<右>Z旗の絵柄が残る倉庫
上の窓の下、真ん中あたりに「Z旗」の絵柄が残る。
Zの色は上が逆三角の黄色で、下が青.。かなり色褪せているが黄色がわずかに残っている。現在は、海上自衛隊が使っているらしい。
JR田浦駅
横須賀駅方面に出発する電車(E217系)本線の隣に使われなくなったトンネルへ延びる引き込み線。商業施設がなんも無い駅周辺。横須賀線の北鎌倉以南の地方都市っぽい駅の雰囲気が好きだなぁ。
ここから
十三峠を越え塚山公園で遊んで京急安針塚駅まで歩いた。
<左>赤レンガ倉庫
田浦港町に残されている唯一の建築物。
明治時代の建造か。赤レンガが歴史的な風合いを出している。かつて、この海軍エリアには、赤レンガ倉庫が建ち並んでいたのだろう。そして、引きこみ線はここまで入っていた。赤レンガ倉庫の前にそのまま引きこみ線が残っているところがスゴイ!
サルベージ会社の看板がある岸壁
長浦湾の岸壁に立つと、米軍基地がある箱崎が横たわって見える。
長く伸びるリフト(?)を備えた船は、救助や遭難船の引き上げを行う専用船だろうか。
右は、海底の沈んだもの(船とか?)を、この4本のカギ爪で、掴んで引き上げる機械か。
見事に錆びついていた。
「時代」が出ている大きな切妻屋根
倉庫(?)は今は使われていない様子 ↓
JR田浦駅の引き込み線
明治時代から、軍施設と深い関係にあった横須賀線の名残の一つ。線路は、最近までこのトンネルの中を通っていたという。
「U.S NAVY」と書かれたゲート前
道路は左折、トンネルを出ると田浦港町になる。戦前の建物が残され・・古い煉瓦積みの建物があると聞いた。建物には戦争の歴史と傷跡が刻まれている。歴史を背負った建物だけがにじませる(ような)、ある種の雰囲気が好きで、古い建築物を前にすると、そこだけ空気が違って感じられるから不思議だ。
現代の建物にはない「存在感」のようなもの・・1棟づつ顔が違い、豊かな表情を持つ。(それを内に秘め)静謐な雰囲気をにじませ、何か訴えかけているように私には思えるのだが・・。
丘の先端から長浦町へ下り、箱崎方面へ。
自衛隊施設が湾岸に並び、海には近づけない。途中に「横浜ベイスターズ」の練習グランドがある。芝の植えられたグランドの向こうに海が広がっている。周辺状況から考えると、どうしてこんな所にプロ球団の野球場があるのだろう?ちょっと違和感がある。このエリアは、米軍、自衛隊施設が多くを占め、戦前の軍施設が残り、民間に転用している建物もある。
戦前から野球グランドだったのだろうか。
Special Thanks to Msan
2003.8.30
関東大震災のとき
赤レンガ倉庫は、亀裂が入り、随分傷んでしまったらしい。上からモルタルを塗ったような外壁からは、中がレンガ造りかどうかわからない。
軍港横須賀の歴史が刻まれた建物は、田浦港町の岸壁そばに、ひっそりと建つ。現在まで残ってきた味わいのある建造物を大切にしたいが・・広く一般に開放し、建物を生かしながら、次代へ残す方法はないだろうか。
手前バースに自衛隊の船艦が並んで停泊していた。
その先はベース(米海軍基地)、ここの日本名は「楠ヶ浦町」と「泊町」。
再びその個性的な地名が使われる日がきてほしい。横須賀本港を挟んで向き合う箱崎町も米軍基地内だ。箱崎町は新井掘割水路で長浦町と離れ出島になっている。
京急「安針塚駅」から安針台という新しい丘の街へ。
駅前にあった古い木造校舎の長浦小学校は、丘の上に新築移転していた。しゃれた外観のマンションが建ち並ぶ丘を海の手方面へ。丘の先端が公園になっている。
←小高い丘に登ると横須賀本港が眼下に。
に吹かれて
海軍倉庫が残るヨコスカ湾岸を歩く
JR田浦駅の前から倉庫群エリアが始まり、ヨコスカのデイープな湾岸風景を見せる。明治時代から戦前まで、追浜、田浦〜汐入の東京湾岸一帯は、旧海軍の施設群が続いていた。.その一部が今も残る田浦港町を歩いた。
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■横須賀市田浦港町
■JR「田浦駅」下車 海側すぐ
1 田浦港町
海軍倉庫と引き込み線