建聖寺〜はせを留杖ノ地〜
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本折日吉神社から建聖寺へ。


永龍山建聖寺


曹洞宗永平寺の末寺である。

建聖寺は「はせを留杖ノ地」。


 一 廿五日 快晴。欲小枩立。所衆聞而以北枝留。立枩寺ヘ移ル。多田八幡ヘ詣テ、眞盛が甲胃・木曾願書ヲ拝。終テ山王神主藤井伊豆宅ヘ行。有會。終テ此ニ宿。申ノ刻ヨリ雨降リ、夕方止。夜中、折々降ル。

『曾良随行日記』

「立枩寺」が現在の建聖寺であるという。

建聖寺に「蕉翁」と書かれた句碑があった。


蕉  翁

しほらしき名や小松吹萩すゝき

宝暦13年(1763年)、既白建立。

既白は建聖寺の住職で、高桑闌更と共に金沢で狐狸窟を営んだそうだ。

北国行脚の時、いづれの野にや侍りけん、「あつさぞまさる」とよみ侍りしなでしこの花さへ盛過行頃、萩薄に風のわたりしを力に、旅愁をなぐさめ侍りて

しほ(を)らしき名や小松吹萩薄
   ばせを


「蕉翁」碑の右にもうひとつ句碑があった。


志ほらしき名や小松ふく萩すゝき

 建聖寺に立花北枝作の芭蕉木像が残されているそうだが、旅の通りがかりで拝見できるようなものではないと思い、後日のこととした。

菟橋神社へ。