鉢たゝき聞にとて、翁のやどり申されしに、はちたゝきまい(ゐ)らざりければ
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箒こせまねてもみせん鉢扣
| 去来
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明けてまい(ゐ)りたれば
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長嘯の墓もめぐるかはち敲
| 翁
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長嘯は豊臣秀吉の正室ねねの甥、小浜城主木下若狭守勝俊。
鉢叩き暁方の一声は冬の夜さへも鳴く郭公
元禄4年(1691年)4月18日から5月4日まで落柿舎に滞在。『嵯峨日記』は、この時の日記。
元禄7年(1694年)閏5月22日から6月14日まで落柿舎に滞在。
閏5月、浪化は落柿舎で芭蕉に会う。
6月15日、芭蕉は膳所「無名庵」へ。
7月5日に上洛し、中旬に郷里伊賀へ出発する。
明和7年(1770年)、蝶夢門下の井上重厚が落柿舎再建。
明和8年(1771年)、加舎白雄は嵯峨を訪れている。
去来の墓へ。
