■山田塾長のヨーロッパ探訪記No.2
 
  
 4日目は、有名なロマンチック街道を通りましたが、風景的には北海道の美瑛のあたりにそっくりだと思いました。アメリカの田舎から来た人たちなどがどこが当の街道なのか分からないことが多いということで、あちこちに看板が立てられていました。昼過ぎにいよいよノイシュヴァンシュタイン城に着く。狂王ルートヴィッヒとヴァーグナーの邂逅の場です。時代的にやはり新しい印象ですが、城内に人口洞窟があったり、各部屋にヴァーグナーの楽劇に登場する場面が描かれていたりして、ヴァーグナー好きにはたまりませんでした。
 その後、ヴィース巡礼教会に向かう。近くの農民が修道士から譲り受けた「鞭打たれるキリスト」の木像が涙を流すという奇蹟が起こったことから、ここが巡礼地となったそうです。これほど見事なロココ装飾ははじめて見ました。実際ヨーロッパ随一と言われており、天井画は「天から降ってきた宝石」と讃えられています。見学後、宿泊地のミュンヘン近郊に向かう。途中であの独特の形状をしたバイエルン・ミュンヘンのホーム、アリアンツ・アレーナやシリンダー型をしたBMWの本社などを見ました。

 5日目。ザルツブルグに向かう。ちょうどザルツブルグ音楽祭の時期でしたが、チケットを入手できなかったので、祝祭大劇場やモーツァルトの生家、モーツァルト像、カラヤンの家、映画サウンド・オブ・ミュージックの舞台となった場所などを見学しました。ザルツブルグは塩の砦という意味なので、みんなのおみやげに岩塩を購入しました。その後、ハルシュタットに向かう。湖面に街や山が照り映えた透きとおるように美しい湖で船に乗り、少しアルプス気分を味わいました。観光後、宿泊地のウィーンへ向かう。

 最終日はとりわけ楽しみにしていたウィーンでしたが、一日しかなかったので、必死で歩き回りました。まずシェーンブルン宮殿に行く。さすがハプスブルグ王朝の都だけあって、威容を誇っており、所蔵美術品のなかには日本の有田焼まで揃えられていました。次にヒトラーが運命の槍を手に入れた場所ということで興味のあったホフブルク宮、シュテファン大聖堂をざっと見て、市立公園に向かう。クアサロンや例のヨハン・シュトラウス像が目当てです。像は修理中のため、残念ながら代役でしたが。そしてベートーベン広場をとおって、最大の目的地の一つ、シュタイナーの出身校であるウィーン工科大学に向かう。内部を散策して、感慨に耽りました。伝統的な雰囲気と最新のテクノロジーがみごとに調和している感じを受けました。その後、カール教会を見てから、ヴァーグナー、マーラー、ブルックナーなどが常連だったカフェ・インペリアルや、コンツェルト・ハウス、楽友協会、オペラ座を見学し、カフェ・ザッハで本物のザッハトルテをゲットしました。非常に見てみたかった世界で最も美しい図書館と言われる王立図書館には、時間内についたにもかかわらず門番がもう帰りたかったのか、入れてもらえませんでした。気をとり直して、リンク・シュトラーセ沿いに、マリア・テレジア広場、名前からは想像もつかないほど芸術的な建物の国会議事堂と市庁舎の方へ回る。さらに、ウィーン大学の内部を見学する。中庭の回廊沿いには、フロイト、ドップラー、ハンスリックなどのこの大学にゆかりのある学者、芸術家の彫像、壁画がずらっと並んでいて壮観でした。仏教の瞑想をしているとおぼしき学生などもいて、懐の深い雰囲気を存分に醸しだしていました。尖塔が印象的なヴォティーフ教会まで行って引き返し、テーゼウス神殿のあるフォルクス庭園、モーツァルト像のあるブルクガルテン、ゲーテ像などを回り、途中シュタイナーの何かの催し物のポスターを見かけましたが時間がなくて入れず、夜は郊外でサロン・コンサートを鑑賞しました。それほど有名とは言えないメンバーでしたが、それだけに逆に、これほどの実力のある音楽家がいくらでもいるということに驚嘆しました。「さすがは音楽の都」と心底感じ入りました。

 早足の旅でしたが、それでも中欧の文化をかなり堪能できた旅でした。でも、もちろんできればもう一度―特にウィーンには―ゆっくり訪れてみたいと思っています。

 
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 (山田塾長)