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| 受験教育の谷間に |
| 青年が成人になるための関門として、大学受験が存在すると認識する世間の風潮があります。大学を出ないと、日本の中枢に組み込まれ得ないという事実も確か存在するのです。その大学入試は、競争率が何十倍から五、六倍は普通です。うまく受験を乗り越えて行けば、問題はないのですが、成功する人もいれば、失敗する人もいます。 私は、大学進学、高校進学の塾で生徒指導して、二十年以上になります。その間、社会の風潮も変化しました。それに伴い、いろいろなタイプの生徒に出会いました。ことし平成三年、最近の教育の中で病める青年が問題だと感じています。 入試に失敗して、家にとじこもりきりのお嬢さんや、W大、T大の○○学部しか行かない…と言いながらファミコンばかりやっている息子さんがいたり、大学へ入れなかったのは中学の教師が○○高校へ入れたからだ…逆恨みする三年浪人がいたするのです。社会の歯車から外れた場所にいる青年が増えています。そのような事例をここ数年よく聞きます。現代日本の矛盾のしわ寄せが、青年たちの上にのしかかって、このように現れているのです。 三月半ばから何度も、あるお母さんから相談を受けていたのです。問題は、長男T君です。二十歳。高校出て三年目。 T君に『塾』で相談しておいでと母は勧めるのですが、いやだ、いやだ…と、言って部屋にとじこもりっきりなのです。それが、ようやく重い腰を上げ所が分からないと言って帰ってしまったのです。塾がこんなに目立つ場所なのにたどりつけないのです。これは、視界の狭窄、見えても見えず、有るものも見えず、そんな精神状態かもしれないのです。 T君、もう既に一年浪人、二年浪人していて、今年は三年目なのです。同級生からは、かなり離されているのです。昨年の一年間、K田予備校へ通っていました。しかし、大勢の中で受講するだけで、友達も出来ず、ただ出席するだけで終わってしまった のです。そして、この春の入試には一つの大学も受験しなかったのです。失敗すれば、今よりもっと落ち込むことを恐れていたのです。 もう、きょうは来ないのだな…。あきらめた頃、彼は音もなく受付に立っていたのです。 はじめて、彼に会ったのです。 二十歳ですから顔つきは大人です。しかし、ちょっと雰囲気が普通と違います。どこがと言うと、人 と人とをつなぐコミュニケーションがないのです。人との接点がないのです。母親から話を聞いた段階で、その予想は持っていたのですが、これは重大な欠陥だと、感じたのです。 彼は目も合わせていられないのか、落ち着きません。普通の子が「はい」というところ、うん、ウン…と、首を前後に振るだけです。分かってくれているのだなとわかるのですが、反応微弱であることは確かです。 『こわくない、こわくない…気楽に』と、言葉をかけてやりたいのですが、二十歳にもなる青年に、そんな言葉を彼に掛ければ、却ってプライドを傷つけてしまうでしょう。 二年間も浪人生活を過ごすと、どんな精神状態になるか、想像したことがありますか。大学にも入らず、どこにも所属がないと、繊細な神経の持ち主にはかなり性格にも打撃を受けるでしょう。 人は、勉強だけが人生じゃない。器にあった人生を選ぶ方が賢明であると忠告してくれるが、それは第三者だから言えることです。 そんなに簡単には、当事者は言えないでしょう。もし、あなたにとって一番大切なものを諦めろ…と言われても、『ハイ、あきらめます』とは言えないのと同じです。例えば、親が子供を失うにも匹敵する悲しみ、痛みでしょう。そう理解して始めて、この青年の悩みが理解しうるのです。 悩みの最中は、家族から何か言われたり指図されると、拒絶の反応しかしなくなっているのです。励ましも、忠告も、心のトゲでしかないのです。T君は、精神を病んでいるのです。もう病気の段階かもしれないのです。彼の言い分を黙って受け止めて、温かく包んで上げれば、いいのです。 今まで誰も彼の心の扉を開けて、彼の悩みを聞いてやろうとしなかったし、また、自分から扉を開き悩みを訴えることもできなかったのです。 今、彼は助けを呼んでいる…それは、はっきりわかります。悩みを抱えた生徒と付き合って来た、長年の経験があります。彼の叫びは私には聞こえるのです。 これから、一年間希望をもって、性格改善しながらお付き合いして行くことになるでしょう。『白星がなによりの薬だ』という、黒星続きのお相撲さんと同じです。一つ、一つ自信に繋がる成績向上をプレゼントしていくことで、社会ととのつながりをもどす…そして、大学合格をかち取って頂くのが、この一年の希望であるのです。 相当の覚悟で、一年間彼と付き合って行くつもりです。入試に成功すれば、すべてメデタシ、メデタシ…かもしれません。その確率は、入試倍率分の1。あるいは、ダメかもしれません。今年も、いろいろの問題が青年の上に起こってくるのです。 ('91.4.16ソ連大統領ゴルバチョフ来日) 目次へ |