紀州本川中島合戦図屏風について
☆ 戦闘の概要や馬印・旗差・武将名などに関する付け紙が貼られているが、明らかに間違いが含まれており、のちの時代に貼付されたものではなかろうか。



左隻
(弘治2年の合戦)


右隻
(天文23年の合戦)
作者・成立年代 不明  
大きさ やや小さめ 右隻タテ108.5センチ×ヨコ272.6センチ
左隻タテ109.2センチ×ヨコ272.7センチ
監修者 宇佐美定祐か? 「北越軍記」「川中島五箇度合戦記」の著者
スポンサー 初代紀州藩徳川頼宣か? 宇佐美定祐を召し抱えた
分類 短          冊
武将名(武田方) 辻弥兵衛 三服九兵衛 飯富三良兵衛(後号山県) 小笠原若狭守 諸角豊後 帯□(兼)形(刑)部 田原左衛門 武田飛騨
三科伝右衛門 朶石源右衛門 原隼人 内藤修理 漆田三良左衛門 小幡尾張 飯富兵部 甘利左衛門
芦田下野 真田幸隆入道 小山田弥三良 小山田備中 相木市兵衛      
 ☆ 詳細は今後、ドンドン追加予定です。
     完成までは少々お待ちくださいませ。

解説・紀州本川中島合戦図屏風(和歌山県立博物館)より抜粋