私は『日本人』を見た
旅マナーの欠如

 フェリーの和室(三等船室)に乗ったことがありますか。
 乗船した途端、一斉にいい席を確保するため、老いも若きも、
『各馬、一斉にゲートからスタート…』と、
実況中継したくなるように、男も女も船の中を走り出す。実に醜い情景を現出する。

 私は、荷物を置いて静かに筆記していた。
そこへ、後から来た赤い爪の奥さんとごつい旦那と二人のガキ、都合4人が側に席をとる。…いやな予感。

 私達の荷物を寄せに掛かる。『ここ、来るんです』と言う私の言葉を殆ど無視して、4人分の席を当然のように強引に割り込み、弁当広げ、ジュースを呑みこちらが静かにしているのをよいことに、バッグに肘をかけ、凭れかかり…足を思いッ切りのばして、ゲームをやっている子供。
そんなこと、当然と思っているか、親は注意しない。自分たちの有利なことこそが生き方と信じて疑わない。亭主は新聞を読み、真っ赤なマニキュアのツッパリの成れの果て…て感じの派手めの奥さんは、足を伸ばして、週刊誌読んでいるかと思ったら、もう寝ている。奥さんの足から亭主の頭、亭主の足から子供の足…真ん中に空間を作って家族帝国主義の領土は完成したようだ。

 子供の一人が漫画を読んでいると、ヒマを持て余した親父が子供をからかう。頭をのっける枕を手で払う。子供の頭がガクッと落ちる。枕をまた寄せて頭をのせる。また、親父はそれを払う。また寄せて頭を載せる。また払う。
子供が怒って、親父の頬を叩く。『おっさん、おっさん…』親父が叩く。子が叩く…と繰り返し。いつの間にか、騒然とした喧嘩状態。
こうして、いつの間にか、また子供は漫画を読み始めている。日常に戻る。ここの家庭は、こうして子供達に仕込んでしまって性格を作っている。

 無神経民族の家族帝国に取り囲まれると、居心地は悪くなる。礼儀の国から来た私たちは、だんだん隅に追いやられ、いじめられているような気分に陥った。
 日本人の集団は、内部的には情感も満ちているし、浪花節的な労りもある。内部から一旦外に出ると、外にいる者には無関心。
と言うことは、第三者から見た己という観点が、まるで無いということだ。自分を見る習慣がない故、他人からなんと言われているか意に介しない。

 それでいて、日本に1日も滞在していない外人に
『日本は如何ですか』
と質問する。日本の批判を求めたがる。これは特に日本の対外的、国際的な意識の欠如から出ている。

 あらゆる面で、自発的、自主的「個人の独立」の意識が欠けていることに起因する。日本人は、自分で判断出来ないから、あらゆることを利益になるという一点でしか、個人は判断しない。この水準以上のモラルから判断や意識を持っていない。

 太宰府へのお参りにも、人は集まる。
 ここでは、自分の努力で解決すべき問題を天神さんという「神様の思し召し」で救われることを望む。これを信仰だと思っている。
決して、ここへ来て御祓を受けても、御利益が約束されたわけでもない…そのことを知っていても、日本人は、縋ることを何とも思っていないのである。




   
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