肉体は馬、 蹄の跡が日記
     
 
 日記を書くことが趣味?
 疑問を持つ人もいられるかもしれません。とにかく、自分の記録を書き続けて、何年になるか…小学6年生の時書き始め、延々といまだに続いているのですから…この調子でいけば、まだ続きそうです。

 ただ、この趣味は、カラオケや絵画のように、同好の人々と楽しみを共有することが極めて難しいことが、ネックでしょう。

 この趣味の利点は、書くことで記憶力が強くなることです。一度見たこと、聞いたことまた、体験したことを記録する…ということは、追体験するから、よく覚えられるのです。これは、勉強の時、復習するのと同じ役割をするのです。勿論、記録に残ることもメリットです。社会の記録は、新聞でも、雑誌でも、公の機関が残してくれますが、個人の記録は自分の手で残さない限りは誰も書いて置いてくれません。

 ただ一方、欠点がないわけでもないのです。反省するとか、自分の心と何時も対話する形で書き続けますから、どうしても内省的な性格、あるいは自己抑制的なマイナス…と思えるような、行動になってしまう点があることです。

 その意味で、日記をかかないで済むような生活をすること、これが私の希望であるのです。この希望実現の為には、自分を最大限に燃焼することです。自分が主人公になって、活躍することです。これが、今年の目標です。

 その方法として、自分の趣味…日記を書くこと…を共有の趣味に変えて行くことです。文字で文を綴る趣味は、絵を描く趣味と違って発表する場を持つことが極めて困難なのです。
しかし、文を書くことの趣味は、自分と言うものを理解して貰うことに楽しみ、充実感が持てるのではないかと思うわけです。そのために、ワープロで自分の思いをまとめ、それを製本すること…言って見れば、これは展覧会、個展を開くようなもの…そうすることで、自分の思いを伝え、他人から理解を得ることになると思うのです。

 文を書くことは、中島みゆきの唄ではありませんが『一人上手…』の孤独な作業で、ゴルフ、カラオケのような発散することの少ない趣味…と思われますが、決して『ひとりが好きなわけじょない…のよ。』ハイミスの孤独…と似たものが、心の中に吹きすさぶ…孤独があるのです。それを知ってもらいたい…そんな甘えもあるかもしれません。

 趣味と言うには、あまりにも人生の大部分を占めている日記というものを語る時、ストイックだった人生の来し方を思い、行く末はこの不完全燃焼をいかに処理すべきか…、そこへ思いは到るのです。

 この肉体は、競馬で譬えれば、馬であり、精神はジョッキーです。そして、日記はそこに出来たひづめの跡…。             



 
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