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1つ目。殆どの人間は、音で発した言葉よりも紙に書かれた言葉を信用する。それは人間の記憶は曖昧であるという実体験にもとづく判断である。そして殆どの場合、その判断は正しい。数人の天才によってなされた発明が今日の文明に生かされているのは、人間の記憶というものに限界があると判断した先人達のおかげである。全ては紙に記録し、そして紙を信じる事が、成功するためには必要なのだ。 2つ目。殆どの人間は、紙に書かれた事を信じる。誰も信じない、なんて言う人間は街中のバーに溢れているが、そんな奴だって燃えるゴミはゴミ置き場に捨てるし、水が欲しいときは蛇口をひねる。それはゴミが回収されると信じている証拠だし、水道代さえ払えば蛇口から水が出ると信じているのだ。「ゴミ置き場」の表示は正しいと信じている。貯金通帳の引き落としの記録は、水道局に支払われたものだと信じている。信じる理由を問われたら、誰だってこう答えるだろう。 ――だって、そう書いてあるから。
JL735便ホンコン行き、フライト時刻は空港の大型ディスプレイに17:35とある。いま15:15をまわった所だ。搭乗手続きを急がなければならない。チェックインのカウンターまで行って、受付の女にチケットを渡す。女は紺の制服に黄色い花柄のスカーフを巻いている。こういう格好をしていると頭が良さそうに見えるのか、もしくは頭が良い女にはスカーフを巻かなければいけない理由が何かあるのか、そんなどうでも良い考えが一瞬の隙に頭にまとわりついて鬱陶しい。下着の替えと洗面用具だけの軽いトランクをベルトコンベアに載せる。できればバックパックの中身をトランクにしまいたいところだが、それでは風邪をひきかねない。
トイレの個室に入って、もう一度「手紙」を読み返す。「手荷物検査は向かって一番左のゲートを使うこと。空港職員に手をまわしてある。フライトの90分前から120分前の間に手荷物検査を済ませる事。バックパックの時だけX線装置をOFFにする。」・・・「手紙」が嘘をついたことは無い。その時間帯だけ、手のまわった空港職員が担当になるということだろう。「ただし荷物は見られてはいけない。危ないと思ったらバックパックごと遠くに投げ捨てる事。捕まったらこちらが手をまわすが、バックパックだけは必ず投げ捨てる事。」バスケットボールのチームにいた頃はコートの端から3ポイントシュートを狙ったこともあったが、バックパックではワケが違う。随分と乱暴な指示をするものだ。「フライトの時刻に変更のある場合は計画は中止する。その場合は電話で連絡すること。番号は・・・」チケットのフライト時刻は・・・18:55・・・だ?さっき大型ディスプレイで見た時刻は17時半だったハズだ。フライト時刻が変更された?ということは・・・計画は中止だ。
手荷物検査をスムーズにやりすごす事だけを考えて、携帯電話まで置いて来てしまった。我ながら神経質すぎるとは思ったが、中止になるとは。全く想定しなかったわけではないが、肩すかしを食った気分だ。公衆電話を探してあたりを見回す。ふと目に入った大型ディスプレイの数字、18:55、チケットにあった数字だ・・・、待て、もう一度チケットとディスプレイを見比べる。17:35のフライトはJL735便だ、そしてその下、18:55のフライトはJL739便とある。チケットのほうは、JL739便、18:55のホンコン行きだ。なんてことだ、JL735便は前の仕事だったか?数字なんてものは覚えられる物じゃあない・・・自分に言い訳しながら、手荷物検査のゲートへと歩き出す。・・・飛行機は予定通りの時刻にフライトする。もともと変更は無かったのだ。
手紙によると、一番左のゲートを「フライトの90分前から120分前」に通過する必要がある。1時間ほど時間を潰した後・・・一番左のゲートの行列に並んで、いよいよ順番が回ってきた。引っかかりそうなものは財布だけだ。ズボンには金具の無いものを選んで着ているし、ベルトはバックルまで皮製のタイプのものだ。財布とバックパックを空港職員に預け、自分は難なくゲートをくぐり抜ける、と、手荷物を通したX線装置のモニタを見て、凍りついた。そこには、頭骨、連なる背骨、ぴったりと折りたたまれた人骨と、薄らとした肉のシルエット。何だこれは、いや何を言っている、これは自分で運んできた「バックパッカー」のX線画像だ、いやそうではなくて・・・なぜこの画像が映っている?空港職員は何をやっている?X線装置はOFFにするハズではなかったのか?怖れていた(しかし回避されると信じていた)事態に心拍数は上がり胃は収縮する。頭に血が上って思考が定まらない。落ち着け、落ち着け。思考する前に状況を把握しろ。モニタを見ていた空港職員がようやく変な叫び声をあげた事は、状況を把握するためには良いタイミングだった。「失敗」だ。
X線装置からバックパックを無理矢理抜き取り、ハンマー投げのように遠心力をつけてブン投げてやった。バスケットボール程ではないがまずまずの飛距離だ・・・飛んで行きながら、バックパックの口が開いて、手か足か、どちらにしても合計2本がにゅっと突き出した。自走して逃げるバックパックなんて聞いたことがない。旅行者たちが反発する磁石のように落下点から離れていく中、1人だけ落下点に向かって突っ込んでいく奴がいる。あれはどこかで見た。ついさっき・・・チェックインのカウンターにいた女、か? さて、もう抵抗する気は無い。「手紙」には「捕まったら手をまわす」とあった。それを待つか待たないかはともかくとして、ここで抵抗するのは得策ではないだろう。変な物がモニタに映ったので気が動転して思わず投げてしまった。案外通用するかもしれない言い訳だが・・・そんなことはさておき、あの空港職員だ。あの叫び声、バックパックの中身は知らされていなかったにしろ・・・「手の回った者」ではなかったのか?もともと空港職員に手を回していなかった?いや、「手紙」が嘘をつくことは考え難い。それよりも、あの女だ。バックパックの落下点に突っ込んできた、チェックインのカウンターにいた女・・・。懐からチケットを取り出して注意深く観察する。匂い、表面の感触。微かにシンナーのような匂い、フライト時刻と、それからJL739便の「9」に微妙な凹凸があるか?修正液が使われた形跡のように思う。目で見ても全く分からないが・・・活字のパターンはもちろん、チケットの台紙の、薄いグリーンで施された文様まで完璧に再現された「修正」が、そこにはなされていた。 俺の考えた超人シリーズ(2): バックパッカー、オルタ
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