読書感想

「ある憲兵の記録」 翔ぶが如く1
「平壌25時」金王朝の内幕 翔ぶが如く


「ある憲兵の記録」
(読書感想 朝日文庫)元憲兵 土屋芳雄

 東北の出身の兵士が憲兵となり、満州で暮らした憲兵生活十年、これを描きつつ軍国日本の姿も紹介している。うかうかしていると、私たち日本人は再び「いつか来た道」を歩み始める気がする。

 確か、日本軍は悪逆非道の拷問や殺人を満州、中国でやっていたとは聞いているが、しかし実際にやった人の話として紹介されている本は少ない。やったことを隠したいのが人の常だが、この人は正直に伝えている。
 これだけのことをやれる要素が、日本人のDNA遺伝子の中に隠されているのかと思い、身が引き締まる思いで読んだ。

 ここで悪逆非道の事実を写真で紹介したいと思うが、それを見たら、猥褻だとか個人情報の保護だ、日本人の恥をさらすな、云々を言って伏せるだろう。本田勝一「中国の旅」(朝日新聞)参照。中国には戦中の出来事を国民に教える記念館が多くある。

 日本の敗戦と共に、憲兵であった土屋芳雄はソ連軍捕虜、強制労働一年、ソ連では食うや食わずやで重労働させられてきた。その後もソ連に抑留されて四年。そして、独立した新しい中国に引き渡された。土屋は、裁判に掛けられて銃殺か、と覚悟した。
 そんな不安で満州鉄道に乗せられて護送された。戦前の日本なら、裁判どころではなく、拷問にかけて、挙げ句の果て人体実験、あるいは試し殺しに使われるのが落ち。

 満鉄に乗せられ護送されている列車で弁当が出た。丸腰の下っぱ車掌役の青年が持ってきたアルミ製の弁当箱に一杯の白いご飯、おかずはジャガイモ、ネギ、豚肉の煮込み、容器いっぱいに詰まっていた。まったく食べ物がなく、飢餓状態の中にいた土屋には夢か、と思うほどだった。中国では、温かくもてなすことは、留置場内でもそうだった。

 罪状が中国本土から集められ、それに基づき調べられていた。ソ連で調べられた時には、まったく自白する気はなかったので「知らぬ存ぜぬ」で土屋は通してきた。また、「自分の罪ではなく国の方針に従っただけ」と、責任逃れをする供述をしてきた。

 中国政府は「担白(自白)するものには罪は軽く、拒否するものには罪が重い」という方針だった。
 係官は、収容されている日本の元兵士たちを前に
「君達は中国に侵略し何をしてきたか。反省したことがあるのか。憲兵隊の庭で拷問されて、どれだけの人が殺され、その苦しみ、恨み、家族の悲しみを考えたことがあったのか!」と涙まじりに訴えた。
 始めて聞かされる告発にみな一様にシーンとした。

 食事の豊かさは、ソ連とは比べものにはならないのはもちろんのこと、髪が伸びれば床屋に行かせてもらえた。そういう温かい扱いに、土屋は壁が崩れるように罪の認識をするようになった。
 土屋は意を決して、正確に自分の犯した罪を書き上げた。十枚程度の自白調書に書いたものを係官に提出した。中国側では土屋の罪状をすでに調べられていたが、それと比べ、「名前は一人が違うだけだ」と土屋の書いた人名がほとんど間違っていないことに係官は感心した。

 土屋が直接、間接に殺した人は三百二十九名、拷問にかけた数は千九百十七名、これだけの数の人間を十年程度の間に苦しめたわけだ。その後も、彼は自分の記憶していることを数カ月に渡って書き上げた。
 当然、死刑が下されると思っていたが、「土屋芳雄、起訴猶予」であった。そして、釈放となった。「罪を憎んで人を憎まず」か。

 釈放と決まって、送別には中国政府から新品の洋服が支給された。引き上げ列車内では「ウソではないか」とお互いに語りあったほどだった。見送りの港には、多くの中国人が集まっていた。
 その中には、最初の満州鉄道の列車の中で食事を運んでくれた車掌もいた。彼は車掌ではなく軍人だった。肩についていた階級章は大尉だった。土屋よりずっと上の階級にもかかわらず、捕虜の面倒をみてくれたのだった。日本の軍隊では考えられない行為だったから、土屋の印象に強く残っている。

 興安丸は舞鶴港についた。
 船から下り、日本政府から与えられたのは、古い軍服と一人一万円だった。そして、厚生省政務次官が挨拶した程度の待遇だった。政府は引揚者たちをすぐ故郷へ帰る列車に乗せようとした。国のために長年外地で苦労してきた復員の人々をこの程度の扱いで、終わらせてしまうつもりか、という怒りがこみ上げてきた。そこで、引揚者のすわり込みがはじまった。それで厚生省は一万円を上積みし、二万円にして解決しようとした。
 国の責任を追求しようとしても、ノラリクラリとラチがあかない。帰ってきて国は、こんな状態である。日本と中国の差、これは一体どういう思想の背景があるというのか。

 中国は、日本が戦中に残虐の限りを尽くしてきたというのに、日本にこれだけの温かい持てなしをする。すべての人がそうであるとは言えないが、多くの在留孤児を大事に育ててくれた事実もある。

 そのような感想を交えつつ読み終わった。実際読んで事実の迫力を知って頂いたほうがよいでしょう。この本は読むに値する本でした。