| 七夕トークスピーチ 野沢 常雄 |
町はいかにあるべきか
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『なかつがわー!なかつがわー!』 JR中央西線の列車が止まり、呼び声に押し出されるように、中津の町へ降り立つ。眼前に恵那の山を仰ぎ見る。夏は緑濃く、冬は雪に覆われている姿を見た時、 「ああ故郷だ、中津川へ着いたのだ」と思い知る。 5分も歩いて行くと、市内を流れる四ツ目川に出会う。ここではハゼに似たドウゼンがいた。岩陰を三角網ですくえば真っ赤で髭のある魚ネギハチ(アカザ)がいた。 河川の環境は年ごとに悪くなり、地球上の環境悪化は小動物たちの上に影響が出てくる。 |
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小さな生物の滅亡が巡り巡って、人間の滅亡につながっていく。経済発展という物欲にばかりに目を向けていると、物理的にも精神的にも環境を破壊することになる。そのことは、人間にも言える。空気が汚れてくれば、気管支の弱い子が喘息になり、その大気汚染の警告を発する。無理な進学教育や社会の矛盾から、精神的に鋭敏な子供にそのしわ寄せが現れる。
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現代人は、今欲望の充足を限り無く求め続けて、いいのだろうか。 日本の社会をつぶさにに眺めると、今、人の必死になって考えることは、男は女に、女は男にもてること。そして、カラオケ、宝クジ、競馬、パチンコ。テレビはどぎつく、視聴率のとれる番組ばかり流している。自分の考えを鍛えることより、感覚的に楽しいことを追い求め続けている。刹那をエンジョイすればよいと思っているようだ。「お金」と「欲」と「好奇心」ばかりが肥大した人間たちは、益々今の地球を食いつぶしていく。 私は、この文章も『ラストメッセージ』として、現在より悪い環境を次の時代に渡してはいけない…という一念で、現在の日本と日本人に向かって主張し、書き続けている。それはただ私の主張、思想が人々の心の片隅にもぐり込み、ずっと生き続けていけたらとの願望を表した言葉である。 |
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町に足場の無くなった中津川出身者に、ユックリと休む場所があったら…と思う。今こうして中津へ帰ってきて、心が癒される場所が中津にあれば、とてもリラックスできるだろう。その為にホームステイ制度があったら、こんなにうれしいことはない。 傷つき、落ち込んだ時、慰められる庵(いおり)があったら、こんなにも嬉しいことはない。一泊、二泊して親密になっていけたら、楽しさ倍加する。楽しさとは優しさの感じられたとき。そこにはそれぞれの専門を生かして、カウンセリングしてくれる話相手になってくれる人がいれば、これほどの癒しの制度はない。中津川市周辺は学者を多く排出する町として評価されいる。彼らが鮭の遡上のように再び戻ってきてもらえる懐の広い町であり、老後を過ごす場所にしていけないものか。 そうすることで、中津の町は老人を大切にする町となる。老人は至宝。至宝は市宝。町の温かさを伝える代表として、老人が活用されるべきだろう。そこに若者が老人を慕って来れる場所、庵(いおり)が生まれる。今、一番必要なものは、温かさ、優しさだ。世の中には、これらが忘れられている。それを伝える場所として、庵(いおり)が生まれる。 |
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成績、生産性、売上げ、打率、視聴率、給料、現代人が求めるあらゆるものは、数字で現されている。銭さえ儲かったら、強引でも、ズルくても、厚かましくても、相手を傷つけても、結果オーライ!といった体質が出来てしまった。 有名人が冷淡であるというわけではないが、無名な人ほど、親切であったかく、やさしい。有名になろうとか、人の上に立とうとする策略がないだけ人に優しくなれるのだろう。 科学や工業の文明は発展の上に立って業績を継承して、さらに発展している。しかし、それを扱う人間はセッセと積み上げても、死んでいく。また、生まれた子供がゼロから出発をする。いつも人間だけが、せいぜい八十、九十年の積み重ねでしかありえない。 そして、自分の生き方を大切にしない分、いくら産業や工業が発展しても、人の仕合わせにつながっては来ない。 |
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老人の欲得を超越した知恵を次代へ伝達してこそ、地球を救える。 それが私の望むホームステイ制度である。そうなったら、中津川市は全国から若者が集まってくる“日本の故郷”になる。そういう中津川市に変身することを希望する。 |
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| 今のまま環境を汚し続けたら、地球はあと百五十年間で人間の住める環境ではなくなると、科学者は警告している。今から百五十年と言えば、今から遡ると明治の少し前、坂本竜馬が殺されたころだ。あれから、平成四、五年までしか地球は持たないだ。来年あたりが、滅びの年なのだ。
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![]() (バブル残影がのこる'91.7.7) ・中津川市七夕トークで語る。 左 早川芳男氏 右 私野沢常雄 |
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