1979年
沢田研二 SPRING TOUR 79
3月17日(土) PM3時/6時半
埼玉会館大ホール
S\3000 A\2500
出演:沢田研二、井上孝之バンド
毎年恒例の沢田研二コンサート。実は私、サウンドチェックが終わってから開演までの間にいつも沢田さんにしている事があります。それは楽屋でストーンズのフィルム上映会をやっている事です。沢田さんがタイガースの頃からストーンズのファンである事は知っていたので16mm映写機と私のコレクションの中から短編のフィルムを何本か持ち込んでお見せしていたのです。今でも覚えているのですが初めて上映(タイムイズオンマイサイド等60年代もの)した時、沢田さんのストーンズを見ている表情は本当にストーンズファンが見ているものと同じで皆静かに見ている中ジュリーひとりが関西弁で「カッコエー!」と声を出してはしゃいで隣でフィルムを回しながら見ていた私にまで思わず「ねぇ」というので思わず私もうなずいてしまったほどです。そして今回のコンサートでは、よほど楽しんでいただけたのかステージでジュリーが思わず「開演時間が遅くなりましてどうも」そして「実は、楽屋でストーンズのフィルムを見てまして」と冗談めかしながらも思わず皆の前で喋ってしまったという事もありました。
1980年
沢田研二 SPRING CONCERT80
4月12日(土) PM3時/6時半
埼玉会館大ホール S¥3700 A¥3000
出演:沢田研二、オールウェイズ
この年、日劇の新春公演で井上孝之バンドと離れオールウェイズという新しいバンドを引き連れ、関東初のお目見えでした。チラシ印刷には井上孝之バンドの文字が、そして下のメッセージにはオールウェイズのメンバー紹介、と、この時期一時混乱しましたが、ファンの心配をよそに素晴らしいステージを見せ、新しいバンドなのでまだレパートリーも少ないと言いながら何度もアンコールに応じていました。
しかし、数日後ダウンしてしまい「ジュリーが入院」となり当時のTVワイドショー等でも大騒ぎになりました。
後で知ったのですがこの時接待係りの人が当日ジュリーはほとんど食事しなかったと言ってたので多分この頃から具合が良くなかったのかもしれませんね。それにしてもステージではそんな素振りは見せませんでしたし、ましてバンドが変わった事で今考えると必死だったのかもしれません。とにかくジュリーのプロ根性を見せられた感じです。
1981年
ポップス グラフィティ 60
8月2日(日) PM1時〜5時半
川口市民会館大ホール 前売¥1000 当日¥1300
司会:木崎義二 フィルム上映
このRSUで企画しているものはほとんど私の独断で決めているのですが、このイヴェントもまったく私の好みで開催したものです。ストーンズのイヴェントでもお馴染み木崎義二氏を解説に招いて60年代ポップスのフィルムを上映いたしました。