2005年6月10日
栃木県栃木市
栃木市には、わざわざ京の都から見に来る人があったほどの歌枕「室の八嶋」があります。ところがこれが誤解されていて権威ある国語辞典でさえ室の八嶋とは神社であるなどとしています。実は室の八嶋は本来の室の八嶋から何度も変貌を繰り返して現在に至っています。それで室の八嶋を理解するためにはその歴史を知る必要があります。以下に室の八嶋の歴史を紹介いたしますので、是非今までと違った視点で室の八嶋を訪ねて下さるよう、お待ちしております。
室の八嶋
室の八嶋とは、下野国府(現栃木県栃木市内)付近にあったと思われる平安時代以来の歌枕で、「室の八嶋の煙」のように煙と結びつけて多くの歌人に詠まれたところです。
室の八嶋の歴史
平安時代: 室の八嶋が具体的にどこにあり、どんなところであったかは、詳しく記した史料がなくよくわかりません。しかし「野中に清水のある」などの表現から推測すると、広義には、平地の湧き水を水源として栃木市街を貫流する巴波川(うずまがわ)の本流および赤淵川などの支流の流域にかつてあったと思われる広大な湿地帯・沼沢地、狭義にはそのどこかにあった場所(赤淵川・杢冷川の流域か?)ではないかと思われます。そして西暦1100年ころには京の都からわざわざ見に来るような場所でした。室の八嶋はさぞ素晴らしい景勝地であったろうと想像されます。
また室の八嶋は、由来がはっきりしませんが「煙立つ室の八嶋」「絶えず立つ室の八嶋の煙」のように煙と結びつけて和歌に詠まれ、初期の和歌によれば室の八島の煙は「恋のしるし」−恋の思いが形となって現れたもの、恋の思いを伝える狼煙(のろし)−でした。当時の都人はまだ見ぬ室の八嶋に思いをはせながら恋の歌を詠んだのです。あなたも一首いかがでしょうか、恋の歌を。
<下野や室の八嶋に立つ煙(けぶり)思ひありとも今日(けふ)こそは知れ>大江朝綱
<いかでかは思ひありとも知らすべき室の八嶋の煙ならでは>藤原実方
<かくばかり思ひ焦がれて年経(ふ)やと室の八嶋の煙にも問へ>狭衣物語
むろの八島見にまかりける人のさそひ侍りけるにさはる事ありて申しつかはしける
<煙無き室の八島と思ひせば君がしるべ(導、標)に我ぞ立たまじ>藤原親朝
中世: その後室の八嶋は景観を失ったのか、平安時代も終わりの頃になりますと、室の八嶋と呼ばれていた場所の中心が下野国府に移動して、景勝地室の八嶋はかつて下野国府にあった場所と考えられるようになり、下野国府付近が室の八嶋と呼ばれるようになります。そして下野国庁がその機能を終えて廃墟化し、跡形もなくなった後は、下野国庁の付属物であった下野惣社の周辺が室の八嶋と呼ばれるようになります。室町時代の1509年頃に連歌師の柴屋軒宗長が室の八嶋を訪れていますが、当時の室の八嶋は「誠に打見るより淋しく憐れな」風景でした。
<夏くれば室の八島の里人もなお蚊遣火や思ひ立つらむ>小侍従
<待てしばし煙の下に永らえて室の八嶋も人は住みけり>藤原隆祐
下野国府が兵火によって焼かれたことがあるのかもしれません。
<跡もなき室の八嶋の夕煙なびくと見しや迷ひなるらむ>法印守遍
近世: その後、江戸時代の元禄二年(1689年)に松尾芭蕉が遠回りまでして室の八嶋を訪ねてきますが、芭蕉の見た室の八嶋とは室の八嶋の大明神(下野惣社のこと)という神社でした。それは芭蕉が想像していた、あるいは期待していたものではありません。そのため芭蕉は一言も印象を述べることなくその場を立ち去っております(奥の細道)。さて芭蕉が頭に描いていた室の八嶋とは、「野中に清水のある」ところか、それとも「誠に打見るより淋しく憐れな」風景の場所か? ちょっと時代がずれてしまいましたが、芭蕉の行きたかった場所を探し出し、芭蕉の果たせなかった夢を代わりにかなえてあげてはいかがでしょうか。
<糸遊に結びつきたる煙かな>松尾芭蕉
現代: 芭蕉の「奥の細道」とその解説書の影響で、かつて下野惣社であった現在の大神神社(おおみわじんじゃ)あるいはその境内の池が「歌枕室の八嶋」であると信じられております。そしてその場所はまた「奥の細道」ゆかりの地として「俳枕室の八嶋」ともなっております。
(栃木県栃木市◆一郷土史研究者 さんからの投稿)
栃木県栃木市の自慢は平安の世にも詠われた名勝、室の八嶋。いまは当時の景観は失われているようですが、残された詩歌のイメージを残されたわずかな面影に重ねてみるのもいいかもしれません。
つーか投稿があまりに完璧なのでコメントすることがありません(苦笑)。漢字の読み、ちょっとした解説など。
大江朝綱(おおえのあさつな)
藤原実方(ふじわらのさねかた)
狭衣物語(さごろもものがたり)
藤原親朝(ふじわらのちかとも)
煙無き〜・・・僕がアホなので意味がよくわかりません。自分は好きなんだけど相手はあんまりそんな気はなさそうで、しかしその相手に室の八島見物かなんかに誘われたんだけど断ったよ、みたいな意味でしょうか。全然ちがうかもしれません。わらってやってくれ。
柴屋軒宗長(さいおくけんそうちょう)
あってるのかな・・・
小侍従(こじじゅう)
蚊遣火(かやりび)・・・「蚊を追い払うために、くすぶらせる煙。」
藤原隆祐(ふじわらのたかすけ)
糸遊(いとゆう)・・・陽炎、もしくは空中に浮遊する蜘蛛の糸、だそうです。
芭蕉が印象も述べずに立ち去ってしまった今の「室の八嶋」ですが、大昔には歌に詠まれる名所だったというお話。反対に今はいまいちパッとしないあなたの地元でも、歴史を知ることで見直せるかもしれませんね。
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