Mちゃんと 同 盟

結局だまされて損する

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 私が小学4年でMちゃんは中2で4コ年上だったが、体格は小さいし、表情は暗く、あまり心から笑った顔は見たことがなかった。同じ年の子からは仲間ハズレにされているように見えた。

 「同盟組めば、儲かる。損しない」
 どう見込まれたか、ちゃんは甘言で私にささやいた。
 私はパンパン(メンコ)の同盟を組むことになった。同盟を組んだことがなかったし、彼がずるい人間だとは思わなかったから、彼の言葉に乗った。ぼんやりしていたから、いいカモと思われたのかもしれない。

 最初90枚ずつ持ち寄り180枚を資本にし、組んで儲かったら共同財産が増えていく仕組み。メンコは取ったり、取られたり、子どもの遊びでありながら、真剣勝負の戦いだった。順番にメンコを打つのだが、チームを組めば特定の敵に集中できる。自分の方が狙われる割合が少なくなり、それだけ同盟の効果がある。

 曾我家のセメントの庭はカッコウの場所だった。
 セメントの庭で小学生が騒いでいると、曾我家に間借りしている人が、たまりかねて「病気の子が寝ているから」申し訳なさそうに注意する。しばらくは小さい声で静かに遊ぶが、まただんだん大声でメンコに夢中になる。
 
 ちゃんは、ホンコやって稼ぐと「増えた。増えた」と、全部メンコを自分で抱え込んで自分チにもって帰った。それで私も得して、儲けたと思っていた。ちゃんと同盟で二週間に40枚くらい増えた。

 ちゃんと同盟を組んでいると知られると、
「やめろ、やめろ!Mッコはコスイから」と、中学生のセイちゃんたちや周りが言い出した。「と同盟すると、結局ツネがだまされて損する。」私に味方して言ってくれた。
 ちゃんの評価は、本町の子どもたちの間では一致低かった。気の毒に、彼は子ども仲間ではつまはじきされていた。だから、年下を遊び相手にしていたのだろう。

 「付いて行ってやる」
 
中3のセイちゃんがと言ってくれたが、1人でちゃんチへ行った。玄関で呼ぶとMちゃんが出てきた。
「同盟やめるから、オレの出した分、返して」
 ちゃんは無表情で応じてくれた。なにも言わないのは、バックにセイちゃんが付いているのを知っていたからだろう。Mちゃんが怒りの感情を抑えているのだとは、わからなかった。

 玄関先で、箱から出資分のメンコを1枚ずつ返してくれた。
 小学4年ならだませると思ってか、ちゃんが返してくれたのは一番汚れたのや弱そうなメンコから、きっちり90枚。儲けの分があるはずと思ったが、
「出した分」と言ったからか、ちゃんは一切知らん顔だった。

 ここでかなり損したわけだが、のんきだったから、あまり憎む気もダマされたという気もしなかった。
 
 そして、Mちゃんの仕打ちも忘れて、半年も過ぎて夏になっていた。
 「木曽川へ行こう」
 ちゃんは、玉造橋の下の砂浜へ遊びに私と同級生のI君を誘った

 
2時間も遊んだ頃、
「帰ろう!」と私はいった。
 ちゃんは年下を喜ばす気配りがないし、面白くない。天気もあまりよくなかったせいもあって、気分が乗らないから、しばらくして、また「帰ろう!」と言った。
 チャンはそれに応じてくれたから、納得してくれたと思った。表情は普通だったがカチンと来ていたのだろう。私にはそのMちゃんの気持ちに気づかなかった。

 帰り道、北野から白山町に出る手前、左側が高い土手なっている。そこは、中津高校から松田、前山に続く丘陵の端である。
 私にここまで警戒させないで来て、「上に上がれ」とちゃんは言った。何でこんなところへ行くのか、よくわからないが、Mちゃんの指示に従って坂を上った。土手の上に茶の木が茂って、下からは隠れて見えない場所にさそった。

 変な場所に行くなあ、と思っていると、ちゃんが止まった。
「さっきは何で勝手なことを言った!」
 爬虫類の目で睨まれ、ホッペをピンタされた。ちゃんは怒っていたのだ。四歳年上の感情はわからない。彼は感情を押し殺していたのだ。
 もういっぺん、殴られた。
「Iも殴れ」
 同行していたI君に殴ることを強制した。I君は躊躇していたが、私の頬を殴った。涙が出た。痛さより屈辱からだった。

 そこから、どうやって本町まで帰ってきたか、さっぱり覚えていない。木曽川での行動に怒っているだけでなく、半年前同盟を勝手に解消して自分から離れてしまったことを根にもっていたのではないか。感情を押し殺して、彼はじっと報復のチャンスを狙っていたのか、そんな感じがする。

 中学生のちゃんは病弱で色白で、目だけは恐かった。同級生の先輩たちからは仲間に入れてもらっていなかった。小柄で4年生の我々と変らない。その分、執念深いと思われていた。

 中学卒業後、しばらくすると、トラックの運転手になったと聞いた。故障の修理など先輩運転手のようにはできないから、その評判は芳しくなかった。彼の苦戦を気の毒に思った。

 還暦の集まりに田舎に帰ったとき、50年前のI君の気持ちを聞いた。
 I君は悪いことしたと思って、次の日におわびの文を書いて、オレには直接渡せないので、ウチの玄関に放り込んでおいた、という。しかし、それは見なかったな。

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