競輪競走の難しさ オッズとの対話 ラインが示すもの 並びが示すもの 明日なき結論 捲りの価値体系 逃げと捲りの連対 捲りが死んでも番手が生きる! 捲り選手の逃げ スピードかパワーか 2車だから生きるカマシ 勝ち上がりと選手の格 今日もどこかで3連単 3連単のシナリオ 燃えつきた客 残り目の運動学 どっちが競り勝つ? 三番手選手の連絡み 自転車選手の体 地元は何割増?? 競輪場を旅打ちする 戦闘誘導員 スタートの合意 脚の違う選手がいる 車券が変わってくる 中団はどの選手か 穴車券は誰が出す? はまりこみ1 はまりこみ2 我らが太田真一 捌きとは何か 漠然とした自在戦 分断へのアプローチ
燃えつきた客 沿線に競輪とボートがある場合。薄汚い格好をしているオッサンが混同して電車に乗ってくるが、 このとき顔を見ると、どっちへ行く客なのかよく分かる。典型的なのがボート客で、これって何でなんだろ う?本当に間の抜けた顔してるんですよね。それに比べて競輪客はこう、何ていうのかな。一癖 も二癖もありそうなこすっからい感じの顔をしている。他でいうと競馬客はスケベ、パチンコはバカ。 オートは行った事がないので分からない。もっとも間抜けとバカの違いを説明しろと言われたら言葉 に詰まってしまうのだが。。とりあえずボート場で降りる客ってのは一発で分かる。 競輪場の客はガラが悪いというのが定説だ。さしずめ東京近辺では毎日ボートも競馬もどこかで やっているのにわざわざ競輪場に来てる客だから実にコアなファンが多い。立川と川崎は今でもヤジ の激しい競輪場で、選手にしても賞金が安ければ絶対に来たくない場所だろう 西日本は競輪 の人気が低く、ボートも競馬もない日に仕方なく競輪行くか、という客がバラバラといるだけ。 その多くが高齢者で、金網の前には誰もいない。活気がなく売上げも低い。古い施設が残り大きな レースなど誘致できない。実に難しい局面を迎えているのだが、そもそもファンが少ないのであれば 無理に競輪をやる必要もないと思う。 面白いのが前橋といわき平で、供になかなかの業績を残してい るのだ。 前橋はそもそもが高級住宅地が多く都内に工場を持ってる様な小金持ちが多い。いわき平は 漁師の町でやはり金持ちが多い。入場人員に比べ売上げが安定しているのだから、やはり公営競技は 客あっての商売という事になる。 では競輪場に金を貢ぎ続けるファンとは一体どんな人間たちなのか。確かに見た目は美しくはない。 デートスポットとしての競馬場の様にカップルがいるわけでもない。ピクニック気分で訪れる子連れの家族など もちろんいない。いるのはガラガラ声で同じ事を何度も連呼する予想屋と金網の前で選手を苛めるのだけが生き甲斐 のチンピラ、なぜそこにいるのかさえ分からないオカマ、まだ若いのに完全に頭が逝ってしまい自分の世界に入ってらっしゃる兄ちゃん。 窓口でおばちゃんに噛み付いている中年。差せるか差せないかの論争が喧嘩にまで発展する仲間達・・ 彼らの多くは優しいのだ。甘いのです。その優しさが致命傷になって今ここにいる人たちではないかと思う その証拠に私は優しいではないか。殴り合いの喧嘩などしたこともないし、口喧嘩でも「これは言ったら可哀相だな」 などと思って出がらしになってしまう。どうだ、私は優しい 競馬をやる人間の方がむしろ信用できないし、そういった産業に関わっている全ての人間を軽蔑する。 勝手にこの世に生みだされ、むりやり鞍と人を乗せられ走らなかったら処分される。そんなか細い命が大群で 4コーナーを回ってくる姿など想像すると吐き気がする。「馬が好きだから」なんて人間が本当に競馬を やるはずもないし、そこにあるのは間違っても「夢」などではない。人間の愚かさが何者にも具現化されずに 転がっているだけなのだ。 ギャンブルとは自己責任でやるものだし、競輪は選手だって自転車一台。体ひとつ。他の誰かを傷つけないものだ。 人間が人間と向き合って生きると、どうしても避けて通れないものがある。でも、それを避けずに 当たるには相当な勇気が必要だ。時にはそれから逃げ出してもいいと思うのだ。全てを大きな優しさで 包んでくれるようなものが競輪場にはあると思うのだが。。いかがなものか