【消えた海・古久里浜湾を眺める丘ウォークは後編へ続きます。
谷戸に水田が広がっていた頃
御滝神社は、鎮守の杜のように田んぼの端から眺められたのだろう。神社の裏には谷戸から湧き出た、滝の井戸と呼ばれる湧水があって、昔は水田に利用したという。御滝神社は小さくて質素な雰囲気。安産をかなえる水神の信仰で知られているという。

久里浜駅から、古久里浜湾周辺の谷戸を彷徨する・・以外と静かな佇まいだった久里浜周辺・・子供時代に帰ったような懐かしい風に吹かれた約3時間のウォークだった。
山深い雰囲気を残す久村の谷戸の奥
人が入らない山は、下草が生い茂る季節は歩きにくい。晩秋の頃、さらに奥の山路を歩いてみよう。
来た路をいったん引き返し、ひと山向こうの久村の谷戸に向かう。

山あいを歩いて、靴がぬかるんだ泥で重たくなった。こちらの谷戸には、水田は残っていない。谷戸の地形に沿って細い路が奥へ続く。家並みが途切れ急に山深い雰囲気に変わる。行けるところまで進んで行くと、奥は農家の庭先になっていた。引き返して、三叉路をさっきと別の方に進んだり・・山鳥のさえずりも聞こえて結構楽しい。

■横須賀市佐原5
■京急「久里浜駅」下車徒歩25分 
6 茅山貝塚

6000年前の風・・海洋性縄文人の前線基地
消えた海・古久里浜湾を眺める 丘ウォーク(中編)
ル│ト
 前編  [ 1 大塚台古墳公園 ]  → [ 2 吉井貝塚遺跡/怒田城址 ] 

 中編  [ 3 八幡神社 ]  → [ 4 久村の水田 ]  → [ 5 慈眼院 ] 
      [ 6 茅山貝塚 ]   →  [ 7 御滝神社 ]

に吹かれて
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風
慈眼院には、運慶作といわれる聖観音像がある。

裏に小さな畑があり、ここで縄文時代前期(7000年〜4500年前)の貝塚が発見された。この丘は、内川の工場地帯方面へ壁のように崖が落ちている。当時、縄文海進がピークに達していた。三浦半島の海岸に面した平地部に海が入り込み、現在より複雑な地形になっていた。古久里浜湾ができ、さらに谷戸にまで海が入り込んだこの辺りは、複雑な入り江ができていたことだろう。縄文人たちは、古久里浜湾を囲む丘に集落を作っていた。

縄文時代中期は、最も温暖化した時代。
縄文文化が花開き、縄文人が最もイキイキしていた時代。東北では、大規模な縄文集落が各地に形成され、三内丸山遺跡のような、あたかも縄文王国といわれるように・・時代は活況を呈するようになる。

この縄文の丘は、谷戸に入り込んだ入り江に面して、こちら側から海に降りて貝類を採ったのだろう。丘の周辺は岩礁帯だったらしい。貝塚からは多くのマガキが出ている。出土した貝や魚の骨は現在のサイズより2回りも大きなものだったという。温暖化の影響だろうか。一緒に発見された土器は、植物繊維を多く含み、赤貝など貝の背を押しつけて仕上げた、貝のすじ跡が付けられている特徴的なもの。そのため、茅山式土器と呼ばれ、考古学上の標準となる重要な土器の一つになっている。

畑には夏と秋野菜の苗が育っていた。
この下に東西20メートル、南北10メートル、貝の堆積が4メートルにも及ぶ縄文遺跡が眠っている。
縄文海進がピークに達した古久里浜湾を囲む丘の集落・・ここの縄文人の暮らしは、私たちが普通に考えるようなものではなかったと想像している。

この縄文集落は、三浦半島に住む海洋性の縄文人の前線基地だったのではないか。
古久里浜湾から東京湾へ出て、沿岸漁業を行うことは日常的で、相模湾へも出て・・外洋へも漁場を広げ、伊豆諸島へも海の道ができていたのだと思う。三浦半島の西海岸からは大島がよく見える。縄文人たちは、まず視界に入ったこの島へ丸木舟を漕いで渡ったのだろう。縄文人の行動範囲は想像以上に広く、海流と風を利用して丸木舟を操っていたのではないだろうか。茅山式土器が伊豆諸島の遺跡から見つかり、神津島産の黒曜石が太平洋沿岸、さらに関東・中部地方の山間部の遺跡などから見つかっている。

山あいの水田を奥へ

丘から眺めた久村の谷戸
細長い谷戸に沿って水田が奥まで続く。6000年前の縄文海進の頃に内海が形成されたことを想像させる貴重な風景。
手の甲の指間の細長い谷戸に水田が続き、土手の上にゆったりと農家が並んでいる。指の尾根が、手の甲で久里浜ハイランドにぶつかる。
左に田植えが終わって間もない田んぼを眺めながら歩く。途中で犬の散歩をしている女性に、道がどこまで続いているのか訊くと、この先で行き止まりだという。さらに奥には縄文の路が伸びているかも知れない。
水田を渡る風が、頬をかすめてゆく。
年季の入った農家造りの家が建っていた。「南向きに日当たりのよい縁側があって、横に離れがある。ここで牛ややぎが飼われていて、農具や干し草などの飼料が積んであって・・」子ども頃に遊んだそんな田舎の風景が浮かんでくる。
緑濃い裏山や周辺の風景に調和して、農家造りの家は端正な佇まいだ。
奥には牛小屋があり、黒い牛が10頭ほどいる。
横須賀産の黒毛和牛か?近づくと、黒毛和牛もぬぅ〜と顔を近づけ、黒目がちの大きな目で見てくる。ぬうぼうとした雰囲気がある動物だね。牛のことは言えないが、顔がでっかい!・・そばで見ると相当なデカさだ。

家並みが途切れて、さらに奥に進むと畑があり、うっそうとした縄文の山が続いていた。

かやま

「6000年前、古久里浜湾に突き出た丘に、縄文人たちの海洋文化の前線基地があった
・・谷戸に海が入り込み静かな入り江を作り、そこには丸木舟が何舟も浮かんでいた。」

海の道によって育まれた三浦半島の海洋性の縄文文化・・そんな想像をしながら縄文の丘を降りた。

■横須賀市久村
■京急「久里浜駅」下車徒歩20分 
7 御滝神社へ


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