ドイツの旅 娘の結婚式       

1 シベリア上空から見る大地は一面の雪 2 ドイツのご両親と「グーテンアーベント」
3

ケルン大聖堂」は東大寺の三倍

4 北ドイツ観光ドライブ
5 ※ドイツ北部の湿地帯 機上で出会った中国人のカレ
6 役所での結婚式 7

結婚おめでとう スピーチ(4人)

8 クリスチャンの家の広さ  9

ブレーメンの音楽隊

10 ドイツで困ること いろいろ 11

ドイツは新しい歴史を作っている

12 環境保護のドイツ 13

ドイツ語学校(ムルナウ)ころの友達 

14

クリスの友達は実にいろいろ

15

ドイツで就業制限をしている理由

16 「飾り窓」の有名なアムステルダムで
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  茶菓はありませんが
ひまな方はお寄りください
おしゃべり談話室

童話「ブレーメンの音楽隊」の銅像
 平成十三(2001)年 三月 一日(木) 
 ブレーメンへ行く。途中でブレーメン大学の建物を見る。
 ここは弟ニルスの在学しているところ。機械工学専攻。
 ブレーメンの町のレストランで食事。オニオンスープというから澄まし汁のようなものだと思ったら、口に合わない。レンタカーを返却してお父さんは帰って行った。

 大聖堂の前に、童話「ブレーメンの音楽隊」の銅像は小さく立っている。世界中に知られているが、それが意外と小さいのにはおどろく。

ブレーメンの音楽隊像 中世商工会議所(現市役所) ブレーメン大聖堂



 そのブレーメンの大聖堂の中に入り、説明をクリスに聞く。ここも入場料は取らない。どこの歴史的施設もお金は強制的にとらならい。志として、寄付ができるように神父が胸に寄付箱をぶる下げて角々に立っている。
神父から私は指さされ、帽子を取りなさい、のゼスチャーで注意された。聖なる場所であって見物の姿勢を指摘された。観光客を監視している感じではある。


 入場料を取らないのは、信仰を求めて来ているという宗教的な立場で公開しているというわけである。ここが日本の神社仏閣との差。日本が戦争に負けてアメリカ的になった途端、資本主義で利潤を上げることに草木もなびく姿勢にことごとく変わってしまったのと違いを痛感する。

 ヨーロッパでは、どんな戦争の時も、古い歴史のある寺社に対しては爆撃等は加えないという敵も味方も暗黙の認識があったのだという。日本軍にはその意識はなくても、アメリカ軍によって京都、奈良が守られたように、西洋人の先進性を感じた。

 教会の中にある古い事物、あるいはステンドグラスに描かれた絵に関するストーリーもヨーロッパの人々には分かるものかもしれないが、ボッと出の東洋から来た我々にはわかるものではない。またこの巨大なドームも完成までに三百年の中断が入って、途中で建築様式が変わっているという説明を受けた。宗教の人々に与えた影響ははかりしれないが、それは一過性のツーリストにはなかなか理解できない。

 ブレーメンの古い道、石畳の迷路のような町。昔のままの古い町並が続く。歴史を大事にしているのを痛感する。町の中には豚の銅像もあるが、あまり重要な役目を果していないのに気づく。工場直営のチョコレートを買う。次にデパートに絵奈の案内で行く。五時三〇分に市役所前に集合で帰ることにした。


 デパートというか、スーパーでは、食料品売り場を見る。魚類が少ない。魚は対面販売で切り身を包んでもらっている。日本の商品が店内に並ぶことは少ないが、まずかフリカケ「おとなのフリカケ」が日本語で書いてあるのを見て懐かしさを感じた。

 レジで料金を払うが、資源のムダ、環境保護の観点から決してビニール袋をくれない。町全体、ドイツ全体がガツガツしていてない。五時になれば、大抵の店は閉まってしまう。六時半に町歩いてもやっている店は希有である。資本主義の世界のわりには、稼ぐという日本の観念は通用しない。

 文具でドイツ的なものを探したかったが、みんな日本と同じようなもので、特徴はない。残念だ。鉛筆を一ダース買った程度だ。ボールペンはスペアがないだろうと断念。

 六階の喫茶でアイスを買って、絵奈と一時間で話をする。娘一人を両親が独占して会話をしたのはここで一回だけあったのみ、彼女自身も本心を語ることはそれ以外の場ではできなかっただろう。


 

風車製粉工場跡地を見学

 オスターフォルツ・シャームベックの市内に文化財として残されている、50年以上も前の風車を見せてもらった。風車はオランダが本場だが、ドイツはオランダからの影響を受けて風車が多かったと聞いた。
  1940年代、第二次世界大戦ころまでは現役で働いていた製粉工場の風車が屋根の上に残っており、大きな風車のハネは風によって動いている。

 その後、ドイツ北部の湿地帯を見に行った。そこは運河と道路が並んでいる。運河隣接の湿地帯は、踏み込むと足がズブズブと沈んでしまうと言われている
 ここは景色がいい場所である。天気は日本の北国のようにドンよりした空である。少し細かい雪が降っており、人気のすくない静かな場所だった。
 

 観光地であるが、季節はずれのせいか人がいない。ドイツ自身、観光地といっても商売を積極的にやる土地柄ではない。いつも底流には自然を大切に、環境保護の精神があるようだ。ここの遠景がもやに霞んで最高にいい。

 氷河期の水が幾万年にわたり、草を堆積し炭素化した燃料を作り出し、この土地の特産品になっていた。それが古代ドイツ人の燃料であり、産業革命以前には重要な輸出品であった。それが昨日の博物館でみたものである。

 

ドイツ北部の湿地帯 
クリスのお父さんの案内で、湿地帯の丘陵にある芸術家村へ行く

 最初芸術家志望の学生が六人くらいで住み着いたというが、芸術家の好んだ土地はやはり景色がいい。

 芸術そのものもなかなかユニークである。日本芸術の影響か、大黒さんのような石像や、斜めに見える家。家そのものがおもしろい。家の中は喫茶店になっているがまだ冬の時期は閉館されていた。

 革新的な芸術であるが故にナチスに狙われて、一九三〇年代にソ連へ逃亡する。彼らはソ連で活躍したが、彼らの最後は不明。

クリスチャンの実家

 午後七時になって、クリスチャンの家で食事をするからと呼んでくれた。
 クリスチャンが撮った写真をスライドにして見せてくれた。枚数にして三〇枚程度のスライドでメインは終わり。バイキング方式の食事で九時には帰ってきた。

 こちらの家の敷地は広いし、大木が立っている。家といえば、当然のように広い庭がある。隣接地にはクリスの兄が一軒屋で住んでいる。家庭的には複雑だが、それも現実。ホテルチボリへ戻る。だいぶ冷えてきた道をホテルTIBOLIへ歩いて三分。


私邸がすべて博物館に
二月二十八日 オスターフォルツ市内にある個人博物館へ

 
 ワンボックスカー(レンタカー)で家から十分も走ると、そこへ着いた。
 博物館は公園のような私邸がすべて博物館になっている。しゃれた庭園に入ると、アメリカ西部劇に使われるような幌馬車があった。第2次世界大戦のさい、ロシアから一ヵ月かけて逃亡してきた人々が乗った馬車である。それが二台おいてある。足元に福寿草が咲いていた。

 クリスチャンは案内する前から、博物館の館長さんを友人だといっていた。友人というからクリスと同じ三十代の人かと思ったら、かなりの年配の人だった。

 小学生時代からクリスは古跡の発掘が趣味で、今はスーパーの建っている場所から古い時代の土器を発見している。そこから発掘した土器を博物館へ寄贈している。その貴重な品を事務室の収納箱の中から見せてくれた。

 館内の展示コレクション、種々雑多な所蔵物が所狭しと置いてあった。
 ......石器時代のやじり、古代のヨット、煙草(葉巻)工場の所蔵品、教会の鐘、オリンピックのヨットでとった銀メダル、世界最古の自転車など、私がもっとも興味を引いたのは、地味ではあるが、氷河の作った堆積燃料である。

G 結婚おめでとう スピーチ (4人)

挨 拶(絵奈)

 今まで、本当にありがとうございました。そして、これからも、私達2人の事をよろしくお願いします。

Christian & Ena

親愛なるお客様(Christian)

 私達、絵奈と私は、ドイツのお役所のお陰で、今日この日に皆さんとこうしてお祝いする事は無理だと思っていましたが、でも、そのお陰で、今日のこの日がよりいっそう素晴らしくなったように思います。

親愛なる絵奈,クリスチャン,尊敬するお客様へ(Christianの父親)

 皆さんが、私達と一緒に私達の子供、絵奈とクリスチャンの結婚式を祝う為に来てくださったことをうれしく思っています。 特に絵奈の御両親・妹さん・妹さんのご主人・麟太郎、そしてお兄さん、そして、その他にメキシコ・ペルーそしてインドからのお客様にも挨拶をさせて頂きたいと思います。
 新郎新婦の為に、グラスを挙げてください。2人に幸の多い長い年月のため、2人の願い・夢・希望が叶うように。
 親愛なる絵奈とクリスチャンに、乾杯。


結婚おめでとう (絵奈の父のスピーチ)

 私達は日本から、幸せな二人の結婚式に参列するために来ることが出来たことを、嬉しく思っています。このように、私の子供、婿、孫、妻、全員が顔を揃えてドイツまで来られることは、そうそうあることではないでしょう。その記念すべき外国旅行が、こうしためでたい行事であったことは、限りなく嬉しく思っています。

 彼クリスチャンの写真や文章の中には、自然を大切にし、心を大切にする優しさを感じます。東洋の精神がヨーロッパ文明の行き詰まりを打開する何かがあると思ってくれているのではないか。絵奈が自然の花を愛し、空の色を愛でる気持ちを持ちつづけていくことで、クリスチャンの目指すものと一致するのではないかと思っています。

 そう思って、絵奈の中にある東洋が消えて、ヨーロッパの価値観だけになってはいけないと思っています。その辺のことは、クリスチャンの知恵を信じています。

 本日は、盛大な結婚式を若い二人のために開いていただいたことを感謝します。 ありがとうございました。

(ドイツでは翻訳してドイツ語で読んでもらいました。ドイツ語挨拶を載せます)

Christian und Ena

Herzlichen Gluuml;ckwunsch zu Eurer Hochzeit !

Die Hochzeit ist nicht das Ziel sondern der Anfang. Deswegen hoffe ich Ihr behaltet Euer Gluuml;ck auf ewig.

Es freut uns sehr daszlig; unsere ganze Familie aus Japan an der Hochzeit teilnehmen kann weil es fuuml;r uns nicht so einfach und eine seltene Gelegenheit ist nach Deutschland zu fliegen.

Als ich zum ersten Mal von Ena gehouml;rt habe daszlig; sie nach Deutschland fliegen will um dort deutsche Therapien kennenzulernen hauml;tte ich nicht gedacht daszlig; sie das schaffen wuuml;rde sondern sogar gedacht daszlig; das nur ein Traum von ihr ist. Sie hat zuerst damit angefangen Deutsch zu lernen dann alles selbst organisiert und hat schlieszlig;lich den groszlig;en Traum Wirklichkeit werden lassen. Ich habe meine Tochter sehr bewundert weil dies nicht einfach wahr und sie mutig alle Schwierigkeiten bewauml;ltigt hat.

Als sie noch klein war hat sie an Asthma gelitten deswegen haben wir nur ihre Gesundheit gewuuml;nscht. Als sie einmal an einem Sommercamp teilnahm bekamen wir einen Anruf daszlig; sie sehr krank war. Aber als wir ankamen schlief sie ganz normal...als sie aufwuchs haben wir uns viel Sorgen um sie gemacht.

Solange sie die Grundschule besuchte sind wir uns sehr nah gewesen aber mit der Zeit hat das Verhauml;ltnis sich geauml;ndert. Jetzt sind wir trotz der groszlig;en Entfernung und Dank des Internets uns wieder nahe gekommen finde ich. Auch wenn man rauml;umlich weit auseinander ist kann man mit dem Computer weiter engen Kontakt haben. Sogar meine Frau lernt jetzt wie man mit dem Computer umgeht. Deswegen haben wir das Gefuuml;hl Ena nah zu sein auch wenn die tatsauml;chliche Entfernung sehr groszlig; ist.

Ich habe zu Ena gesagt als sie nach Deutschland flog: #8222;Lerne fleiszlig;ig Deutsch und freunde Dich mit vielen Deutschen an". Ich habe nicht gesagt: #8222;Heirate einen Deutschen". Aber sie hat vermutlich unter #8222;anfreunden" mehr verstanden. Sie hat sehr viel erreicht das finde ich gut aber ich mouml;chte sagen daszlig; sie das dank der Hilfe vieler Menschen geschafft hat und daszlig; sie das nie vergesen soll.

Die Japaner haben sich (in den letzten Jahrzehnten) viel geauml;ndert aber ich glaube es sind weiterhin groszlig;e japanische Tugenden in Harmonie zu leben und bescheiden zu sein.Und da Ena diese Tugenden hat wird sie mit Christian gut zusammenleben kouml;nnen glaube ich deswegen soll sie als eine Japanerin diese beibehalten.

Von den Fotos und den e-mails von Christian spuuml;re ich sein warmes Herz und sein Gefuuml;hl fuuml;r andere Leute. Deswegen glaube ich daszlig; Ena und Christian fuuml;r sich gegenseitig die Vorteile der japanischen und der deutschen Mentalitauml;t kennenlernen und entwickeln.

Zum Schluszlig; mouml;chte ich mich bei Ihnen dafuuml;r bedanken daszlig; Sie Ena soviel unterstuuml;tzt und geholfen haben besonders als ihr Deutschland am Anfang noch fremd war und sie nicht so gut Deutsch sprechen konnte.

Und ich mouml;chte mich auch bei Christians Familie bedanken die sich viel Muuml;he gegeben hat die Hochzeit und diese Party heute vorzubereiten.

Vielen Dank fuuml;r alles.

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