社会の荒廃
陽気で明るい次女が泣いて帰ってきた

 今まで女の子が一人で夜歩いていても安全と思われていた地域社会で、今年の一月こんなことが起こった。

 いつもは陽気で明るい、中学三年の次女が泣いて帰ってきた。塾の帰り、普段は自転車で来るところ、バス停から歩いて来た。家までの道は二百メートル。突然男にいきなり腕をつかまれ、悪戯されたという。男は次女の腕をつかんで、家の近くまで付いて来た。次女はショックで、声も出せなかったという。恐怖を与えられた心のキズは、男親の理解を越えているようだ。

 次女が遭遇した事件から、いい教訓を学んだということのみで、終わりにしたくない。
 この問題には、加害者の心に巣くう衝動をどう抑制するか、もう一つは被害者の安全のために社会の連帯をどうするか。このことから、真剣に考え方策を実行して行く必要がある。

      
加害者の心理的な側面から見る
 一階のベランダから、娘たちの下着を盗まれたことが、二度、三度ある。まだ他にも、娘の部屋の窓から侵入しようとした男が、ベランダから飛び下りて逃げ出したのも目撃したことがある。正体不明な影のような存在が、身辺にうろつくのは、薄気味が悪い。何人もの幼児を誘拐、殺して、死体をビデオに収め、何回も見ていた…猟奇の世界に入りこんでいた宮崎少年の事件もある。それ故に、それが中学二年生の小柄な男の子…と、うわさされても、気味の悪さは減らない。

 頭の中は異常の世界が渦巻いていても、外から知ることはむずかしい。特殊のビデオや雑誌で頭が一杯という少年も増えている。そして、そういう手合いは、現実の社会との境界線が分からなくなっているだろう。そんなふうな人間が、身の回りに増殖しているかもしれない。

 女性とコミニュケーションが出来ないのに、性の衝動をぶっけてくる…短絡というか、無知というか、独善というか、勉強不足というか…そんな男、加害者の抑制できない衝動を善導できるだろうか。

 
  バカは処罰するしかないだろうか。
 商店にお菓子が並んでいるとする。それを食べたいと思うだろう。しかし、それに即座に手を出して、食べることが出来るだろうか。幼児なら手に取って食べてしまうかも知れない。大抵は、自分の口へ入れるまでのプロセスがあることを知っている。お菓子を自分が食べることが許されるまで、自己の理性あるいは社会的な規範が無謀のな欲求を抑える筈だ。それが人間としての体裁を保っている。現在、この寸時の我慢が足りないのではないか。

 何でも、欲求を即時に満たすものが、喜ばれる社会になっている。テレビも刺激の強いもの、好奇心を満足させる番組が視聴率を稼ぎ、その視聴率の高いほどスポンサーが喜び、番組が評価される。本能のままを刺激するほど受け入れられる。この世の中の傾向は、ますます人間の抑制能力をスポイルしている。

 抑制能力欠如は自分の意思だけを主張して、他人の意思を理解することを不可能にしている。だから、女子とコミニケーションできないで、男の本能をぶっつけるだけになってしまう。女子の性をおもちゃにすることだけに興味が行ってしまい、それが女の命をもてあそぶことだと言うことが分からない。一歩間違えれば、殺人にまで行き兼ねない。それは少女には恐怖を与えていることだ、それも分からないのだろう。

 一般の社会でも、女性に侮辱的な言動をしても何の痛痒も感じない男、気づかない男が多すぎる。女の側も、男の社会に迎合する考えを以ておもねる人も多い。こういう社会背景の中で、男が独善的な偏見をもったまま肉体だけは大人になってしまう。そうすると、男の性衝動や下半身に人格はないなどという男社会の物の見方が一人歩きしてしまう。

   
被害者の安全を考える社会の連帯から見る
 こういう犯罪行為が横行しても、自衛のために横の連携をとるなど立ち上がる気配がない。千葉の八千代市は、学校の中にPTAはない。働きに出る人が多くて、組織を纏める無料の仕事などやってくれる人はいない。そういう背景があるのも事実。日本が豊か?ちっとも豊かではない。文化的、健康な、そして知的な生活だろうか…母親は余暇で音楽や演劇を見に行くだろうか。父親はどうだろうか。そして、子供を守る行動が出てこない。これが証拠だ。

 痴漢予防に組織的に何かする動きは鈍い。都会の中の無関心…、これが今一番恐ろしい。
 世間の人が動かないのを見済まして、こういう手合いは犯罪をする。車内で人は、人の困っているのを助けない…と思えば平気で犯罪を行う。犯罪チェック機能が働かない社会は、必ず乱れ、犯罪が起こりやすい。都会がこうした犯罪の巣窟になって、組織的に犯罪の予防をしなくてはならないというのは、極めて残念であるが、現実だ。犯罪を起こしそうな人が十人中一人はいるということ、これは事実である。

 善良の市民の団結が必要である。警察の指導、巡回によってでなく、善良の市民の組織が欲しい。幸い日本には、ピストルの所持が禁止されている。善良市民の会は『呼び子の笛』を持って、痴漢が出たら呼び子を鳴らし、注意を喚起する協力体制を作りたい。その笛を吹いて、協力者と共に取り押さえる。そう出来ない時は、カメラで証拠を写しておく。逃げられてから痴漢犯を捕らえるのは、困難である。『呼び子笛』の仲間がいたら心強い。すぐ側に誰か味方がいる…この安心感が都会には必要だ。

  
どうしたら平和な地域をつくることができるか
 ・家族 ・地域社会 ・学校 ・会社 
 ・宗教、教会  ・軍隊
 これらが犯罪防止、犯罪の監視のチェック機能として、働くと言われている。今、これらが機能しているのだろうか。タガがゆるんいるのではないか。日本の社会では、これらの網を人間にかぶせきれていないのではないか。

 仲間としての意識がなければ、戦争もする…喧嘩もする…イジメもする…。仲間でないなら、敵対することができる。相手の気持ちを理解しない。わからない。わかろうとしない。断絶した対象物とのコミニケーションは成り立たない。力の強いものが、弱者を支配する…という体制に押し込めようとする。ただそれだけ。

 犯罪のチェック機能が働いていないと、社会の同じ構成員であるべき者からいわれない被害を受ける。加害者の心、何かが欠けているのだろう。祖国意識の欠如、同胞としての一体感を持てない。経済的、精神的に無視されている…そういう社会体制があるのだろう。階層に所属感を持てない人間をはぐくむ暖かさが、社会の荒廃を救う。

 今ニューヨークは、夜一人歩きすると危険だといわれている。日本にも出てきたこの現実、これをどうするか。根本の解決について、世間の人の意見の交換が大いに必要だと思う。

 現在の状態がこのまま行くと、人心の荒廃が社会全体に及んでくる懸念をしている。見えるところから見えない部分まで、あらゆることに社会の荒廃は生じて来るだろう。この事に気づかず、自分の小さな幸せに没頭していると、現在より住みにくい社会を次代に渡すことになる。('91.1.22)




    
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