高岡駅前〜大伴家持の像〜
indexにもどる

高岡駅前に大伴家持の像があった。


大伴家持の像


かたかごの花をよぢ折る歌

もののふの八十をとめらが汲みまがふ

       寺井の上のかたかごの花

大伴家持卿

 大伴家持卿は日本最古で最大の歌集『万葉集』の代表的歌人であり、その編纂に深い関係があるとされている。

 天平18年(746年)から天平勝宝3年(751年)までの5年間、越中国守として高岡市伏木古国府に在住し、この間越中を中心とした豊かな風土に接して約220首の歌を詠んだ。



高岡は家持ばかりでなく、芭蕉も訪れているのである。

元禄2年(1689年)7月14日(陽暦8月28日)、芭蕉は高岡に宿を取った。

○ 十四日 快晴。暑甚シ。富山カヽラズシテ(滑川一リ程来、渡テトヤマへ別)、三リ、東石瀬野(渡シ有。大川)。四リ半、ハウ生子(渡有。甚大川也。半里計)。氷見へ欲行、不往。高岡へ出ル。二リ也。ナゴ・二上山・イハセノ等ヲ見ル。高岡ニ申ノ上刻着テ宿。翁、気色不勝。 暑極テ甚。不快同然。

『曽良随行日記』

翌15日、芭蕉は倶利伽羅峠を越えて金沢へ。

十五日 快晴。高岡ヲ立 。埴生八幡ヲ拝ス。源氏山、卯ノ花山也。クリカラヲ見テ、未ノ中刻、金沢ニ着。

京や吉兵衛ニ宿かり、竹雀・一笑へ通ズ、艮(即)刻、竹雀・牧童同道ニテ来テ談。一笑、去十二月六日死去ノ由。

『曽良随行日記』