駆け落ちしたカレ
遠くで雷鳴を聞いている気分
☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
 人気ブログランキングへ  ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

 町の中程に八百屋がある。親父さんは、そのまた昔、無声映画の活動弁士だったと聞いている。時代モノが好きだったのだろうか、同級生の息子には「鞍馬(クラマ)」と、時代ががった名付けくらいだから。

 息子のクラちゃんは甘いマスクで背が高くて、人見知りしない明るい少年だった。その愛想のよさは大人に好かれていた。店に出て手伝いをしていると、買い物に来た主婦からよく気軽に声掛けられ、上手に応対していた。


 学校教育の一つとして、昭和二十年代、学校から映画見に行ったものだ。朝、行列を作って学校から歩いて行ったり、映画館の前に集合した。映画鑑賞は生徒たちの楽しみでもあった。

 戦争終わって、その反省から反戦映画がたくさん作られたのは、日本だけではなかった。『禁じられた遊び』は有名で今もって弾かれているが、その主題曲の『汚れなき悪戯』は、その代表だ。フランス映画『ヨーロッパのどこかで』も、それと時代背景が似ていた。中1のとき、私たちは旭座で見た。

 『ヨーロッパのどこかで』は、ドイツ軍に領土を蹂躪されたフランスの悲しみが出ていた。
 その劇中で、ドイツ軍に捕らわれた父母がを救いたい、と可憐な娘がドイツ兵に頼む。娘と一夜を過ごすことでその約束するが、その約束がウソとわかり、その一夜明けたとき、娘はそのドイツ兵を銃で撃ち殺してしまうシーンがあった。

 私とI君には、娘と兵士が何をしていたか理解できないでいた。中一の少年なら当然だろう。ところが、クラちゃんは違っていた。
「やっていたんだ。兵隊がウソついたのがわかったから殺したんだ」「一夜を過ごす」という意味をわけもなく解説してくれた。
「ヒエーッ、理解している。大人だナ…」と私は思った。
 そのときが私にとっての『性』の開眼であり、その『師』が同級生のクラちゃんだった。

 カレの話はまだ続く。
 クラちゃんは高校に合格発表した。とこらが、次の日に親父が
「八百屋をするのには学校なんか必要ない」
というので、合格辞退に学校へ行かされた。

 今では考えられないが、あの時代には、結構子供の意思を無視して親の権威で、親の命令をガンコに通す人がいた。家長制度の名残だったのだろうか。

 あとから、われわれに「あんなに悲しいことはなかった」と述懐していた。高校へ行く我々には、カレの心を理解してやることもできなかった。それがカレのさびしさの始まりだったかもしれない。

 高校へ行かなかったことで、クラちゃんは段々われわれ、幼馴染を避けるようになってしまった。それがのちの伏線だったと思う。


 突然カレのうわさ話を聞いたのは、私が高校卒業する一年前だった。近所で洋裁をしていた七歳年上の女性と駆け落ちしてしまったというのだ。母親たちのうわさ話が私の耳にまで届いた。
 オンナの『オ』の字にも縁のない十七歳の高校生にとって、遠くで雷鳴を聞いているような気分だった。

 いくらマセているといっても、十七歳のカレに七歳年上の女性とではそぐわないと周囲の人が思うのは当然だろう。今なら女性の二十四、五は素敵な年令だと思えるのだけれど、十七歳の少年だった私たちにとって七歳年上の女性というと、おばさんといってもいいくらいだ。その二人が手に手をとって、東京へ逃げてしまったのだ。

 カレの親たちは上京して必死に手を尽くして探し、アパートに住んでいる二人を見つけ、カレを田舎へ連れ戻した。そして、彼女には手切れ金を払ってむりやり別れさせた。何ヵ月一緒だったのか知らないが、その間に彼女は妊娠していた。

「女の方は…」と、世間の口さがないオバさんたちは、キタナイ物でも見たような言い方をしていた。まるで「オンナが騙した」「魔性の女」のような言い方だった。
 私には人の口からの情報だけだったが、興味津々で『クラちゃん騒動』を聞いていた。

 十七歳のカレは親の言いなりになったが、
「決して堕さない、生む」
 二十四歳の彼女は、自分の主張をガンとして曲げなかった。

 そして、ついに生んでしまった。
 生まれた子は女の子だった。その生まれた女の子にカレの名前から『クラ子』と名前をつけたんだそうだ。

 別れてもカレのことを思っている証だと評する人もいたし、女の意地だと評する人もいた。小さな町の中でいい茶飲み話にされていた。
 カレの家の側としては、相当悔しいというか、腹立たしいとの思いが、外野のまた外野にいる私にさえ伝わってきた。

 数年後、カレは別の女性と結婚させられて、子供も生まれた。
 私が大学生だったとき、たまたま川上のマス釣り場へ友人と行ったとき、子供をあやしているカレを見た。

「ヤア」というと、
「ヤッ」カレも答えた。
 それだけで、深入りした会話をしたくないカレの気持ちが伝わってきた。中学生のときのおさななじみでも、人生の重荷を背負ったカレと大学生だった私は、もう会話が通じないだろう。カレの心情を察してわれわれはその場を去って終わった。そして、今日に至っている。


 駆け落ちで生まれた女の子は、今三十三、四歳になっている。
 今振り返ってみると、その渦中、年上の彼女がどんな思いだったのか…、彼女の心情に痛く打たれるものがある。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
 人気ブログランキングへ  ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

 
目次へ