顔が見えない○×△システム  
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 湯気の向こうに幻の味


熊本ラーメンの「桂花」は、横浜駅西口の「ビブレ」の地下にある。
近くに行ったついでに、ときどき寄って食べている。
飽きない味、バランスが良くて、個性的なラーメン。
初めて食べた「太肉麺(ターローメン)は、衝撃的な味だった。
スープは、豚骨と鶏ガラから深いコクと旨みが出て、
濃厚な第一印象だけどすっきり、塩の加減がとてもいい。
2コのっている角煮が絶品で、口の中でとろけてしまう。
山盛りの生キャベツのシャキシャキした食感でバランスをとってくれる。
特製のマー油がかけられたスープに中太の固茹でストレート麺がよくなじむ。
うまいラーメンを食べた満足感の他に、身体によさそなラーメンを食べたという食後感もある。
もう10年近く食べ続けている「桂花」の太肉麺。

<システム1>

チェーン店を全国展開しているラーメン店にも旨いお店がある。
「むつみ屋」「よってこや」「坂内/小坊師」とか・・全国展開して店を増やしている。
チェーン店は、 どの店でも同じ味を出すためにマニュアル化したシステムがある。
初めて食べてうまいと思った味は、2回目にそれなりの味に変わり・・
3回目には、最初に食べたラーメンとは別物に思えてしまうことがある。

どうして味が変わってしまうのだろう?
味は変わってないのに、食べる方が味に飽きてしまうのだろう。
どの店でも同じ味を出すためのシステムがそうさせるのだと思う。
私の場合だけど、チェーン店のラーメン屋さんに4回以上も足繁く通うことはない。
違う場所にもある同じ名前の店に入って、
同じ味のラーメンを食べたいとは思えないのだ。

「ラーメンの食べ歩き」は、ふらり旅の楽しみに通じるところがある。
その土地で採れた肴で、店の雰囲気を楽しみながら
その土地の地酒をやるという・・ここは私が妥協できないところかな。
日本には四季があるから・・秋の北海道の収穫とか・・、
冬の日本海でとれる魚介類とか、旬の食材がたくさん待っているのだ。

お店の構えとか、出されたラーメンに顔があって、
うまいラーメンを食べているとき、店の雰囲気とラーメンの味が、
店主の顔と重なっているような気がする。
チェーン店をひとくくりにできないけど、雰囲気が似ている。
誰が店主だかわからないようなお店も多い。
バラバラだったら、チェーン店にならないから、しかたがないことだけど。

<システム2>

桜木町駅から汽車道を通り、ワールドポーターズに「桂花」の2号店がある。
店は直営店だけで簡単に増やさない方針らしい。
10年経ってやっと横浜市内に2号店ができた。
店舗数を増やせば、味はそれなりで・・個性が薄まると客は離れていく。

ワールドポーターズができたばかりの頃、近くに仕事場があったので、
ここでも「桂花」の「太肉麺」をよく食べた。
250席もあるフードコートでは、隣はカレーライス、向かいはよくわからないプレートランチとか・・。
「コンナニウマイラーメンガアルノニ!」とか思いながら食べていた。
味玉子やシナチクと茎ワカメものっていてすごくバランスがいい、バカうまラーメン。

桜木町駅から、みなとみらい方面に伸びる動く歩道に乗っていると・・
人並みが続いていつもの朝の風景がある。
大量に効率的に人を運ぶシステム。動く歩道を約2年間往復した。
自分の足で歩かなくなるし、しょっちゅうラーメンを食べるようになる
・・それとは関係ないが・・、高層のビル群の風景と環境には馴染めなかった。

<システム3>

何年かぶりで、桜木町駅に降りて、ラーメンを食べようと思った。
みなとみらいとは反対に、野毛方面の馴染める方角に向う。
最近、できた「一蘭」というお店で、福岡ラーメンを食べてみた。
「日本初元会員制ラーメン店」とやらで、地元で行列ができる人気No.1の店、
「世界初の味集中カウンターシステム」を採用しているとか。
なんのことやらさっぱりだ。

入ると、カウンター席のみ、隣席とはついたてで仕切られている。
目の前にはすだれがさげられ、中は見えない。
入店から注文するまで、誰とも顔を合わせないようなシステム。
注文は紙に好みを書いて、カウンターに備え付けてあるボタンを押す。
店員さんがすだれをあげて・・
「いらっしゃいませ、ご利用は初めてですか?」とか聞いてくる。
顔は見えない。
客が気を使わないように、ラーメンを食べることに集中できるような配慮なのか?
なんだか非合法の大変な食べ物をこっそり食べに来たような感じ・・
余計気を使ってしまう。

ラーメンを食べるのに、なんで孤独になって食べなければいけないのだろう?


「あっ、またラーメン食べてるとこみっけ!」とか
「この前、○○で豚骨ラーメン麺固めで食べてたでしょう?」とか言われたら
思わずドキッとしてしまうことは、私の場合はないけど・・
好みを書いてオーダーするので、誰も無言で一人で食べて出ていく。
好みを注文しやすくとか、食べることに集中できるようにとか、
会員制の雰囲気を出そうとしているのなら、なんか違う気がする。

ラーメンを待つ間・・
カウンターの中で作っているおやじさんの所作を、なにげなく眺めるのが好き・・

一緒に食べている客たちが店の雰囲気を醸し出し、
そんな周辺にもまぶされた味が、どんぶりの中にも投影される
・・そんな食べ物がラーメンではないのか?

入店→紙に書いて注文→食べる→出店 てな風に流れるシステム
最後まで誰とも顔を合わせず、ほとんど声も出さないですむシステム。
紙に自分の好みを書いて、前に置いたら、
すだれが開き、手が出てきて、紙を持っていった。

何かが足りない。

これと似た・・顔が見えないシステムを
昔・・どっかで利用したことがあるような・・
どこだったかは「ヒ・ミ・ツ」なんつって。

ラーメンを食べることに関して、こういうスタイルへのニーズがどれだけあるのだろう?
ラーメンがたとえうまくてもなぁ・・
味自体うまいラーメン屋はどこにでもあるだろう。
食べた後の感想は、「湯気の向こうから店主が出してくれるラーメンの味」がしないということ。

<すきま風がピューピュー>

私のイメージの中にある幻のラーメン店。
その一部を披露すると、

湯気にけむった狭い店内。冬の一番寒い頃に食べた郷愁の味・・
ガラス窓は湯気で雲っているから、へのへのもへじを指で書く・・
カウンター席に座り、ラーメンが出来上がるのを待っている・・。
窓の隙間からときどき冷たい風が入り込んで、カウンターの中のおやじさんの顔も余計に、
湯気でかすんで見える。


あったかいラーメンをすすりながら、身体も暖まってくると・・だんだんおやじさんの顔が見えてくる。
・・・ラーメンの味と店主の顔が重なってゆく・・・。
遠い記憶・・郷愁の味は湯気の向こうにかすんでいる。
「○×△システム」では作り出せない幻の味。

寒い冬には、気持ちもあったまるラーメンを食べたい。
いつかどこかで、私の まぼろしのラーメンを!


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