−* RED−HOT BLUES*−


The third movement:fortissimo


 今夜の涼は激しかった。

「BGM雅楽ですか?…ちょっと待って下さいよ、冗談でしょ?勝手に変更しないで下さいよ。モデルに唐衣着せる訳じゃないんですから。そんなこと一体誰が言い出したんですか?スポンサーですか?」
「・・・。」
「…桂さん、何で黙ってんの?ちゃんと通訳してよ」

 コンベンションセンターのステージ上で行われていた最終確認で、現地スタッフのマネージャーと涼との間でトラブルが発生していた。涼の鋭利な視線が私を注す。
「…あの、如月さん。『もう決まったことだ』と、彼は言い張って…。これ以上無理です」
「何が無理なの?わっかんないなあ…いつ決まったんだよ。なあ、俺難しいこと言ってるか?アウェイだから8割近くお前らの言うこと聞いてやってんだぞ。もういい加減譲れないよ。どこが友好なんだよ。…桂さん、とにかく俺が言ってること、彼に通訳してよ」
「言いました、何度も…」
「ふーっ…桂さん?」
 涼は目を閉じて、ひとつ大きなため息をついてからそれを見開き、次に険しい顔付きで私を凝視した。

「差し出がましいと思いますけど…これ以上、現地の人間を怒らせない方が…」
 涼は私の言葉に驚いて、今度は目を丸くした。
「…もしかして君はこの男と関係あるの?」
「えっ?“関係”って…どういうことですか?私、この方とお会いするのは今夜が初めてです」

 涼の言葉の方がよほど私を驚かせた。そして追い討ちをかけるように、彼は冷たく言い放った。

「…そう。じゃあこの男、今夜君を誘った?夕べの俺みたいに」
「・・・。」
 それは衝撃的な発言だった。
 涼に対し恋心を抱き始めた私は、ほのかな恋の行方への期待をこの一言で完全に打ちのめされた。

「如月さん…。どうしてそんなことおっしゃるんですか?」
「そうとしか思えないよ。何で君は通訳なのに俺の言うことをちゃんと彼に伝えてくれないの?俺には君がこの男の味方をしているとしか思えない」
“この男”と涼が疎んずる現地マネージャーは、30代後半と見られる彫りの深いなかなかの美形で、涼より背が高く、現地人にしては色も白い。恐らく中華系なのだろう。片言の英語も操るナイス・ガイだ。昨夜私が涼に見せた安易な態度を思えば、彼がそう勘ぐるのは自然なことかもしれない。

「そんな…。先程から何度も伝えてます。如月さんのおっしゃることを出来るだけ忠実に…」
「じゃ、なんでコイツらこんなにアタマ堅いんだよ、コテコテだろう?コッチの意図をまるで理解してやしない。…ほら、俺がこう言ってるって、訳してよ」
 涼はその長髪をかき分けながら現地スタッフと私を睨みつけた。私が訳さずともこの態度から彼が不機嫌だということは、誰の目にも明らかだ。
「…すみません。私は如月さんの言葉を彼に伝えることは出来ても、納得させることは出来ません。それにこれ以上彼らを挑発しても…」
「挑発?どこが挑発なんだよ。俺だってギリギリまで譲歩してもの言ってんだ」
「・・・。」
「…まともな英語出来るやつはいないのかよ」

 涼は舌打ちをしてそう言った。
「それは…私の通訳が至らないということですか?」
「・・・。」
 どうやら図星のようである。涼は私の視線を避けた。
「私は…このまま通訳を続けても如月さんのお立場が不利になるだけだと…。あの…お話の内容にコメントするのは、たとえボランティアであっても通訳としてはルール違反だと思いますけど、でも…発言してもよろしいですか?」

 涼は投げやりに言った。
「どうぞ」
「どうしてそんなに如月さんがバックのアレンジに干渉なさるのか、彼らにはわからないんです。日本らしいデコレーションを心がけて、どうしていけないんでしょう?モダンな日本よりも、彼らは今回のステージに古典的な日本を求めてるんです」

「・・・。」
 私を避けていた涼の瞳が、途端にこちらを見据え始めた。
「…あの、私…」

 自分の立場も省みず、ましてショーに関する知識も持たない私が涼に意見をしてしまった。彼の不機嫌を煽ってしまったかもしれない。
「それは君の主観も入ってる?」
「あ…はい。ごめんなさい」
「…そういうことか。日本人の君を納得させられないんじゃ、コイツらにだってわかる訳ないよな」

 そう言いながら、涼は両手を腰にあててため息を吐いた。
「如月さん…」
「…わかったよ。じゃあ…一部だけ採用する。そのかわり、他はもう妥協しない、って…彼にそう言って」

「…はい」


 愛の営みの真っ最中に涼は言った。
「和、恋人いないの?」
「・・・。」

 今夜、リフレッシュメントに青マンゴーはない。そこには黒ずんだバナナが3本だけ残っていた。
「どうして…どうしてそんなこと…今おっしゃるんですか?」
「…君の躰、持って帰りたくなったから…日本に」
「・・・。」
「この躰体にスティディーな所有者がいたら…マズイと思って…」

「…如月さん」

 今夜、外気温が摂氏25度を割った。
 ブランケットに包った私の耳に、涼の熱い吐息が吹きかけられた。
「夕べから君の躰にたくさんおまじないをしたから、もう大丈夫だよ。自信持って…。明日は俺が…いや、もう今日だね。君をステージ上で、誰がどこから見ても、正真正銘の可憐な日本人女性にしてやる。…ゆっくりおやすみ。」






−To be continued.−










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