-*RED−HOT BLUES*-

 

The 29th Movement:flow

 
 まぶしかった。

「和…気がついた?」
「・・・。」
「和、わかる?私のこと…」
「…キン」
 目の前に、私の顔を心配そうに覗きこんでいる琴子がいた。
「あーよかった。わかるのね?私だって、わかるのね?」
 私は小さく頷いた。全身が重く、気だるい。まだ足かせが付いているのだろうか。いや違う。どうやら私はベッドに寝ているようだ。
「…キン…。ヒロが…ヒロが私を…愛してくれたの…」
「…和?」
「ヒロが…助けてくれた。凍えてた私を…抱いてくれたの…」
 ゴホゴホ…。
「ヒロ…。ね、キン、ヒロは…ヒロはどこ?」
 ゴホゴホゴホゴホ…。
「和、喋らないほうがいいよ。苦しいでしょう?あんた、肺炎なんだよ」
「はい…エン?」
 ゴホゴホゴホゴホゴホ…。
 確かに息苦しい。無性にまぶしくて目も長く開けていられない。
「2日も意識なかったのよ。このままだったらどうしよう、って…。怖かったよ」
「…キン…」
「ね、和…。ヒロは…いないのよ。あんたを助けたのは…」
「・・・ゴホゴホゴホゴホ…」
 言葉を発しようとした途端咳こんだ。
「ダイジョウブ?ホラ…あったかい紅茶…」
 琴子は傍らのティーポットを取り、小さなマグカップにほんの少し紅茶を注いでから私を抱き起こした。咳が治まるのを待ち、それを両手に握らせてくれた。
「ゆっくりね。ゆっくりすすって…」
 ぬるめの紅茶だった。一口含み、琴子の言う通りゆっくり飲みこんだ。爛れた喉にキリリと沁みる甘さだった。
「さ、横になって。無理は禁物よ。あとで…もう少ししたら重湯食べようね」
「キン…ヒロなのよ。ヒロなの…」
 琴子の手を借りて再び枕に頭をのせる。そして彼女はこの真夏にはまず誰も使うことのないブランケットをかけてくれた。私はまだ熱っぽく、全身を毛足の長い厚手のケットに覆われてもしばらくは寒気がしていた。
「和…あんた涼さん…如月さんと会った事…覚えてる?」
「…如月さん?如月さんは…」
 その時脳裏に浮かんだ涼は…足早に去って行く後姿だった。頭上では音のない打上花火が真っ赤なハイビスカスを咲かせている。
「私を…私を捨てた…」
「和…」
 横たわってもまだ頻繁に咳込んでいる私の背中を、琴子はブランケットの上からさすってくれている。
「寒くて…私、きっと死んだの。そう…死んだの。如月さんに捨てられて…死んだの…ゴホゴホゴホゴホ…。それからヒロが迎えに来て…あたためてくれた。一緒にヒロの世界につれてってもらえるんだと思った。でも…私まだ、生きてるのよね?私は…生きかえったのよ。ずっと、ずっと…ヒロは花火が上がってる間…私をあたためてくれたの。ヒロは…ゴホゴホゴホ…」
「和…。」
 背後の琴子は悲しげに私の名を繰り返すだけだった。
「ヒロは…やっぱり生きててくれたのよ…」
 私はハァハァと呼吸音をたてながらも話し続けた。
「ヒロは…生きてるの」
「…和」
 それからまたひとしきり咳込んだ。

「…キン、もうダイジョウブよ、ありがとう」
 目は大分部屋の明るさに慣れていた。ここはバンガローの…恐らく個室の中で一番広い客室だろう。琴子が気を利かせて病人の私をここに運び入れてくれたのだ。
「もう落ち着いた?」
 琴子の手が背中から離れる。私は仰向けになった。見上げると…彼女は口調に違わず哀しい顔をしている。私も顔を曇らせてしまった。すると琴子は慌てて、努めて明るく話し始めた。
「…なんでもないよ。そう…良かったね、ヒロが来てくれて。…あんたがヒロとイチバン仲良しだった頃私はもうアメリカにいたけど、それでもちゃんと…ふたりのこといろいろ報告してくれたもんね。だから私、ヒロのことよーく知ってるよ。彼とはあの時しか…初対面なのに…悲しい出会いになっちゃったけど…」
「・・・。」
「あ、ごめん。思い出しちゃうよね、デンパサール…」
「あんな冷たいヒロ…ヒロじゃない!ヒロは…私を助けてくれたんだもん。…ね、教えてキン…ヒロはどこ?」
 琴子は目を伏せ、唇をかんだ。

 -しばらく沈黙が続いた。-

 琴子は慈愛に満ちたまなざしで私を見ている。
「ヒロ…いつもは…いないのよ。きっと…和が危険な目に遭ったとき…出てきて助けてくれるんだね」
 彼女はみる間に涙を溜めていった。
「キン?どうしたの」
「なんでもないよ。あんたが無事で…ほんとうに良かった」
 琴子の涙を見ていたら、何故か急に海(かい)を思い出した。
「…海くん…は?」
「ん?あ…海のことも覚えてるの?」
「当たり前でしょ。今…キンにとって大事な人じゃない」
「…昨日、涼さんと日本に帰ったよ」
「昨日?…キンは…?」
「一緒になんか…帰れないよ。お兄さんがキチンと迎えにいらしたんだもの。私なんて出る幕ない」
 琴子の口元だけが微笑んだ。
「・・・。」
「ごめん。和は余計な心配しないで。早くゲンキになるのよ。しばらく…一緒にいるから」
「会社は?」
「だから心配しないで。なるようになるわ。和は…疲れ溜まってたんじゃない?とにかく身体休めて元気にならなきゃ。休み明け、仕事またハードなんでしょ?重湯…持ってこさせるね。ちょっと待って…」
 そう言うと、琴子はもう一度ブランケットを整えてくれた。
「…キン。どうしても…知りたいの。正直に…答えてくれる?」
 私には琴子のしぐさが不自然にみえて仕方なかった。何か隠されているような気がしてならない。
「…なに?」
「ほんとうに…ほんとうにキンは…ヒロを見なかったの?」
「和!」
「だって!…ゴホゴホ…ヒロだったのよ。目は開けていられなかったけど…私をあんなに…あんなに優しく温めてくれるのはヒロしかいないもん。キン、どうして隠すの?ヒロだったんでしょう?」
 涙が零れた。
「和…。…わかった。ホントのこと教えてあげるよ。あんたをあたためて…それでここに連れてきてくれたのは…ヒロじゃなかった。…涼さんだったよ」
「・・・。」

 また、頭の中が真っ白になった。

 

-To be continued.-

 

 

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