中津川市本町 歴史の鼓動

現在エハラ美容室がある所には、江戸時代に旅籠「水野屋」があった。水野家は同家の系図によると、初代を水野半兵衛昌武といい、宝治二年(1248年)没となっている。 江戸時代には、下町の大きな茅葺の家であったと、当家の記録にもあるが、寛政元年(1789)の大洪水で流されてしまった。 旅籠「水野屋」はもともと水野家が営んでいたものではなく、その主は杉本松四郎という人であった。松四郎は俳号を月下園子喬といい、中津川俳諧では重要な地位にあった。子喬の晩年は独り身となったと『歳代記』という自身の文献に書いてある。それで文化八年(1811)子喬は姻戚関係にあった水野栄蔵に一切を譲り渡した。 旅籠「水野屋」を継いだ当主に、安政時代は巴鳰、巴水といった俳人がおり、市岡殷政、間秀矩、肥田九郎兵衛、馬島靖庵といった平田門人らとの句会を通して、日本の夜明けをいかにするかを語り合ったと考えられる。 こうしたことから、仏徒であった水野家も神道に改宗している。 巴水の後を継いだのが水野半四郎昌実で俳号を其流といい、その後が水野半四郎昌重で俳号を巴雪といった。このように杉本松四郎子喬につながる水野家の当主たちは中津川でも著名な俳人を輩出した。 子喬や巴雪の文献や句集は現在も、仁科吉介氏(本町在住)の手元にある。 | ||
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