秘密基地、ハーモニカ、銅線集め

ヤマハのハーモニカが欲しかった

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 中学一年のころ、下校すれば秘密基地に友達、ヨリちゃん、いさんちゃん、シゲルくん、それに私が集まってきた。

 横清水町の銭湯の裏には下駄屋の物置小屋が畑の中にあり、その裏に石垣があった。その小屋と石垣との空間を囲って秘密基地にしていた。板切れはいくらでもあるもので、風が吹き込まない部屋ができた。子供三人なら優に入ることができた。無理すれば4人は入れた。石垣の上にお茶の木が繁っているから、大人は気づかない子供たちだけの秘密の隠れ家だった。

 毎日三人か、四人か、そこに集まって来た。
 ヨリちゃんはそこへハーモニカを持って来た。簡単な童謡唱歌ならヨリちゃんは吹けた。「一週間練習すればできる」というから、刺激をうけた。ますますハーモニカが欲しくなった。

「ハーモニカ欲しい」と言っても買ってもらえるわけではないし、お小遣いが潤沢にあるはずもないから、カネを稼ぐしかない。
 中学生には屑拾いしかない。銅線を集め、駒場の「古物商西尾」へ、ガラス瓶は横町の仁科酒屋へ持ち込んだ。
 屑ひろいは卑しいことだと禁止した親もいたが、たいていの家は食うことで精一杯で、子供が何に興味があるかなど知らなかった。

 24穴のヤマハのハーモニカが欲しかった。
 それは
380円するので、かなり懸命に銅線を集めた。まだ使える銅のバケツを壊れたようにし、売りに行った。銅は百匁50円で買ってくれた。一番値が高かった。真鍮も売れたが銅とは格段の差があって安かった。百匁20円にもなったかどうかだった。
 縁の下から探しだした一升瓶は20円。数本まとめて仁科酒屋へもって行った記憶がある。これで、ようやく目標額をオーバーした。

 横清水町の楽器店に行って、めぼしをつけていた24穴のヤマハハーモニカを買った。
 
 店にはいつも奥さんが出ていた。聞きもしないのにおばさんは話してくれた。
「ウチの主人は楯兼次郎
と小学校の同級生だった」
 中津川市出身、社会党の衆議院議員のことを話していた。特に成績が良かったわけではない、むしろウチの夫の方が優秀だったと聞かせてくれた。
党代表が成田知氏だったとき、国会対策委員長になった。)

 ドドレレミミレ ミミソソララソ
 白地に赤く   日の丸染めて
 まずこれを練習した。これはたしか一週間で吹けるようになった。  
 ソミミ   ファレレ
 ちょうちょ ちょうちょ
 これもまずまずできた。

 数ヶ月は秘密基地とハーモニカで夢中だった。最初に買った魚仲のヨリちゃんは、私が一曲覚えて吹けるころには、すでに軽くこんな曲はできて伴奏のビブラートをつけて吹いていた。

 銅のバケツを売り飛ばしたのはウチの母にすぐばれた。
 故買商の西尾さんはウチに出入りしていたから、父も母も良く知っていたし、私の顔も覚えられていた。
 母は大して叱ることはなかった。
 はしこく稼いだり、生きるすべを身に付けていくのは大目に見ていた。



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