノ番組では、クレイダーマンが出たこともありますし、このようなアマチュア向けの番組を、また放送してほしいものです。

 ちょっとめずらしいレコードに、サンソン・フランソワの「月光」があります。フランソワといえば、ショパン、ドビッシーなどの専門家ということになっていて、ベートーベン的でない、ということになっています。フランソワの「月光」は、確かに変わっていました。特に第3楽章。16分音符の分散和音がかけ上がっていって、8分音符の和音を2個、強く連打しますが、弱音から強音へと一気にクレッシェンドして、ワーンと盛り上げて、8分音符の和音を、ややゆっくり目に強く連打します。どんなピアニストもこんな弾き方はしていません。面白いのですが、やはり正統的ではないのでしょう。自分で聞くときは、やはり、ケンプやバックハウスを、取り出してしまいます。

 演奏上は、やはり第3楽章が難しい。全曲に流れる16分音符を、最初から最後まで、きちんと弾くのには、基本的な指の訓練が必要です。8分音符の和音の連打も、素人には難しい。和音をつかむという、やはり基本的な訓練が必要です。こういう訓練ができあがっている人には、やさしいのでしょう。でも、目標がはっきりしている練習というものは、楽しいもので、また、曲がいいからでしょう。繰り返し繰り返し弾いても飽きることがありません。


12.メンデルスゾーン「無言歌集」

 メンデルスゾーンのピアノ曲では、最も知られているものです。中でも有名な曲は、「春の歌」「紡ぎ歌」「ベニスの舟歌」「狩の歌」などでしょうか。ほとんどの曲に標題がついていますが、実際に作曲者がつけたものは、ごくわずかです。

 弾きやすい曲が多く、またちょっと練習すれば何とか弾ける、という曲も多いので、暇つぶしに弾くのには最適です。音楽史的には、必ずしも上位に置かれている曲ではないようです。確かに、ショパンのバラードのように、10回も20回も繰り返し弾いて練習しよう、とまでは、思いません。でも、けっこう人気はあるようで、テレビドラマのバックに時々使われていることがあります。あまり有名でない曲が使われていることもありますから、知らない人は聞き逃してしまいます。なかなか効果的に使われていました。結構いい曲なんだなと、あらためて認識しなおしたこともあります。

 メンデルスゾーンは、天才ということになってますが、この曲集のどこが天才的なのか、実は、私には、よく理解できていないのです。技術的には平凡に見えて、どこが特徴的なのかが、よくわからない。ショパンやリストやフォーレやラフマニノフのピアノ曲といえば、どの曲をとっても、作者の音楽というものが、すぐに聞こえてきます。シューベルトや、シューマンも、もちろんそうですね。これらの人たちの曲は、知らない曲を聞いても、作曲家を予想できます。

 でも、「無言歌集」の中の数曲を、仮に他の人の名前で発表していたとしたら、それでも通用していたのではないか。大作曲家ではないけれども、今でも有名な曲を数曲残している作曲かがいます。ランゲ・エステン・ワイマン、とか詳しいことは知りませんけれど、名曲集の中に、少しだけ顔を出している作曲家たちです。こんな人たちの名前で発表されていたとしても、きっとそのまま信じられたのではないでしょうか。

 ところで、近々、ダン・タイ・ソンの演奏会があるのですが、プログラムの中に、メンデルスゾーンの無言歌が数曲入っています。コンサートに出てくることなどないと思っていたので、ちょっとびっくりですが、ダン・タイ・ソンが弾くくらいですから、認識を改めなければならないのかもしれません。

 そういえば、全曲録音もあるのですが、ピアニストがすごい。バレンボイムとエッシェンバッハです。こんな人たちが全曲録音するぐらいだから、ただの商売上の録音とは思えません。もっと繰り返し弾いてみようかな、とも思っています。

 今は、やってないようですが、以前、NHKFMの音楽番組で、「そっくりさんコーナー」とかいう、似た曲を捜すコーナーがありました。視聴者からの投稿で、エントリー曲を聞いて、似ている度合いを、「横綱」「大関」とか、ランク付けしてた番組です。

 そこで、「無言歌集」から1曲、この「そっくりさんコーナー」に応募することにします。曲は、44番、ト短調の曲です。標題はついていません。16分音符の分散和音にのってゆったりとしたメロディが流れていく曲で、ノクターン風です。途中、ドーードシド レーレードーレーファーーミーというメロディが出ますが、ここが、ゴダイゴの「ガンダーラ」と、そっくりです。「ガンダーラ」のThey say it was in India という歌詞のところ。

 似た曲といえば、モーツアルトの「ピアノソナタハ短調K457」の「第二楽章」に、ベートーベンのピアノソンタ「悲愴」の第2楽章のテーマとそっくりな部分があります。もっとも、作曲年代を考えると、「悲愴」の2楽章が、「ソナタ」の一部分と似ている、というべきでしょうか。

 「そっくりさん」ではないのですが、音形がよく似ている曲もあります。マーラーの「交響曲第3番」の出だしのホルンで演奏されるテーマ。ラ・レードレ・シーファシ・レーミファ・ミーレー・ドーラ。この音形が、ブラームスの「交響曲第1番の第4楽章」のテーマとそっくり同じです。ソ・ドーシド・ラーソド・レーミレ・ミードー・レーレ。マーラーは、当然ブラームスの曲を知っていたでしょうから、そこには何らかの意識があったのかもしれません。もっとも偶然かもしれないし、よくわかりませんが。

 「無言歌集」は、全部で46曲もあります。おそらく、折にふれて書いたものを、少しずつ発表したものでしょう。ショパンのマヅルカのようなものですね。「無言歌」という形式、というか名前は、メンデルスゾーンが始めた、とも言われていますが、他の作曲家には、「無言歌」と名付けた曲はあまりないようです。チャイコフスキーの小品に「無言歌」があります。子ども向きの曲。そして、あまり知られていないと思いますが、高木東六に「無言歌集」があります。高木東六の「無言歌」は、どの曲も弾きやすく、しゃれていて、又日本的なところがあって、楽しい曲ばかりです。録音があるのかどうかは知りません。日本人作曲家の曲というと、どうしても現代音楽ばかりになりますが、こういう曲も、もっと知られてよいのではないでしょうか。


11.グリ−ク作曲 「春に」

 グリーク(又はグリーグ)の代表作は、何といっても、「ピアノ協奏曲イ短調」です。リストがこの曲を、グリーグの目の前で初見で弾いて、グリーグを驚かせた、というエピソードもあります。出だしの、下降和音の連打が印象的ですが、北欧風のメロディが全曲に流れていきます。北欧風とは、どこが?

 第1主題、ミーファーソ ファミで、ファに♯をつけないところ?ミーファーシー ラーシーミーという、東洋的な5音階旋律?それよりも、第2楽章の主題とか、第3楽章の中間部のほうが、ずっと北欧的という感じです。これは、作曲の技法というより、グリーグ独自の曲であることと、北欧的という先入観があるせいかもしれません。

 北欧的といえば、シベリウスがもう一人の代表。「交響曲第2番」が有名ですが、舘野泉がよく演奏することから、ピアノ曲も知られるようになりました。グリーグもそうですが、ピアノの小品の録音も増えているようです。
 
 グリ−グの「春に」は、中でも相当以前からポピュラーでした。NHKの「ピアノとともに」で、舘野泉が、解説付きで紹介しています。曲は3部構成。第1部では、右手の高音部の和音を装飾にして、左手の単旋律が、春へのあこがれを歌います。第2部では、低音の和音連打で、雪解けによる急速度の水流、春の訪れの音、そして第3部では、第1部の主題が高音部に表れ、それを低音から高音へのアルペジオで彩り、春の訪れを喜びます。北海道に住んでいる私たちとしては、そのイメージが容易に浮かびます。

 「春に」は、弾きやすい、やさしい曲ですが、音を出す楽しみに満ちた曲です。第1部は、右手の和音が3拍ずつなのに対し、左手の主題が2拍になるところがあります。こういうリズムは、普通ひきずらいのですが、この曲では、メロディがすっきりと流れていくため、自然と進みます。途中に変化和音が表れますが、臨時記号が少ない分、それだけ直截的によろこび、あこがれの気持ちが伝わります。長7度(Major 7th)の音が出てくるところは、指にも思わず力が入るところ。

 第2部はぐっと雰囲気が変わります。第3部へ移っていくところで、高音部で少しずつ音が上がっていきもりあがるところで、低音部で和音を連打するところがあります。高音部は盛り上がっていきますから、だんだん強くなっていきます。ところが低音部の和音の連打には、デクレシェンドがついているのです。普通なら、この和音連打もクレシェンドして盛り上げたくなるところですが、なぜデクレシェンドなのか?

 第3部は、第1部の再現ですが、技巧的に華やかになります。分散和音の装飾の中で、メロディを歌うのは、ロマン派の専売特許ですが、ここもその典型。

 舘野泉のリサイタルは、一度聞いたことがあります。第1部は、リストのソナタでした。どこが、どう、よかったかと、今は具体的には思い出せませんが、休憩時に、「すばらしい」「とても音楽的」などの声が、まわりのあちこちから聞こえていました。第2部では、シベリウスその他の北欧の作曲家の曲ばかりでした。ピアニスト自ら曲目を言いながらの演奏でした。残念なことには、当時は、シベリウスその他の北欧の作曲家のピアノ曲が、まだあまり知られていないころのこと。曲を覚えていないのです。
 

10.ルビンシュテイン作曲「へ調のメロディ」

この作曲家と、ピアニストのルビンシュテインは別人です。アントン・ルビンシュテインは、19世紀ロシアのピアニストで、当時、リストと並ぶピアノの名手でした。(と、解説書には書いてあります。)作曲家としても活躍していたのでしょうが、現在知られている曲は、「へ調のメロディ」「天使の夢」「ワルツ・カプリス」くらいでしょうか。全音のピアノピースで発売されているのが、この3曲です。

それでも、この3曲は相当有名な曲で、録音もありますし、時折、放送で聞くこともあります。少し古いですけれども、バージル・フォックスが、オルガンで「天使の夢」を弾いていました。

話は変わりますが、私は、中声域から低い音、メロディが好きです。弦楽器で言えばバイオリンよりチェロ、金管楽器で言えば、トランペットよりトロンボーン、というように。ピアノの曲でも、左手でリズム、右手でメロディ、という古典的な形より、中音域にメロディがあって、その上下に飾りがつく、こういう曲が好きです。伴奏とメロディの左右分担型ではなく、いわば同時並行型とでもいいましょうか。

典型的な例が、リストの「愛の夢」。真中のC音を、ベースと、上声の分散和音で彩ります。メロディは、拍ごとに、左右の手で、交代します。このような書き方は、特にリストの曲に多いようです。ショパンにはあまりありません。しかし、リストの曲は、難しくて弾けない。せいぜい「愛の夢」くらい。そこで、同じような作り方で、弾きやすい曲として、"Melody In F"の登場です。

この曲は相当有名らしく、披露宴用のピアノ曲集に、編曲されて入っていました。ただし左右分担型の編曲なので、弾く楽しみは、おおいに減じられています。

この曲の録音がどのくらいあるのかは知りませんが、放送で聞いた記憶では、ハンス・カンの演奏があります。拍の裏に♪で、和音が入りますが、これをやや強調して、リズミックに弾いていたという記憶があります。最近では、チェルカスキーの演奏が放送されていました。こちらは、ややなめらかに、という印象。

ついでと言っては何ですが、「天使の夢」についても少し。最初左手にメロディが出てくるのがいいですね。左右逆分担型(左でメロディ・右で伴奏)の開始です。左手(中低音に)にメロディが出てくるのも好きです。モーツアルトでも、ソナタの再現部なので、左右を逆転させるところがよく出てきますし、ベートーベンにもあります。ショパンの7番のマズルカ(ヘ短調)の中間部にも、左手にメロディが出てくるところがあります。弾きごたえのある、きれいなところです。

「天使の夢」の中間部は平凡ですが、主題の再現部がいいですね。ここは、左右同時並行型で書かれています。技術的にも、「ヘ調のメロディ」よりは難しく、練習のしがいがあるところです。

ラフマニノフに「道化役者」という短い曲がありますが、この中間部に中音域のメロディが出てきます。これがまた、前後の軽いタッチの曲想にはさまれて、哀愁漂う名旋律です。あまり有名ではないかもしれませんが、この曲の中間部、本当にいいですよ。


9.モーツアルト作曲  「交響曲第40番」

ここはピアノ曲のコーナーなのに、交響曲について書くのは、反則?

ピアノという楽器は、とてもありがたい、すばらしい楽器だと思います。最高音から最低音まで出すことができ、10本の指で、物理的に(技術的に)可能な限りの音を出すことができます。そこで、オーケストラのために書かれた曲であっても、ピアノ用に編曲されたものがたくさんある。自分で編曲して弾くこともできます。

こういう編曲は決して悪趣味なものではありません。古くは、リストによる、ベートーベンの交響曲のピアノ版や、ワーグナー、その他のピアノ版があります。19世紀は、現代のように録音のない時代ですから、オーケストラ曲や、オペラなどをいつでも聞ける、というわけにはいかなかった。そこで、ピアノ用に編曲して、紹介したり、自分で楽しむために弾いていたのでしょう。リストの編曲ともなると、アマチュアが楽しむレベルではなく、19世紀末の超絶技巧のピアニストの腕の見せ所として弾かれていたのでしょう。

ただし現代でも、グレン・グールドが「5番」を録音していますし、「田園」も録音されています。(カツァリス。)「第9」は、コンタルスキー兄弟の2台ピアノでの録音もあります。

リストの編曲物では、「リゴレットパラフレーズ」「シューベルトの歌曲」などは、今でもピアニストのレパートリーになっていますし、リスト以外でも、ピアノ編曲での録音はかなりあります。チャイコフスキーの「くるみわり人形」は、プレトニョフが弾いています。

リサイタルのアンコールにふさわしいものでは、ルビンシュタインの「火祭の踊り」なんかもそうですね。手元の楽譜を眺めてみると、編曲ものはずいぶんあるものです。プロコフィエフの「ピーターと狼」、グローフェの「グランドキャニオン」、チャイコフスキーの「白鳥の湖」「くるみわり人形」、シュトラウスの「ワルツ・ポルカ集」など。

さて、モーツアルトの交響曲は、後期の作品(35番〜41番)が傑作ぞろいです。ピアノ編曲版では、全音楽譜で「40番」が出ています。また、外国のものではPeters Editionで35番以降の6曲が出版されています。Petersの方が、少し弾きやすそうです。

「40番」の魅力は、何といっても、冒頭のあのメロディです。で始まるあのメロディです。(楽譜を簡単に出せたらいいのですけど。)オーケストラの場合は、主題を導入する最初の伴奏部の入りが一つの勝負どころですが、ピアノでは、弦楽器のようにはいきません。それでも、頭の中で弦の音色を思い浮かべながら、弾いていくのはとても楽しいことです。

編曲物のいいところは、どうせ編曲なのだから、さらに直してもよい、というところです。難しいところは、どんどん音を抜かして弾きやすくします。ピアノソナタなどであれば、簡単にして弾くのは、やはり少し気がとがめます。難しい曲を弾けるように練習するのも、また楽しいことですから。

編曲物を楽しむために、もう一つ。スコアも読むことです。スコアを良く見ていると、CDでただ聞いているだけではわからない音が見えてくることがあります。こんなところで、シンバルが入っていた、とか、フルートが対旋律を歌っている、とか。知っていて初めて聞こえてくる音があります。ピアノ編曲では、そのすべてが移されているわけではないので、そういう部分を自分で加えてしまって、オーケストラの雰囲気を楽しむことができます。そして、一層原曲の理解を深めることができます。

「40番」については、ほとんど何も書かないままですが、モーツアルトの音楽は、存在そのものが人類の宝ですから、余計な理屈は抜きにして、黙って、人それぞれに楽しむこととしましょう。


.8.シューマン作曲 「ピアノ協奏曲イ短調」

今でも、「ウルトラマン何とか」という番組があるようですね。「ウルトラマン」の初登場は、私の中学生時代のことです。「ウルトラマン」の前には「ウルトラQ」というのがありまして、こちらは怪獣は出てくるけれど、ウルトラマンのような、超人?はなし。相手は人間だけです。科学特捜隊もなし。新聞記者が中心ですが、せいぜい自衛隊まで。出てくる怪獣も、大型凶暴なものから、可愛らしい怪獣までさまざま。「ウルトラマン」とは異なって、人間中心の怪獣物語です。「ウルトラQ」は再放送されたことがありますが、今の30代くらいの人なら、知らないかもしれません。

さて、「ウルトラマン」のあとは、「ウルトラセブン」「ウルトラマンタロウ」その他様々なシリーズが続きました。それぞれ、主題歌も歌いやすく、酒席で歌うのにもいいですね。「ウルトラセブン」の主題歌の出だし、ホルンがグリッサンドのように鳴らすところは、口まねして歌うのですが、とても楽しい。「ピュウウッ、ピュウウッ、ピュウウッ、」「パララッ、パララッ、パララッ、」かな。「モーロボシダンノーーー、ナヲーーカーリーテーーー」

「ウルトラマン」シリーズの中でも、とりわけ人気の高い、「ウルトラセブン」の最終回、主人公のモロボシダン(諸星でしょうか、ダンの字がわかりません)が、相手役の女性(名前も覚えていません)に対して、告白する場面があります。「僕は、ウルトラセブンなんだ!!」

その瞬間、突然、オーケストラの音が、「バンッ!」そしてピアノの音が「ババーン、ババン、ババン、ババン」と高音から低音へ向かって、激しく打ち鳴らされます。弾く、とか、奏でる、ではありません。「打ち鳴らす」です。

この曲が、シューマンのピアノ協奏曲でした。イントロのあと、イ短調の静かなメロディをバックにモロボシダンのセリフが続きます。

この協奏曲は、ロマン派のピアノ協奏曲中、最高の傑作といってよいでしょう。(弾くのが)難しい曲ではありますが、素人でもなんとか楽しむ程度にはひけるところも魅力です。ラフマニノフの「3番」などは、とても良い曲で大好きですが、自分で少し弾いてみるということが全くできないほど、難しい。「聞くだけ」しかできないのは、ちょっとさびしいですね。

シューマンのこの曲の出だしが印象的です。名曲というものは、「出だしできまる」といえなくもないでしょう。古典派のピアノ協奏曲は、まずオーケストラがひとわたり主題を奏し(提示部)、その後ピアノがあらためて登場する、というのが定石でした。その例外は、モーツアルトの「ジュノム」ですが、ベートーベンの「4番」からは、最初からピアノが登場するのが定石となってきました。

ベートーベンの「4番」「5番」、シューマン、グリーグ、ブラームスの「2番」、チャイコフスキーの「1番」、ラフマニノフの「2番」など、最初のピアノの弾き方で勝負が決まる、といってもよいほどの、それぞれ印象的な開始です。

ところで、音楽を、ただ純粋に音楽として聞くだけでなく、映画や、ドラマのバックに使われて、それがあまりにも効果的な場合、その曲を聞くたびに、その場面が頭から離れない、ということがあります。自分の場合、シューマン=ウルトラセブンという等式がなりたってしまいました。

名演奏の録音は数多くありますが、一番かける回数が多いのは、ディヌ・リパッティ。昔聞いた演奏で最も印象深いのは、サンソン・フランソワです。二人とも、フランスを代表するピアニストでしたが、リパッティは若くして亡くなりましたし、フランソワも50歳くらいでなくなりましたから、現在では若死にの部類でしょう。フランソワの演奏は、ショパンも、ラベルも、「粋(いき)」というのがピッタリの演奏でした。(録音は今でも聞けるのですから、「演奏です」が正しいかな。)

ポリーニやアルゲリッチなどという大家がいますから、その他のピアニストがどうしても、1ランク下に見てしまいがちですが、いつ聞いても、フランソワの演奏は、人をほっとさせます。大上段から迫ってくるというのではなく、やさしく、温かみに満ちた演奏だとおもいます。


7.シューベルト  ピアノソナタ イ長調 Op.120

シューベルトのピアノソナタでもっとも有名な作品は、変ロ長調(Op.Poth)でしょう。イ長調の作品は二つあります。Op.120と、遺作の大作です。大規模な遺作と比べて、Op.120はこじんまりとまとまっていて「小さなイ長調」といわれます。

「大きなイ長調」や「変ロ長調」は有名なので、自分で弾いてみたこともありましたが、「小イ長調」は、譜面を見ているだけで、曲のイメージはよくわかりませんでした。あるとき、梯剛之の演奏会がFMで放送され、そこで、この曲が演奏されていました。シューベルトは、歌曲で有名なとおり、「歌う作曲家」ですが、梯剛之の演奏で聞いたとき、なんとメロディの流麗なこと!「変ロ長調」もそうですが、えんえんと歌いつづける、シューベルトの歌が、ここでも歌われています。

シューベルトのピアノ曲のひき方は、おそらく、モーツアルトともベートーベンとも違うのでしょう。梯剛之は、ショパンの演奏でも優れていますが、このシューベルトは本当に違う。どこまでもやわらかく、レガートで、和音もがっしりと弾く、というより、弦楽合奏で、そっと音が出てくるような弾き方です。

その後、間もないうちに、同じ曲を、ソコロフの演奏で聞きました。ソコロフは、今から30年以上も前になるでしょうか、10代でチャイコフスキー・コンクールで優勝したピアニストです。来日してN響と「チャイコフスキーの1番」を演奏しましたが、10代のバリバリの若手ピアニストという印象でしたが、その後、ソコロフの名を聞くこともありませんでした。約30年ぶりに耳にした、ソコロフの音。曲が違うといえばそれまでですが、数日前に聞いたばかりの、梯剛之の演奏と比べて、矛盾するところ何もなく、ただただ、シューベルトの「歌」というのはこういうものか、と感じたものです。

このソナタの第2楽章(アンダンテ)は、ソナチネアルバムにも単独で入っており、弾いたこともある子供たちも多いのでしょう。(私は弾いてなかったけれど)。梯やソコロフの演奏を聞いて、私も第2楽章から弾いて見ました。単純な曲づくりですが、魅力的な部分がたくさんあります。第2楽章は、ニ長調なのですが、B-Minorのコードで始まるため、ロ短調と錯覚します。1拍ごと、あるいは2拍ごとに変化するコード。転調の妙技は、作曲家の当然の技術でしょうけれども、この曲に限らず、シューベルトの転調は、独特の美しさがあります。

10小節目には、B-MinorのコードにNinth#を加えたコードが出てきますが、この一瞬のすばらしさは、モーツアルトの至高の音楽にも匹敵するものをもっています。普通の長和音、短和音、増和音、減和音の変化だけでなく、長7度、長9度が随所に出てくるところは、現代の感覚に近いものがあります。このような和音の変化は、ラフマニノフのように、複雑に進んでいくのとは違って、単純明快に表れるだけに、直接的に心を打ちます。

第1楽章にもどって、第1主題が特別にきれいです。最初の和音からして、分散しないと指が届かないのですが、そうやってひいても、きれいに聞こえます。第1主題は、C#DE−・・・とはじまるのですが、これが2度繰り返されます。再現部で、2度目に出てくるとき、このEの音の上にAをともなって現れてきますが、これがまたすばらしい。もちろん、このAの音は単独で出てくるのではなく、その前から続いている上声部の流れの中で出てくるのですが、主題とよく合わさって、弾いていて気持ちがよいところです。

ピアノ曲を弾いて何が楽しいか。曲のよさ、というのはもちろんでしょうけれども、指の動きが楽しいということも大きな要素でしょう。「乙女の祈り」なんかは、よい曲ですし、やさしいけれども、指の楽しさはあまりありません。あまりにも単純すぎるのですね。シューベルトの変ホ長調の即興曲なかは、指の楽しさを満喫できます。

それに対し、このソナタは、「音そのもの」の楽しさで、アマチュアにも楽しめる曲だと思います。

残念ながら、第3楽章のよさは、まだよくわかりません。


6.ブラームス 「間奏曲」

古典派の巨匠といえば、ハイドン・モーツアルト・ベートーベンですね。そして、ロマン派へと続くわけですが、ロマン派の代表といえば、ショパン、シューマン、リストということになりましょう。ブラームスも当然ロマン派なのですが、新古典派とも言われて、ベートーベンの直接続く作曲家とも言われています。

ところで、ロマン派前期には、シューベルト、メンデルスゾーン、ウェーバーなどもいて、ピアノのための作品も残していますが、この人たちは、実際にはベートーベンと時代が重なっているのですね。時代的に見ると、ベートーベンの後期は、ロマン派の時代に入っているわけです。

ベートーベンのソナタで、古典派としての完成された作品が「熱情」であり、「ワルトシュタイン」ということになっていますが、それ以後の後期のソナタは、古典派を超越した、次の時代に入っていることを、実感せずにはいられません。ソナタ形式は踏襲されていますし、フーガがソナタの中にも現れてきますが、新しい世界を作っていることがひしひしと感じられます。

OP111のハ短調のソナタにいたっては、形式や、作曲技法という専門的なことを無視して、ただ聞こえてくる音楽を聞いていると、ウェーバーやメンデルスゾーンの曲なんかより、ずっとロマン的に思えます。第1楽章の飛躍した音楽の流れは、シューマンのソナタよりロマン的です。第2楽章の変奏曲は、もしリストが、真の霊感に導かれて作曲したら、こんな曲を書いたのではないか、とさえ思えます。

ベートーベンが、あと10年長生きしていたら、( こんなことはすべての作曲家に言えることですけれど)、どんな音楽へと進んでいったでしょうか。シューマン以上の超ロマン派となっていたのではないでしょうか。

ベートーベンのソナタの緩徐楽章の美しさを、メンデルスゾーンの無言歌と比べてみましょうか。例えば、「悲愴」の第2楽章、これは、どの無言歌よりも、無言歌になっていると思います。「ワルトシュタイン」でさえ、第3楽章の第1主題、ここだけ取り出すと、広い意味で、とてもロマンチックです。結局、古典派とかロマン派とかいう分類は、形式、技法上の区別であって、直感で感じる音楽のロマン性とは別物ということになりましょう。

さて、ベート−ベンの後継者を自認するブラームスですが、作品の傾向は、ショパンやシューマンとは異なります。しかし、小品集(OP116,117,118,119)、どれをとっても、ショパンよりずっとロマンチックだと思いませんか。OP118No6の憂鬱感、OP119No1の清涼感、OP118No3の情熱、どの曲も、ストレートに心を打つものがあります。

ブラームスの小品集のレコードでは、ケンプの録音が秀逸だと思います。ケンプは歳をとってからは、技術が衰えたと言われます。実際、ケンプの録音で聞く「ブラームスのソナタ第3番」や、「シューマンの交響的練習曲」などは、アシュケナージやゲルバーのような名人芸的な演奏にはなっていません。しかし、音楽がはっきりと意味をもってつながっていて、名人芸の演奏とは別の感動と喜びを与えてくれます。

なぜ、ケンプの弾く「ブラームスの3番」が、名人芸らしくないのに、とてもいいのか?専門的なとこはよくわかりません。ただ、フレーズの区切りとか、フォルテやピアノの強弱とか、ペダルの切り方とかが、他と違って、非常に明瞭だという印象があります。少しでもケンプの弾き方をまねてみたいのですが、全然まねできません。もともと、演奏の難しい曲ですから、素人ではまず音を拾うのが精いっぱいで、「まね」するレベルにまでは行けないのですね。

このようなケンプの魅力は、ショパンやリストの曲でも味わうことができます。「アンダンテスピアナートと華麗なポロネーズ」「バルカローレ」などもすばらしい。いわゆるショパン弾きとは全く違います。吉田秀和の言葉を借りると、「折り目正しい」「立派な」演奏ということになります。

ケンプは作曲家でもありました。ケンプの作品がどの程度、演奏会で演奏されているのか、(いたのか)はわかりません。ピアノ曲でも「イタリア組曲」とかいうのがあるようです。昔、「音楽の友社」の出版案内に書いてありましたから、間違いないでしょう。残念ながら、今では入手できそうもありません。店頭に出ていれば、すぐにでも買うのに。こういう曲の出版もしてほしいものです。


1.チャイコフスキー作曲 ピアノ協奏曲 第1番 (Op.23)

作品解説や、批評ではないので、好き勝手にこの曲のことを書いてみようと思います。この曲から書き始めたのは、子ども時代から今まで、一番多く聴き、そして、自分で弾いてみた回数が一番多いからかもしれません。プロの評論家や、ピアニストの文章を読むと、必ずしも最高級の作品とは認めていない人もいるようですけれど、やはり人気は上位だと思います。

この曲を、生(なま)で聞いたことはありません。コンサートに行けたのは、大学時代だけ。就職してからは、数えるほどしか、演奏会には行ってません。いくらクラシック人口を増やそうとしても、今の演奏会では、行くひまはとてもないでしょう。平日の7時開演で、会場に行ける仕事って、どんな人たちでしょうね。日曜日や祝日のコンサートがないと、とても聴きにいけません。

この曲を初めて聞いたのは、小学生のときです。ゲザ・アンダが来日したとき(何年かは忘れました)、N響の演奏会がテレビで放映されました。まだ、カセットテープも普及していない時代、オープンリールのテープに録音して、繰り返し聞いたものです。もちろんステレオも一般家庭に普及していないときです。第1楽章でカデンツァに入る前に一度盛り上がりますね。最初はそこで終わるのかと思っていたら、急に静かなピアノソロが続いて、びっくりしたものでした。

我が家に初めてステレオが入ったのが、高校生のとき。初めて買ったレコードがこの曲でした。クラウディオ・アラウが独奏です。(裏面はラフマニノフの2番・ジョン・オグドン。)今でも愛聴しています。

その後、LP、CDで購入したこの曲のピアニストは、ルビンシュテイン、アシュケナージ、リヒテル、アルゲリッチ・アール・ワイルド、ギレリス、ビクトル・エレシコなどです。放送でこの曲が入ると、テープに録音したものでした。ホロビッツ、ワイセンベルク、バイロン・ジャニス、また、チャイコフスキーコンクールの優勝者の演奏も必ず出ましたから、クライバーン、ソコロフ・バリー・ダグラスなども聞きました。

ところで、ビクトル・エレシコってピアニスト知ってますか。初めて演奏会で生で聞いた、国際的ピアニストです。高校生のときでした。ロン・ティボーの優勝者だそうですが、その後特に話題になったこともないようですが、最近CDでチャイコフスキーのピアノ協奏曲を3曲とも録音しているのを見つけて、なつかしくて思わず買ってしまいました。初めて聞いたコンサートでは、「モーツアルトのへ長調のソナタ」、「ショパンのポロネーズ」・「プロコフィエフの行進曲」・「展覧会の絵」を覚えています。モーツアルトのソナタは、自分でも弾いていた曲でもあり、「展覧会の絵」はもちろん有名ですから、演奏の素晴らしさは肌で感じることができました。こんなすごい人でも、なかなか世界の超一流の仲間入りはしなかったのでしょうか。確かに、アルゲリッチなど、テレビで見てもすごいですよね。

 この曲の聞きどころは、もちろん出だしの部分ですね。あの雄大な和音の連打と、その上に流れるメロディーは、どんな人をも引きつける壮大な音楽です。ところで、この曲に飽きることはないのですが、ピアニストから見ては、どういう曲なのかな、と時々思います。すぐれたピアニストの演奏で聞いたとき、そのピアニストの特色がどの部分に出てくるのだろうかな?と。一流のピアニストで演奏される限り、誰の演奏でもいい、という気がしないでもありません。言い過ぎかもしれませんが、うまく弾けば、誰が弾いても同じに聞こえる?ちょっと言い過ぎですね。(ホロビッツは別です。)ラフマニノフの2番なんか、最初の和音の弾き方から、このピアニストはどう弾くのかな、と期待してしまいますよね。第1楽章のテンポの取り方も、興味深いところですし、オーケストラとのかけあいの部分の対比の仕方も、演奏毎に楽しみが異なります。

 チャイコフスキーは、もちろん音楽史上の巨人ですが、その作曲には、職人的なところもあったのではないでしょうか。有名ではない、第2番、第3番の協奏曲も、いい曲だと思います。第3番よりは、第2番の方がいいと思いますけどね。だいぶ昔のことですが、FM放送でこの曲が放送されたとき、清水和音がこの曲をけなしていたことを覚えています。もっとも、清水和音は(現代日本の最高のピアニストの一人、少なくとも5本の指に入る人と思いますけど)、少し口が悪いところもあるようですね。デビュー当時の演奏は、さわやかさいっぱいでしたが、口はあまりさわやかではない?
第2番の人気がないのは、曲の出だしの違いによるのではないかな、とも思います。第1番の出だしは、何といってもすごいですから。でも自分で弾いてみても、第2番は、いい曲だと思いますし、弾けるところは楽しいです。第2主題だって、きれいで、第1番に負けていません。第2楽章や第3楽章は、第1番と比べて何が悪いんでしょうね。第1楽章は断然1番がいいとは思いますが。そこが、「職人的」と私が言った部分かもしれません。

 チャイコフスキーに「四季」というピアノ曲があります。毎月、その月にちなんだ短い曲を作曲して出版したと、楽譜の解説には書いてありましたけれど、これなんか、「職人」としての作曲ではないかとおもいます。それぞれ、ちょっといいメロディ、微妙な和声や、アルペジオを使った、しゃれた作品になっていると思います。技術的には比較的やさしく書かれていますが、聞きどころもあって、弾きやすく、人気がある曲ですけれども、この程度の曲は軽く書けるのでしょう。心がないとは言いませんが、技術で作曲できる部分を「職人的」といったのですが、そんなところがあって、作品評価が他より低い場合があるのではないでしょうか。「胡桃割り人形」が「白鳥の湖」に一歩を譲っている部分、バイオリン協奏曲が、なぜか三大バイオリン協奏曲に入っていない部分、などもそうかもしれません。リストのピアノ曲なんかはそうですね。もっともチャイコフスキーの曲は、リストの大部分の曲より、はっきり上位だと思いますけど。


2.ムソルグスキー作曲 「展覧会の絵」

 この曲は、オーケストラ編曲でも(あるいは、その方が)有名ですね。ラベル編曲が、有名ですが、ストコフスキー編曲とか、最近ではアシュケナージ編曲というのもあります。ラベル版は、トランペットのソロで始まり、金管楽器や木管楽器が派手に活躍する、いかにも色彩豊かなフランス風という編曲ですが、ストコフスキー版は、最初のプロムナードは弦楽器で始まるように、派手というより、落ち着いた、少し暗いムードといったところでしょうか。

 個人的には、ピアノソロの方が好きです。ピアノの単一の音色が、むしろロシアの永久凍土を思わせて、寒冷地の音楽にふさわしい?かな、とか思ったりして。

 でも、ホロビッツの演奏は、ちょっと考えられないくらいすごいですね。オーケストラ顔負けのアレンジです。ピアノの単一の音色どころでは、ありません。ある評論で、「金字塔」という表現が使われていましたが、異議ありません。しかし、自分の頭に浮かんでくる演奏は、放送で聞いた、オボーリンやリヒテルのソロです。「キエフの大門」の最後のところで、鐘の音がなって、その上にプロムナードのメロディが、分散和音で浮かびあがってくるところの盛り上がり、ここが一番の聞きどころだと思います。(弾いていても、ここが一番楽しい。)右手の分散和音が一音一音はっきり聞こえてくるのではなく、望洋とした雰囲気の中に、旋律が浮かび上がってくる、これが好きです。オボーリンやリヒテルがそんな感じだったと思います。ホロビッツは、音がはっきりしすぎのところがあって、素晴らしさとは別に、好みで−1点。ワイセンベルクの録音も聞いたことがありますが、これも一音一音明瞭で、雰囲気が好みでない。

 ホロビッツは、いろいろな箇所で、音を加えたり、変えたりしてアレンジしていますが、他のピアニストはあまりそういうことはないようですね。ただ、「キエフの大門」の本当に最後の数小節は、(Grave,sempre allargandoのところ)楽譜では最強音で和音を鳴らすようになってますが、ここでトレモロを入れたりして、盛り上げているピアニストもいますね。このようなところは、さすがにオーケストラにはかないませんね。今のところホロビッツの終わり方以上の録音はないかも。ならば、楽譜どおりのほうがいいかもしれませんね。

 ムソルグスキーは、この曲をオーケストラの曲にするつもりだったのでは?と思うこともよくあります。ピアノ曲ですけれど、ピアノ的でない書き方が多いように思います。「カタコンブ」の前半部なんか、普通ならピアノ曲とは思えないんじゃないでしょうか。「こびと」「ババヤーガ」なんて、最初からピアノ曲のつもりで書いたとすれば、本当に独創的だと思います。ムソルグスキーのピアノ作品集が出版されてます。「展覧会の絵」を書いた作曲家が、どんなピアノ曲を書いたのか興味深く、買ってしまいました。いかにも「ピアノ曲」という曲ばかりでしたね。ちょっと意外でした。もちろん、いい曲ばかりなのですけれど、ショパンやブラームスを思わせるような曲もありますね。ただ、「展覧会の絵」の「プロムナード」を思わせるような曲もありました。

 ピアニストが「展覧会の絵」を弾くとき、どんな意識で弾くのかな、と思ったりします。最後の盛り上がりのために、音を加えるピアニストなんかは、オーケストラ曲のような意識がやはりあるのでしょうか。名前は忘れてしまったのですが、あるピアニストの「展覧会の絵」が、テレビで放送されました。最初のプロムナードからゆっくり目に、一音一音鍵盤を押し下げるように、弾いていました。「ブィドロ」や「キエフ」なんかは、ゆったりと、壮大に、オーケストラで演奏してるんだ、という雰囲気で、全曲を通していました。演奏時間も、普通より(ピアノでの録音で)だいぶ長かったのを覚えています。(ちなみに自分で弾くときのイメージに近かったです。もちろん自分ではあんな風にはとても弾けないわけですけど。)

 この曲は、ピアノ的な書き方をしていない、と書いてしましましたが、そのためか、いろいろな部分で、ピアニストによって弾き方が違いますね。もっとも、どこをとってみても、ホロビッツは特別ですけど。「ブィドロ」の左手の和音の連続、ホロビッツは激しく、スタッカート気味に、速めのテンポで弾いています。かとおもうと、オーケストラ的に、ゆっくり目に重たく、ペダルを使用して押し込むように弾いているピアニストもいますね。左手をアルペジオにして弾いた演奏も聞いたことがあります。「ブィドロ」の後半部、最初のメロディーが戻ってきたところで、オーケストラでは、太鼓の連打がはいりますが、あそこの部分を、ピアノでもその雰囲気が何とか出せないものでしょうか。そんな演奏を聞いてみたいなと思っています。

「ババヤーガの小屋」。オーケストラではホルンが「バーン」と鳴らすところがありますね。4拍ずつ、F#、B♭を連続して鳴らすところです。ピアノでは、あんな風にF#、B♭を鳴らすことはちょっとできませんね。ここもオーケストラ的な演奏を聞いてみたいところです。


3.ワイマン作曲「銀波」

小品です。ベートーベンや、モーツアルトなどの変奏曲と比べても、特別な技巧が凝らされているわけでもなく、非常にわかりやすい変奏曲で、コンサートに出てくるような曲ではないのですが、演奏も容易で、ピアノを習っている子どもたちが触れるのに、ちょうど良い曲の一つなのでしょうか。

子供のころ、ピエール・パラというピアニストの演奏で、この曲と「乙女の祈り」「ウォーターローの戦い」「人形の夢と目覚め」が入っているレコードを持っていました。そのころ練習したいた曲集に、全音出版の「ピアノ名曲選集(下)」があって、そこに「銀波」「人形の夢と目覚め」が入っていました。

ショパンもリストもラフマニノフもほとんど知らない時代のこと、ベートーベンやモーツアルトもソナタを数曲弾ける程度のころです。「銀波」の出だしの部分(分散和音でかけ上がっていって、オクターブで上から下へ降りてくる部分)がとても華やかに感じられたものです。

テーマがきれいで、夢見るような波のうねりが感じられます。第3変奏と第4変奏は小学生にとっては、魅力的な変奏で、弾いていて楽しい曲です。第1、第2変奏はあまりにも単純で、弾いていてもあまり面白くない。第5変奏は、第4変奏を、ただ音符を増やして派手にしているだけ、フィナーレのマーチも変奏曲ですけど、あまりおもしろくない。(おもしろくないと感じる部分は年のせいかもしれませんね。)自分が弾いていたときに、第1変奏が面白いといっていた子供がいたのを思い出します。

この曲は「名曲集」に入ってはいますが、いわゆる超一流のピアニストが取り上げるような曲ではないのでしょう。最近まで、この曲が入っているレコード、CDは知りませんでした。中村紘子のレコードで、この種の曲が録音されているレコードが発売されましたね。(かなり前のことですけれど。)中村紘子が自分で言っていたのだったか(何かに書いてあったのだったか)はっきりしませんけど、中村紘子もこの種の曲を弾いたことはなく、初めて弾いたということだったみたいです。天才ピアニストともなると、いわゆる子供向きの曲なんか弾かないで、ショパンやら、ベートーベンやら、小さいころから弾いていたのでしょうね。

中村紘子の演奏で「銀波」を聞いたとき、昔の印象と違うところもありました。昔のピエール・パラの第5変奏が、テーマがよくわからなかったとうに記憶しています。自分で弾いても、細かい音符の分散和音をひくと、大きなメロディーの流れがわからなくなってしまう。そんな感じですね。中村紘子の演奏で、初めてテーマがあって、そのあいだを細かい音符が走っているのだということを初めて実感したものです。今弾くときは、中村紘子の演奏のイメージを頭に浮かべて弾いています。


4.モーツアルト「ピアノソナタへ長調K332」

いつ聞いてもいい曲。だれが聞いてもいい曲。どれを聞いてもいい曲。これがモーツアルトです。ベートーベンももちろんいいです。マーラーもブルックナーもすばらしい。けれでも、ベートーベンの交響曲を、ピアノソナタを、いつ聞いても楽しいか?疲れることもあります。時には宗教的な、神がかりなところがあって、聞き流すことができない、というところがあります。

モーツアルトを聞き流す、というのは、もしかすると冒涜かもしれませんが、どの曲も、いつ聞いても、朝でも、仕事から帰ってきて疲れているときでも、絶対に楽しい。

Mozartのピアノソナタは、譜面は見た目、簡単です。音符の数も、ベートーベンなどから見ると少なくて、リズムも和声も、割と単純、メロディもはっきりしている。アマチュアにも弾きやすい。それでも、ところどころに、アマチュアには難しい個所が出てきます。プロにとっての技術的な難所というと、たとえば、ベートーベンの「ワルトシュタイン」の最後の部分に出てくる、オクターブの部分とか、ラフマニノフの「第3番」のような曲ですが、われわれアマチュアは低レベルの部分で、技術的に苦労します。それでもMozartは、アマチュアにもとっつきやすい。

Mozartのピアノソナタは、K331が、有名ですね。ベートーベンでいうと、「月光」「熱情」「悲愴」などの題名がついている曲は、一般的なpopularityを得ます。Mozartの場合でも、K331は、有名な「トルコ行進曲」がついていることで、中学の音楽の教科書にも出てくる、ポピュラーな曲です。演奏も、わりと容易です。

ここで取り上げるK332は、私が、世界の超一流のピアニストの演奏会で、2度も、なまで聞いたことがある曲です。Mozartのソナタを録音しているピアニストはたくさんいますね。私のお気に入りは、フリードリッヒ・グルダです。楽譜に記載されていない装飾を加えて、実に魅力的な演奏です。グルダを聞いて、自分もそれをまねて、装飾を加えて見るのですが、一応弾けても、とうてい「しゃれた演奏」からはほど遠い。それでも、とても楽しい。本当にモーツアルトは楽しむ音楽です。

演奏会で聞いたK332は、高校生の時、ビクトル・エレシコのリサイタルで。そして、最近では、エリック・ハイドシェックのリサイタルでした。エレシコの時は、このモーツアルトと、「展覧会の絵」がメイン。ハイドシェックは、ベートーベンの「テンペスト」がメインでした。ハイドシェックは、宇和島での有名な演奏会があり(そのCDもある)、モーツアルトとベートーベンは、それと同じ曲でした。CDで聞いていたのと、まったく同じ演奏でした。(少なくとも、そう聞こえました。)
どちらも印象的なのは、冒頭の部分、右手はFで始まる単純な旋律で、左手もFの和音の単純なアルペジオなのですけれど、最初の音を弾いた瞬間に、やわらかくFの和音が響いて聞こえてきたところです。自分で弾いても、ああは響かない。ただそれぞれの音が聞こえてくるだけです。こういう簡単なところでも、名人の演奏というのは、はっきりとわかるものですね。

この曲は、聞きどころ、(あるいは弾きどころ)ともいってよいような、魅力的な部分がたくさんあります。第1楽章、第2主題のあとで、左手で拍に合わせてオクターブを打ち鳴らし、右手は、拍の後ろに入ってくる場所があります。アマチュアにも弾きやすく、演奏効果も高い部分。弾いていて楽しいところです。そのあとで、コラール風の部分がでてきます。AAA|A−G|GFFF|F−Eという部分です。簡単な和音の連続にすぎないのに、これがまた、素人が弾いてもきれいに響きます。エレシコの音が今でも頭の中で響きます。

このコラール風の旋律を聞くと、ブラームスの協奏曲の1番を思い出します、第1楽章で、ゆっくりとした店舗で、CFG|A−G|FAD|F−Eというあの部分です。ここも単純に和音がゆっくりと連続して流れていくところですが、とてもきれいです。天才的な作曲家は、こういう単純な部分でもすばらしい音楽を書くのですね。音が複雑ならいい、というものでもない。ルネサンスはバロックの鍵盤楽器のための曲も、単純ですけれど、いいですよね。

Mozartのソナタは、どれをとっても、緩徐楽章がきれいですね。装飾音に満ち溢れていて、古典的な装飾音で、ショパンやリストの装飾音とは違っていても、ショパンのノクターンに匹敵する音楽だと思います。ショパンがモーツアルトに匹敵するというべきでしょうか。終楽章は、早いテンポのロンドか、ソナタ形式の曲が多いのですが、これは指が楽しい。曲がきれいだというほかに、指の動き自体が楽しい、という面もあります。K332の最終楽章は、上から下へ、一気にかけおりてくる音形が、素人ピアニストを満足させます。音が上から下へ、下から上へと激しくかけめぐるのは、ショパンの専売特許ですが、モーツアルトは純粋に弾きやすくできているのがうれしいです。ショパンは音が多すぎる。(弾ける人にはいいのですけどね)

モーツアルトには作品番号がありません。K(ケッヘル)番号で表示されますね。研究が進んで、ケッヘル番号の変更もあるようですが、いまさら、K331が他の番号になっても、かえってわかりずらくなる。ケッヘル番号は、作曲順ではないので、作品の作曲年代が番号でわからないのは、不都合ですね。厳密に作品番号が作曲順とは限りませんが、それでもベートーベンは作品番号で、作曲の時代は大きくとらえることができます。モーツアルトは生まれながらの天才ですから、初期の曲も、晩年の曲も、どれも傑作なので、ベートーベンほど、初期、中期、後期という区分など必要ないのかもしれません。それでも、ピアノ協奏曲などのように、番号がついている場合、時代の変遷がはっきりとわかって、初期の協奏曲と、後期の協奏曲の違いがわかる場合もあります。本を調べると、ピアノソナタの作曲年代を調べることはできるのですが、面倒くさいこともあって、細かく調べていません。どの曲も名作ぞろいということで満足しましょう。


5. ホロビッツ in Japan

ホロビッツが初来日して何年になるでしょう。2回演奏会を開いて、そのうちのひとつが、テレビでも放映されました。ラフマニノフ、ルビンステインと並び称される、ホロビッツも既に衰えたか、評判はさんざんでした。

「滅びっつつある演奏」とか「裏地見るホロビッツ」とか、ひどいものでしたね。吉田秀和なんかは、「ひびの入った骨董品」なんて言ってました。

確かに、テレビで見た演奏は、ひどかった。ベートーベンのピアノソナタ(OP101)、シューマンの「謝肉祭」、それから、ショパンのエチュードを数曲と「英雄ポロネーズ」、まだあったかもしれませんが、これらを演奏していました。ベートーベンのソナタの第4楽章はヨタヨタ、エチュードのうち、へ長調の作品、右手が16分音符でかけめぐり、左手で軽やかなちょっとしたメロディをひく曲ですが、どこが始まりで、どこが拍なのかわからないで、いつのまにか最後までいってしまったという感じ。

インタビューの場面もありましたが、若いうちからアメリカに住んでいるのに、英語もうまくない。質問に対する答えも、支離滅裂。まさか、低脳でもあるまいし、もしかしたら、麻薬にでも冒されているのではないか、なんてことも思いました。だいたい、この歳になるまで、演奏会の回数も少ない人が、わざわざ日本のような、いなかの国にくるのは、「金」以外に理由はないでしょう。麻薬で借金をして、金が必要だったのか、こんなことまで考えさせられました。

それでも、「謝肉祭」は、まず音がすばらしかった。専門家の批評によると、これも不満な演奏だったらしいですが、これは聞きごたえがありました。音をはずした場面もありましたが、細かい音の歯切れのよさ、なんか、ちょっと聞けない演奏でした。

現代は、録音で聞けると言うのは、幸せですね。歴史上の大ピアニストで、ある程度まともな録音が残っているのは、ラフマニノフあたりからでしょう。それ以前でも、フリードマン、とか、ペトリなどの演奏も残っているようですが、数も少ないし、録音状態もよくない。ラフマニノフになると、「第2番」「第3番」「狂詩曲」などは、21世紀に入った今でも、最高級の演奏です。

ホロビッツの時代になると、モノラルとはいえ、良い状態の演奏はたくさん残っています。ホロビッツの若いころの録音をモノラルのレコードで聞きますが、それでも、音の切れ味、リズム感、など、現代のピアニストでも、ちょっとたちうちできる人は少ないのではないか。ステレオ時代に入ってからの録音もありますね。カーネギーホールでの演奏会とか、テレビ用に行った演奏会、ロンドンでの演奏会等、録音されています。プロに言わせると、「おとろえがはっきりわかる」演奏だということですが、一般のファンが聞いている限り、すごいですよ。今の国際コンクールで優勝した、何とかという若手たちの演奏といかに違うことか。

20世紀前半を代表するピアニストが、ラフマニノフであるなら、20世紀中期の代表がホロビッツでしょう。(それとルビンステインか)。ホロビッツの若いころの演奏を聞いているピアニストたちのことばは、賞賛に満ちています。アメリカのピアニストのあこがれでもあったが、誰にもホロビッツのようにはひけなかった。

ホロビッツには、ただ一人の弟子、バイロン・ジャニスがいました。知ってる人は知ってる名前ですが、一般には知られていない。私も放送で、チャイコフスキーの1番(録音)を聞いたことがあるだけです。ただし、これがすごかった。この曲に関する限りは、アルゲリッチにも劣りません。でも、ホロビッツの弟子になったということは、ホロビッツのようになりたかったのでしょうか。弟子が先生を超えるのは、ごく普通のことですが、ホロビッツは、孤高のピアニストです。たとえば、シェークスピアの弟子になって、シェークスピアに匹敵する劇作をしよう、なんてちょっと考えられませんね。いくらホームランを打っても、どんなに良い成績を残しても、第2の長島は出てきません。もしかしたら、ホロビッツの弟子にならなければ、バイロン・ジャニスは、世界の巨匠として、名をなしたかもしれませんね。

録音といえば、リストの時代に録音装置が発明されていれば、どんなにすばらしいことだったでしょう。もっとも、そんなことを言い出すと、ベートーベンの演奏も聞きたい、モーツアルトの演奏も聞きたいと、きりがありません。

ホロビッツは、2年後でしたか、再来日しました。ラジオだけの放送でしたが、これは評判がよかった。もっとも、衰えが感じられるのは同じでしたが、曲も得意なものばかりを集めたという感じで、安心して聞いてられる、ということもありました。ラジオで解説していた評論家も、「みんなが幸せそうな顔をして帰っていった」というように、絶賛していました。

スカルラッティのソナタをいくつか、モーツアルトのソナタ(K330)、後半はよく覚えていないのですが、スクリャービンの嬰ニ短調のエチュードが入っていたのは覚えています。ホロビッツのスカルラッティは、業界でも最高とみなされているようですね。ホロビッツが最高のピアニストとはいっても、ベートーベンだけをとりあげると、バックハウスやケンプがいる。モーツアルトだけをとり出すと、グルダがいる、という具合ですが、リスト・ショパンなどはホロビッツが最高と考えてもよいでしょう。そのホロビッツのスカルラッティ。そしてスクリャービンやラフマニノフ。もしかしたら、ラフマニノフの前奏曲のいくつかもあったかもしれません。 

そのホロビッツも、故人となってしまった今、20世紀の後期を代表するピアニストは誰でしょう。ポリーニ、アシュケナージ、アルゲリッチあたりでしょうか。彼らも既に、「巨匠」と呼ばれる年齢になってしまった。そして21世紀に入ったいま、この人たちの後をつぐピアニストっているのでしょうか。彼らのような、若いうちから世界に名を知られるピアニストは出ているのでしょうか。アシュケナージ以後の、チャイコフスキーコンクールの優勝者で、アシュケナージレベルの活躍をしている人がいるでしょうか。むしろ21世紀は、ずっと若い世代、キーシンとか、ユン・ディ・リーなどの時代になるのかもしれません。


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