ワルがきたちは準備しながら、嬉しそうであった。
これから始まるゲームを想像して、ミカンの皮、魚の頭、アラ、野菜クズ、そういうものを進物用のきれいな包装紙に包み、ていねいに紐をかけた。汁が垂れたり、悪臭がしないように丁寧に扱った。
出来上がったら、一見立派な「進物品」に見えた。
魚の切り身を買うと、経木か、せいぜい油紙に載せて新聞紙と一緒に包んだ。染みるものを防ぐにはその程度だった。当時はそういうものでも、水気がしみてすぐ破けてしまうのが、普通であった。
田中角栄首相が日本列島改造論を言い出すずうっと前だから、日本は貧しかった。本町の旧郵便局の角から入った老槙町、その奥にあった○○接骨院のおじさんが「毎晩晩酌でビールを飲む」と、配達する酒屋の友達に聞いたとき、金回りがいいと感じたくらいの時代だ。
包装紙に包んだニセ進物品をさりげなく道路に置いた。あたかも忘れ物か、落し物か、と思われるように見せた。我々は隠れて見ていた。
拾ってくれるのを期待して、案外興奮するものだ。
夏から秋にかけての夕方だ。
この遊びを誰が提唱したか忘れたが、中学生の聖ちゃんだろう。包装紙をうまく包むのは小学生にはムリだから、どうしても中学生以上の手先の器用な人が参加しないと、このいたずらは成立しない。
本町通はそう大勢人が通るわけではないが、数人は気づかずに通り過ぎた。早く誰か拾ってくれないか、私たちはウズウズしていた。
ようやく、カモが来た。いい年の主婦だった。
小池の魚屋「魚常」から出た身なりのいい女の人が、あたりを気にしながらサっと拾った。買い物カゴになにげなく入れた。
ばっちり見てしまった。
こっちは隠れてはいるが、それを期待しているわけだから、よく見た。身なりは良くても、やることは身なりとは違う、と思った。
それっ、と尾行を始めた。嫌なガキだね。
おばさん、子どものイタズラとは知らないから、驚くに違いない。その期待で子ども達は付いて行った。
おばさんは、自分の心にやましいと気にしている。不法にものを拾って自分のものにしようと隠しているからね。カゴの中のものを気にしていることは確かだ。
しばらくして、おばさんは、子どもが数人、ついて来ていると気づいた。
すると、拾ったものをサっと捨てて走り出した。その行動は素早かった。自宅が知られるのはいやなのだろうな、と感じた。本気で尾行すればできるだろが、そんなことには、私たち、興味はなかった。
人の心の中というか、欲というものが見えた。人の心がこんなにあさましいものか、わかったような気がした。
放り出されたニセ「進物品」は破けて、道路に散らばった。魚の頭、骨、内臓、魚のアラ、野菜クズ等々が散乱した。
ウワッきたね。イヤな匂いがした。
これでは2度目のゲームにはこの包装紙は使えないや、とそれで止めたわけではない。
次はきれいな包装紙がもうないから、道路に置いても誰も拾ってくれない。
それでもう面白くなくなったので、やーめた。
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