俺の考えた超人シリーズ(2004/3〜)
←top

俺の考えた超人シリーズ(1)

 キアヌ・リーブスが主演したスピードという映画の爆弾は確か、バスの時速が80kmより遅くなると爆発する物だったと思うが、ついさっき東北新幹線に仕掛けられたものにはそんなインテリジェンスなど無く、スピードを上げようが下げようが時間がくれば車両の腹に穴が開く。この平和な日本で何が不満なのかは知らないが、走り始めた新幹線にガムで包んだ時限爆弾を投げた奴がいるらしい。計画は阻止される予定で、こうして利根川の鉄橋の上に立っているだけで報酬をいただける楽な仕事になるハズだった。「楽な仕事になるハズ」なのはいつだってそうだが、2回に一度は出番がまわって来るところを見ると、世の中にはアテにならない奴が多いらしい。
 心臓が2つありそのぶん胃袋が小さいから、リスのようにしょっちゅう食事をするので不便しているが、そのかわり、普段は同じリズムで脈打っている心臓を交互に脈打たせ脈拍を上げる事で、血流から生まれる自分の中の感覚的なスピードが速くなる。分かりやすく言うと、自分が感覚するスピードが速くなり、相対的に周りの動きを遅く感じるという事だ。ただし速くなるのは感覚だけで、体の動きが速くなるわけではない。例えばボクサーがパンチを放つのを見てそれを避けるのは簡単だが、顔の1cm手前まで迫った拳を避けるのは不可能だ。むしろボクサーのパンチのような不規則な動きよりも、直線的な、例えば飛んできた弾丸をどうこうするだとか、そっちのほうが扱い易いとも言える。弾丸の速度はかなりのものだが、生まれもった2つの心臓と脈拍を上げる訓練で、どうにかついて行けるようになった。仕事をするとき鼓動の回転が異常に速まるので、良く知る者はその鼓動の音をドラムセットのツー・バスを交互にドカドカやる音に例えて「ツー・バス」と呼ぶ。そのまんまだ。
 新幹線が見えたので仕事を始める。爆弾をガムごと掴むために指無しの手袋をして構える。やまびこ46号・・・全席指定の新幹線が増えた為、自由席のあるやまびこ号は今日も立ち乗りの乗客ですし詰めだ。爆弾はこちらから数えて3つ目の車両の中央、低い位置にあると連絡を受けている。ドクン、ドクンと同じリズムの2つの心臓が、徐々にずれたリズムになっていく。ドドクン、ドドクン、・・・ドッ、ドッ、ドッドッドッドッ・・・時速300kmにも達する新幹線の速度について行く為に、交互に脈打つ鼓動は早まり、まるでエンジンを搭載しているかのように筋肉が小刻みに震える。ドドドドドドドド・・・!スズメがコンドルのようにゆっくり羽ばたく!新幹線との距離は近づけば近づく程、じれったいぐらいに中々やって来なくなり、それはまるでアキレスと亀の詭弁のような奇妙な感覚だ。鼓膜の付近を流れる血流が激しくノイズを発して何も聞こえず、宇宙空間のような静寂である。血流が起こす摩擦熱で体温が上昇し、たったいま伸ばしかけた腕の周りの空気が揺らいでいる。新幹線の先頭が押した空気の圧力!指無しの手袋から揺らいだ空気が糸のようにたなびく。なにもかもをスローに感じるが、そんな中でも新幹線はまあまあ早い。見えてきた爆弾は、例えて言うなら回転寿司の2倍か3倍程のスピードだが、対して自分の手の動きは、普通のスピードの回転寿司を取り逃す年寄りのようだ。何という遅さ!しかしこの遅さはスピードを捕まえる「精度」なのだ。ベルトコンベアのように淡々と近づいてくるガムの玉を・・・正確に手のひらの真ん中で捕らえる、そしてゆっくりと(これで全速なのだが)手を引いて衝撃を殺しながら横にスライドさせて・・・車体から引き剥がれる!手袋ごと利根川の下流に向けて遠投し、自分も利根川に身を躍らせる。ドドドドド、ド、ド、ドッ、ドッ、・・・脈拍が元に戻るに連れ、投げた手袋も新幹線も、スズメも、そして迫り来る水面も速度を増して行く。
 ツー・バスの能力を使うと体温は火傷を引き起こすまでに上昇する。それを冷ます為には利根川に飛び込むのが手っ取り早いと考えたのだが・・・案外流れが速くて溺れかけた。河川敷で寝転がる休暇も悪くないが、ずぶ濡れのままでは少々目立つだろう。新幹線はもう見えない・・・。ドボン、とずっと下流の方から水の弾ける音を聞いたが、振り返ってそちらを見た頃には、日の光にきらめく水面が僅かに揺れているだけだった。

俺の考えた超人シリーズ(1): ツーバス





俺の考えた超人シリーズ(2)

 1つ目。殆どの人間は、音で発した言葉よりも紙に書かれた言葉を信用する。それは人間の記憶は曖昧であるという実体験にもとづく判断である。そして殆どの場合、その判断は正しい。数人の天才によってなされた発明が今日の文明に生かされているのは、人間の記憶というものに限界があると判断した先人達のおかげである。全ては紙に記録し、そして紙を信じる事が、成功するためには必要なのだ。
 2つ目。殆どの人間は、紙に書かれた事を信じる。誰も信じない、なんて言う人間は街中のバーに溢れているが、そんな奴だって燃えるゴミはゴミ置き場に捨てるし、水が欲しいときは蛇口をひねる。それはゴミが回収されると信じている証拠だし、水道代さえ払えば蛇口から水が出ると信じているのだ。「ゴミ置き場」の表示は正しいと信じている。貯金通帳の引き落としの記録は、水道局に支払われたものだと信じている。信じる理由を問われたら、誰だってこう答えるだろう。
 ――だって、そう書いてあるから。

 JL735便ホンコン行き、フライト時刻は空港の大型ディスプレイに17:35とある。いま15:15をまわった所だ。搭乗手続きを急がなければならない。チェックインのカウンターまで行って、受付の女にチケットを渡す。女は紺の制服に黄色い花柄のスカーフを巻いている。こういう格好をしていると頭が良さそうに見えるのか、もしくは頭が良い女にはスカーフを巻かなければいけない理由が何かあるのか、そんなどうでも良い考えが一瞬の隙に頭にまとわりついて鬱陶しい。下着の替えと洗面用具だけの軽いトランクをベルトコンベアに載せる。できればバックパックの中身をトランクにしまいたいところだが、それでは風邪をひきかねない。
 トイレの個室に入って、もう一度「手紙」を読み返す。「手荷物検査は向かって一番左のゲートを使うこと。空港職員に手をまわしてある。フライトの90分前から120分前の間に手荷物検査を済ませる事。バックパックの時だけX線装置をOFFにする。」・・・「手紙」が嘘をついたことは無い。その時間帯だけ、手のまわった空港職員が担当になるということだろう。「ただし荷物は見られてはいけない。危ないと思ったらバックパックごと遠くに投げ捨てる事。捕まったらこちらが手をまわすが、バックパックだけは必ず投げ捨てる事。」バスケットボールのチームにいた頃はコートの端から3ポイントシュートを狙ったこともあったが、バックパックではワケが違う。随分と乱暴な指示をするものだ。「フライトの時刻に変更のある場合は計画は中止する。その場合は電話で連絡すること。番号は・・・」チケットのフライト時刻は・・・18:55・・・だ?さっき大型ディスプレイで見た時刻は17時半だったハズだ。フライト時刻が変更された?ということは・・・計画は中止だ。
 手荷物検査をスムーズにやりすごす事だけを考えて、携帯電話まで置いて来てしまった。我ながら神経質すぎるとは思ったが、中止になるとは。全く想定しなかったわけではないが、肩すかしを食った気分だ。公衆電話を探してあたりを見回す。ふと目に入った大型ディスプレイの数字、18:55、チケットにあった数字だ・・・、待て、もう一度チケットとディスプレイを見比べる。17:35のフライトはJL735便だ、そしてその下、18:55のフライトはJL739便とある。チケットのほうは、JL739便、18:55のホンコン行きだ。なんてことだ、JL735便は前の仕事だったか?数字なんてものは覚えられる物じゃあない・・・自分に言い訳しながら、手荷物検査のゲートへと歩き出す。・・・飛行機は予定通りの時刻にフライトする。もともと変更は無かったのだ。
 手紙によると、一番左のゲートを「フライトの90分前から120分前」に通過する必要がある。1時間ほど時間を潰した後・・・一番左のゲートの行列に並んで、いよいよ順番が回ってきた。引っかかりそうなものは財布だけだ。ズボンには金具の無いものを選んで着ているし、ベルトはバックルまで皮製のタイプのものだ。財布とバックパックを空港職員に預け、自分は難なくゲートをくぐり抜ける、と、手荷物を通したX線装置のモニタを見て、凍りついた。そこには、頭骨、連なる背骨、ぴったりと折りたたまれた人骨と、薄らとした肉のシルエット。何だこれは、いや何を言っている、これは自分で運んできた「バックパッカー」のX線画像だ、いやそうではなくて・・・なぜこの画像が映っている?空港職員は何をやっている?X線装置はOFFにするハズではなかったのか?怖れていた(しかし回避されると信じていた)事態に心拍数は上がり胃は収縮する。頭に血が上って思考が定まらない。落ち着け、落ち着け。思考する前に状況を把握しろ。モニタを見ていた空港職員がようやく変な叫び声をあげた事は、状況を把握するためには良いタイミングだった。「失敗」だ。
 X線装置からバックパックを無理矢理抜き取り、ハンマー投げのように遠心力をつけてブン投げてやった。バスケットボール程ではないがまずまずの飛距離だ・・・飛んで行きながら、バックパックの口が開いて、手か足か、どちらにしても合計2本がにゅっと突き出した。自走して逃げるバックパックなんて聞いたことがない。旅行者たちが反発する磁石のように落下点から離れていく中、1人だけ落下点に向かって突っ込んでいく奴がいる。あれはどこかで見た。ついさっき・・・チェックインのカウンターにいた女、か?
 さて、もう抵抗する気は無い。「手紙」には「捕まったら手をまわす」とあった。それを待つか待たないかはともかくとして、ここで抵抗するのは得策ではないだろう。変な物がモニタに映ったので気が動転して思わず投げてしまった。案外通用するかもしれない言い訳だが・・・そんなことはさておき、あの空港職員だ。あの叫び声、バックパックの中身は知らされていなかったにしろ・・・「手の回った者」ではなかったのか?もともと空港職員に手を回していなかった?いや、「手紙」が嘘をつくことは考え難い。それよりも、あの女だ。バックパックの落下点に突っ込んできた、チェックインのカウンターにいた女・・・。懐からチケットを取り出して注意深く観察する。匂い、表面の感触。微かにシンナーのような匂い、フライト時刻と、それからJL739便の「9」に微妙な凹凸があるか?修正液が使われた形跡のように思う。目で見ても全く分からないが・・・活字のパターンはもちろん、チケットの台紙の、薄いグリーンで施された文様まで完璧に再現された「修正」が、そこにはなされていた。

俺の考えた超人シリーズ(2): バックパッカー、オルタ






←top