

その頃は、深田久弥の「日本百名山」がいつも心の片隅にあった。
仲間と毎月のようにどこかの山に登っていた。
山の天候が安定するつゆ明けを待って、夏山縦走に出かける。
今のような軽い素材でないテントは、
雨を吸うと余計に重くなり、リュックが肩に食い込んだ。
頂上に立つことを目的にした若い頃の「山」は、ひたすら苦しい登りに耐え、
山頂に立ったときの征服感が爽快だった。
初めて一人で山に登ったとき、
急斜面の登りの辛さと単独行の不安は、
残雪の広々とした雪原に出会うと、吹っ飛んでしまった。
山の名は「巻機山」(まきはたやま)、やさしい響きの、
上越国境に隠れた名山。忘れられない山の一つだ。
登山から山歩きへ、「山」と「いで湯」を組み合わせたものへ指向が移り、
山の中の秘湯に浸かるために、山ふところを歩くという時期もあった。
かつては担いだ20キロを超すリュックと同じ重さを、
自分の体に身に付けてしまい、やがて山から遠ざかると、
百名山は心の片隅からも消えていた。
長年、身につけてしまった重さを少し軽くして、
本棚の奥にあった本を手に取ってみた。
昭和57年、第1刷発行の「日本百名山」の文庫本、
表紙絵が気に入っていた当時のことを思い出す。
色褪せている最初のページをめくると、
登った山の名に赤いペンで印が付けられていた。
この先、33番目の百名山に登ることがあるかわからないが・・。
三浦半島には、百名山に載るような2千、3千メートル級の秀峰はない。
低い山の周辺はどこも開発の手が入り、
山路の木々の間には造成された家々の屋根、
野鳥の鳴き声と車の騒音が一緒に聞こえてきたりする。
そんな小さな半島の低山にも、山の良さは残っている。
手近な山歩きをまた始めよう。山をあちこち彷徨しよう。
荒れたコースには案内表示もない。脇道が多くどこに下りてくるかわからない。
三浦半島の名低山を探しに、
身体が重くなった分はリュックの軽さでカバーして・・さあ、出かけよう!