明治36年生まれ、昭和60年に没した錠一の書いた記録です。


実録 野沢家の風雪八十年

血につながる子孫、縁につながる人々に、
我が胸の内を伝えたいと思い、
生きてきた明治、大正、昭和の足跡を、
喜寿を期に書き残したものである。
                           野沢 錠一
 
 
       
 
目  次                    
第一部 坂本、六地蔵のころ            (明治三十七年頃まで)

 (父祖の地、わが出生)  (わが村、わが友がき)  (六地蔵川の大氾濫)

第二部 手賀野 上宿のころ              (明治四十二年頃まで)

 (新天地での再起) (上宿での日々) (水車が回らない)


第三部 野沢米店 全盛のころ           (昭和十六年頃まで)

 (杉野町の二階家)(本町の家)(米騒動のとき)
 (オレの結婚)(長男の誕生)(本町の日々)
 (勝世のことなど)(父母そして隠居)

第四部 戦争と共に逆境のころ          (昭和二十年前後まで)

 (米屋の統合、精麦会社のこと)   (勝世の病気と死)

第五部 我が家の戦後              (昭和二十七、八年頃まで)

 (恵那精麦有限会社) (照子との出会い)
 (本町の家の由来) (子供らのこと) 
 
第六部 精麦会社の斜陽化と裁判       (昭和三十三年頃まで)

 (精麦会社の斜陽化) (学資−健作、有臣…)(照子のこと)
 (経営不振−、裁判) (無収入時代の生活)

第七部 アパート経営               (昭和四十年、五十年代)
 
 (入居者が殺到)   (父作吉の死)
 (有臣、故郷へ錦…)『文化生活はアパートから』


父錠一が黄泉の国へ参ってはや二十数年にならんとしております。
父野沢錠一の意思をお伝えするつもりで、錠一の書き下ろしてあった物を一冊にまとめてみました。
昔を思い出しながら読んで頂き、どうか、錠一の気持ち汲んで頂ければ幸いです。

E-Mail nozawa21@nifty.com
読んで楽しい おしゃべり談話室
野沢Worldへ案内
茶菓はありませんが
ひまな方はお寄りください