随筆
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平成十六年四月二十日

妙な夢ばかり見ている。そのうちのひとつ。

日が暮れるので帰らなければならない。夕日が遠くの山の間に落ちかけて、赤黒くなった風景のなかを、空中歩道を走って最寄のJRまで行き、切符を買って自動改札を通ったところで、どうも引っかかるところがあるから、立ち止まってよく考えてみると、ああそうだ、JRではなくて地下鉄に乗らなければいけないのであった。地下鉄の乗り場の入り口は空中歩道から階段を下りたところにある。地下へ向かう階段には人がまばらに居て、みな冬のような格好をしており、それから、もう地下に居るはずなのに、外と同じように人も壁も赤黒く照らされているのである。階段を下りきるとすぐにホームになっており改札は無い。アルミ色の車両が這入って来たので慌てて乗り込むと、後からは誰も乗ってこないし、それに、先に乗っていた客はアメリカのスラム街にいるような体の大きな外国人たちで、車両の長いすに随分くつろいだ格好で座っているのを見て、しまった、と思ったけれど、無常にも電車は走り出すのであった。観念して、それでも目線をあわせなければ何もされないだろうと思ったから、その恐ろしい外国人達とならんで、長いすに腰をかけいると、スタジアムジャンパーを着た外国人の少年が隣に座っていて、その少年に服を脱がされた上、裸の腹の上にまたがって、もりもりと糞をするのだ。自分の腹の上に、チューブからひねり出したような糞が2つ、ころんと乗っているのを見た。少年が戸棚を開けたので、その中に、頭が下になる格好で自分から這入ったのだ。すると、戸棚の中に金属の棒切れが置いてある。その棒切れを手にとって、思い切り横に振るうと、少年の胴体が真っ二つになった。





人類最後の食卓

スーパーの倉庫で段ボールの積み下ろしをしているところに隕石やら核ミサイルやら、とにかく何か破壊的な物が色々と降って人類滅亡寸前となるわけです。どこをどう逃げ回ったのか、気が付いたら地下鉄の穴の奥で何とか生きていて、その手元にはなぜか段ボールが1箱。とっさにスーパーの倉庫から持ち出したものらしく、中身を見るとカロリーメイト(ブロック)が山ほどある。その箱を担いで、なんとか地下鉄の穴ぐらから這い出してみたら、あたりはコンクリートとアスファルトの破片が散らばった荒野と化していて、そのうえ黄色っぽいモヤが立ち込めて温泉のような臭いがしている。いったい何がどうなったのかてんで分からないが、とにかくそこにいても仕方が無いから、山ほどのカロリーメイトを担いで旅するわけです。1日にカロリーメイトを2箱食べながらどんどんどんどん歩いて、いくら歩いても荒野しかなくて、黄色いモヤはいつまでも消えず、雨は降らない。カロリーメイトをモサモサと食っては疲れるまで歩き、という日々が10日も20日も続いて、まだ底をつきそうにはないけれどイイ加減このモサモサにも飽きてくる。そして21日目に、はじめて自分以外の人間に出会います。背格好も自分に似たような男である。危害を加えてくる様子はなく、自分と同じように段ボールの箱を1つ、随分重そうに抱えている。この世界がいったいどうなってしまったのか、他に生きている者がいるのか、とにかく情報が欲しかったから近づいてみると、ぼさぼさ頭の髭面で、日本語は通じるようだけれど、言葉を発する度に酷く臭う。その男は残念ながら何も知らないらしく、デパートの倉庫で荷物の積み下ろしをしているところにドカンと来て、気が付いたら地下の駐車場でこの段ボール箱の下敷きになっていた、ドシャ、という音をたてて地面におろされた荷物の中には、鯖の水煮の缶詰が何十個もあって、それから、毎日毎日鯖ばかりを食べて放浪して来たと言うのである。鯖ばかりを食べているから、息が腐っているのでありました。それで、自分も同じような成り行きで、毎日カロリーメイトばかりを食っているよという事を話したら、どちらからともなく、だったら鯖缶とカロリーメイトとをいくつか交換しようじゃないかという話になります。さて、いよいよ20日ぶりにカロリーメイト以外の食べ物を口にすることになるわけでありますが、そのときの鯖にどれほど感動するものかを想像してみますと、案外さほどでもなく、ああ、鯖はやっぱり鯖だなあ、くらいにしか思わないような気がするのです。





不真面目な僕等

全く、あの廻転鮨屋と同じなのだ。旨くないのを知つてゐながら面白半分にやつて来て、ベルトコンベヤで流れて行く黒つぽくなつた赤身や、干物のやうに成つた海苔巻きを、順番に、突つ突いたり文句を言つてやつたりしてゐれば気は済むのである。客が不真面目なら握る方も握る方で、無残な其の鮨を引つ込めるどころか、霧吹きで水をやつて、まだ頑張れまだ頑張れと、死んだ魚に安息を与へない。詰りさう云ふ見世物であると云ふ事を、知るや知らずや。此の莫迦莫迦しい廻転見世物小屋で真剣なのは店主と、生きるか死ぬかの魚だけである。





わたくしの朝

 朝のわたくしは、家内が寝床から立ったあと2分か3分くらい、寝床のなかでじっとしているのです。家内が朝のお食事を出してくれているそのわずかな間にわたくしは、突っ突かれたいもむしのような運動をして、それで少しは背すじがすっきりいたします。それから寝床を這い出します。寝巻き用の縞縞のズボンをはいて、フリースを着ております。口をゆすいで、寝ている間にくちの中で干からびたよだれの塊のような物を吐き出します。そういたしませんと、朝のお食事をする気になりません。それに家内が、寝て起きたあとの口の中はうんこのように汚れているのですよと言って、わたくしをおどかすのです。別に寝起きにそのまま何か食べたからと言って、それで病気になるような事があるはずは無いと思いますけれど、そういうおそれが頭にありますので、口をゆすがないままでは我慢がならないのです。
 ある日、わたくしの朝のお食事は、ご飯と、納豆と、生卵と、大根を家内が浅く漬けたのと、白菜とソーセージを入れた汁でした。それらを残さずきれいにいただきまして、そうしましたら、便意をもよおしました。お便所の個室に這入りまして、うちのは洋式ですから、縞縞のズボンを半分おろして座っておりますと、お腹の腸のなかを、ぬるぬるの塊が通る感じがいたしまして、それからまもなくして、たいして息むことも無く、尻から素直に顔を出したのです。ふと、下のほうを見やりますと、縞縞のズボンの傾斜の中腹のあたりに、何やら小さな、茶色をしたものがくっついております。それは納豆のつぶでした。納豆のつぶには随分粘りがありますから、縞縞の土手を少しずつゆっくりと転がって落ちて行くのであります。その遅さといったら、心のなかで4つ数える間に、半分も回転しません。まるで、粘液で足場を安定させながらゆっくりと壁を這う虫のようであります。ところで、わたくしの尻のほうでは、相変わらず、ぬるぽとん、ぬるぽとん、と続いておりまして、身動きもままならず、こんなにも動きの遅い納豆のひとつぶを捕らえることすら出来ないのでした。納豆の落ちて行く先はもう少し距離がありましたから大丈夫だと思って見ておりましたけれど、うんこをしている人間というものは如何に無力かということを、改めて思い知ったのです。
 さて、ようやく出るものは出きりましたので、ロール紙を巻いて納豆のやつを、と思ったのですけれど、汚い尻をほんの僅かな間でもそのままにしておくのは気持ちが悪い。2度ほど拭きとりまして、だいたい落ち着いた色になったようでしたから、そのあとようやく納豆の奴を仕留めることができました。縞縞の斜面はのこり10センチほどありました。納豆を包んだロール紙は洋式の中に落としまして、それからあと何回か尻の方も拭き取りました。ズボンに納豆の粘りは殆ど残っていないようでしたけれど、わたくしのことですから、そのままにしておいたところで、どうせ後から気になって仕方がなくなるのでしょうと思いまして、家内に頼んで洗ってもらいました。





寒い3月

 消火訓練に参加した。2月の末は随分暖かくて、このあたりでは梅も咲いたというのに3月に入ったら風が冷たい。日の光はちゃんと春らしく柔らかくなってきているけれど、寒くて仕方がないから、内側に毛布の付いた重いアーミーコートに包まって、手袋もはめて、仕事場からすぐ近くにあるグラウンドに出かけた。消化訓練ということは火も使うでしょうから、火の粉が飛んできたら手袋について、そう簡単に燃え上がりはしないでしょうけれど、ナイロンの繊維は熱で溶けて肌に付くから危ないと聞いていたから、この手袋が毛糸かナイロンか知らないけれど、念のため火を使い始めたら外すことに決めた。コートのほうは頑丈で分厚いから大丈夫でしょう。
 建物のひとつも無く日がそのまま当たってグラウンドという所はいつ来ても間が抜けているように思う。背の高さもまちまちの大人達がまるで阿呆の棒杭のように突っ立って、消防隊のかたが消火器の内部の構造だとか、まずピンを抜いて、グリップを握ると粉が出てきますとか説明するのを、聞くような眺めるようなふうである。いまは家庭用にスプレー缶に入った消火剤もあって、これは場所もとらないし、粉も飛び散らないし、何より安いから是非買いなさいと消防隊のかたが熱心に勧めるのだけれど、訓練で使うのは普通の、赤くてぬうっとした消火器のほうであるから、折角訓練しても他にもっと良いものがあると言われてしまうとやる気が失せる。火事のような緊急のときには、下手に値段の安いのやコンパクトなものは力が弱くて役に立たないように思うから、やっぱり普通の赤くてぬうとしたほうのが有るのに越したことは無いと思うけれど、かといってあんな収まりの悪いものがどこのお宅にもあったらおかしいと思うから、スプレー缶の消火器もそこそこ売れるのでしょう。
 灯油に火が点くと、遠くに立っていても何となく体のおもてがじわじわと温まる気がして、消火器で消すのがもったいない感じがした。消火器を気持ちの悪いくらいにたくさん並べて、大人達が順番に消火してはまた点火、消火してはまた点火して、消火剤の白い煙がもうもうと雲を作った。消防隊の方はトーチを持って、灯油の火が消火されたらまた点火する係であるから、あの方にとっては放火訓練である。これは消火訓練であるけれど、放火魔をこらしめる訓練ではないから、だれもトーチを持った放火訓練には消火器を向けない。順番がまわってきたから消火器を握ってみたら、何度も消されてちょろちょろになった灯油の火はひと吹きで消えた。手に消化剤の白い粉が大分付いたので、目的は違ったけれど手袋を外しておいたのは賢かったと思う。消化剤などという物はめずらしいから試しに嗅いでやったら、豚の脂が乾いた匂いのような気もするし、自分の指の匂いのような気もするし、なにしろ空気が冷たいから鼻が利かないようであった。





湿布

ジジイです。肩こりがひどくなって痛くて仕方がなくなって、とうとう病院に行ったのが確か2週間ぐらいまえ。電車に乗っていてふと、いまどの駅に着いたのか分からなくなったときに、目の前には人がびっしり立って外が見えないから、後ろを振り返ろうとしたら首がそこまで回らなかった。その少しだけ回るときにも、メシ、メシとそれこそ組木の関節のような音をたてるので、すぐ隣に座っていた方はよっぽど気味が悪かったことでしょう。それから手を肩の高さより上げると、とたんに腕にものすごい疲れが来るのです。痛いというより疲れの感じです。とにかく自由が利かなくなってきて不便さを感じるようになったので、整形外科の先生に診てもらうことにしたのです。自宅から歩いて10分と少しのところにある病院が、ちょうどそういう肩こりのリハビリの設備が整っているところで、赤外線で暖めるのと低周波治療を10分ずつやって400円もかかりませんので、按摩に比べたら随分安い。それで、年寄りに混じってリハビリ治療を始めて、リハビリ治療という書き方は全くもって年寄りくさいと思うかもしれませんが、私はどちらかといえば童顔なほうですけれど、看護婦さんに呼ばれてノコノコと赤外線の装置の前まで歩き、ジンマシンが出ただの腰をやっただのと体の悪いところを自慢しあっている婆様たちと、肩を並べて背中を丸めている姿はまるっきりジジイだと思います。低周波治療機は電極が吸盤になっていて、どうも痕が残るようなのです。今まで気がつかないでいたのですが今日家内が見つけて笑われました。鏡で見た私の背中は内出血の痕が丸くボツボツと出ていてジジイの背中だと思いました。その背中に、病院から湿布を貰って、風呂から上がったときに家内に貼ってもらいます。毎朝会社に行く前には剥がすようにしていますが、忘れることもあります。





餅太り

お年始のご挨拶に伺つた先で色々の物をご馳走になつた。忘れぬやうに記録しておかうと思ふ。

一、かずのこ。黄色く光つたのが箱に詰まつて市場に並ぶのを見ると、年の暮れだと感じる。家内の実家にご挨拶に伺つたら、奥さんが晩のお膳に出して下さつた。出して下さつたのには理由があつて、去年の暮、奥さんから家内に電話があつたときに、かずのこを食べたがつてゐるやうだと言はせたのである。食べたいのなら買つてお食べなさいと思はれるかもしれないけれど、うちでは家内は嫌つてゐるので、買はないのである。味は好きでも嫌ひでもないけれど、粒々が口の中にいつまでも残るのが面倒臭いから、食べるだけ損だと言ふ。そのうゑ、家内のお父さんも奥さんも同じやうに思つてゐるのである。かくして、ご挨拶に伺つた日、かずのこ二本のお皿は目の前の一番近くに置かれた。

二、酢だこ。かずのこと同様、見るとお正月だと思ふ。物心ついた時から、お正月に鹿角に行くと食紅で真赤に色付けをした酢だこの輪切りがお皿の上に並んで、紅が付くのは外側だけだから内側は白いままで丁度紅白になる。鹿角は母の実家である。お正月の食べ物の中でも酢だこは特に、お食事の席がお目出度い感じになる。鹿角では、お正月は必ずかずのこと酢だこ、それから大晦日になまこの酢のものを食べるのも、決まりごとのやうである。海が無いから、暮や三が日には海のものを食べるのかもしれない。かずのこも酢だこも、味は好きであるけれど一年じゅう食べたいとは思はない。お正月の他で食べるとしたら、かずのこはあまり黄色くない物なら食べるかもしれない。酢だこだつて紅を入れてゐないのが食べたいと思ふだらう。無闇にお目出度いやうにされたつて普段の気分の時には、馬鹿馬鹿しいとか煩く感じるだけである。お正月だからと云つて、少しばかり馬鹿なことをやつたり派手にする分には構はぬし、嫌いでない。

三、羊羹。元元は羊の肉を入れた吸ひ物の意味なのださうである。ここで書かうとしてゐるのは普通の、小豆を練つてぎゅうぎゅうに詰めたやうな甘いあれの事であるけれど、ぎゅうぎゅうには詰まつてゐなくて、むしろほろほろと舌の上でくずれていくやうであつた。綾子さんの実家は栃木県の今市から自動車に乗つて、川や丘をぐねぐねと幾つも越えた先の、大層のどかな農村であつて、地名は狐川と云ふ。辿り着くまでの風景は、山と川の他には田んぼばかりであつて、あぜ道に柱を何本も立てた上に水路が渡してあつたり、家内のお父さんの通つてゐた小学校だつた所が農協になつてしまつたりしてゐた。日が傾き始めた頃にようやく着いたら、古い立派な日本家屋であつた。玄関近くの壁に「よしだぶるよし」と落書きがしてあつた。ぶるよし君がやつたのかどうかは知らない。上がらせていただいて、お年始のご挨拶をしたら、麦酒と、きんぴらや伊達巻きと一緒に羊羹を出して下さつた。塩辛いご飯のおかずのやうなものと甘い物を混ぜこぜにいただくのは好きでないのだけれど、食べてみるとその羊羹が、ほろほろと軽くて、舌の上を小豆の粒粒が流れて行くやうなのである。軟らかくて大変おいしいのでかなり食つた。羊羹を食べながら麦酒を飲んだ。旨い云つてと褒めたらお土産に大きな塊を下さつて、大変嬉しかつたけれど、二日後に電車を乗り継いでお家に帰る予定だつたから、それまでにくずることが心配で仕方がなく、帰りの自動車でもトランクでなくて人が乗る座席に載せて運んだし、帰りの電車では他の色色のお土産と別にして、家内の手提げに入れさせた。

四、伊達巻き。特別に好かれも嫌はれもしない食べ物としては無双だと思はれる。こんなことを云つては伊達巻きに失礼だけれど全然興味の無い食品である。魚肉を玉子に似せる意味も分からない。玉子が手に入り難い漁師さんが発明したか、もしくは玉子を食べたことのない子供を騙す為の物かも知れない。とにかく食べる分には興味が無い。食べても食べなくても困らない。お年始のご挨拶に伺つた先でよく出されたので一切れ二切れ口に入れてみたけれど、後からこれこれかう云ふ味だつたと説明のつく代物ではない。甘かつたやうな気はする。家内はおせち料理があまり好きでないけれど伊達巻きは特別に憎んでゐらつしゃる。玉子が好きで魚肉の練り物が嫌いだから、外見に騙されて食べてしまふと、地獄に突き落とされたかと云ふ位に落胆するさうである。





(´暮`)

今年は結婚したし、引越しもしたし(家具も家電も殆ど買った)、お仕事も真面目にやっていたのでそれこそ山のようにやることがあったけれど、それにしては例年になく、この年越しの数日前に至っては既に色々の事が大分片付いて、落ち着いている。結婚式も二十一日に無事終わって、あちこち電話して手配する事もゝう必要無く、クリスマスにはお仕事の帰りにケレベラの小さな鉢植えを買って、低い木目のテーブルに、マテ壺と並べて飾った。テーブルは今年の秋頃に古道具屋で見つけた、西洋の古い家具か何かの部材からテーブルに作り替えた物で、そこにマテ壺やらケレベラやら載せて並べると、行ったことは無いがバリ島のホテルのデコレーションみたいである。そのテーブルのある部屋(その部屋は引越しのあと随分長いこと段ボール箱の要塞のようになっていたが気合で片付けた。家内が。)で、花もリボンも無いクリスマスではあったけれどシャンパンと、モロゾフの白い小さなケーキと、七面鳥はお値段がするから鶏を丸ごと焼いたのを買ってお祝いした。今年は忘年会もないし、これからお正月まで落ち着いて過ごせる見通しがついたことは、本当に嬉しい。

引っ越してからゴキブリは出ていない(前に住んでいた所では出ていた)が、先日は蝿が入った。お昼過ぎだったか、家内からメールがあって、夜になって帰るとまだ飛んでいた。蝿をとるスプレーは無かったけれど前にゴキブリに使っていた物があったので、それをひっかけてやったら、ほんの少しかゝっただけで狂ったように暴れだし、ものすごい勢いで壁や天井に当たるのでおそろしかったけれど、そのうちに落ちて、動かなくなった。ゴキブリにはこのスプレーを沢山ひっかけたものだけれど、蝿にはほんの僅かで効いたから、つまりこのスプレーはよっぽど強力で、ゴキブリはそれだけ強いということなのだろう。蝿をセスナ飛行機に例えると、ゴキブリは分厚い鋼鉄の装甲車(それも恐ろしく車高の低い)ということになるだろう。それにしても、蝿でメールが来る位だから、ゴキブリでも出たら家内は会社まで走って来るかもしれない。そうならないように、まずは食べ物をなるべく床にこぼさぬようにしようと思う。

厚木に洋風の飲み屋があり、そのお店をどうして知ってのか忘れたけれど、会社で働くようになってからこっち、気が向くと通っている。仰々しい鉄の門で、広くて、古い西洋のポスターと、形も大きさもばらばらのシャンデリヤと、2階席と、お店の中には、古い自動車とグランドピアノが置いてある。自動車は置いてあるだけであるがグランドピアノは、バンドが他の楽器も持ち込んで演奏するので、その目の前のカウンターが空いていればそこに座る。家内とも結婚する前に何度か行っており、気に入っているらしく、そのお店の外の壁に二頭身でずんぐりと描かれたマッカーサー陸軍元帥の姿がタモリに似ていると言って、タモさんの店だと言う。今日は仕事納めなので勤労感謝の杯を(自分に)上げようと思っているけれど、そういえばタモさんの店にも最近は行っていなかった。





プレゼント

クリスマスは良い子が物を貰えるのである。良い子悪い子普通の子という慣用句があるが、悪い子が犯罪者のことを指すと考えれば、残りは良い子と普通の子であって、普通の子だって犯罪をおかしているわけではないから、クリスマスという行事がある程度寛容であればきっと物は貰えるであろう。犯罪をおかしてバレていない人も、バレていないのだから物は貰えると思う。つまり塀の外の懲りてる面々はもれなく物が貰える立場にあるといえる。

物をくれるのはサンタクロースというお年寄りで、世の中に何人か居るらしい。サンタクロースの免許というものがあり、煙突によじのぼったり、50メートルを早く走るなどの能力がないと免許はとれないと聞いている。それから、人にあげる物をたくさん買うのだから経済的に余裕がないとやっていけないだろう。それから、貰う側も、くれる人の負担というものを考えなければいけない。それぞれのサンタクロースの経済的余裕にもよると思うが、だいたい1万円を越すようなものを欲しがるような人は、社会性が無い奴だと言われても仕方が無いように思う。

さて、だいたいにして1万円以内で欲しいものなんか簡単には思いつかないわけで、これが真剣に困っている。ここまでに書いた前置きは冗談ですが、どうも個人的に物をもらえるようなので、欲しいものをがんばって考えている。まずいちばん欲しいのは2億円であり、サラリーマンは一生で2億から3億円稼ぐのだと聞いたので、それだけあれば働かないですむから欲しいのであるが、しかしこれはどう考えても1万円以上する(小咄かよ)。次に欲しいのは時間だが、例えばサンタクロースがかわりに働いてくれればそのぶん時間を貰ったことにはなるが、そうすると他の良い子に物をくばる時間がなくなるだろうし、それを度外視したとしても、時間を貰って喜んでいるとき、あげた本人は働いているわけだから、喜んでいるところを見られない。これでは、貰う側も、貰い甲斐というものが無い。

小銭入れに穴が開いていたけれどこの間新しいのを貰ったし、手袋が欲しかったけれどそれも買ってしまった。靴に穴があいているけれど、もう暫くはもちそうである。もう暫くしたら穴が貫通してかかとを擦るかもしれないが、クリスマスはもう来週なので、それまでにはよっぽど歩き回らないと穴は貫通しない。それに穴のあいていない靴も持っている。靴箱が今ちょうどいっぱいだから、ここにもう1つ来ると収まりが悪いのである。さて困った、思いつかぬ。マッサージや温泉のチケットのようなものを考えたが、これは使う時間は自分で作らないといけないので、かえって大変である。時間を作るのに疲れて、その疲れをマッサージでとるだけのような気がする。こういう行為はエントロピーの増大をまねくと学校で教わった気がする。いや多分違う。

うんうん唸っていたら、ふとロブスターが頭に浮かんだ。ロブスターなら食べたい。しかしよく考えたら、例えば夜貰ったら夕ご飯の後だから食べたくないし、朝食がロブスターというのも、どうかしていると思う。靴下にロブスターが入っていたら面白いでしょうが食べる気はおきないでしょう。というか食べ物はなんとなくだめな気がする。それから現金とか金券とか、そういうものは、ここで言っている物を貰う行為からはズレている気がする。例えば、なにか足りなくて困っている物があればそれが一番であろう。では何が足りないかというと、第一、いまこうして特に不自由も無く生活できているのだから、そこにむかって足りないものを挙げろと言われたって何も出やしないのである。だからやっぱり趣味のもの、集めているものでもあれば簡単なのだが、まったく無趣味なので困った。普段から土いじりでもしておけば良かった。しかしうちには庭が無い。そうだ庭が欲しい、と一瞬思ったが、庭があるとやぶ蚊が出そうなのでやめる。

結局思いつかない。明日も考える。





神経の弦、自転車

か、か、といふ音を聞いた。耳の中がどうにかなつてゐるのか、それはどういふはづみで鳴り出すのか知れないけれど、奥の方から、か、か、と音が鳴ることがある。何か糸のやうな、骨のやうな、それとも神経かもしれない耳の奥の細い部品が、肉の盛り上がつた所に引つ掛かつてゐるやうな感覚であり、こめかみの辺りを頭の中の空気で圧すやうにしてやると、任意に鳴らせるやうである。自分でしか聞かれない音と思ふ。一度鳴り出すと暫く続いて、指でほじくろうが、棒を突つ込まうが、どうやつて止めやうとしても止まらぬのに、忘れてしまへば気付かぬうちに止んでゐる。

しかし今朝聞いた、か、か、といふ音はそれではなくて、毎朝通る国道の歩道を歩いてゐたら後ろの方から、か、か、と鳴る。自転車のベルの調子の悪くなつたのを、がんばつて鳴らさうとしてゐる音であつた。歩道は十分に幅があるのに、無闇にちりんちりんと鳴らすおばさんは時時見かけるけれど、そういうおばさんはベルをもつて人様をどかさうとするのでなく自転車の練習をよくして自分が避ける事こそ然るべきだと思はれるが、百歩譲つてそれは仕方が無いにしても、その肝心のベルさへ鳴らぬとくれば、危なつかしくて仕様が無い。

さういへば小学生くらいの頃に自転車のベルが駄目になつた事があつた。ベルを使ふことなんて殆ど無かつたから放つておいたのだけれど、ある時、何を急いだのかよく思ひ出せないけれど、兎に角何か急いで自転車を回してゐるところに、前方に横一列におばさんが立ち塞がつて、ベルを鳴らしてやらうと思つた時に、壊れてゐることに気が付いた。それで咄嗟に、自分のくちで、ちりんちりんと云つたのである。云つたすぐ後に、自分は何て恥づかしい事をしたのだらうと思つて、おばさんが退いたその道を、それまで以上に急いで走つて行つたのである。





アルカリの温泉

またロテン・ガーデンに行ってきた。2回目。このまえは電車を乗り継いでバスにも乗って、バス停からは坂道をヒーコラ言いながら上ってやっと辿り着いたから、良い所に行くにはそれなりに苦労もあるのでしょうと、大浴場の外のロビーのようなところで生ビールを飲みながらひとり納得したものだけれど、こんどは、フォルクスワーゲンの赤い車に乗せて貰って、国道16号線をスルスルと抜けたらもう着いたので、やっぱり簡単に着くならそれに越したことはないと思う。ちなみにこの赤い車のことは吉田と呼んでいる。

入るのに1000円もかかるのはこのような相場からすると少々高いような気もするけれど、靴箱は無料であって、そしてここの良いところは、靴箱の鍵を受付の方に渡すと風呂場のロッカーの鍵が無料で借りられるのである。すなわち風呂場に入る全員にロッカーがあてがわれるので安心できるし、掃除も行き届いていて清潔な感じがするので、そういう色々の維持のためにお金がかかっていることを考えれば、1000円だしてやろうという気になる。実際、2回も来たのだから、1000円出しても良いと思うくらいには気に入っているのである。

大浴場が洋風と和風の2つあって、日によって男湯と女湯とに交互にあてられるようである。今回は洋風で前回とは違うと思ったから前回は和風だったということになるが、違うことは確かに違うけれど洋風と和風の別かと言われれば、そう言ってもらわないと分からない程度である。温泉から湧いているのはヨーチンを流したような赤茶色のお湯であって、入ると肌がいつまでもぬるぬるしている。アルカリの温泉のようだから肌が少しずつ溶け出しているものと思われる。特にちんぽの先の方は何か細胞が溶け出しているのが分かる位にぬるぬるがいくらでも溶け出すので、いつか動脈のところまで溶けてしまいそうでおそろしいから触るのをやめる。

ロテン・ガーデンというくらいだから露天風呂もある。広い。湯が屋内の風呂より熱い。隅っこのほうには狭い風呂場があってハーブの香りがするお湯だと書いてあり、そこがたいそう人気があって人がぎっしり詰まっている。どうしてそんなせまい所に人がたまるのか不思議だと思って、そんなにハーブが良い香りなのかしら、と思って見ていたら1人出たので入ってみたら、ぬるい。考えるに、格好つけて熱い温泉に入りに来るけれど、みんな本当は熱いお湯は小さい頃から苦手だから、ぬるいところに入りたがるのであろう。いかにも私は大人だというような誇らしげな裸をしているくせに、熱いお湯が苦手なのでは全然だめだし、フェロモンも感ぜられない。図書館のはんこが押してある本を風呂場に持ち込んで、足だけ湯につけてずっと読んでいるじい様が居たが、図書館からしたら本が塩っぽくなるから迷惑であろうがフェロモンは感ぜられる。

塩サウナの部屋もある。陶器の入れ物に塩が山盛り入って、こった所にすりこんでから座っていると血のめぐりが良くなって調子が良くなると説明書きがあり、おじさんたちが肩やら腰やら足やら腹やら、塩をじょりじょりやっていて、じょりじょりという音を聞きながら座っている部屋である。じょりじょりしている所を見られることは、自分の弱点は肩こりだとか、そういうことをひとに知られる事になるから、立派な肉体の若い方は塩をつけないか、こっそり撫でる様に塗るくらいで、はいはい私はこの通り何処もかしこもごりごりの、鍬を持つ手も肩より上がらんというような、いわば私のような、肉体的に負け組みの仲間たちは、じょりじょりじょりじょり、言葉は交わさないけれどそういう仲間たちは、もう仕方がないのだから何でも許しあえる。ような気がする。変な密室である。





グラディウス

電車の中で読む本が無くなった。次に読む本がすぐに思い付かないので、今度は久しぶりにゲームボーイをやってみようかと思っている。ゲームボーイのカセットはメトロイドとポケットモンスターをやってみたけれど難しくて疲れたので、それ以来何ヶ月か放ってある。せっかくやる気が起きたのだから、疲れてやる気が失せないように今度は難しくないのを選ぼうと思っている。

大体、難しいゲームは駄目である。トランプにしたって、神経衰弱はカードを全部ならべてしまうので、ごちゃごちゃして難しい。ページワンか婆抜きが簡単である。東北の親戚のお家に遊びに行ったら、アメリカンページワンというのをやらされたけれど、何がアメリカンなのか知れないがルールが複雑で分からないので、だだをこねて止めてもらった。ゲームボーイのカセットも婆抜きのように簡単なのが良いけれど、カセットは三千円も四千円もするから、例えば自動的に婆抜きの相手をしてくれる装置が三千円だとしたら、それは少しばかりお値段がすると思うかもしれないが、ひょっとしたら買うかもしれない。

人が難しいゲームをやるのを見るのは大好きである。小学生のとき真冬に雪の中を1時間も歩いて友達のお家に行き、お友達がファザナドゥというゲームをやるのを後ろで見ていたら、外はそのうちに吹雪になってしまって、真っ暗になって、帰られなくなってしまった。そのときはそこの家で夕ご飯をごちそうになって、そのあとどうやって帰ったのかあまり覚えがないけれど、自動車に乗せてもらったような気もする。

雪が深く積もるところに住んでいる方はゲームの類が上手だと思っている。雪に閉ざされて外に出られなくなると、毎日オセロや将棋をして暮らしているのだと想像する。実際、オセロや将棋で、そういう雪の深い所の人に勝ったことがないのであるが、それ以前にどこに住んでいる人にも殆ど勝てないので証拠にならないかもしれないけれど、雪の積もらない所に住む方に負けるのと、雪の深い所に住むかたに負けるのとでは、例えば100メートル走で陸上の選手に負けるのと、ランボルギーニ・カウンタックに負けるのと、そんなような差があるように思う。オセロでは全部黒にされたこともある。 ファミリーコンピュータのグラディウスというカセットは、飛行機が飛んでいって火山のところで死ぬものだと思っていたところに、雪の深い所から来た人にやらせたら、火山のところは越えて、モアイが居る所も飛び越して、1時間でも続くので感心した。それから、やっぱり雪の深い所に居る親戚の靴くんの、ハイドライド3というカセットをやる所を見させてもらったら、宇宙を旅して面白そうだったから、何年かあとで後でこっそり買ってやってみたのだけれど、宇宙どころか、出発地点の町から少しのところで主人公の男の子が腹が減ったとかで動かないので、やめた。こういう時にやめないで頑張るちからが、雪の深い所の人は違うのであろう。

人のゲームを後ろから眺める機会は、会社に入ってからは随分と減ってしまった。何年か前に会社のお友達に、バイオハザードというゲームが怖いから後ろで見ていてくれと頼まれた。ゲームを後ろで見ていて人の役に立ったのは、後にも先にもこれっきりである。





午後の胞子

携帯電話に入った家内からのメールは、コーヒーメーカの上蓋の中に発生したカビと、それを見てしまった家内の悲鳴であった。コーヒーメーカを使った後フィルタを片付けるのを忘れてしまうと、コーヒーの出涸らしは湿ってやわらかいし、蓋がされて邪魔者がないから、黴は思う存分、あの気味の悪い白いほわほわを伸ばすのである。白いほわほわの中心には、たん壺から汲み出した何かのようなどろりと濃いものがあって、そういうのを見ただけで私は、背中の皮を冷たい手でぐいと引っ張られたような気持ちになる。今年の夏に今の住まいに越してきたとき、今度はなるべく清潔にして物に黴を生やすような事はするまいと心に誓って、食べ物をほっぽらかしたりしないように気を付けてきたのに、秋に入り涼しくなったところで油断した。あー。自戒の念を込めて、黴のことを書こうと思う。

ピクルスは好きだが一度に多く食べないので、瓶の中に酢汁とちぢんだ胡瓜が一本だけ入ったままで放って忘れていたら、酢汁の表面に薄氷が張ったように白く黴が生えた。東北の実家に居た頃は、黴ではなくて本当に薄氷が張ったものである。冬のいつだったか、飲みかけのお茶を窓の縁のところに置きっぱなしで眠ったら、朝には薄氷が張っていたから、零度よりも寒いお部屋で住んでいた事になるが、しかし当時はそれでも何ともなかった。吹雪の夜にバス停で体中に雪を積もらせて30分も待っていても平気だったから、あのまま東北で暮らして居ればもっと強い大人に育ったかもしれない。 それはさておき、東北の実家の部屋は大変散らかっていて、自分ではそれほど凄いとは思わなかったけれど、少なくとも床の畳は見えなかった。お友達がやってくるときには物を端のほうによせて何とか居る場所を作るのだけれど、こんなに凄い部屋は今までに見たことがないと驚かれた。それから、布団に寝転がったときに手に届く範囲に何でも揃っていて大変便利そうだと褒められた。そんなことは考えてもみなかったけれど、なるほどそう言われればそうだと思い、折角便利なのだからそのまんまの状態で実家を出るまで住まったけれど、黴が生えたことは無かった。

いまの会社に入ってから何回か住まいを変えて、今の前の前に小田急線の線路の目の前に住んだとき、たしか5月か6月頃、赤いネットに三つ入った夏みかんを買って、二つまで食べて、あとはそのうちにと思って部屋の隅っこに転がしておいた。見た目に全然おかしくもならないものだから、夏みかんは酸っぱいからそう簡単に悪くはならないものなのだろうと解釈して、どのくらい放っておいたのか記憶が定かでないけれど、ある時、その住まいに消防安全の見回りが来ることになって、例によって部屋が酷かったから片付けはじめたら、夏みかんの、ちょうど死角になっていた辺りが真っ黒に溶けて、そのぐずぐずの泥沼を囲うようにして、綿菓子の半分溶けたようなのがびっしりと付いているのを見たとき、それまで本格的に物を黴させたことが無かったから、血の気が引いて卒倒しそうになった。 今までに卒倒しそうになったのは、むかでが首に巻きついたときと、ごきぶりがオーブントースターの中に入っていた時と、それから先の夏みかんのときであるが、本当に卒倒したことはまだ無い。病気で血圧が下がって卒倒したことは何度かあるけれどそれはまた別の計算である。

今の前の住まいでは、自炊をしたから食べ物をよく置いていたし、そもそも黴の混じったような匂いのある部屋だったから、コーヒーのフィルタ、ヨーグルト、餅、スプーン、ラーメンの汁など、実にいろいろ黴させて、文字通り色々の黴を見て大分慣れたものだけれど、冷蔵庫をまるごと黴させたことがあって、あのときは本当に震えた。去年の秋の初めの頃である。冷蔵庫の霜取りをしていて、どこか悪いところに穴をあけてしまったらしく全然冷えなくなり、冷蔵庫には冷やさなければいけないものが随分とあったから、腐るようなものを捨てたりお酒はよけておいたり片付けはじめた。片付けていたら夜になって、疲れたのでまだ少し残っていたけれどそのままにして就寝した。それから朝になって、仕事に行って、夜になって寝てを何回か繰り返して、1週間もたった頃には、恐ろしくて、もう冷蔵庫は開けられないのだった。記憶の糸を厭々ながらたどって見ると、マーガリンが残っていたような、味噌が残っていたようなそんな気がする。 冷蔵庫がないとお酒も冷えないし本当に色々と困るから、新しい冷蔵庫を買って、そうしたら電気屋さんに古い冷蔵庫は引き取っていただけることになって、それで意を決して、開けてみることにした。そうしたら、どこからわいたのか水浸しになっていて、それも、黴の粘液というのか、なにかねばねばした汚いものが中の棚や上のほうから垂れており、下のほうは水溜りになってその中に黒くて丸い黴の塊が群生しており、壁には魚の目のような黴がてらてらと光っていて、マーガリンは一見なんともないように見えるが、僅かに開いた蓋の縁のところが真っ黒になっていて、開けて見る気など毛頭ない。一番凄いのは味噌で、何か丁度良い苗床になったようで、白い黴の糸が芝生くらいの高さに成長して、プラスチックの容器がへんな形に曲がっていた。覚悟はしていたけれど、手の震えがとまらなくて、多分そのときは茫然自失、ぼらが凍ったような顔をしていたと想像するが、がくがく震えながらマーガリンと味噌はなんとか取り出して、ちり紙で中を拭き始めたけれど、ろっこつがむず痒くなってきたので、やめた。扉をガムテープで封印して、電気屋さんにはそのまま持って行ってもらったのである。

ああ気持ちが悪い。電気屋さんにも悪かった、知らぬが仏であろうか。こんなことを今更書きたくは無かったけれど、もう二度とああいう目に遭わぬように、自分を脅かしておくのである。





蟹の整形

脳みそが足りない分、頭の頂から後頭部にかけてすとんと真直ぐなフォルムをしている。そのおかげで学生の頃は、床屋さんは随分と選んでは見たけれど、いくらどうやっても平家蟹のような頭にされてしまうものだから、女の子にはさっぱりもてなかった。その当時の不良のようなお友達は美容院でやってもらっていると言い、美容院などという所は女の行く所だと思っていたから不良の連中はおかしなことをするものだと思ったものだけれど、確かにテレビのタレントのような格好の良い頭をしていたし、それで女の子にもてていたので、街で美容院を見かけると気になって、少しゆっくり歩きながら中の様子やお値段を確認していた。しかしそうしてみるとやっぱり、お客さんはおばさんばかりだったし、それに随分とお値段もする。不良のお友達はどこか特別な、不良の溜まり場のようなストリートのやくざのような親父がやっている美容院で、こっそり頭を作っているのではないかと想像したものである。実際、そういうストリートではないけれど不良が行くようなお店はあって、例えば不良のお友達に連れて行ってもらったジョニーなんたらというお店には、 丈のみじかい学生服や、バナナズボンや、制服の埃をおとすブラシに虎の絵が刻まれたのとか、そんなものが陳列されて、スカートの丈を短くするサービスもやっており、こういう不良の場所は本当に在るのだなと感心したものである。

話が逸れた。とにかく学生の頃は、美容院に行こうと思っても何かためらわれるところがあったし、お値段もしたし、それから、もてようにも女の子の知り合いが殆どいなかったから、安い床屋さんに通って、平家蟹のような頭をごまかしごまかし、やり過ごした。会社に勤めるようになって少しばかりお金を使えるようになり、今度こそ、会社の女の子にもててやろうと思って、奮起した。その頃の住まいから電車でひとつ行った所の駅から少し歩いた鮨屋の2階にある、こぢんまりとした美容院に、思い切って入ったものである。そうしたら、頭の形が大分カムフラージュ出来たようで、あまり目の良くない女の子にはもてることもあるようになったから、散髪料の5千円は床屋さんのほとんど倍であったけれど、損をしたという気持ちは無かった。頭の形のまずいのを髪の毛でもってカムフラージュするための技術料であろうし、病院のように痛くされるわけでもなく、それどころか、あの仰向けに寝かされて人にシャンプーをしてもらうのは大層気持ち良いもので、シャンプーのときは葬式のように顔に布切れをあてられるのだけれど、その下で大抵眠っている。 女の行く所という先入観もあってか、何となく清潔な感じもするし、美容院に行くことを気に入ってまま今まで来ている。

美容院へ行くことは好きだけれど、髪は切れば減るし、なにしろお値段がするから、しょっちゅうは行かれない。幸か不幸かお仕事もそこそこに忙しいし、好きだとは言え折角の休日を半分も持っていかれるのは面白くないから、鏡を見て、ああこれでは幾らなんでも顔をあわせて下さる方に失礼だと思えば行くようにしている。そうしていると自然に2、3か月に一度のペースになるようである。髪がわんさか伸びて酷くなってから沢山切って貰った方が、自分がやるわけではないけれどやりがいがあるし、美容院に行く日の朝はわざと寝起きの頭で出かけて、やる前と後の差がなるべく大きければ大きいほど清清しい。美容院の方がそれをどう思うかは知れない。

パーマをあてるようになったら、そのときの薬液と同じ匂いがするから、パーマをあてた人を見分けられるようになった。その匂いは結構強いもので、例えば通りを歩いているときに、あ、いますれ違った人はパーマをあてたばかりだというくらいに分かる。限られた人だけの秘密を知ったようでうれしい。香水をつける人がその匂いを嗅ぎわけるのに似たような事と思う。パーマをあてたのですね、などとさりげなく挨拶するのは、でもやっぱり馬鹿がひとつ覚えを得意げに吹聴して歩くようなみっともない行為のような気もするけれど、やめられなくて、だいたいそういういやらしい事を言うこと自体が好きなようである。歌手の島谷ひとみさんは床屋や美容室で髪を切ったことが無いとテレビの番組で言われた、そういう方が近くで聞き耳を立てていらっしゃれば、もっと良い。





歯の詰め物のはなし

右の下側の奥歯の詰め物がまた外れてしまつた。正月に外れたのと同じ所であるから、どうかして詰め物の金属と歯の形が合わなくなつてゐるのだらう。

外れたのは昨夜である。家内の昔の上司が相模原に出張していらしたので、うちから近いから、夕食の席に座らせていただいた。たしか生がきを食べたときに外れたやうに思ふ。なにか硬いものを噛んで、かきの殻が口に這入つたと思ひ取り出してみたら歯の詰め物の金属だつた、というような事があつたやうな気がするけれど、何しろたくさん飲んだし、げろげろやつて、三人仲良く二日酔いになつた位だから、記憶があんまり確かでない。 今朝起きたら財布の中に紙ナプキンの小さく折つたのが挟んであるのを見つけた。広げてみたら金属片が出て来た。

此のごろは作為的にげろげろやる知恵をつけた。体が食べ物をうんこにする能力には限界があるから、お酒が過ぎて口から入れ過ぎたと思つたら、うんこに成るのを待つよりも口から戻すのが手つ取り早い。 しかもさうした方が次の日の調子が良いところを見ると、人間の体と云ふものはどんどん食べて飲み続けると、始めは調子よく栄養を吸収していくのだけれど、ある限度を超えると食べた物をうんこに変へるところで却つて消耗してしまふものらしい。不甲斐のないことである。基本的に食べたものを戻すのは栄養が勿体無いと思つて暮らしてゐるのだけれど、次の日に朝から動いて働くやうな場合は、止むを得ないと思ふ。

はなしが下のはうに逸れた。詰め物が外れたのは、六年前にも一度外れた所である。それが今年の正月に外れて、昨夜また外れたから、此れはもう作り直すほか無いと覚悟を決めて歯医者さんに行つたら、 案の状さうなつた。詰め物の外れたあたりに麻酔針をうたれて、あのドリルでぎんぎんやられて、それから型をとられた。金属の詰め物が出来るまでに一週間かかると云はれたから、来週もう一回である。穴ぼこの開いたままでは落ち着かないから、パテのやうなのを詰めて貰つた。詰めるときにセメダインを濃くしたやうな厭なにほひがしたけれど我慢した。これで来週まで持ちこたへないといけないから、餅は食はないやうにと云はれた。

書いてみたら歯の詰め物のはなしは大して面白くもない。げろとうんこのはなしのはうが盛り上がつたやうに思ふ。





やけくそ

最初に「屁をこいた奴は誰だ」と言い出した奴が犯人である、と云う理論を流布させる事はつまり、「屁をこいた奴は誰だ」と言い出すのを抑止することが目的だと考えられるから、つまりどういう事かと云うと、気持ち良く屁をすかしたいが為に考えた屁理屈である。





煮えるので駄目

人間に比べて動物は、特に四足のひづめが三つか四つしか無いやうな連中は、鼻の孔をほじられないから、鼻くそが地層のやうに厚く堆積してゐるかもしれない。しかしそんなはずは無い。これについては明日続きを書かうと思ふ。

続きを書く。体の調子がおかしくなると病院に行くのは人間だけであるが、猿や兎だつて温泉には這入るし、象の墓場といふ話もあるから、動物の社会にも病院に近いやうなことがあるのです。しからば、鼻孔に積もつた鼻くそだつてどうにかしてゐるに違ひない。

はじめ、例へば耳掻きのやうに、何か自然にある形の丁度良い物を使つてゐるのだらうと考へた。秋田県の乳頭山は頂が引つかかゝりのある形をしてゐるから、大きな猪があすこで鼻をごりごりやつてゐるかもしれない。しかしよく考へてみるとあのへんは岩場だから、いくら野生のけだものが丈夫だからと云つても、鼻孔の粘膜は鍛へようが無いから弱いだらう。鼻孔を岩なんかで引つ掻いたら流血は免れぬだらうから、このアイデアはをかしいと思ふ。

間欠泉で鼻くそを全部吹つ飛ばす事も考へた。いつだつたか、十年以上も前に鼻詰まりで耳鼻科のお医者さんにかゝつた事がある。そのとき、先づ片方の鼻孔に金属の筒を突つ込まれて、もう片方の下で洗面器を持つて待ち構へてゐるところに、金属の筒からぬるま湯を流された。ふたつある鼻孔が奥のはうでつながつてゐるものだから、鼻くそも鼻水も全部押し流されて、洗面器の中に出たのである。あの時の鼻の孔のすつきりとした感じと云つたら無かつた。あれをひぐまか何かが間欠泉を使つてやる事を考へたのだけれど、何しろ間欠泉と云ふものは熱湯よりも熱いらしいから、鼻が煮える。このアイデアも駄目である。小便はぬるま湯だけれど、人間の見てゐないところで動物たちがそんなに仲良くやつてゐるとも考へ難い。





白粥

寒がりだから、秋になって寒くなるのは有り難くない。四季があり景色の変化があるのが日本の良いところだと仰るけれど、それは年がら年中ぼんやりと景色を眺めていられる人は変化がないとつまらないだろうが、朝から晩まで殆ど建物の中で過ごす者にとっては、時々お出かけするときに立ち木が緑だろうが赤だろうが白だろうが、どうだってそれなりに楽しめると考えると、あとは暑いか寒いかぬるいかの違いだけであるから、やっぱり秋になって寒くなるのは困る一方である。

しかし一年中ぬるい気候のところに引っ越す余裕は無いから、今の場所にいて寒い間困ってばかり居るのも損な気がする。「御馳走帖」の著者である内田百關謳カは、麦酒は寒くなると味が締まっておいしいと書かれており、寒がりなので寒いときの麦酒は小便が近くって得意ではないけれど、味が締まるというのは、白菜やお魚の味もそうなる気がする。寒くなると体が脂肪をつけようとして食べ物をおいしく思わせるのかもしれないけれど、この頃やっとぜい肉が落ちてきたところだからまた太るわけにはいかないが、寒くなると食べ物がおいしい事は確かである。寒くなると流行る鍋物は、折角寒さで身が締まっても煮てしまってはおんなじだとお思いかもしれないが、身の締まった白菜や大根や鱈が煮えた汁の中でこらえてからうまいのであって、夏のでろんと怠けた瓜や茄子なんかをぐつぐつやっても味がのっぺりとして良くないのである。夏野菜は井戸水で冷やしてやるとおいしいでしょう。

それから空気も透き通っておいしい。暑いと空気がゆるくなって冷めた白粥のような味がする。寒くなると味が締まるのは食べ物も空気も同じようである。軽井沢に行って空気がうまいと感ずるのはきっと寒さのせいもあるのでしょう。





中秋

夜の八時半頃、八王子の方の空に毛糸のような稲妻がおそろしく降って、それから救急車やパトカーをいちどきに何台も見たので、おそろしかった。今夜は満月だから、人も車も自転車もわけのわからない方向にながれて行って、とても危なかったけれど、何事も無く帰って来られたので良かった。それで安心してから空を見たら、満月の月は青白くって、とても奇麗だった。





ベルト

この頃、頭の悪さに磨きがかかつたやうで、腰のベルトを忘れてしまふ。ズボンが下がる分には、尻が大きいのでストンと落ちてしまふ事もないし、せいぜい股上がへんな所に来ていつもより胴長短足に見られるくらゐだから、そんな事は大したことはないのだけれど、どう云ふわけかヂツパーまで下がつてしまふのは大変困る。先日ベルトを忘れて会社に出かけたときに、Y本課長と部下のH田君O野君と四人で怠けてゐたら、だしぬけにY本課長が満面の笑みを浮かべて、ヂツパーを下げるのは最近の流行りかと云ふ。H田君のヂツパーは下りてゐないし、O野君の股間もちやんとして居るから、あれと思つたら、自分のが下りてゐたので赤面した。小学生の時分に社会の窓が開いてゐるぞと云つて散々はやした罰が当たつたのだと思ふが、それにしたつてY本課長はあんなに良い笑顔になるのは酷い。実は今朝もベルトを忘れて出たのだけれど、三歩くらゐ行つたところでどうも裾が落ちるので気付いた。慌てて玄関まで戻つて、家内にベルトを取つて来させるのを待つ間、Y本課長のしたり顔がちらちらとした。





ビニール袋

どうも酢にやられる。首の内側の食道が狭くなったような気がする。本来パイプとして確保しておくべきところに肉がせり出しているのだろうから、つまり自分が太ったのだと思う。太ったら外側に肉がついていくから、内側にも肉がついていくのは納得がいく。それなら太っていくにつれて食道や胃や腸は窮屈になっていくはずだから、太っている人は食べ物が入りづらくて、そのうちに痩せてしまいそうなものである。しかしそうはならない。小学校に通っていた時分、父の仕事の都合で山奥の小学校に2年程移ったことがあったが、そのときの同級生に冷蔵庫のように肥えた双子がいて、給食をひとの分までがっつくような事はしなかったけれど、小学校の外で会うといつもビニール袋に駄菓子を持ち歩いて、いつも何かしらを咀嚼しているようだった。太って食道や胃が窮屈になっても、その窮屈なところに少しずつ食べ物を流し続けている分には、痩せては行かないようである。





宮城

仕事が終わってから家内と外で飲んでいたら、酔っ払ってしまったようで、頭ではそうしようとは思っていないのに体が色々の所をほっつき歩いた。お家に向かう気配も無いし、止まろう止まろうと思っても足がにょきにょきとして止まらないので、もう仕方がないと思って放っておいたら、宮城県の電波高専まで歩いて、勝手に正門から這入り階段を3階まで上がって教室に這入ったところでやっと落ち着いた。

こんなところまで来てしまって、ほとほと困った。しかしもう夜の12時近いから何としても帰らなくてはいけない。よく考えたら鞄を3つも持っているので、お家まで歩いて30分もかかるから重くて仕方がないだろうと思って、家内と相談してタクシーを呼ぶことに決めた。そうと決まれば、タクシーが終わる12時までに行かないといけないので、さあ行こうと思ったが、ふと窓のほうを見やると、窓に映った自分は薄汚れた長袖のTシャツの裾をへろへろのパジャマの下のようなズボンの中にしまっていて、何ともみすぼらしい。着替えようと思うのだけど、3つある鞄の中身はどれをとっても冬物衣料で暑そうだから、諦めた。

それでとにかく急いで階段を駆け下りて正門を出たら、守衛さんも丁度帰るところで、守衛所にタクシー会社直通の電話があったから、それでタクシー会社につないだら、電波高専ですねハイすぐに行きますよと云って切れたから、ヤレこれで大丈夫だと思って安心した。来るときは気が付かなかったけれど、電波高専の目の前は繁華街の大通りで、こんな時間なのに人通りもあって、バス停に並ぶ人もあった。タクシーの黒いセダンが沢山走り回って、それを酔っ払いが大声で呼び止めるから、うるさい。

そのうちにさっき呼んだタクシーが来た。黒い軽自動車のワゴンで、運転手はテレビで見る歌舞伎町のホストのような風貌で、なぜか助手席にはインディー・ジョーンズに出てきたような帽子を被った男の子が乗っており、2人ともにやにやと笑っている。とにかく家内と2人、開いたドアーから乗り込んだら、行き先も言わないのにドアが閉まって走り出した。走り出してから、3つ持っていた鞄を全部どこかに忘れて来たことに気が付いた。おそらく電波高専のどこかだろうが、いまから引き返したって守衛さんはもう居ないし、這入られないだろうから諦めるしかない。腹の辺りがぽっこりと膨らんでいるのに気が付いて、Tシャツの中に手を突っ込んでみたら、枕が出てきた。鞄を忘れたのに枕だけは持ってきてしまったと云ったら、運転手と坊やがけらけらと笑う。

片側4車線もあるハイウェイは割れたガラスが散乱していたり、道の真中にセダンが停車していたりして大変危なっかしい。しかもホストのような運転手はそれらを全部四輪ドリフトでかわして行くので、車がすうすうと横に滑る感じがして、生きた心地がしない。普通に運転しろと怒鳴ってやろうかと思ったが、ホストと坊やと2人して酔っ払いと喧嘩して腕を怪我しただとか何だか恐ろしい話をしているので、危いと思って黙っていた。





かっぱ物語

あるところに仲の良い夫婦がいました。ある日2人でかっぱまきをたべました。かっぱまきを食べたら奥さんはかっぱになってしまいました。奥さんはもともとかっぱだったのですが、人間に化けたことを忘れていたのでした。奥さんは自分がかっぱなのを思い出して川に帰っていきました。旦那さんは奥さんを探して川をのぼっていきました。3日目に奥さんのかっぱを見つけましたが、奥さんは旦那さんのことはわすれてオスのかっぱと暮らしていました。奥さんをとりもどそうとしましたが、かっぱはものすごく腕っぷしが強いので人間にはどうにもなりません。そこで旦那さんは仙人にかっぱにしてくれと頼みました。仙人は旦那さんをかっぱに変えてくれましたが、日が沈んで昇るまでに人間に戻らないとずっとかっぱのまま戻れなくなると言いました。旦那さんは川に戻りましたが、戻ったところで何をしに来たのか忘れていました。それからずっと、川で鮎をとったり、メスのかっぱをひっかけたりして過ごしました。奥さんのかっぱは、ある日人間の尻コ玉を食べて、自分が人間だったことを思い出して、また人間になって川から出て行きました。 オスのかっぱも人間になって探しましたが、探す途中みちゆく人を次々と襲って食べたので、警察につかまって刑務所で一生をおくりました。かっぱの奥さんは昼はスーパーでパートをし夜はスナックで働いて暮らしました。





新緑

どうも此の体は、お昼ご飯を食べると眠くなるやうに出来てゐるらしい。それも、ご飯を食べ終へて直ぐにさうなる分けではなくて、だいたい一時間くらい経つと、後頭部から肩にかけた辺りに座禅法師が降りて目蓋を無理矢理閉ぢようとする。眠くなるのは分かつてゐるのだから、会社では眠つて仕舞つても良いお昼休みの一時間前にご飯にすれば良さゝうなものだけれど、ご飯はお昼休みに食べると云ふ決まりがあるのだから、仕方がない。お昼休みの一時間後には、間違へても良いやうな仕事をするやうにしてゐる。

ところが朝ご飯については、それとはまた違ふのである。基本的に朝から何かするのは得意では無いけれど、朝ご飯を食べると、体が無理矢理起こされるやうで、それから一時間位はすいすいと随分はやく動ける。身支度を次々にやつて、玄関を出て、外の空気を吸ひ、駅まで歩く歩幅は広い。電車に乗つた後も眠くならなくて読書に興じる余裕である。しかしご飯を食べてから丁度一時間経つと、途端に体が油粘土のやうにぐにやりとして仕舞つて、動くのも姿勢を正すのも億劫になり、ちやんと電車から降りる事も危うくなる。実際に二ヶ月で三度ほどやらかして仕舞つた。意識が戻つたら車窓の外は新緑の中を小川がせせらいでゐるやうな景色で、次の駅がこの車両の終着駅だと云うアナウンスが流れてくるのを聞いて、嗚呼やつて仕舞つたかと落胆し、終着駅に着いたら着いたで、反対側のホームに電車がもう来てゐるのに同じ車両に乗つてゐたお客さんが皆して降りるので、向こうのホームに渡る通路が込んで、しかし駅で人を押しのけて行くやうな真似をしては危ないから大人しく人込みの一部になつてゐる内に、結局電車が出て仕舞ふし、散々であつた。

こう書くと、食べてから一時間後に眠くなると云ふ点でお昼ご飯と変はらないやうに読めてしまふ。書きたい事はさう云ふ事ではなかつた。朝ご飯は食べた一時間から一日がお仕舞いになるまでずつと気だるいのが続き、腐つた雑巾も同然になつて仕舞ふが、朝ご飯を食べない場合は、朝から夜の八時位まで死んだ犬で、其の後逝き返るのである。圧倒的に火のまわりが遅い中華鍋とも呼ぶべきか、朝を採らないで、お昼を食べて、眠くなつて、そのまま鬱々と今日ももうだめかと思つてゐると、夜八時頃にやつと胃の中に溜まつた食材に火が通るやうで、さうなれば明朗快活、町内一週でも社畜にでもなれるの云ふのに、今のお仕事は夜九時をもつて必ずお仕舞ひになるから、会社は折角給料を払つてゐるのに随分勿体無い事をなさつてゐる。





赤べこ

酒は好きだが弱いのでしょうもない。少し飲むとすぐに顔が赤くなり、中ジョッキで2杯も飲むと体も赤くなってくる。それもマダラ模様にだ。ホルスタインのぶちのように体の所々が赤くなってくるので、まわりの人が心配してそれ以上飲ませようとしない。おかげで飲みすぎて記憶が飛んだり自分のゲロで窒息死しそうになることは滅多に無かったが、去年の夏ごろから今年の始めにかけて何度か死に掛けた。よっぽどの事だ。これからの自分に必要なのは、死に掛ける前に反省する事だ。





玄関室を通り抜け引き戸を開けると、案の定、キドニービーンズを一回り大きい位の、黒いビニルのやうな昆虫が、ぽとりと其処にゐた。元々其れを分かつて来たのである。一見、床の黒い油染みのやうにも見える、しかし残念ながら其れは昆虫で在り、触角をゆらゆらと揺らして、人様の足の皮の剥けたのか若しくは鼠の糞を食らつてゐるのだらう。手にしたスプレー缶のノズルを向けてトリガを引くと、殺虫剤は真直ぐな線になつて当たり、昆虫は羽根を振袖のやうにびらびらさせて暴れたが、間もなくひつくり返つて、動きはゆつくりになつていつた。殺虫剤の湿り気で昆虫はすつかり濡れて光つてゐた。濡れて光りながら暫くの間、足と広げた羽をゆつくりと動かしてゐた。

暗くて始めはよく分からなかつたが、目が慣れてくると、流しやガスコンロが見えはじめ、どうやら台所だといふ事が分かる。所々に見える黒い染みの中の幾つかは、動いてゐるところを見ると矢張り昆虫であらう。そのひとつひとつに、殺虫剤は真直ぐに届いて、順番にひつくり返して行つた。昆虫は思ひの外脆くて足やら羽やらすぐに外れて仕舞ふし、一寸力が入ると中身が出て仕舞ふので、残骸は風化にまかせようと思ふ。残骸の胎の中で卵が孵つて、幼虫が胎を喰ひ破つて出て来る所を想像して仕舞ひ厭な気分になる。

寝室は酷い有様である。壁にも畳の上にも万年床にも、飛び回つてゐるものまで、文字通り無数にゐる。襖が少し開いた押入れの、積み上げられた布団の隙間が繁殖に丁度良いらしく、布団の隙間をくろいのがちろちろと出たり這入つたりするのが見える。気が付くともう体にも付いてゐて、垢を舐め、薄皮を齧つてゐる。ぞつとして、スプレー缶を振り回して殺虫剤を撒き散らすと、薄暗い部屋は霧が立ち込めたやうになつた。人間でもその霧に触れると麻痺して仕舞ふ事は分かつてゐたけれど、握りしめたスプレー缶のトリガから指が離れぬ所を見ると、もう手遅れのやうである。益々濃くなつて行く霧の中を、神経をやられた昆虫が無数に飛び回つて、壁や天井や、唇にも当たり、羽が舌の上をくすぐつた気がしたけれど、もうすつかり麻痺して仕舞つて、良く分からない。





蚊の足

気持ち良く晴れた六月の朝、補助席まで一杯になつたバスの一番後ろの端つこで揺られてゐると、丁度目線の辺りを、白と黒のまだら模様の蚊が通つて、隣に座つてゐるおじさんのズボンに留まつた。針がズボンの布地を通らぬと見えて、何かもぞもぞとやつた後、ズボンの布地の上を這つて動きはじめる。布地の薄くなつてゐる所を探してゐると思はれる。さつさと良い所を見つけて刺して行つて欲しい、でないと次に私が狙われるかもしれなかつた。それ、そこの皺と皺の谷間の所など、布地が腿にぴつたり着いて良さゝうぢやないか、と云ふ思念はやつぱり伝わらず、おまけに腿のところをぢつと凝視してゐるのにおじさんが気づいて、いぶかしんでゐる。程よく脂の乗つたおじさんだつたので、腿の上を蚊が這つた位では気付かぬと見える。

さうかうするうち、バスがトンネルに這入つて、下のはうは暗くて見えなくなつた。トンネルを出て明るくなると、蚊が見えなくなつてゐたので、いよいよ体の彼方此方を何かが小さい毛のやうな足で這つてゐる気がして落ちつかなくなつた。特に右手の甲の、人差し指の付け根のしわしわした所があるでせう、此処がどうにもむず痒い。後で蚊が隣のおじさんの膝の裏の所にゐるのを見つけたのだけど、刺されてもゐないのに例の指の付け根は痒くつて仕方がなかつた。此れを書いてゐる今もまだむずむずしてゐる。其れから右の耳の裏側もひりひりと痒い気がしてゐるが、此れはおそらく別件である。





ウォーターマーク

小便が近い方である。渇いてゐる時なら良いのだが、さうでもない時、例へばペツトボトルにお茶が僅かに残つてゐるのを飲んで片付けてしまつた時や、皆が麦酒のおかわりを頼むので慌てて中ジョッキの残りを飲み干した時等、飲まうと思はないのに飲んでしまうと、途端に御手洗ひに立ちたくなるのである。想像するに、膀胱には縦一列に小さな穴が開いてゐて、目盛りのやうな役割をしてゐるのだらう。渇いてゐる時は水位が下がつてゐる。水分を摂ると水位が上がつて行つて、ある目盛りを超えると御手洗ひに立ちたくなると云ふ仕組みだ。渇いてゐない時に水分を摂ると簡単に目盛りを超えてしまふのだ。体が横になつてゐると、それに合はせて膀胱がつけ根から曲がり、目盛りの読み違ひを防ぐ。腹筋運動をやりすぎると膀胱の付け根が炎症を起こして腹が痛くなる。





亀仙人

亀仙人の事を考える。天下一武道会で優勝してお金を沢山貰う。南の島を買って、そこに家を建てて一人で住む。目が覚めた時間が朝。布団の中でテレビを見る。お腹が減ってくるのでオートミールを煮る。そしたらもう夕方なので海を見てビールを飲む。海に飽きたらテレビで野球を見る。寝る前にもう何度も読み返してボロボロのマンガの本を読む。そんな毎日。一年に一回天下一武道会に出て、優勝賞金で1年分のオートミールとビールを買う。悟空が来るまでは幸せだった。





現象

味噌汁が1000度を超えていてクチの中を火傷した。うわあご。薄皮が何重にもめくれて行った。最後に真珠が出てきた。





腐つた腸のドライヴ

乗り物酔ひに関しては物心つかぬうちからゲヱゲヱやつてゐた実績があります故、二言三言云はせて貰へるものと思ひます。

乗り物に乗つて何かやると、酔ひ易いやうに思ふ。文字を読んだり書いたりするのが良くないのは周知の事と思ふが、気分を紛らす為に飴玉を出そうとごそごそやつてゐる僅かな隙に酔つてしまふ事だつてあるから、油断できない。乗り物が移動してゐる事に因つて体には揺れが来るのに、自分の意識には移動してゐるつもりが無いとき、体と意識とで歩調が揃はず、混乱して、それで酔つてしまふらしいのである。車窓から外を見て動きを目で感じてゐれば、逆に酔ひにくい。遠足の大型バスで乗り物に酔ひ易い人を一番前に座らせるのは、さう考へると合点が行かないか。自家用車の場合に運転手が酔はない事も同じ理屈であらう。

温度に関しては、暑いのは宜しくないやうである。特に、真冬に車窓を閉め切つて暖房を利かせた乗り物は、すえたやうな臭ひがして、腸が腐る思ひがする。初夏の夕暮れの、相対速度で窓からごうごうと吹き込む風が、乗り物酔ひには良いかと思ふ。とにかく滞つた空気は良くない。酸素が足りなくなると脳が悪くなつて酔ひさうである。

お酒で酔ふのと乗り物で酔ふのは、気持ち良いのと悪いのとで感覚的に全然違ふやうな感じがするが、実は本質的には同じなのではないかと思つてゐる。と云ふのも、どうもお酒に酔つてゐるときは乗り物酔いにはならないやうなのだ。いや、お酒に酔つたゝめに乗り物酔ひになつた事に気付かないだけなのかもしれぬ。もしくは三半規管が酒に浸かつて麻痺してしまふために平気になるのかもしれない。少なくとも私はお酒さへあれば乗り物は大丈夫である。お酒を飲んで尚且つ自分が運転手になれば本を読みながらでも車酔ひにならないだらうが、残念ながら飲酒運転は法律で禁止されてしまつてゐる。この法律が無くなつたら酔い止め薬の製造会社は潰れるしかないのである。それから、新幹線なので麦酒を飲んで大騒ぎをしてゐる会社員の連中があるが、麦酒を止めたとたんに乗り物酔ひになつてゐる自分に気付いてゲエゲエやりだすかもしれないので、止めてはいけない。





性悪説

教育テレビで団子虫を見て、あのコロンと丸くなる奴をやつてみたくて、花壇の石や古タイヤを無闇に裏返して廻つた。駐車場の看板の台座がコンクリートになつてゐて、それをどかしたら、先程テレビで見たやうなのが出てきたから、これだと思つて、手に乗せて突付いてみたけれど一向に丸くならない。じれつたいので、指で無理矢理丸めたら、胴体が二つに折れてしまつた。それが団子虫でなく草鞋虫であることを知つたのはそれから何年か後だつたと思ふ、それまでの間、同じやうにして何匹かの草履虫を犠牲にした。

湧き水といふものに憧れてゐたので、庭や砂場などを小さなシヤベルで掘つて廻つた。湿つぽい所を二十センチも掘ると、すぐに泥水は滲み出すものゝ、イメージするやうな透き通つた水にはならないのだつた。代はりにミミズが出たから、何処かゝら拾つて来たマヽゴトの椀にミミズをブツ切りにして入れ、滲み出た泥水をかけて、饂飩だと云つて母親に見せたら、厭な顔をされた。小学校に上がつてからは、ミミズの体には恐ろしいばい菌が沢山ゐて、例へば小便をかけると、ばい菌が小便を泳いで登つて来てちんちんが腫れると噂されたりしたので、気味が悪くなつて、触るのは止した。





ファイト一発

麺に腰がある。冷麺や讃岐うどん等の凄く腰がある麺を、懸命に噛んで、噛んで噛んでゐるうちに、だんだん顎が疲れてくる。そこに罠がある。ちやんと噛んだつもりでゐても、顎の力が失はれてゐるために、噛み切れてゐない麺があるのだ。のどの奥から口の中まで麺が繋がつてゐて気持ちが悪い。冷麺の中に一本、テニスのラケツトのガツトを忍ばせておくと云ふ嫌がらせを思ひついた。胃の中からするするとガツトが出てくる感覚はどんな風だらう、もしかしたら気持ちが良いかもしれない。と云ふのも、鼻をかんだとき、どろりとした固まりかけの鼻水がズロと出たときは気持ちが良く、あのやうな感覚だらうかと思つたのだ。口から万国旗を出す手品も、ちやんと胃の中から出してゐるのであつて欲しい。





眼鏡にまつわるエトセトラ

眼鏡をかけると賢く見えるのは如何してか。太古の昔、人類が宇宙人と一緒に暮らしてゐた頃の記憶が、遺伝子に刻まれてゐるからではないか。

小学校に通ふやうになつてすぐに目が悪くなつたので、眼鏡を作つて貰つた。その頃の事はあまり覚えてゐないが、つるがあたつてひりひりする感覚は、耳の上に記憶してゐるやうである。それから眼鏡をかけはじめて少しの間、メガネザルと呼ばれてゐたやうに思ふ。間もなく同級生にも眼鏡が増えたので、すぐにさう呼ばれなくなつた。転校してからは、はじめから眼鏡なので、外したときに人相の変はるのを面白がられた。

公衆の浴場では良く見えないと何かと不便なので、眼鏡をかけたまま這入つた。熱い湯に浸かつてかけ湯をして、さてと上がつたら、眼鏡が曇つてゐる。それが如何いふわけか、拭つても拭つてもとれない。どうやら、温めたり冷やしたりしたせゐで、レンズの表面に細かなひびが入つてしまつたやうなのである。今までも何度か眼鏡をしたまま這入つたことがあつたのだが、如何してこのときだけひびが入つてしまつたのか分からない。とにかく参つた。

眼鏡からコンタクトレンズに替へたときに驚いたのは、物が大きく見える事である。近眼の眼鏡であつたので、正確には今までが小さく見えていたと云ふ事なのだらうが、感覚としては、例へば手に取つた少年ジャンプがひとまはり大きくて、年末年始だから今週号は特別大きくしたのかしら、と本気で思つた。それから飯が凄く多く見える。茶碗から豚の角煮から沢庵に至るまで兎に角でかいので、こんなに食へるものかと思ひながらも、食い始めるとすんなり納まるので、拍子抜けである。それに慣れてきたら、今度は逆に、たまたま眼鏡をかけて食事をしたりすると、どうも盛りすぎてしまふのである。

目が極端に悪いので、レンズが分厚くてやたらと重い為、眼鏡をかけて出歩くのは好かない。今は寝る前と寝起きの僅かな時間にかける程度であるが、自分以外が眼鏡をかけるのは好きなやうである。理由は知らない。少なくとも、宇宙人はそんなに好きではない。





頭、二

 ひとは意識せずにいても、自分に似たものを作ったり選んだりしてしまうのだと、どこでそんな話を聞いたのかは忘れたけれど、そう思っています。自動車がわかりやすいと思います、変な顔でにやついた顔の自動車がキッと停まって、バタンとドアを開けて出てきたその顔がそっくり、そんな経験は誰にでもあると思います。それから家もそうです、憎ったらしいあの面構え。窓と玄関が目と口なのです。のっぺりと四角く脂がのった爺さんが住んでいるに違いないのです。
 ひとのかたちをした物が多くて困るのです。少し前までは、男性用の小便器が、ぽかっと口を開けているように思えて、用を足す度に厭な気持ちになっていました。今それは、見ないようにすれば何となく大丈夫です。
 近頃いちばん困っているのは、丸く刈られた植え込みの、ずらりと並んだ奴です。あれが、ひとのあたまに見える。前を通るとき酷い圧力を感じてしまって参っています。
 丸いものなら同じだと思います、それも、小さなのではなくて、少なくとも手のひらよりは大きい連中です。川原の石っころという石っころ全部に、かおを描くような悪戯をされてしまったら、私は、狂ってしまうと思います。狂いはしなくとも、走ってしまうと思います。
 と、ここまで書いて思いついたのですが、ボーリングの玉というやつは、目と口の穴をあけて、あからさまに、ひとのかおをして、平気なかおをしている。気がついてよかった。考えも無しに誰かに連れられて行って、ボーリング場に入ってから気が付くことを想像すると、ゾッとします、あの並んだ顔。





雑談

むせる食べ物のことを考へてゐた。まづ何と云つても冷やし中華だらう、溶け殘つた辛子のかたまりが地雷なのだ。黄色つぽい麺がうまい事辛子をカモフラしやがりまして麺を啜り込んだ瞬間に喉の奧に痛覺がんぐフッッッと!むせた後の鼻の奧に麺の切れ端が入つてゐるのが嫌だよ!同じやうなことがトコロテンやおでんのシラタキでも起こるみたいです!其れから俺だけかもしんないけどカップやきそばがけつこう危險だね。あれつて勢ひ良く麺を啜りこむぢやないですか、其のときに青海苔だかキャベツの切れ端だか知らないけど、氣管にねー、入るね。そしてやつぱりむせた後は麺が鼻の奧に入つてゐるのだが、あれが忘れた頃に口の中に落ちてくる事があるぢやないですか!あれが!あれがだめだ!いやすぎ!最惡!どぶろく!其れとトムヤムクンのキツいのは時々むせますね。酸味と辛味のせゐかね。





牛鉄

焼肉については、人はみな哲学者である。先ず牛タンからだ、やれ塩胡椒は焼く前か後か、レモンが足りない。焼き加減はどうだ、芯まで火の通つたのが好きだなんてぬかしてゐると、レアーが好みの肉食獣どもに皆持つて行かれちまふ。御飯が欲しい人ーはいはいはい、御飯を食べながら麦酒を飲むのは邪道か正道か。皿の上の物を片つ端から網に載せるな、焼けたのは端に寄せておけ炭に成る、放るモンばかり焼くから網が真黒だ換へてもらへ、葱は端の方でちりちり焼け、椎茸には塩だ、枝豆を焼くな、飲み物の御代はりは如何ですか麦酒麦酒烏龍ハイ。

近所の床屋の兄さんは、牛角に行つたらお仕舞いにアイスクリームを食はないと落ち着かないと云ふ。盛楼閣の冷麺特辛に大量の酢をかけて食べる姐さんを見た事がある。レバーは臭くて駄目なんだが「此処のは特別に旨いんだから食へ」と何度云はれたか知れない。唯一度だけ本当に臭くなくて食へた事があつて、そのとき「焼く前に匂つてみて、何も匂はなかつたら其れは食つても臭くない物だ」と教へていただき、なるほどと思つた。

下北沢に牛鉄と云ふお店有り。真夏の昼間つから二階の窓際の席に座り、陽炎上る往来を汗だくの人が行くのを眺めながら、豚の軟骨をちびちび焼いて麦酒を飲む事、心地好き事比類を見ず。





早生蜜柑

昼間の麦酒はなぜ余計に回るのか考えてゐた。学生だつた時分から、日が暮れるまでは勉学に勤しむか仕事をするか、さうでは無いにしても、麦酒やお酒の類は日の暮れてからの物とし、中々に真つ当な生活態度であつた。其れが此処二三年、日の高いうちに飲む麦酒の旨みを覚へてしまつて、しかし此れが、少量でぐるんぐるん回るのである。おそらく、来る筈のない意外な時間に来るもンだから、肝臓の開店準備が済んでおらなくて、届け先の分からないアルコールが体中の彼方此方を回るために、余計に酔ふのだらうと思ふ。

さう云ふ意外である所が、旨しと感じさせてゐるのではないか、とも思ふ。早生の蜜柑や、真冬に炬燵にあたりながら舐めるアヰスクリームの旨き事と同じのやうな気がする。麦酒については其れ以前に、意外性の旨さなのであらう。何も知らないでゐたとしたら、はいどうぞと差し出された飲み物が、まさか苦いとは思はぬだらうし、其処へ来てあのシユワシユワである。今でこそかうして皆が当たり前に飲む麦酒であるが、きつと初めて我が国に這入つた当時は、変な味の、変わつた飲み物として、珍味とされたのではないかしら。





脳髄考

どうでも良いことを書きます。脳髄は物事を覚えておくための装置だと思つてゐた。ところが桜は毎年ちやんと咲くし、うちの大根はただの草だつたのに、皿に水を張つて浸けておいたら、春が近づくにつれ何だかよくわからないところから茎がによきによきと伸びて、四月第一週に満開となつた。植物は脳髄など持たぬが、さう云ふことを枝葉のどこかに記憶してゐて忘れない、それでは動物の脳髄は何の為にあるのか。鶏は三歩で忘れると云ふし、物忘れの酷い輩も大勢居るけれど、それで生きる事に支障がでると云ふ話はあまり聞かない、と云ふことはつまり、脳髄が物を覚えておくための装置であると云ふ考へは、どうも怪しいのである。

動物が植物と違ふところは、無闇にうろうろと動き回るところであるから、脳髄はそのためにあるのかと思ふ。植物だつて、例へば日の差すはうに葉を向けたりするさうだが、それは大層ゆつくりとした動きであつて、鎌で刈り取られようとしても黙つてゐるところを見ると、やつぱりさう云ふところには、脳髄が要るんだらうと思ふ。

ところで、人間の脳髄と云ふのは、他の動物に比べて、大きいのださうである。大きいと云ふのは体躯に対する比率のことである。動き回るのに必要なのが脳髄だとすれば、鼠には鼠なりの、牛には牛なりの脳髄が要る事には合点がいく。人間の脳髄が、体躯に似合はぬ大きさなのだとすると、大昔の人間はもつと大きくて、それが何かの拍子で体だけ小さくなつたか、あるいは大昔のひとは、何かとてつもなく難しい事をやつてゐて、そのために脳が大きくなつていつたか、どちらかであらう。後者だとして、「とてつもなく難しい何か」が何であるかは想像もつかないが、どちらにしろ、余計に大きな脳髄だけが残つてゐるのである。余計に大きな脳髄が、余計なことを喋らせたり、かうしてどうでも良いことを考へさせたり、書かせたりするのである。考へ付く限り、私の脳髄の正当な使ひ道と云へば、せいぜい、朝起きたら飯を食つて、昼飯を食ひに会社にちやんと向かつて、夜は迷はず家に向かつて、飯を食つて体を寝かしつけることくらゐであり、それくらゐは、握りこぶしほどの脳髄があれば、十分に足りさうな気がしてゐる。





栗煎餅

田舎の大きな家には、お菓子がたくさん買ひ溜めてあるものだと思つてゐる。小学生の頃、二年ほど山奥に住んだことがあつたが、家が近所でよく遊んだ高橋君の家は、大きくて、やつぱりお菓子がたくさん買ひ溜めてあつた。

新しい家が建つ前の高橋君の家は、桜並木の坂を登つた所にあつて、元からさうなのか古くなつてさうなのか、壁板が真黒で、やけに暗い家の中には土間もあつて、如何にも古かつた。高橋君と僕は学級の中でも小さい方から一番と二番であつたから、土間から上がつてすぐの所に可愛らしくちよこんと座つてゐると、やつぱり小さい御祖母さんが何処からともなく御出ましになつて、平べつたい木の器に色々のお菓子を置いてくださつた。そのお菓子が、これがまた如何にも古くて、ぼうろや、栗煎餅や、片側に砂糖のクリームが塗つてある動物の形のビスケツトや、味噌パンであつた。当時、お小遣ひは月に三百円で、自分で買へるものと云へば、コーンの焼き菓子に猪口冷糖をかけたのやら、鱈のすり身の酸つぱくしたのやら、十円か二十円の所謂駄菓子であつたから、さう云ふ古いお菓子は珍しくて、見るのも食するのも嬉しかつた。

ところが、餅撒きがされて新しい家が建つたら、お菓子も新しくなつてしまつたのである。サラダ煎餅や、ポテトチツプスになつてしまつた。あの古いお菓子の味が忘れられなくて、母親の買ひ物に付いて行つたときに味噌パンをねだつたりしたから、此の子は何で急にそんな物を欲しがるのかと不思議がつた。其れから今までずつと、さう云ふ古いのを好きでゐる。

これまでの話とは全然関係の無い事だが、高橋君で思ひ出した事があるので、序でに書く。高橋君は運動が苦手だつたし、此れといつた取り柄も無かつたやうに思ふが、任天堂のマリオの絵が上手だつた。まづ鼻を描きます。右側の少し切れた風船のやうな感じである。鼻の裏に少し重なるやうにして、西洋風のぱつちりとした眼を描いて、其の上に眉毛をくの字に置く。鼻の丸みに沿うやうにちよび髭を入れ、其の下に半笑いの口を小さめに描く。あとはどうだつたか、細かいことは忘れたが、キヤツプ帽にもみあげ、オーバーオール、手袋、ブーツ。手袋には茸を握らせる事。





牡丹雪、薄雪

会社の庭の桜に、白い花の塊が沢山付いて、牡丹雪が降つたやうである。小学校へ通つてゐた頃、通学路に遊歩道があつて、茶色い煉瓦が敷き詰められた舗道を挟むやうに、桜かメープルか、どちらか忘れたが木が植ゑられゐた。遊歩道は百メートル位はあつただらうか、道沿いにずつと、そんなに大きな木ではなかつたけれど、見上げた空を枝葉がすつかり覆つてゐた。それが、梅雨の時分になると、何処からともなく湧いて出たアメリカシロヒトリの幼虫の白い毛虫が、葉といふ葉にうじやうじやと出た。一枚の葉に三匹はゐたと思ふ。風が吹くとばらばらと落ちるので、まともな人間はその時期は遊歩道を通らなかつたが、雨降りの日は傘があるので、面白がつて、わざわざそこを通つた。雨粒に滑つて落ちた白い毛虫が煉瓦の舗道に敷き詰められて、薄らと降り積もつた雪のやうだと思つた。自転車で通つたときは、いちいち避けられないので、後で車輪を見ると、黄土色の粘液の上から白い毛が付いて、厭だつた。自転車のときはなるべく通らないやうに避けてゐたが、それでも時々忘れて通つてしまつてゐたので、ぜんぶ合はせたら幾百匹かは磨り潰してゐると思ふ。





小田急線

朝の黄色い日差しが、小田急の車窓から斜めに入つて、並んだ乗客の頭が作るでこぼこの影が、足元で揺れてゐる。席が丁度いつぱいで、吊革にぶら下がつてゐる。目の前の方は、男性だか女性だか判らないが、とにかく、タレントの見栄晴さんにポンプで空気を送つたやうな顔をしていらつしやつて、何となく腹が立つ。歳は二十を少し過ぎたくらゐに見へる。姿勢が悪くて席を二つ取つてゐるのも憎らしい。少し離れた席に座つてゐる顔の長細いおぢいさんの眼鏡が、ものすごく綺麗である。ピカピカしてゐる。

海老名で真後ろの席が空いたので、座ると、四角い顔に小さな眼鏡をかけた五十くらゐの男が、黒いランチコートを着て、目の前に立つた。手袋を片方にしかはめておらず、もう一方の手は毛深く、二本の吊革に両手でぶら下がつてゐる。女心は分からないけれど、もし私が女だつたとしたら、吊革に両手でぶら下がる男よりは、片手でぶら下がる男を選ぶだらう。ここから斜め向かひの男は、漫画家の小林よしのり氏に似てゐる。ふたつ右には、物理学者のホーキング博士と似たやうな雰囲気の男の方が座つてゐる。

見栄晴のやつは、先ほど隣りの席が空いたので、都合三つも席を占めてゐて、ますます腹立たしい。二本の足の間に紙袋を挟んでゐて、なにかの記念品のやうな白い包みと、紺色の大きな本のやうな物が覗ひており、この時期であるから、もしかすると卒業式の後、今まで飲んでゐたのかもしれない、だとすれば、むつちりと膨らんだあの顔はアルコールによる浮腫みといふことになるが、定かではない。目の前に立つてゐた片手袋が、むつちりの隣りが空いたのに気付ひて、座つた。口を小さく開けたり閉じたりしてゐる。

むつちりの右側に座つてゐる男は、素朴な顔立ちで、左手の薬指に銀色の飾り気のない指輪を嵌めてゐる。斜め上の方をぼんやりと眺めて、あの目つきは奥さんの事を考へてゐるに違ひない。

ドアを挟んで向かふ側の長椅子の端つこにゐるパグ男は、よく同じ電車に乗り合はせるが、アツプルコンピユータの雑誌の、いつも同じ号を読んでゐる。アツプルコンピユータは値が張るから、新しい号を買ふお金をけちつてゐるものと想像する。それよりも、向かひの席の端つこにゐる大男の、ガムを噛む顎の上下運動がやけに大きくて、気にかかる。あれがもし、ガムではなくて、口の中で飼つてゐる文鳥を舐つてゐるのだとしたら。





遠乗り

親父様とお会ひする何日も前から、お嬢様は大変緊張なさつて、どんなことを御質問なさるおつもりなのか、前もつて聞ひてくれと頼まれた。それで聞ひてみたら、腹が減つてゐないかとか、寒くないかとか、そんな事ぐらいだと云ふのである。それを聞ひて、お嬢様はかへつて心配して、気が気でないご様子であつた。前の晩も、麦酒を程よく召し上がつたのに、どうにか寝入つたのは明け方であつた。

当日は、親父様の運転で、男鹿半島まで遠乗りに出かけた。行つて、そのまま旅館に泊まる予定である。日中は親父様に御用事がおありになつて、出発は夕刻になつた。港に沿つたハイウエイを走りながら、ちようど沈んでゆく日を貨物船の積荷の間から送り、門前を過ぎるまでには、すつかり日も暮れた。親父様は御質問どころか、色々のことをずつとお喋りになつてゐて、やれ何処其処の椿が綺麗だとか、ここの入り江で子供が津波に飲まれたとか、あまりよく喋られるので、車が揺れた拍子に舌を噛みやしないか心配だつた。崖つぷちの道に入つたので、親父様が舌を噛んで飲んでしまつたら、車が一二秒のあいだ宙を舞つた後、おだつぶである。

親父様がずつと喋られたおかげで、お嬢様は余計なことを聞かれずに済んだので、ほうとしたようすで、親父様の話に相槌を打つたり、夕闇の海の中の小さな岩の島に、海鳥の多く休むのをご覧になつて、喜ばれた。

二時間程走らせて旅館に着くと、玄関からすぐのホールにお食事の用意ができたところで、急ひで部屋に荷物を置ひて、とつてかえした。女給さんが、焼けた石を鍋に放り込んで煮る料理の実演をして、お嬢様は大変面白がつて、焼け石が触れた汁から煙がもうもうとあがるのを写真に撮つたり、はしやいでゐるように見へたけれど、麦酒をいつもの半分も召し上がらなかつたから、やつぱりお疲れになつてゐたのだらうと思ふ。





人間の本能

剥ひて食べる物がある。蟹がそうだ。甘栗もそうだ。甘夏もそうだ。バナナは違ふ。

人類の祖先はカニクイザルなので、蟹を剥くのは本能であつて、蟹と対峙し野性に戻つた我々地球人の目は血走り、筋肉は盛り上がつて、グラスフアイバーよりも硬ひ蟹の殻を破り、言葉は失はれ唯ひたすらに身を味噌を。ところが中には、新人類と云ふのか、剥くのが面倒草ひとのたまう方がいらつしやる。彼らは進化の過程において本能を失つてしまつてゐるので、蟹の殻を破る手間を疎むが、破つてやれば食ふやうである。最後に残る本能は味だと思ふ。

甘栗を剥くのが好きなので、食べるのが好きな人を呼んで来て、どんどん剥ひて次々食つてもらふ。

甘夏を一房づつきれいに剥ひたのをお皿に盛り付けて、食ふ時は食ふ事に専念するのと、剥ひては食べ剥ひては食べするのとでは、どちらが良ひだらうか。俺はどつちでもいい。バナナはどうでもいい。





首が長いので、電車で座つて寝るときに、頭の座りが落ち着かなひ。左右どちらかに傾ひで安定させることが多いのだけど、どちらか一方に多く傾ひでゐると、段々そちらの方に体の軸が曲つてしまいさうな気がしてくる。気になつてくると気持ちが悪くて、首の角度の調整に忙しくなり、寝れなひ。髪の毛の分け目をいつも同じにしてゐると、そこから禿げになると云ふ話と、似てゐるやもしれなひ。下を向いて寝ると息が詰まりさうな気がするのでやらなひ。寿命が縮むやうな気がするのである。上を向ひて寝るのは、これはこれで安定するにはするが、他の方上向けで寝てゐるのを見ると、大抵の方が口を開けてゐらつしやり、私はあの上向きに大口を開け寝息を立てるのを見ると、ポケツトの底にいつのまにか溜まつてゐる糸くずを、ぽいと放り込みたくなるのである。それを人にやられると困るから、上を向ひて寝るのは避けるやうにしてゐる。





ラザニア

会社で労働組合の集まりがあつて、終わつてから皆で、デニーズでお食事をした。高校野球の話で盛り上がつてゐたが、わからないので、アメリカンコーヒーを飲んでやりすごした。その後、誰かの愛車の話になつたので、ロータリーエンジンがどうのこうの云はれても興味が無いから、他のお料理よりも一足早く出てきたラザニアに夢中なふりをしてごまかした。

お料理がすつかり並んで皆が無口になつた頃、ふいに組合の某蔵さんが、朝から吉野家に寄つてくる鈴木さんの話をされると、皆が吉野屋の話に乗つてきたので、ようやくわかる話になつたと思つて、ラザニアの皿の縁についたチーズの焦げを弄くりながら、聞き耳をたててゐた。牛丼に玉子をかけるか否かの話になつて、肯定派の意見としては、玉子で飯を湿してやらないと、どうもばさばさするし、最後に丼の底に溜まつた肉汁と玉子の混ざり汁を飲まないと物足りぬのださうである。否定派は小数で、玉子のせいで飯が冷たくなるのが困ると云ふ。牛肉と飯を食つた上に玉子まで食つてしまつては、栄養の摂り過ぎで、誰に対してか知れなひが何となく悪い気がする、とは誰も仰らなかつたのが、残念である。

それから、牛丼と、牛皿をおかずに飯を食ふのとの違いの話になつた。牛丼と云う物は、飯と牛皿を一緒にした物で、つまり、お食事の終わつた後の胃の中の状態である。前もつてさうしてあるから、後は丼の中身をそつくりそのまま胃の中へ移せば済むので、栄養をさつさと摂るといふ面からは便利なのだが、お食事の楽しみは無いんです、だから、時間が許すときは牛皿と飯を別にして、白いキヤンバスを肉汁で少しずつ、気の向くままに汚していきたい。

しかしそんな話をしたつて仕方がないから、「いやあ、結構違うモンですよ」と半笑ひを浮かべるに留めて、あとはコーヒーカツプの縁を舐めながら、胃の中のラザニアを、黙つて消化してゐた。





動物のお医者さんがテレビドラマになるそうだが、ヒヨちゃんは出るのだろうか。小学生の頃、三浦君という友達がいた。兄だか弟だか忘れたけれど、とにかく兄弟がいて、仲が悪かったようで、家の前を通ると喧嘩の声が聞こえた。気難しくて話しかけ難いタイプの人だったけれど、スポーツ万能で、特に平泳ぎは、学年で一番早くて、学業も優秀であったから、誰からも一目置かれていた。お祭りで売っているようなヒヨコは、たいていすぐに死んでしまうのだけど、三浦君は真面目だったから、ダンボールの巣箱に覆いをして、いつも暖かくして、餌と水もまめに取り替えていたから、死ななかった。ピーちゃんという名前がついていたと思う。ずいぶんと可愛がって、ずっとピーちゃんの世話ばかりしていた。見せてもらう度に大きくなっていって、そのうちに毛も白くなって、羽も立派になって、足も強くなって、巣箱から出てそのへんをほっつきまわるようになったから、三浦君と組んで手がつけられなかった。それが、ある日突然いなくなった。野良猫が前から狙っていたというから、それにやられたのだろうと皆は話していたけど、何にしても、 とにかく三浦君は落ちこんでしまって、しばらくして元気が戻ったあとも、すっかり元の三浦君に戻ることはなかったように思う。





窓の外

いちばんよく使う会議室は一階の隅にあつて、窓の外は植へ木が並んでゐる。会議で上司がむつかしいお話を始めて、張り詰めた雰囲気でゐるところに、植へ木屋が脚立を持つてきて、窓の外で登つたり降りたり気になつて仕方がなひ。しかも連中は、なにかとこちらを見るのである。仕事でへまをやつて、叱られてゐるところを、なぜか関係の無い植へ木屋のだるまみたいなおやじが、じつと見てゐたことがあつた。弱つてゐるところにつけこんで、そうやつて面白がつて睨むのである。やめれ。植へ木でへまをしたら、そのときはお返しに睨んでやらうと思う。会議が長引ひて中だるみしてゐるところに、窓の外を猫が歩いて、皆で窓に張り付いて猫を見たことがある。





我が乗り違えの遍歴

間違えて会社とは反対の方に向かう電車に乗ったら、一瞬「しまった」と思った後は、楽しくなるに違いない。その逆は切ない。出張先からの帰り、東京方面行きの青梅線に乗り、立川で八王子行きの八高線に乗り換えるところを、高麗川行きに乗ってしまった。殆んど終電に近い時間であったので、人もあまり乗っていないし、反対方向の電車に乗り換えようにも、なかなか次の駅に着かないばかりか、民家の灯りもまばらになってくるのである。見知らぬ駅で降りて、山奥の一軒家の門戸を叩いて一夜の宿をお願いすることを想像して、どうしようもない気持ちになった。ようやく次の駅に着いたら、反対方向の電車が待っていたので、飛び乗った。

飲み過ぎて乗り過ごすことは良くあるけれど、飲み過ぎたことが原因で終電を逃してしまったことは無い。終電が無くなるまで飲むときは、はじめからそういう覚悟をしているのであって、気が付いたら終電を逃していた、などというのとは断じて違うのである。しこたま飲まされて、我に還ったら、車両の7人がけの、金属棒の手すりの間に頭をつっ込んで、口から何やら得体の知れない汁を通路にこぼしていたこともあったが、そのときもちゃんと電車で帰った。

新幹線の乗り過ごしは無いが、小田急の、特急ロマンスカーで一度やらかした。新宿から乗って、終点の小田原で駅員に起こされた。窓の外の景色を見て慌てているところへ、「やっちゃいましたか」と駅員が、何だか少し嬉しそうに云った。





いのち

大根を一本食べて、頭の草のところが余つた。そのうち食べやうと思つたが、大根の頭は水につけておくと、草が伸びて、増やして食べられると云ふことを聞いたので、まあ使ふまでの間のためしよと、台所の窓のへりのところに、モザイク模様の硝子の小鉢に水を張つて、つけておいた。何日か経つて、枯れはしなかつたけど、特別に伸びる気配もなくて、でも水は少しずつ吸つてゐるやうだから、水を足しながら放つておいた。それが、このあいだの陽気で、ずいぶん急にぐぐつと育つてしまつて、小鉢からふたまわりもはみ出して、おまけに、つぼみのやうな物が出来たのである。かうなると、もう可愛くなつてしまつて、冷え込んだ夜にはつぼみが落ちてしまわないかと、気掛かりで仕方が無ひ。硝子の小鉢はお気に入りなのに、すつかり大根の寝床になつて、生物をさつさと食べてしまはなひから、かうなるのである。





ピーカンナッツ

泊りがけで宇都宮に出かけたとき、独逸料理屋で腸詰や酢漬けを食ひ麦酒を飲み、すつかり出来上がりまして、私はここ数年さういふ癖があるのですが、酔つ払ふと帰りに食べ物を買つてしまふ。酔うと本性が表れるといふ事はだれでもさうだと思ふけれど、私の場合は、食べ物と水はあるかとか、布団と毛布はあるかとか、さいうふ事を気にするのが、本性であるやうなのです。それでその日も、ホテルに引き上げる途中でスーパーに寄つて、缶麦主と、なぜかピーカンナヽツといふ物を買つてしまつた、長細くて、胡桃のやうに堅ひ殻があつて、黒光りしてゐたのでなんとなく濃い味が濃縮されてゐさうな気がして、物珍しさもあつた。寝る前の一杯のお供にする考へである。ビニルの袋に何十個か入つて、堅ひ殻を破るために、黄色ひプラスチツクの万力も同梱されてゐた。

ホテルに戻つて、シヤワーを浴びて浴衣になり、さて寝る前に一杯やらうかと思つて、先程のピーカンナヽツを袋から出して、同梱の黄色ひプラスチツクの万力にかけてみたら、いきなり万力のほうがねじ切れるのである。あつけにとられた。殻の付いたままのナヽツと、ねじきれた万力を交互に眺めながら、しばらく漫然と、缶麦酒を飲んだ。しようが無い、しようが無いよこんな事もあると思いきかせるのだけど、一つも食べられないのはあんまりにも癪だと思はれて、地面にナッツを置いて、椅子の足で踏んつけてやつたら、粉々に割れた。眼鏡を外してゐたので、這いつくばつて、食へる所を探して一欠け二欠けかじつてみたけど、味があるんだか無いんだか、おまけに床は散らかるし、宇都宮くんだりまで来て何をやつてゐるのかと思うと、情けなくて、ベツドに這ひ上がるのも馬鹿らしくなつた。





大塚

アスパラガスは長いから、茹でたあと三つ切つたのが、金属の皿にぐるりと盛り付けられてゐる。切られたアスパラガスの中から、頭の部分ばかりを自分の皿に摂りながら、もしも、茎の部分より頭の部分のほうが旨ひことを知らない人がゐたら、それは不幸だと考えた。

同じやうに、鮭の皮が旨いことや、鯵のひらきの骨にくつ付いたぺりぺりが旨いことや、キウイが実は皮ごと食へることや、ヨーグルトは蓋の裏に付いた泥つとしたやつが一番旨いといふこと等、さういふ事を知らぬまま暮らしてゐる方々は、総じて不幸だと云へる。もつとも、私とて、実はもつと旨い部分があるものを、知らずに捨ててゐるかもしれなひ。さう考えたら悔しくなつてきた。読者の方で、実はここが旨いのだと云ふやうな情報が御座いましたらご一報いただければ、有難く思ひます。

朝のテレビに出てゐる大塚さんは、結構なお歳であるやうに見へるのだけど、随分お仕事が忙しさうであるから、もしかしてアスパラガスの頭の部分が旨いことを知らないでゐて、茎ばかり食べて暮らして、そのまま死んでしまつたら可哀相である。さうしたら、せめてお供へには頭の方を差し上げたいけれど、死んで食われなくなつてから旨いものを知つたら、きつとあの世で悔しがるだらうから、やつぱり茎の方を差し上げるつもりでゐる。

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↑こんなことを書いたら、旨いもの情報を教えていただけました。やったー。
豚キムチ&豆腐は旨いなぎささん)
にごり酒は、振らないで飲むべしなぎささん)
フキを〆たもの刺身さん)
焼く前のパン刺身さん)
枝豆の皮。豆を食った後、開いて、内側の硬い薄皮をとります。で、スジは残して、前歯で挟んで皮を食べます。(塩味さん)
イレブンのおでんの汁に卵黄と和カラシを溶かして飲む(ピヨちゃん)
ブロッコリーに酢をかけて食べる(ピヨちゃん)
どうもありがとうございました。それと食べたもの板も参考になりますな。





懐石料理

ご主人はお酒をご所望でありましたが、叔父様はとりあへずビールだらうとおつしやつたので、両方注文しました。妙にたどたどしくて落ち着かない給仕がビールと、菜の花と白魚の前菜を運んでくるまでは、せいぜい私の郷里の話題がぽつぽつと出るくらひの静かなもので、叔父様が、角館の桜の土手で柳葉敏郎が女とゐるのを見ただとか、花火をやるのは大曲だつたかしらとか、とりとめのないお話で繋いで下さつたおかげで大分助かりました。だいいち、料理の味が悪くなるだとか言つて、部屋を禁煙にしてしまふのが悪いのである。私はやらないけど、煙草を吸う方は吸わなひでゐると機嫌が悪くなつてきて、とばつちりを食うのは当方なのである。とにかくビールとお酒が出てきて、禁煙のせいで場は荒れずに済んだ。ご主人と私と、どちらがより緊張していたのか知れなひけれど、とにかくご主人と二人して、心の臓も火を噴けよとばかりにお酒をごくごくと飲んだ。叔父様とお嬢様は専らビールを召し上がつて、奥様はビールをほんの一口か二口と、あとはお茶を飲まれてゐた。 お料理が進んで、大きな朱のたらいに豆腐が出てきて、すくつては、たまり醤油などをかけて頂いた。豆のじつとりした味がして旨かつた。旨かつたけど、お料理どころではなかつたと云ふのが本当のところである。叔父様は手のどこかを骨折なさつて、もう大分良いさうでしたけれど、まだ痛むやうで、それでもビールを飲むといくらか痛みが和らぐと云はれた。それを聞いて、昔見たハリウツド映画で、矢玉が腹を抜けたのを焼いて消毒するのに、強い酒を飲むんだか塗るんだかしてゐたのを思ひだした。 ご主人は私と話を始められた時には顔が真つ青でありましたが、お酒をどんどん飲んで青から赤に変はり、食べ残したオムライスの話だとか、今から蕎麦を打つのだと云い出して奥様と叔父様に止められ、挙句の果てには、散々お酒を飲んだ後に、普段はお酒は飲まなひのだと云はれた。一瓶空けた後でさういふ事をおつしやるのである。私は殆ど朝飯がそれでしたので、とにかくお酒が効いてしまつて、じぶんの馬鹿な口が余計な事を云いださないかと心配でしようがなかつた。それと、とにかく、袖をお皿やお椀にひつかけて、色々なものを台無しにしなひやうに気を配つたので、食べるのが一番遅くなつて、給仕が食器を下げる傍らで、汲み上げ湯葉をかきこむ羽目になつた。あまり酔つてしまつたので、お食事が終わつてから、お宅で休ませて頂いた。気が付いたら二時間も眠つてゐて、その間にご主人は叔父様とゴルフに出掛けられたやうである。





野獣

いつもの通勤電車には、私の乗つた次の駅で降りる方がゐて、ネプチユーンの名倉潤に似てゐらつしやる。今朝も電車は混んでゐて席はいつぱいだつたから、名倉さんの前の吊革に両手でぶら下がりながら、次の駅に着くのを待つた。ところが、名倉さんは眠つてゐらつしやつて、しかも今日に限つてイアホンを着けてゐる。もうぢき次の駅だといふのに、起きなひ。起こしてさしあげやうかとも思うのだけど、イアホンを着けてゐるので、話しかけてもきつと起きないだらうから、さわらないといけない。それは一寸どきどきするし、お髭も濃いし、ひよつとしたら今日は別の用事で、もつと遠くまで行かれるのかもしれなひし、などと考えてゐるうちに、駅に着いてしまつた。さうしたら、名倉さんは目を覚まされて、窓の外を見て、一呼吸の後、気付かれた。跳ね起きて、閉まりかけた両開きのドアの間を狼のやうに駆け抜けて、行つてしまつた。その時の、窓の外を見てから、肉体を起動して飛び出すまでの動作の間、名倉さんの顔がその一瞬だけ、トム・クルーズに見へたのである。





売店の一人上手

小銭入れの、口のところの皮が裂けたのを塞ごうと思つて、会社の売店に接着剤を買ひに行つたら、セメダインとボンドが並べて売られてゐるのである。

どちらも黄色い長細い箱に入つてゐて、「透明で早ひ、木、竹、紙、布の接着に」といふやうな事が書かれてゐて、同じく百四十円である。こんなに似ている物から一方を選べなどと云はれたつて困る。両方を手にとつて、重さを量つたり、振つてみたりしながら、しばし見つめる。結局、ボンドを買つた。ボンドの箱の方がセメダインよりも少し長かつたからである。

ついでに、アーモンドチヨコレートが食べたくなつたら、これも明治とロツテの2種類あつて悩ませる。K川先生と石Sが千葉ロツテマリーンズを好きだと云つてゐたような気がしたので、ロツテの金庫に百九十円くれてやつた。

それから、さういへば伊藤園のお茶の、小さひボトルの奴は、買う度に値段が違うので、前から不思議に思つてゐたのだけど、よくよく見たら、三百ミリリツトル入りのと三百四十五ミリリツトルの二種類があることが分かつた。ボトルの大きさがほんの少し違ふことに気が付かなかつた。それで十円違つてゐたのである。四十五ミリリツトルで十円違うのだから、換算すると三百ミリリツトルのお茶は六十円であつて、あとの五十円はボトル代といふことになる。さう考えるとボトルも捨てるのは勿体無ひかしら、しかしこんな半端な大きさの容器は、せいぜい醤油さしに使へるか使へないかである。





結論

風をひいてマスクをしてゐた。息苦しくて邪魔なのだけど、馴れてしまつたら妙に落ち着くのである。くちのあたりに布がさわつてゐるのが安心する。大き目のマスクで鼻からあごまですつぽり覆つて、ニツト帽を目のあたりまで深く被つて、マフラーに手袋もして、空気には全然触れないのである。この格好で電車に乗るとよく眠れます。布団に頭まで包まつてゐる感覚である。良く眠れ過ぎるので、そのうち乗り過ごして箱根の山奥まで行つてしまうだらう。それとは全然関係なひのだけど、わたくしが勤めてゐる会社には離れの建屋があつて、夜になるとそこから、塩昆布の匂ひがしてくる。毎日である。さういえば塩昆布ではないけれど、桃屋の瓶詰めのおかず海苔に唐辛子入りのがあつて、これが旨くて、ご飯が何ぼでもゐける。ご飯が好きである。





生き地獄

レジの前まで着たら、小銭入れに穴があいてしまつてゐるのである。小銭が半分落ちかけてゐるし、片手には鞄を持つてゐるし、雨降りで小脇に傘を抱へてゐるし、手袋は外さないといけないし、お会計をしたら小銭では足りなくて別のお財布を出さないといけなくなつて、もう何から順番にやつたら良いかわからなくなつて、動けなくなつた。お茶漬け海苔なんて、別にすぐに無くても良ひやうな物を買つてしまつて、こんなに後悔するとは思はなかつた。あんまり困つたので、立つたまま寝てやらうかと思つた。





蟹喰ひ猿

やどかりの歩くのを見ると、から揚げにして食ひたくなる。蟹の小さひ奴のやうな味だと想像する。ざりがにはロブスタアを小さくした姿をしてゐるから、ボイルしてレモンを絞れば、きつといけるだらう。しかし泥臭いかもしれなひ。牛や羊がのそのそと歩き回つてゐるのを見ても、生きてゐるうちの奴らは、ちつとも食欲をそそらなひのである。仮にもし一週間も食はずにゐて、そんなときに奴らに出くわしたら、石斧振り回し、殴り殺して、肛門から口までエイヤと角材突き通し、焚き火の上でぐるぐるやつてやらうといふ気にもなるかもしれなひが、今までの所、そんな気持ちになつたことは無ひ。奴らが食欲を起こさせるのは、まあせいぜい切り身になつてからである。その点、蛸は立派で、水族館の薄汚ひ水槽の中でぢつとしてゐるときでさえ、食ひたい欲求をかきたて、私を水槽の前から放さなひのである。刺身にしてやらうか、おでんに入れてぐずぐずに煮てやるのも良ひ。

↑こんなことを書いたら反響がありました。刺身さんによると、ザリガニは泥抜きすれば食えるようです。それとたぬきつねこさんがメールで教えてくださったこのサイトこのぺージではヤドカリ食ってます。やっぱり蟹に近い味のようです。クモっぽい香りって何だ。それからモチヅキさんは犬の腿を見ると食欲がわくそうで、それは何となくわかると思った。行くか、韓国。

そしてついに掲示板に、アメリカザリガニを召し上がった方がいらっしゃいました。面白いのでちゃるさんの書き込みを全文掲載させていただきますぜ。イエー!!
何を隠そう私はあめりかざりがにイーターであります。
幼少のみぎりに父方の田舎(茨城県)の田んぼの辺を流れている小川で取って取ってとりまくり、2日くらいきれいな井戸水で生かしておき、それから湯を沸かして、粗塩をいれて茹でて食っていた。茹で上がったヤツは真っ赤で、食欲を激しくそそる強いエビ臭を発していた。そしてその味は濃いのである。当時、エビといっても家で食うのはちゃっちい芝エビ。年に2回のボーナスの折、親子4人で四川飯店に行って食すエビチリのエビと、蕎麦屋の天丼上の海老天くらいがエビだっただが、そのどれとも違う濃密な味に酔った。
おミソ部は寄生虫がいるので、茹でてもまんがいちを考えたのか、捨てており、尻尾部のいわゆるエビの尻尾部の肉を食っていました。
現在、反芻してみても、たぶんいちばん近い食味はロブスター、もしくはソフトシェルクラブから香ばしさを抜いた味が一番近いかもしれません。毎夏、田舎に帰省すると食ってました。しまいには休みが終わっても、小学校の教室などにいるクラスのざりがに を見ると食指が動きました。が、実際に墨田公園の池から捕まえてきて、食べたら美味かったのですが、泥抜きが不十分だったらしくちょっと泥臭かったのと、一緒に美味いうまいと食った友人が赤痢になりましたので、食うのは止めましたがあれは美味いと思います。機会があったら食いたいです。
なんだか食魔人みたいな書き込みでした。長くてすみません。
なんか本当に食いたくなってきた。shinさんによるとザリーはシャコに近い味らしいです。シャコは旨いよ。シャコ食いに四国まで行ったもん、おれ。





方法

銀行からお札を引き出しまして、お買ひ物をいたしますと、大抵の場合、小銭のお釣りをもらふことになります。買ひ物をするほどにお札は減つてゆきますけれども、逆に、買つた品物と小銭で荷物は重くなる一方です、買つた品物はそれが目的なのであるから、百歩ゆずつて止むを得ずとしても、小銭が増えて持ち物が重たくなる事は、つまらない。小銭が重くて、歩いてゐるうちに憎らしくなり全部川へ投げてしまふ前に、買ひ物のときになるべく小銭から使うやうにすれば、目方も減るしお札の減りも遅くなるので、一挙両得です。それから、同じお釣りをもらふにしても、例へば私などは、百六十円の買い物をするとき、小銭入れに百円玉数枚と十円玉一枚しか無かつたとしても、二百円のお釣り十円玉四枚を甘んじて受け入れること無く、算数の頭を利かせて、二百十円払いのお釣り五十円玉一枚として、小銭の枚数では三枚を一枚に減ずることによつて、荷物の目方を減らします。ただここまでしますと、お店の方に多少算数ができるからとゐつて見せびらかすやうな事をしやがつてとか、そんなに小銭が嫌ひならいつそ釣りは要らないぐらいの事を云へないのか等、余計な事を思はれやしないかと、多少心配にもなります。





竹輪とビール

横浜球場でベイスターズを応援する場合は、お午過ぎから並ばないとなりませんので、腹ごしらえをしておく事まで考慮して、お午まえに関内の駅でK川先生と石Sと三人で待ち合はせて必勝中華である。K川先生おすすめの、いつも決まつた小さな中華屋の二階の席で、餃子や小龍包やピータン豆腐を頼んでキリンラガーを、一人一瓶位の分量を飲み、この儀式をきちんとやつてからベイスターズを応援した日は一度だつて負けてゐない。ここの餃子には耳がある。耳といふのは、皆様のもみあげの後ろに控えてゐる穴ぼこの事ではなくつて、南部煎餅の耳のやうな耳である。南部煎餅を知らなひ方には伝はらない説明で申し訳ないが、他に説明のしかたが思いつかないので、あきらめてください。

お食事を終える頃には、横浜球場に並ぶ行列は、球場前の広場をぐるつと囲んで、さらに公園の中にまで入つて公衆便所の前あたりまで来てゐて、その行列のうしろに大人しく並ぶ。そんなに行列ができても入られるけれども、巨人戦に限つては、お午をのんびりと摂つてゐると本当に入られなくなつてしまふので、お午はあきらめて並ぶしかない。一度、巨人戦にさうして並んでゐたら、お腹が減つた上に寒くなつて、近所でヰスキイのミニチユアボトルを買つてきて、並びながらK川と二人で二本空けた。さらに富久娘を一杯あけて、意味の知れなひ事をわめいたり公園の鳩を追ひかけたりし始めた所へ丁度、石Sが遅れてやつてきて、その時はさすがにあきれられた。

球場に入ると外野席の、なぜかいつも決まつて応援の鼓笛隊がゐるすぐ下のあたりに陣取る。別にその席を狙つてゐるつもりはないのだけど、なぜかいつもそのあたりに丁度三つ、席が並んで空いてゐるのである。鼓笛隊にはベイスターズの大きな旗を持つた方もゐて、応援が始まつて三畳から四畳もあるその旗がぶんまわされると、旗を結わえてある物干し竿の兄貴分みたいな棒が、頭上六寸位のところをびゆんと通るので、みんながそれを怖がるために、席が空くのかも知れない。我々はお酒で勢いもついて、そんなものお構い無しで陣取る。そのうち、ごりつとやられるかもしれない。

席に落ち着ひたら野球帽を被り鳴り物の準備をし、売り子さんがビール会社のはつぴを着て竹輪とビールを売つて廻るので買う。値段は良く覚えてゐない、ただ、球場のビールの売り子さんには太つた人がゐなくて、それはきつと急勾配の客席を、重たいビールを持つて上がつたり下がつたりするのが良い運動になつているのだらうと、さう考えたことは覚えてゐる。ビールは試合中はそんなに沢山は飲まなひ、たいてい一試合中に三百五十の缶で二つである。もよおした場合は、攻撃の回は、かつ飛ばせいの応援で忙しいので、守りにかわつたら行つてくるのだけど、試合が終盤になつて、一投一打が大ごとになつてくると、守りだからとゐつても厠に立ちづらくなる。佐々木主浩投手が抑へてゐた頃などは、彼が出てくると攻めのとき以上に盛り上がつてしまつて、大人も子供もフエンスにへばり付き佐々木佐々木の大合唱であつたから、なんとなくその場の空気で皆、もよおしたものをこらへる。だから、佐々木の抑へた後は、球場の厠は決まつて混雑したものである。

試合が終はつて野球帽を脱ぐと、頭は汗のせいで鍋の内側にひつ付いたわかめのやうになつてゐる。満員の根岸線に体をねじ込ませて帰るにしても、勝利の焼肉で祝杯を上げるにしても、頭はそんな状態である。いちど、勝つて皆で焼肉を食べに行つたら、その日は丁度サツカーの世界大会の日で、焼肉屋のテレビで韓国対何処だかの試合をやつてゐた。おつまみのキムチの縁だから韓国を応援したら、これまた見事に勝つた。私がお酒を飲んで応援した試合は勝つやうだから、スポーツチームの監督さんはビールの二、三本お供へして、げんをかついでみるのも良ひかもしれませんよ。





落花生

さういへば秋田の実家では、豆まきは殻つきの落花生を使つた。二月三日といふと表はぜんぶ雪であつて、鬼は外とやると、新雪にすぽすぽと落花生の穴があいた。実家の近所では、なぜさういう慣わしなのかは知らなひけれど、どこのお宅でも落花生を撒いたので、小学生くらいの時分には、次の日になつてからあまり汚れてゐないのを拾つて食つたりしてゐた。テレビや本の挿絵では、節分に撒く豆は小さくて丸くつて、ますに入つてゐたけれど、あれはテレビや本だけのもので、実際には落花生を撒くものなのだと信じてゐた。上京して、世間では節分には福豆を撒くもので、実家のほうが変わつてゐたことを知つたけど、落花生なら拾つて食へるし、福は内とやつてもむやみに散らからないので、あれはあれで合理的であつたと、今は思ふ。





霜柱

明け方しんと冷え込んだから、会社の芝生や植え込みのところに霜柱がたくさん生えた。わざわざ歩道からそれて踏んづけてやりに行つたら、あちこち、もう誰かが踏んづけた跡がある。会社といふ所は大人の人間が来るところなのに、子供みたいな事をする奴がゐるものである。飛ばしすぎる自動車をひつつかまへるオービスといふ機械があるが、あれに似たのをこしらへて、霜柱を見張るのが良い。さうして、霜柱を踏むような奴は次々呼び出して、人数が集まつたら皆で宴会をやる。霜柱を踏むような奴らの集まりなら、大人を気取つて白ける者もゐないだらうから、きつと盛り上がるに違いない。





ねじ巻き

人はときどき停止して、指のささくれを弄った後、また動き出します。





御菓子

箱根の温泉饅頭は黒くて小さくて、皮がへらへらと薄く僅かに濡れてゐておいしい。香川の金毘羅さまの灸まんは三角で、本当にお灸みたいである。お土産にひと箱買つて職場の皆でわけたら、たまには甘いものも良いものだと喜ばれた。YAS君がときどき買つてきてくださる、あんじよう小僧といふお饅頭は、箱根の温泉饅頭に似て黒くて小さくて、底の皮などは餡が透けて見えるほど薄くて如何にもおいしさうである。甘いものだけど、ほんのり塩つぽくて食べ飽きない。

お祝いやお葬式で貰ふようなお饅頭は、先ず甘すぎるし、大きくて皮が厚くて一つ食べきらない。小学生のときに学校で何かのお祝いで配られたことがあつて、食べたくなひと思つたので母にあげたら喜んで食べていた。母は甘ひものが昔つから好きで、ケーキを買ふときは皆に二つずつ、自分の分は三つ買つてきた。仙台のお土産で萩の月といふのがあるが、あれも川が厚いし何かぱさぱさしてゐるので好きでないけれど、お土産にすると喜ばれる。特に女性の方にはうけが良いやうである。

休みの日に仕事をしなければならない日があつて、その日は寝坊して朝を食べ損ねてしまつたせいで腹が減つて仕方が無かつた。駅に団子屋が出てゐて、そこで売られていたゆべしを見たら、みつちりと隙間無く詰まつた感じのゆべしが如何にも旨さうに見へて、あれを胃におさめてやらうと思つて、種類の違うのを一つずつ三つ買つた。胡桃と胡麻と栗だつたと思ふ。ゆべしを誰も居ない休日の職場でもりもり食べながら仕事をした。





通ひ道

お勤めの通ひ道に、シエパードを飼つてゐるお宅がある。そのシエパードは女学生が屈んだ位の大きさがあつて、飛びかかつて来さうな気配はなひけれど、大きいから迫力がある。出張だつたか何かの用事でたまたま昼頃通りがかつたら、奥さんがシエパードにボウルで遊んでやつてゐて、プラスチツクのパイプのような棒で打つたボウルを四足で飛んで追ひかけてゐた。奥さんが打つのを失敗してボウルが下に転がると、シエパードがちやんと口にくわへて奥さんに渡すので可笑しい。





銭湯

近所に銭湯がある。隣はいつも使うコインランドリである。コインランドリは、入り口兼看板の「リ」の文字が消えていて、コインランドになつてゐるが、入り口のガラス越しに洗濯機の並んでゐるのが見えるので、コインランドリ以外の何かとは間違へ無い。銭湯の、もう一方の反対側にはいつも木材が山積みになつてゐて、これを燃して風呂を沸かしてゐるやうである。やつているときは背の高い煙突から黒い煙をもうもうと吹いてゐる。木材の山の合間にはなぜかアヒルが住んでゐる。他に鶏もゐてコアコア鳴いてゐる。

銭湯は一回四百円するので時々ぜいたくする日にだけ入る。うちのお湯が出なくなつた時に、仕方が無いから今日は銭湯に入らうと思つてゐたら、しばらく待つうちにまた出るやうになつてしまつて、肩すかしを食つた。銭湯の中は男湯と女湯が仕切りで分かれてゐる、よくテレビで見るような形であるが、テレビのやうに石鹸をポーンとやる人を見たことは無い。





納豆

大根を細く切つて、刻んだ大根の葉と一緒に塩で揉んで一晩置いたのと、水戸で買つてきた藁納豆と、醤油とご飯とを全部お椀に入れてぐるぐるに混ぜたら、これが旨くて仕方が無い。

幼い頃は好き嫌いが随分あつて、幼稚園では給食を食べられなくて居残りされたりして、肉も野菜も魚も嫌いであつたが、納豆だけは良く食べて、そのころのタンパク質は全部納豆から摂つてゐたと思ふ。毎朝食つていた。始めは挽き割りにしたものを食べてゐたと思ふが、いつのまに粒のまま食ふやうになつたかは覚えてゐません。

小学校に上がつて、おれは毎朝納豆を食つてゐると自慢したら、納豆臭い奴だとばかにされた。それでも毎朝の納豆は止めなかつた。

今は朝とは限らず、唐辛子を沢山入れて夜のお酒のお供にしたり、味噌汁に入れて納豆汁にしたり、開いた油揚げに入れて焼く食べ方も覚へた。今も体のタンパク質の三割りか四割りは納豆である。納豆を止めればちからが出なくなるものと思はれる。





スリツパ

だけども問題は今日の雨傘がないと井上陽水は唄つてゐるが、今の部屋の散らかり様の方が問題である。ごみ箱から藁納豆の藁が出てゐて馬小屋のみたいである。

酔つ払うと竹輪を買つてしまふ。ししまるの様だと云はれる。今の若い方はししまるを知らないかも知れない。

「なんつっ亭」という中華そば屋があるが、そこの駐車場には「なんっ亭」と書いてある。

中学校の修学旅行のときトランプで何かのゲームをやつたが、そのとき負けたものは罰として皆にスリツパで頭を殴られた。思い切り殴つてもスリツパなのでそれ程痛くないのだが、続けるうちに脳髄がずれてきて皆だんだんとおかしくなつて行つた。





あと味

食事の後でガムを噛む。去年の夏、お友達4人で香川に旅行したとき、彦江でうどんを食べた後にガムを噛んだら、同行したおかこさんに「もったいない」と言われた。口の中に残った彦江のあと味がもったいない、ということである。今でも時々その事を思い出して、食事の後のガムをためらう事がある。





むねやけ

今年のクリスマスはケーキを食べなかつた。simpleさんは十二月二十六日の日記によると、一ホオルをひとりで召し上がつたそうで、普段はコンビニエンスストアのお弁当ひとつで一日過ごされる方なのに、そんなに食べて冬眠でもする気だらうかと思つた。僕は甘い物は好きだが一時に沢山食べると必ず胸焼けがするやうで、量で云へば洋菓子よりは和菓子のほうが沢山食べられる。葛きりや豆かんなど黒砂糖の汁がかかつたのは、いくらでも入りさうである。とはいえ矢張り限度といふものはある。

会社に入つてすぐの頃に仲良くしていただいた某田さんは甘いものが好きで、杏仁豆腐を一辺が肩幅ほどもあるトレイに作つて、それを格子に切つて、シロツプをかけて独りで黙々とたいらげたときは、さすがに具合が悪くなつたと云つておられた。

中学生の頃に弟と二人で留守番していて、退屈だつたとか確かそんな理由で、二十センチ位のボウルになみなみ一杯のプリンをこさえた。プリンの粉を二箱ぜんぶ使つて、お湯だかミルクだかに溶いてボウルに満たして冷蔵庫で冷やしておいて、そのプリンの箱に一緒に入つてくるシロツプの粉も湯に溶いて、それもコップに半分位になつたように思う。冷えて固まつたプリンはボウルからきれいに剥がれて、大皿の上でぷるぷると半球状になつた。ボウルの底だった部分は一番上に来て粉が溶け残つてじやりじやりしていたが、それ以外の部分はうまく出来ていた。シロツプをかけて弟と二人してがつがつ食つたが、半分ほど掘り進んだあたりで胃に何かグツときて、その日はもう夕食も食へなかつたと思う。半分残つた化け物をどうやつつけたかは覚えていなひ。





酢と塩

東北の出なので、正月に実家に帰ると寒くて風邪をひくことになります。だから盆だけ帰ることにしてゐる。何年か前、正月に実家に帰ろふと思つて親父さまに電話したら、正月は母方の実家で過ごすと云ふので、僕もそつちへ行くことにした。母方の実家は山奥の盆地にあつて、雪が積もつてゐる上に酷く吹雪いて、駅から歩いて行く間で咽喉からやられてしまつて、熱が三十八度出て寝込んだ。折角のお正月のご馳走も味が全然わからなくて、何のために来たのかと思つた。親戚の家に行つたら、お年始のご挨拶の声ががらがらに酷くて、親戚のおばさんが心配して、さういうときには昔から塩と酢を水で割つたのでうがいをすると良いと教へてもらつた。その場で早速試したら、旨いなとは思つたが、効いたのかどうかは知らない。





視線

長椅子が壁に沿つて向かい合つて並んでいる電車に乗つてゐると、斜め向かいに三十代くらいの、黒い髪が肩までの地味な顔をした女性が、にやにやと笑つてゐる。何か面白ひことがあるのだらうかと辺りを見回したがそんなものは見当たらない。女性はぼうつと真ん前を見つめているのでその辺りに何かあるかと思つたが、ここからは死角だし、無理に見ようとすれば並んで座つてゐる方々を覗き込むような格好になるので、それは失礼だから我慢した。そのうち、ここから真正面に座つている男性も女性と同じあたりを見てにやにやとしだした。矢張り何かあるのだらうと思つてしまつて、気になつて仕方が無かつたが、覗き込む勇気が無くて、でもやつぱり見たくて落ち着かなかつた。電車を降りるふりをして、ちらつと見てやつて、おつとまだ降りるのではなかつたといふような顔をしてまた座つてやれば良いではないかと考えたり、いや、矢張り人様を見て面白がろうという魂胆は浅ましいなどと考えたりしてゐたら、気が付いたら居眠りしてしまつてゐた。本当に電車を降りるときにちらつと見たが、普通のお客さんが居るだけだつた。居眠りしてゐる間に降りてしまつたのかもしれないし、はじめから何も面白いものなど無かつたのかもしれない。





洗濯

洗濯機が無いので、近所の、銭湯の隣のコインランドリを利用する。山ほど溜め込んで一度にやつつけるので、大人が一人スツポリ入る位のごみ袋に二杯にもなることもあり、さういう時は、両の腕の肘のところにぶらさげて、外国人がよくやるお手上げのやうな格好でヨタヨタと運んでゆく。洗剤を自分で入れるのが二百円、洗濯機が勝手に洗剤を入れてくれるのが二百五十円であり、一台でごみ袋に一杯分しか洗えない。途中で頃合を見計らつて柔軟剤を入れますので、二台使う時などは中々忙しい。

洗濯は三十分で終はる。その次は乾燥機にかける。乾燥機は一台でごみ袋二杯いける。ついこの間、夜中にやつてゐて、洗濯機から乾燥機に濡れ物をうつす時に、私が使つていた洗濯機の隣に十四五位の若い男が二人して寄りかかつて、漫画の雑誌を読みふけつており、通られないでもないが濡れ物を運ぶにえらく邪魔だつた。文句を言つてやらうと思つたが、その二人の男は何故か揃いの青い外套を着てゐて、しかも洗濯を待つでもなく只漫画の雑誌だけを読んでゐるやうであつたので、何だか普通で無い気がして怖かつたので、我慢した。我ながら小心だと思ふが、この性格のために何かの時に無事でゐられることだつてあると思はれる。

コインランドリの前には駐車場があつて、車でやつてきて洗濯を待つ間は車で寝てゐる者もゐるやうである。この間帰りに何となく一台の中を覗いたら、三十五位のパンチパーマの男が寝てゐて、その隣で髪の長い若い女がつまらなさうに、携帯電話を弄くつてゐた。





父の教え

幼いころ父が、寒いときに鼻水を啜ると冷たくなつた鼻水が体の中に入つて風邪をひくので、寒いときに鼻水を啜つてはいけないよと云つた。本当かどうかは知らない。





海のラーメン

会社に行く途中で通る道で家を建ててゐて、朝七時半頃、大工さん達が焚き火をやつてゐた。大工さんといふのは随分と早い時間から働くものだと感心した。材木の屑がゴオゴオと音を立てて燃え火柱が二メートルも立つてゐた。朝早くから働くのは苦手だが焚き火は羨ましかつた。

中学生の頃、父と母と弟と連れ立つて冬の海を見に行き、流木を集めて焚き火をした。弟の着ていたジャンバに火が移つて慌てたが、父がすぐに砂をかけて消したので大したことにはならなかつた。焚き火の上にどうやつたのか忘れたが薬缶を下げて、湯を沸かしてカツプラーメンを作つて食べた。寒かつたのですぐに冷めたが何故だか旨かつた。海を目で見たのと風の匂ひのせいだつたと思われる。それ以来、海を見ながら食うラーメンは旨いものだと思つている。

小学校の時か中学校だつたか忘れたが学校の一学年皆でキャンプに行つた。キャンプファイヤを始めたら雨になつたが、先生がガソリンをかけて無理矢理燃やした。夜は何人かずつに分かれてテントに泊まつた。次の日の朝めしの時、隣のテントが火事になつた。





いまやりたいこと

服装:毛布入りの緑色のコート、ニツト帽、軍手、マフラ、厚手のセータ、ジーンズ、スニーカ。
持ち物:洗面用具一式、下着の換え二揃え、お金、健康保険証、文庫本を何冊か、デジタルカメラ。
目的地:何処でも良いが適度に遠い事が好ましひ。下田か、行つた事は無いが房総の方が良ひと思ふ。
交通手段:電車、ただし空ひてゐること。薄らボンヤリとして長く乗られれば良し。居眠りも良し。向かひ合つた四人掛けを占拠して駅弁など食へればなほ良し。特急などは速過ぎて落ち着かなひと思われる。普通のドン行が良い。
宿:眠られれば何でも良いが、なるべくなら旅館が良い。旅館の朝めしを食ひたい。
食事:何でも良し。旅館の朝めしさへ食へれば云う事無し。
観光:海、川、湖など水のある所は落ち着くので好ましい。土産物をぶらぶらと見て回るのは昔つから好きである。
日程:お金が無くなつてきたら帰る。





節約

会社の食堂で同僚と食事をしていて如何したら節約できるかという話になつた。電気代やガスなどの光熱費はそうそう削れるものでもないので矢張り食費を何とか浮かせるのが手つ取り早いのだろうが、俺は朝は桃屋の海苔等で飯を一膳食うだけだし、昼と夜は専ら会社の食堂で日替わりの定食を食べるのでこれも削り様が無い。そもそも食事以外に大した楽しみも無い生活なのにそこまで切り詰めてしまつて何になるのか。それより食費なんかよりも時々衝動的に本やレコードなどを大量に、例えば何たらかんたら大全集などを一時に買つてしまうのを止めた方がよつぽどそのぶん貯金ができると同僚が言つたが、全くその通りだと思つた。





寿司屋の茶

どこぞで風邪をもらつたせいか喉がいがらつぽいので、会社にある食堂脇の売店で緑茶を買つてきた。本当は葉の茶のボトル入りの温かいのが欲しかつたのに、今日は売つてゐなくていらいらした。食堂脇の売店は売つているものが一定してゐないので、あれを買おうこれを買おうと決めてかかると、お目当ての物が無かったときにいらいらしてしまふ。何も考えずにぶらりと立ち寄る利用の仕方が良いようである。アサヒの、寿司屋の湯飲みの様な見た目の缶入りが出ていたのでそれを買つた。寿司屋の茶のドロツと濃ゆい感じを期待したが、さほどでもなく、むしろサラツとしてゐたので少々ガツカリした。しかしながら考えてみれば寿司屋の茶がドロツと濃ゆいのは、粉茶の入つた袋を欲張つて三つも四つも湯飲みに入れる僕のせいなのであって、寿司屋の茶が濃ゆいと思いこんでいるのは僕だけなのであつて、世間一般ではこの缶入りの味こそまさしく寿司屋のそれと認識されるのかもしれない。それはそれとして濃ゆい熱い茶が飲みたい。缶入りのはもう冷めてしまつてゐる。





順番

U村君は蕎麦屋巡りをしているのだそうである。先日どこだかの蕎麦屋で、かけ蕎麦と盛り蕎麦を注文した客がおつたそうで、U村君はその客が如何様にしてかけ蕎麦と盛り蕎麦を食したのか見届けなかつたそうだが、後から考えてみるとこれは中々推し量り難いことであるよと云つた。まづ塩味の薄い蕎麦の味のわかり易い盛りから食して、次にかけだろうと僕は云つたのだが、U村君はそれだと盛りを食べた時点で蕎麦湯が出てきてしまふ、蕎麦湯が出てまつたら何となく食事の締めくくりという感じがして、ふうと一息ついた後にそれからかけ蕎麦を食すのはおかしひと云い、なるほどその通りと思つたが、かといつて盛りを食べ終わり空かさずかけに着手してしまつたら、確かに蕎麦湯は締めくくりに味わうことができようが、その頃にはきつともう盛り蕎麦の膳は下げられてゐて、蕎麦猪口に残つたつゆを蕎麦湯で割って味わうことができなくなるので、これもよろしくないと云うことになつた。かけの後で盛りとした場合には盛りの味が負けてわからなくなつてしまうだろうし、いやはや何とも悩ましい問題である。今日もそのことを少し考えてゐた。かけと盛りを左右に並べて置いてかわりばんこに食すことを考えたが、これはこれで忙しい食事ではある。






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