10 鎌倉台峰の森/北鎌倉から台峰緑地〜矢戸の池から山崎の里へ
  三浦半島 
 10低山彷徨 
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鎌倉は海に面し山に囲まれた天然の要害だった。独特の地形が
谷戸をつくり、人の暮らしと共存していた里山の自然は、昭和30年代から始まる宅地開発によって多くが消えていった。
台峰は、北鎌倉駅の西側、梶原住宅との間に残る稀少な森、峰に包まれた谷戸は意外に深く、記憶の底に沈んでいたかのような小さな池を隠していた。鎌倉は「武家の古都」として、まもなく世界遺産に登録されるだろう。武士たちの軍都で戦乱が繰り返され、敵味方に分かれた市街戦は壮絶を極め、山ひだに逃げ命果てた者もいたことだろう。古都の栄枯盛衰の物語は、山のやぐらに、山ひだに秘められている。もののふたちが放った一瞬の光が消え、廃都となった鎌倉は歴史に埋もれるように一寒村に戻っていった。山あいに立ちのぼる炭焼きの煙を今は見ることはできないが、保存が決まった谷戸にも物語は埋もれている。長かった夏から秋へ、古都鎌倉の光と陰を映す谷戸を彷徨う。


ようやく残暑も消え、高くなった空に鰯雲を見かけるようになった。
フワフワのダウンが空に浮かんでいるように見えることもある。
最近、二人で鎌倉に出かけるようになった。

横須賀の自宅から鎌倉への行き方は二つあり、どちらにしようかいつも迷う。
京急の最寄り駅から上りホームか、下りホームか、どっちにしよう・・
改札に入ってからも迷っていることがある。
一人で出かけるときは、決めないところからゆっくりスタートする。
気ままに楽しむ休日は、行き当たりばったりでだいたいがいい。

改札に入るとすぐ上り電車がホームに入ってきたので「金沢八景」へ
逗子線に乗り換え「新逗子駅」で降り、数分歩いてJR横須賀線に乗り換える。
家を出るとき、薄雲に覆われていた明け方の空が明るくなってきた。
逗子駅前の「魚佐次」の店頭にはまだ鮮魚は並んでない。これから開店準備を始めるところだ。

逗子駅から2つ目の北鎌倉駅へ、駅前は変わっていないように見える。
最後にこの駅を降りたのはいつだろう。10年前か、20年前か・・
30年以上前、往復4時間かけて大学に通っていた。
衣笠駅から終点の東京駅まで90分、往復3時間も横須賀線に乗っていた。
車中で過ごす時間は本を読むか、車窓の景色を眺めるか、寝るか・・
当時はボックス席で窓際に座るとなぜか落ち着いた。

北鎌倉駅以南の景色が好きで、頬杖をついて車窓に流れる風景を眺めていた。
三浦半島のなだらかな峰に囲まれた谷戸のところどころに雑木林が残り、
トンネルがその峰を貫きながら三浦半島を走っていた。
天気の良い日は電車から降りたくなり、いつも北鎌倉駅で途中下車・・
小旅行に出掛ける気分で横須賀線に乗っていた気がする。

学生時代は、なには無くても時間があるから、本を読む時間はたっぷり持てた。
だが、おじさんになるにつれ活字を読むのがめんどくさくなってくる。
若い頃と比べてダメになった点を一つあげろと言われたら、
「本を読まなくなってすいません」と答えようか。

久しぶりに北鎌倉駅を降りる。
円覚寺と反対側、駅前を南北に走る街道を右(北)に折れ、
しばらく歩いて左に入り、山間の住宅地を流れる堀川を渡る。
休日の朝早く、住宅地はまだ眠りの中にいるように静かだ。
小高い丘の上に北鎌倉女子学園の白い校舎が見える。
それを目印にして住宅地の坂を登っていく。

学園の校門前を右に、校舎に沿って細い坂をゆるゆると登ると、
住宅が途切れて素朴な山路が奥へ続いている。
久しぶりに土と落ち葉の感触を楽しみながら歩くと、山間を切り開いた学園のグランドの上に出た。
グランドに沿って細い山路が分かれている。

台峰の丘から眺める六国見山
  JR横須賀線「北鎌倉駅」から北鎌倉女子学園グランド裏手の丘へ(徒歩20分) 

グランドを右下に見ながら薄暗い雑木林の中を進むと、
明るく開けた北鎌倉女子学園の後背にある丘に出た。
このあたりは台峰の丘と呼ばれている。

ススキの穂が揺れる向こうに、北鎌倉駅あたりの街並が山あいに沈んでいる。
その奥の森に円覚寺の屋根が見え隠れし、
禅寺の裏手に六国見山(ろっこくけんざん)が長い稜線を引いている。
この山から、相模、武蔵、安房、上総、下総、伊豆の六国が眺められたという。

台峰緑地は北鎌倉駅と梶原住宅の間に残り、雑木林は意外と奥が深い。
鎌倉の地形が生んだ谷戸の自然の多くは、昭和30年代から始まる宅地開発で消えていった。

雑木林の峰から谷に下りると、野生に還りつつある湿地が現れた。
ここもまだ朝の静けさの中にある。住宅の屋根も見えない、車の騒音も聞こえてこない。
両側から峰が迫り谷戸を包むように小さな生態系を造っているようだ。

地図に路はないが、この奥に小さな池が隠れている。

台峰の谷戸
 


   

踏み跡は付いているが、人が入ることを拒むような静寂が漂う。
アシや水辺の植物が繁茂する湿地に分け入る。
不用意に足を踏み入れると柔らかい泥にたちまち足の自由が奪われる。


湧き水が集まって流れをつくり、水音が徐々に大きくなってくる。
流れの脇に付けられた小路をたどり細長い谷を奥へ進むと、
深い藪の向こう、立ち枯れた葦の間に池が見えた。


「矢戸の池」という名の周囲50メートルほど小さな池は、水田の灌漑用の溜池だったという。
湿地の泥に足を取られ、そばに立ち入ることはできない。

矢戸の池




池は記憶の底に沈んでいたような、そっとしておきたい雰囲気を漂わせている。

鎌倉は「武家の古都」として、世界遺産に登録されようとしている。
武士が歴史上に台頭し初めて政権を樹立した場所が鎌倉だが、
鎌倉武士が放った光は一瞬で消え、長い戦乱とその後の廃都だった時代が長い。
「武家の古都」は「もののふたちの戦乱の都」でもあり、悲惨な歴史を秘めている。
地面を掘れば人骨が出るかもしれないといわれる土地である。

考えれば、武士は戦闘員であり、戦乱は何度も繰り返され、
要所だった駅周辺では市街戦が行われ、逃げるには由比ガ浜から舟で海に漂うか、
山間に隠れるしかなかっただろう。
鎌倉の山には武士たちの栄枯盛衰の物語が埋もれ、
山のやぐらや山ひだに・・もののふたちの悲哀が秘められている。

廃都となり寒村の時代が長く続いた鎌倉は、
炭焼きの煙がのぼる山間の風情の方が、本当のらしさのような気もする。

山が迫る細長い谷を野鳥が鳴きながら渡ってゆく。
自然は里山だった時代から少しづつ野生を取り戻そうとしているように見える。

かつて、この谷戸に大規模な宅地開発計画があったという。
田畑が廃棄され人の手が入らなくなると、やぶ化がすすみ、
人の暮らしと共存していた里山は、荒涼として人の侵入を拒むような印象を受ける。
生態系のバランスが崩れ、都市化を含め新たな弱肉強食の世界へ
繁殖力の強い外来種が増殖し、特定の種に覆われる世界になりつつあるのだろうか。

この先、谷戸の風景は変わり、里山だった頃の原風景は消えていくだろう。
自然は元々そういうもの。
まずは、生態系を脅かす最大の外来種は人であると自覚したい。
人は進化の過程で生態系の外に出て、存在そのものが脅威になってしまった。

かつては、鎌倉中に峰や谷戸があり、自然と人の暮らしが共存していた里山があった。
宅地開発によって多くは消滅し、都市に残る谷戸は希少になった。
どんな自然を残したいのか?
自分がやってきたことを棚に上げて言うことは、最強の外来種である人の驕りである気がする。
それでも言わなければいけないこともある。そのときは天に唾する覚悟が必要だろう。

鎌倉の谷戸は都市の中の精巧なジオラマのようだ。
地形、方角、日照時間、温度や湿度、水の流れ、植物相・・・自然を造る微妙な要素を
ゆっくり歩くと吹く風の変化に気付くように、見て確かめて感じることができる・・
本を読むよりフィールドワークを繰り返す中に答えが見つかる気がするが、
安易に足を踏み入れてバランスを崩す手助けをしているとも考えたりする。

茅葺門と竹垣(北大路魯山人の旧邸宅)
  鎌倉市山崎 



谷戸から山崎の里に出て、竹垣に囲まれた広いお屋敷の脇を歩く。
竹垣の中は深緑の木々が茂り中は見えないが、母屋は移築されているという。
かつて北大路魯山人が後半生を過ごし、
陶芸家として多くの作品を生んだ星岡窯(せいこうよう)があったという。

陶芸家の魯山人は知らないが、
漫画「美味しんぼ」の海原雄山のモデルになった辛辣な美食家なら知っている。
美食倶楽部を作り、会員制の高級料亭「星岡茶寮」(ほしがおかさりょう)では
自ら創作した食器で料理を振舞ったという。

陶磁器を創っていた場所がここにあったことは後で知った。
魯山人は昭和34年(1959)に亡くなっている。
鎌倉の谷戸に宅地開発の波が来る少し前だろうか。
鎌倉山崎、山間に窯の煙があがっていた里山の雰囲気が残っている。

山崎小学校まで来ると、住宅が並びマンションが建つ現代の景色に戻っている。
不思議な時間が流れていた谷戸からタイムスリップしたような気がした。

谷戸に残る水田(鎌倉中央公園)
  鎌倉市山崎  北鎌倉駅から徒歩(舗装道)で最短40分、他にハイキングルートあり
  バス:鎌倉駅より徒歩3分「鎌倉市役所前」から「鎌倉中央公園行き」 
      大船駅よりバスターミナル7番乗場「山の上ロータリー行き」・「桔梗山行き」山の上ロータリー下車
  湘南モノレールで大船から2駅目の「湘南町屋駅」下車徒歩12分



住宅地を歩き鎌倉中央公園の入口へ、開園時間まで暫し待つ。
鎌倉の谷戸を保存して里山の雰囲気を残した公園のようだ。

峰に囲まれた谷戸が奥へと続き、刈り取りの終わった小さな田んぼや畑もあり、
人の暮らしが息づく里山の雰囲気、裏山に登る山路も続いている。
1時間くらいかけひと回りして、明るい里山の雰囲気を味わう。

公園内の里山は、市の管理とボランティアの協力によって維持されているのだろう。
誰でも気軽に里山の雰囲気を楽しむことができるのが有難い。

公園を後にして梶原の住宅地を下ると、藤沢駅と長谷や由比ガ浜をつなぐ街道に出てきた。
朝早くから歩き回りお腹が空いたが、店の開店まであと1時間もある
街道を長谷方面へ少し歩き、常盤口にある「ちんや食堂」の横から坂道を上り鎌倉山へ

山の上には豊かな植栽に囲まれ広い庭を持つ豪邸が点在していた。
昭和初期に高級別荘地として開発された当時の雰囲気が少しだけ残る鎌倉山を歩いてから、
山を下りて「ちんや食堂」に入ると、なにやら怪しげな雰囲気だが、
鎌倉山を散策する方が私には場違いのようで落ち着かなかった。

「ちんや食堂」の年季が入った木のイスに腰掛けて店主と言葉を交わすと
ほっとして足に少し疲れを感じた。

2011..11.3

低山彷徨