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西宮神社の境内には多様な木が植わっていた。左神殿の裏側には3本の真っ直ぐで太い3本の杉があり、中央の神殿の前には太い青樫が立っていた。入口右、碑の裏側には銀杏のメスの木が立っていた。子供が登って遊ぶにはかっこうの木だった。 |
| 左側 神殿 後ろに杉の巨木 昭和12年では少し細い |
二月末になると、西宮神社周辺はどこからとなく梅の花が匂ってきた。
梅独特の香りが、冬の中に春が来ていることを感じさせた。神社の前の中村さんの裏庭にあった若い梅の蕾が膨らみ始めたのだった。
梅の香りが終わると、次に境内の白い木蓮が匂い漂った。
四月、日差しが温かくなると、境内の西、四ツ目川寄りにあった「ジャックとマメの木」を想像させる蔦に登って遊んだ。
木の芽時になると、人はヘンな行動をすると言われる。
神社境内の西側に四つ目川に向かう階段がある。
そこにいつも白ぽい浴衣を着て、髪がボサボサでひょろとし、写真で見る「芥川龍之介」ふうな人がいた。その人、天気のいい日には蠅叩きを持って、蠅を叩いていた。それを子供たちはそっと遠巻きに見ていた。叩き落とした蠅を拾って口の中に入れていた。一切声を出さない静かな人だったが、こっちに視線が向き、気づかれそうになると子供たちは怖がって逃げた。
宮町には「ケイちゃん」とよばれる有名人がいた。
ケイちゃんは近所の人の名前をよく知っていた。
「〇〇ちゃん、〇〇ちゃん」と道で会うと、必ず親しく名前を呼びかけてきた。
「△△知っている?」
「○○で△△があるよ」
ニュースを仕入れては教えてくれた。しつこいくらい親切だった。
そして、ケイちゃんは手を口に当ててアワワワワワッと声を出して、何か意味不明な行動をしながら、幼児のように去って行った。
夕方、時間になると四つ目川の橋の上へケイちゃんは来た。朝も来ていたかも知れない。列車がポーッと警笛を鳴らして通るのを待っているのだった。
列車が通ると、
「十六時十八分、名古屋行き列車が定刻に中津川を発車しました。次は美濃坂本、みのさかもとーォ!」
駅員顔負けのアナウンスの口真似で、声を張り上げて叫んだ。町の人は「そんな時間か」とケイちゃんのアナウンスで時間を知るほどだった。
口の上で手を丸めて、蒸気機関車の汽笛の擬音を入れて
「ポーッ!」と叫び、
駅アナウンスをどこの家にも聞こえる大きな声で繰り返しながら、四つ目川の橋の上から西宮神社の前を通り帰っていく。
そのとき、手を口に当ててアワワワワワッと言いながら通っていく。それを雨の日も休まず、毎日続けていた。
ケイちゃんは、あの頃で十八、九だったろう。ちょっと変だったが、陽気な人だった。
人に危害を加えるでもないから、町の大人からは「ケイ坊」、子供たちからは「ケイちゃん」と呼ばれ、みんなからは好かれていたし、本当は賢い人だと思われていた。
背丈も高く、遠くから黙って見る分には結構いい男だった。しかし、どんな時にも目が笑っていないのが、子供の私は近づきにくかった。
いつの頃か、他人様に迷惑をかけてはいけないからと、成人前にケイちゃんは不妊手術をされたと言われていた。その姿がいつの頃からか、見えなくなった。
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