パーキンソン病に対する治療の基本は薬物療法ですが、いろいろな症状の中には、薬が効きにくい症状(振戦)や長期にわたる薬物療法の結果引き起こされる症状(wearing-off、on-off現象)、薬剤の副作用に関連する症状(ジスキネジア、精神症状)など、薬物療法では日常生活動作の充分な改善が期待できないものがあります。これらを改善する方法の1つが脳外科手術です。どのような症状がどのくらいになったら手術を受けると良いのかは、患者さん一人一人で異なりますが、一般的には薬物療法を受けているにもかかわらず毎日の生活が著しく不自由な状態になりつつある状態の患者さんが対象です。実際に自分の症状に対して手術が必要かどうかは、主治医の先生とよく相談して下さい。この解説が、その時の参考になれば幸いです。
定位脳手術とは
振戦などの不随意運動に対する定位脳手術は1947年に開発されて以来、方法の変遷はありますが、頭蓋内の任意の1点(通常視床や大脳基底核など脳の中心部)に任意の方向から(前頭部など比較的安全な場所から)到達するという基本的な考え方は変わっていません。すべての定位脳手術は、脳の中心部にある第3脳室という脳脊髄液のプールの形をもとに基準点を決めて、目的とする神経がそこから何mm離れているか、を計測して行います。
実際の手術は、フレームと呼ばれる金属製のやぐらにネジで頭を固定し、機能解剖に基づいてつくられた脳図符(脳の解剖学的構造を示した地図)と患者さん本人の画像診断をもとに、目標とする神経構造に針状の電極を刺す操作です。この時に用いられる画像診断として、かつては脳室の中に空気や造影剤を入れてレントゲンを撮る脳室造影を行っていました。しかし最近ではCTやMRIを用いれば造影を行わなくても脳室の形が描出できるようになったので、脳室造影を行わずに手術する施設が主流になっています。目標点に電極が挿入されたかどうかは、レントゲン透視や、電極先端の電位を測ることで電気生理学的に神経の活動様式をとらえる方法や、実際に電気刺激を行って刺激に対する症状の変化を観察する方法で確認します。視床、淡蒼球、視床下核などそれぞれ症状に応じた目標がとらえられたら、電極の先端に高周波電流を流して電気凝固をしたり、同じ部位に慢性刺激電極を埋め込んで手術は終了です。
振戦に対する視床の凝固術には長い歴史と経験があり、以前から保険診療として認められていましたが、脳深部電気刺激療法を行う為の装置埋め込み手術は、振戦に対する適応が2000年4月より保険で認められました。淡蒼球や視床下核を目標とした手術を行えば、振戦だけでなく、固縮やwearing-offに対しても症状を改善できますが、これは厳密には保険診療としては認められておりません。視床下核刺激を行う為の両側の一期的同時手術も現在の所、保険診療として認可されておりませんが、諸外国や国内他施設の手術成績では、同時に手術を行った方が、日常生活動作の改善に優れていると報告されています。
以下に、私たちの施設で視床下核に対する脳深部刺激療法を行う時の実際の手術の手順を示します。同じ目的の手術であっても、使っている手術器具や個々の患者さんの状態によって手術手順は異なりますので、あくまでも参考としてお読み下さい。
手術の準備と検査
第3脳室を確認する方法として、私たちの病院では、脳のMRIとCTスキャンをそれぞれ撮影し、コンピューターワークステーションを使って2つの画像を合成し、患者さん一人一人の脳の地図を作製して手術に臨みます。MRIは手術の前日に、CTスキャンは手術当日の朝に手術用のフレームを装着してから撮影します。
麻酔と手術体位
原則として、手術は局所麻酔で行いますが、局所麻酔では痛みが我慢できない時や、手術が長時間になって患者さんのストレスが強い場合などは、作用時間の短い静脈麻酔薬を使って一時的に眠って頂くこともあります。手術中に行われる試験刺激の時は、振戦や固縮の程度、しびれ等の刺激による副作用がないかどうか、を患者さんに伺いますので、この時はしっかり起きていて頂かなければなりません。手術中の体位はほぼ仰向けに寝た状態で、手足を動かすことは自由ですが、頭部は手術用のフレームごと手術台にしっかり固定されますので、頭を動かすことはできません。手術中も話をすることはできます。
手術操作と術中検査
局所麻酔の注射をして、前頭頭頂部(髪の生え際のすぐ後ろあたり)を縦に約5cm切開します。頭蓋骨に専用のドリルを使って直径14mmの骨孔を開けます。頭蓋骨には、痛みを感じる神経はありません。フレームに取り付けた定位脳手術装置を使って、その孔を通して、目標とする脳の深部まで直径1.2mmの長い針を刺し入れます。針はマイクロドライブという精密機器に固定されており、1/100
mm単位で進むようになっています。針の先端が目標点に到達しているかどうかは、針先の電位を測定する事で神経細胞の発火の様子をみたり、手術中に針に電気を流し、手の震えや筋の緊張がどのように変わるかを観察して判断します。また、この刺激をしている最中にしびれや、目の動きの異常、気分不快、発語の障害などの副作用がないことも合わせて確認します。最小の電流で最も効果が期待される刺激部位を探しだすために、通常は2〜3個所に針を刺して比較しています。目標点が確認されたら、一旦針を抜き、脳の中に埋め込んでおく電線を同じ所に刺し入れます。同じ所に入った事は、レントゲン透視をして確認します。両側の手術を行う場合は、片側が終了してから、反対側の視床下核に対して同様の処置を繰り返して電極を挿入します。電線はプラスチックのボタンを使って動かないように骨孔の所で頭蓋骨に固定した後、頭の傷を縫合して手術を終えます。頭蓋内の処置が終了したら、静脈麻酔薬を使って患者さんには眠って頂くようにしています。電線の一方の端は耳の後ろのあたりから頭皮の外に出しておきます。ここに体外式の刺激装置を接続して、手術後約1週間病棟で試験刺激を行います。
術後の経過
手術室を出て病室に戻るときに頭部CTスキャンを撮影し、手術中に出血などの合併症がなかった事を確認すると共に、埋め込んだ電極のおおよその位置を確かめます。手術は局所麻酔なので、病室に戻った頃には意識も回復しており、翌日から術前と同じように動いて頂くことができます。傷の痛みを訴えることはほとんどありませんが、手術操作により頭蓋内に少量の空気が入り、それが残っている数日間は、頭を動かすと頭痛がすることがあります。視床下核の手術では、術後数日は電極に電流を流さなくとも、針をさした影響で一過性に固縮や振戦などの症状が改善していることがよくみられます。この時期を過ぎた頃から、体外に出しておいた電極に刺激装置を接続して、試験刺激を行い寝返りや起立、歩行などを含めた日常生活動作の改善の程度を評価します。試験刺激には1週間から10日程度を費やし、その後の刺激条件(電流の強さ、刺激の周波数、刺激部位の組み合わせなど)を決定します。試験刺激中に、頭蓋内に埋め込んだ電極の位置を正確に確認するためのMRIを撮影し、問題がなければ、慢性脳深部刺激装置を前胸部に埋め込む手術を全身麻酔にて行います。この手術は定位脳手術に比べれば、簡単で合併症もほとんどありませんが、頭部から全胸部までリード線を通す為に全身麻酔が必要であるため、麻酔のリスクを伴います。
手術の合併症
1)手術中に脳内に針を刺すことにより脳出血を起こす危険があります。起こった場合、小さい出血の事が多く症状を出すことは稀ですが、中に一過性の運動麻痺や知覚障害をきたす事があり、出血が大きければ一部症状が残る危険もあります。施設や報告により様々ですが、すべての定位脳手術において何らかの(まったく症状を出さないものも含めて)脳出血を合併する割合は3〜5%程度と言われています。
2)体の外から電線という異物を入れる事で、局所の感染を起こすことがあります。起こった場合は抗生剤等で治療すると共に、電線を抜去する必要に迫られる事が少なくありません。
3)長期にわたって電線を入れておくことで、断線の危険があります。また電池は刺激の条件にもよりますが通常は5〜7年後には交換が必要となる見込みです。電池の交換にも小手術が必要ですが、局所麻酔で日帰りでも可能な手術です。
4)手術の後で電線が脳の中で動いてしまうことにより、刺激時に効果が薄れたりそれまでになかったしびれ感などの副作用が現われたりする事も報告されています。
5)電気刺激の副作用として、一時的な脳浮腫(むくみ)をきたしたり、精神症状が出現することがある、と報告されています。万が一このような症状が現れた場合は、電気刺激を中止するか、もしくは体を動かすのに最もよい条件よりは少し弱い電流しか流せないこともあります。
まとめ
視床下核の脳深部刺激療法は、薬物療法では限界のある進行したパーキンソン病の症状を改善する画期的な治療法です。しかし、この治療もまた症状を緩和するための対処療法であり、パーキンソン病を根本的に治す方法ではありません。手術により改善した機能を維持する為に、またその後の症状の進行を少しでも遅らせる為には、術後も定期的な通院と薬物療法、それに加えて刺激条件の調整が必要です。
外科的治療法がこの病気で悩んでおられる患者さんの症状の改善にお役にたてれば幸いです。
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| (文責:自治医科大学脳神経外科 加藤正哉) |
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