欝(うつ)の少女

期末テストの終わった日に自殺すると決めていた
  「昨夜は家に帰らなかった」
 A子は塾へ来て塞ぎ込んでいた。他の生徒のいる内は、殆ど一言も口を利かなかった。ようやく話し始めたのは、みんな帰ってしまった後だった。

 A子は、千葉県で最も偏差値の高い付属の高校三年生。クラスでは庶務係という名の副委員長。ボーイフレンドのBくんはクラス委員長。

 きょうは父母懇談会なので四時間授業で、掃除後片付けしていると、二人だけになった。時間が余っていた。津田沼まで歩くか、と二人で歩き始めた。
 京成津田沼駅へ向かって歩いていた。途中、団地の中に小さな公園があった。そこにはブランコがあった。

 「懐かしい」と、A子が乗って漕いだ。隣りのブランコでBくんも漕いだ。
 しばらく遊んでいるうちに夕暮れてきた。
 「いちばん好きな人、誰?」
 Bくんが言い出した。A子は、なるべく彼が言い出さないように、その話題に触れないようにしていたけれど、避けようとした話題に到達してしまった。
 「いやだ、絶対、言わない」
 「ぼくが先にいうから」と、言い出した。
 Bくんは、A子の名前を言った。

 A子は「傷つけるから」と、拒み続けていた。つまり、Bくんを好きだけれど、それ以上ではない。そうはっきり、言ってはいけないとA子は固く思っていた。愛情ではなく、友情として付き合っている。そこに歯止めを置いてBくんと付き合って来た。今、彼の愛情告白を形の上で、拒否したことになった。

 突然、A子は涙があふれて来て、あふれて来て止まらなくなった。いつまでも、いつまでも泣けて、泣けて、きりがないほど。Bくんを振っておいて、自分が泣くとは、条理に合わないとA子は思いつつ、とにかく泣けて仕方ないのだった。

 その出来事ら三か月も立った最近、わざわざ私のところへ来て、あのエピソードはウソだったと告白した。これは、A子とB君の立場が逆だった。
 乙女心をしては、正直に言えなかったのだろう。このウソを告白して、私に借りがなくなった。自殺はいつしてもいい状態になった、と言って私を驚かす。
 
 「ごめん。もういい。今までの通りで、いいよ」
 Bくんはそう言ってくれるのだが、A子は泣き続けてもう十一時を過ぎていた。ブランコに座ったまま、三時間も泣いていた。
 「立ってくれよ。帰ろうよ」
 Bくんに言われ、掴まって立ち上がったが、足がもつれて歩けなくなっていた。朝以来何も食べていないことに、精神的なものが加わって、目茶苦茶になっていた。

 こんな夜の十一時にJR津田沼駅へ行ったら、A子は制服を着て泣いているし、交番は近いから補導されてしまう。二人は海へ行くことにした。
 普通四十分も歩けば海へ出るが、夜では海岸への道はわからない。あちこち曲がって一時間半はかかって、船橋の近くの海岸に出た。

 A子は、もうむしょうに死にたくなっていた。脈絡もなく落ち込んでいた。なんとかBくんを帰して、A子は海で死のうと思っていた。Bくんはそれがわかっていたから、終電が過ぎたと言ってA子を騙して付いて来た。

 海は網で囲われた人工砂浜だったので、海岸に近づいて海に入ることは出来なかった。しからば、凍えて死のう……、と上着を脱ぎ、ベストも脱いで、風の強い防波堤に寄り掛かった。ウトウトと眠れば、ひょっとして死ぬことができるかも。
この寒風吹きすさぶ海岸で、Bくんは下にジャージしか着ていないのに制服の上着を脱いでしまっていた。少し離れた場所でBくんも付き合って眠った。しばらく、一時間か、一時間半は眠っただろうか。
 「寒いよオ」と、Aさんのそばに来て、体をよせあっていれば、少しは温かいのではないかと言った。
 「向こうへ行ってて」
 「こんなに冷たいじゃないか」Aさんの手をとって、
 「上着を着ろよ」と脱いだ制服を着させられ、自殺を止められた。

 朝の六時になって外に人が出て来る時間となった。船橋の駅へ戻り、Bくんにはようやく帰ってもらった。それから、担任の家へ電話した。
「どうして昨日の内に電話しなかったの。」と言われても返す言葉がなかった。とにかく、迎えに来て貰って学校へ送ってもらった。学校では、一日保健室で寝ていた。
 親には、学校に電話があったけれど、先生が家に泊めたとうまく繕ってもらっている。担任の女性教師は、かなりよく面倒を見てくれている。

 A子の『死にたい』という原因は、Bくんとのお付き合いがうまく行かないことの比重を大きく見ているが、これはきっかけに過ぎない。元来、この少女の中には、性格を形成する環境と条件が底流にある。その底流から作られている悲観的な見方が、薄い皮を隔ててマグマのように渦巻いていると思われる。その薄い皮の部分が、Bくんのことをキッカケで破れて、一気に吹き上げてしまったのだ。
 この現象を見て、Bくんはアタフタしてしまった。ヘタすると、Bくんもこの現象に巻き込まれてしまう。

 保健室で寝ているA子は、他の生徒とは会話を交わしているが、Bくんには「絶対会いたくない」と言う。そう言ってBくんを困らせているが、会いたくないのはBくんの方じゃないのかと思う。
 今、学校へ行きたくない。授業に出たくない。Bくんに会いたくない。ご飯も食べたくない。朝も昼も、夜さえ食べたくない。食欲がないという。

 ただ『死にたい』という一事に集約されている。気持ちの整理がつけば、大した問題ではないだろうが、妙な具合である。
 A子の生活、人生の背景を知らないと、この「死にたい」という気持ち、理解してやることができない。どうしても『バカなこと考えるな』位のアドバイスしかできない。底無しの虚無感は、他人のアドバイスなど何の役にもたたない。

 両親はA子の幼稚園の時、裁判をして別れ、幼稚園に入るまで母親に育てられ、その後父親の側に引き取られた。A子から聞いた話だが・・・・、

 この親に頼っていいのか、それともまた別の所へ連れて行かれるのか、不安だった、と告白していた。父の下にいるより他人の家にいる方が気楽だった。友達の家から帰りたいと思わなかったと言う。今でも、家にいるより余所の方が気楽だという。

 父親は不動産の店を駅前でやっている。アパートを数軒もっていて、土地もあり、財力は十二分ある。しかし、父親の躾の厳しさは並みではない。娘の気持ちをワザと汲んでないのではないかと思うほど、徹底している。敏感で、頭のいい子供ほど、その家庭内の不和、欠如による影響をモロに受ける。

 Bくんとのことがあって以来、A子には自己嫌悪の症状が出ている。家庭や親に不満はあってのことではない。不満はないと言いつつ、自分を傷めつけている。
「先生、電車で自殺すると幾ら京成に弁償するの」とか、「部屋の中を血だらけにしたくないから、風呂に水入れてその中でやろうと思う」とか、いつも、死ぬことを考えている。

夜塾の終わってから、学校の近くの公園へカッターナイフをもって、自動販売機からコップ酒を数本買って、雨のそぼ降る真っ暗な公園の中へ行った。それを一気飲みして、フラフラになったところで左の動脈を切ろうとして何度も何度も切った。真っ暗だから、血の色がよくみえないから、少し痛いけれと、大した痛みではない。
 酔って雨に当たって、血だらけの姿で担任の先生に電話する…。先生が迎えに行くのは、これで三度目。先生から父親に連絡して、父親が公園まで迎えに来て乗せて帰って行く。

 一学期の期末の終わった日を自殺の日と決めていた。
 私はA子に知られないように、担任の先生に充分注意してほしいと連絡をした。先生は慣れていると言うか、落ち着いていた。
「A子の傷を見たことありますか。致命傷になる切り方はしてません。」
(脅しです)といいたげな冷静な判断をおっしゃる。いいふうに騙されているのかもしれない。しかし、体が授業に出るのを拒否しているのは確か。授業に出ようと歩き出すと、教室に近づくと、どうしても足が動かないという。Bくんの姿が見えると駄目だとか。Bくんの姿に病気の一端があるらしいことはわる。それは一端ではあるが、全てではない。

 A子の自殺未遂は、私の知っているだけで、三回はある。しかし、いつまた再発するかわからないが、とにかく小康状態だ。夏休みに入って人に会わなくてよくなったことから、ずっと元気になって来た。関係のない人になら、どうってことはない。ようやく夏休み過ぎて、心の安定がやって来たようだ。

 素質的には優秀だが、今年の入試はムリだろうと見られていた。辛ろうじて、有名私大の一角に食い込んだ。あれだけ授業をやすんでいながら、合格したのは大成功と言えるだろう。


  
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